第8話 ダンジョン、発見される
有紗のダンジョンが出現した森を抜けた先には一つの村が存在している。その村に最近とある一団がやって来た。
この森や村を含めた一帯を領土として治める国――その名を『ヴルムリント王国』という。
村にやって来た一団とはヴルムリント王国に所属する王国直属の騎士団の者達であった。しかしこう言っては何だが、ここにある村は王国の中でもかなりの辺境の位置している。村の規模でいえば五十人も住んでおらず村の殆どの面積を畑が占め残りの僅かなスペースに家が立ち並ぶ。日本ならば廃村一歩手間のような村だ。そんな村に王国直属の騎士団がやって来ることはどれほど珍しいことか。少なくとも村で一番の長生きの老人の記憶にすらそんなことはなかった。せいぜい一帯を治める領主の兵士がやって来るのが精一杯。それだって村にとっては一大イベントである。
だからこそ馬に乗った騎士が合わせて三十人もやって来たのは、村にとっては青天の霹靂だったのである。
しかし当然ながら三十人規模が泊まれるような場所など、例え村長の家だろうとそれ程の広さは無い。ゆえに一団は村の外に野営地を作ってそこで寝泊まりを行っていた。今は日が沈み始めた夕暮れの時間帯。野営地の中では夕食の準備の為に幾人かの騎士が村で手に入れた野菜を切って簡単な料理を作っていた。
そんな徐々にスープの煮える良い匂いが漂ってくる野営地から少し離れた場所……森への入り口のその手前に二人の人物が立っていた。一人は赤髪を後ろで一つに束ねた女性。そしてもう一人は口髭が似合っているナイスミドルだった。男の方はかなりガタイがよく背が高く鎧を脱いだ状態ゆえに服の上からでも筋肉質な身体が分かるほどだった。一方で女の方はスレンダーな体型と男の方には及ばないものの女性としてはかなり高い身長を誇っている。同じ女性にすら憧れられるモデル体型の持ち主だった。
二人の目は細められ真っすぐに森の入り口に向けられており、その奥に潜んでいるナニカを見つめているようでもあった。
ふいに赤髪の女が口を開く。
「なあ……本当にこんな森の中にダンジョンなんてあるのか?」
美麗な見た目に反した粗野な口調が飛び出す。しかし隣で問い掛けられた男はそれに対して特に驚いたような様子は見せなかった。それを見れば女が普段からそのよう喋り方をしているのが想像できる。
男は問い掛けに対して表情を変えずに答える。
「ある……んでしょうな。ヨゲンナ様による占いです。九分九厘あると思って間違いないでしょう」
「だけどなあ……副団長、私達がここを探索し始めてからもうどれぐらいになる?」
「確か一週間でしたかな」
「そう、一週間だ。まあもちろんこの森全てを探しきった訳では無いが、こうも手掛かり一つ出てこないのでは疑いたくもなるぞ。そもそも我が国にダンジョンが出現するって話すら信じられないのに……オバアも寄る年波には勝てなかったか?」
「失礼ですぞ、団長。あの方は何代にも渡ってこの国をその占いの力で支えて下さった大恩人なのですから。ヨゲンナ様があると言えば、きっとこの森にもあのダンジョンがあるのでしょう」
「そうは言うが、お前だって内心では半信半疑だろう?」
「……仕方ありますまい。モノがモノですから」
「だよなあー……」
二人はそう言うと揃って溜息を吐く。
会話の内容から分かるように彼らがわざわざこの辺境にまでやって来たのには重大な理由があった。それこそが彼らの会話の中に登場した『ダンジョン』の存在である。そう、彼らはこの森に中にあるというダンジョンを探しに遥々王都からやって来たのだった。
「しかし、ここまで探して見つからんとなると既に一度捜索した場所をもう一度調べるか――もしくは更に森の奥に踏み込まざるを得なくなる。せめていつダンジョンが出現するのかだけでも分かっていれば別にやりようもあるんだが……何で今回に限ってこんなに曖昧な結果なんだ」
「確かにヨゲンナ様にしては歯切れの悪い言い方でしたなあ」
彼らの調査を難しくしている原因の一つとして、そもそも彼らが動くことになった原因である占いの曖昧性が挙げられる。占いの内容を簡単に要約すれば『近い内にこの森のどこかにダンジョンが出現する』というもの。
まず近い内というのが正確にどれぐらい後のことなのかが分からなかった。そしてこの森の何処かという部分。まずもって彼らが調査を行っている森は、広い。彼らにとっての首都にあたる王都をすっぽり入れてもまだ余裕があるほどの大きさを誇っている。
つまりダンジョンが出現するという時期、場所ともに大変に曖昧な状態なのだ。それゆえに一団の調査は中々に難航していたのである。
「出来れば森の奥地に踏み込むのは避けたいところです。この森の奥にはあの山が存在している。当然進めば進むほどに現れる魔物の強さも跳ね上がります。最悪、我々の手に負えない魔物と遭遇する可能性も考えられる」
「分かってる。しかし、浅い場所だけ調査してやっぱり無かったですハイ終わりという訳にはいかないだろう。二度目の調査を行っても見つからなければ、どうせ奥地の調査は必要になるんだ。早いか遅いかの違いでしかない」
「……そうですな。するとやはり次は――」
「ああ、明日の探索からは今よりも更に奥地の調査を行う。ただし慎重にな」
「ほう、団長の口から慎重なんて言葉が飛び出すとはっ……団長の将としての成長に日々感涙を禁じ得ない心地です」
「うるさい、余計なことを考えてる暇があったら明日からの調査にでも頭を回せ」
目元に手を当てて涙を拭うような仕草をする副団長に、団長はげんなりしたような表情を見せる。
「ともかく、明日からは更に危険度が増す。団員達には頑張ってもらわないとな」
「団長の命令とあれば例えそこが死地であろうと、奴等は喜んで駆け抜けるでしょう。もちろん私もですが」
「それは有難いことだ。ならば後はそれほどの危険を冒した成果がちゃんとあることを祈るだけだな――」
そう言うと団長は踵を返して野営地の方に戻っていった。それに副団長も追従する。
翌日、野営地に建てられた一際大きなテントに団長、副団長を始めとした一団の主要メンバーが集まっていた。そこは一団の会議室の役割を持ったテントで中には何かの資料らしき羊皮紙や羽ペンが無造作に置かれた大きな机が一つ鎮座している。
机に大きく広げられた羊皮紙、そこには周辺の地図らしきものが描かれている。野営地が置かれているすぐ傍の村と、そして調査を進めている森。その森を示している範囲にはいくつかのバツ印が付けられている箇所があった。
「我々がこの一週間で調査したのはこの範囲だ。しかし現段階でこの範囲にダンジョンを発見することは出来なかった」
団長は地図に描かれたバツ印を指差しながらそう話す。次に指で示したのはまだバツ印が付けられていない部分。そこはバツ印の部分を挟んで村、野営地とは反対側。つまり森の奥地だった。
「ゆえに今日からは更に森の深い場所を調査する。範囲としては竜山の麓、その手前までを調査の範囲としようと考えている。その為、まず間違いなく森の中で野営することになると思う。これまでとは比較にならないぐらいに危険だ。何か意見がある者がいれば遠慮なく言ってくれ。どうだ?」
団長の問いかけに手が挙がる。
「竜山の近くはそれでなくとも危険です。奥地を調査するよりも、既に一度調査している場所を再調査するのはいかがでしょうか? 我々が到着してから日数も経っていますし新たにダンジョンが出現している可能性もあるでは?」
「それも考えた。しかしまだ一度も調査を行っていない奥地を放置する訳にもいかない。現状では森の浅い部分についてはダンジョンは発見出来なかったという結果がある。しかし奥地にはそれが無い。ならば調査をすべきはそちらだろう。それに我々は何時までもここにいる訳にはいかない。もし二度目の調査を行って空振りだったら余計な時間を使うことにもなりかねないからな」
「いずれにせよ、ということですか。承知しました。出過ぎた真似をして申し訳ありません」
「気にするな。私もその部分については悩んだからな。だが……どうにも二度目の調査の方には食指が動かなくてな」
「……と、言いますと?」
「何となくもう調査した範囲にはダンジョンが無い気がするんだ。それよりも数日前からもっと森の奥の方から妙な気配を感じる。空気の流れが変わったというか、何かそんな感じだ」
「「「……」」」
ここにいるメンバーは団長とそれなりに長い付き合いがあった。
故に知っていた。団長がこういう時に見せる勘は当たる、と。
本来ならば一団の方針をただの一人の勘に任せるなどあってはならないだろう。しかし彼らは彼らの団長の勘を、いや団長を信頼していた。故に彼女が奥地を調査すると言えばそれに否やは無い。疑問を呈した一人も反対だった訳ではなく、そうしなかった理由を知りたかっただけの確認の為の質問でしかなかった。
「では、今日の調査は森の奥地で決定するぞ。皆、よいな?」
「「「はいっ」」」
副団長が言った確認の一言に会議テントに集まった主要メンバーが勢いよく答える。
これにて一団の調査予定が、森の奥地へとなったのであった。
そうして会議で決まった決定が団員全員に伝えられ、いよいよ調査が始まった。森の中、しかも整備されていない道ということもあって馬を使うのはむしろ非効率になる。ゆえに団長を含めた全員が徒歩で森へと侵入していった。
既に調査済みの領域については軽く確認する程度で素通りし、そのまま真っ直ぐ奥へと進んでいく。途中で何度か魔物との遭遇があったものの、魔物が弱いのかそれとも一団が強いのか。あっという間に魔物を蹴散らしてその速度はほとんど落ちなかった。
そして数時間後――遂に、これまでの調査範囲の外へと足を踏み入れた。
樹々なその密度を増して木漏れ日は更に少なくなり昼間だというのに辺りが薄暗くなる。足元が暗くなってしまったがそこは訓練された騎士ゆえか多少バランスを崩すことはあっても転ぶという無様を晒すことは無かった。それでも未調査領域であるために進行速度は落ちる。
あちこちから獣の鳴く声が更に大きく、そして絶え間なく聞こえてくるようになった。
彼らの剣を握る手に一層力が入る。頬をたらりと緊張感を孕んだ汗が伝い、目は僅かな変化さえ見逃すまいと見開かれている。しかし暫く歩き続けても、やはりダンジョンらしきものを発見することは出来なかった。
だがしかし、それは唐突に訪れる。
今日も空振りかと、団長が浅い層まで戻って野営の準備を始めるべきか考えている時だった――
「……全員、止まって下さい」
「「「っ……」」」
そう静かに呟いたのは一団の中で斥候の役割を担っていた小柄な男だった。成人男性にしては異常なほどに背が低く更に顔も童顔なため、ともすれば子どもと見間違ってしまう。しかし彼は歴とした大人であり、むしろ年でいえば副団長と同年代であった。
そんな少年のような背格好の彼から発せられた制止の声。それを聞いた一団は全員がその場で足を止める。
「どうした。何があった?」
「……向こうに不自然に地面が盛り上がっている場所が見えます。何らかの魔物の巣の可能性もありますが……どうしますか?」
「お前の見立ては?」
「そう、ですね。虫系、特にアントの巣の様にも見えますが、それにしては大きさが小さいように感じます。もちろんこの森に棲む希少種の可能性もありますが……やはり違和感があります」
「ふむ……行ってみよう、私も自分の目で確かめたい。先導を頼むぞ」
「はっ」
斥候の男は特別目が良かったが、それ以外の面々にはまだその不自然な場所は確認出来ていなかった。先導されて森の中を進んでいくうちに全員がそれを認識できる距離までやって来る。
確かに斥候の男が言っていた通り、森の中にぽつんと一か所だけ地面が不自然に盛り上がっている箇所がある。しかも地面と同じ土色ではなく灰色の岩で作られているようで、それが薄暗い森の中で猶の事それを発見し難くしていた。それを発見することが出来た斥候の男の能力の高さが窺える。
距離が近づいたことで一団の緊張感が増す。もし強力な魔物の巣だった場合、彼らはその縄張りのに入ってしまっていることになる。これが一体だけだったならともかく、複数体が作っているコミュニティの場合は最悪だ。慣れない森の中での戦闘は、その環境に適応した魔物の方が何枚も上手だからである。
「あれは……洞窟のように見えるな。それに中の通路に松明が灯っている。もしや、野党の隠れ家の類か?」
副団長がそう零すと、洞窟と通路をじっと見ていた団長が今度は疑問を発する。
「……なあ。変だと思わないか?」
「変、ですか?」
「あの洞窟の道はどう見ても真っ直ぐ前に続いているように見える。だというのにあの地面の盛り上がりは局所的だ。じゃあ一体あの道はどこに続いているんだ?」
「「「っ!?」」」
確かに団長が言った通りだった。見る限り通路は下ではなく真っ直ぐ正面へと続いている。にも拘らず通路が続いているはずの方向には、外から見る限り洞窟の壁しかない。
「……これは当たりを引いたかもしれないぞ。もっと近づいて見てみたい。行くぞっ」
「ちょ、ちょっと団長っ。せめて私の後ろから来てください――ってもう聞いて無いっ!?」
斥候の男が止める間も無く、団長は行くぞの宣言と共に誰よりも早く洞窟に向かって歩き出していた。残りの面々はその後を追うように速足で追い付く。
洞窟の真ん前までやって来た団長とその一団の耳が森が自然に出す音とは全く別の音を聞き取った。それは話し声のようで、洞窟の奥から聞えてくる。しかも聞き耳を立ててみると、若い女性らしき声が一人分しか聞こえてこないことが分かった。
「よし、取り合えず入ってみよう。半分はここで入り口を見張っていろ。残りの半分は私と共に中に突入する」
洞窟の中に突入することになった面々は団長を含めて全員が既に抜剣している。入り口の半分を残して洞窟の奥に進んでいく面々の耳には未だに少女らしき声が聞こえて来ていた。着実にその発生源に近づいているようでその声は徐々に大きく、そして話す内容もハッキリと聞こえるようになる。
『――、――ます』
しかしおかしなことに少女の声以外には何者の声も聞こえてこないのだ。話の内容から察するに誰かと話しているのは間違いないと団長含め全員が思っていた。だというのに他の誰の声も、返事をする声すら聞こえてこない。
それを些か不気味に感じつつ短い通路を進んでいくと、一団はとうとう話し声の正体を発見した。
「と言う訳で、これから皆で頑張っていきましょうっ!!」
「……!」
「「「……!」」」
そこにいたのは聞こえてきた声の通り少女が一人。更にその少女の前に整列する魔物『スケルトン』が複数体と、そして少女の足元に同じく魔物『スライム』の姿があった。少女が号令と言うべきか演説と言うべきかをすると、それに反応するようにスケルトンとスライムが腕を突き上げたり身体を揺らしたりして反応を見せる。
その姿はさながら魔物使いのようであった。
しかしそう考えるのには幾つかおかしな点が存在していた。
まず魔物使いはその名の通り魔物を自らの戦力として使役し戦わせる職業を持つ者のことだ。自分の代わりに戦わせるという事は、その魔物に命を預けるも同義。だからこそ魔物使い達はより強力な魔物を使役しようとする。つまりスライムやスケルトンといった弱小魔物を使役するような物好きはほとんどいないのである。加えて、その魔物達の方も変だった。スライム、そしてスケルトンと言えば魔物の中でも弱い類でありその強さも、そして知能もあまり高くは無い。特にあの二種なんかはその典型だろう。何せ中身がすっからかんなのだから。脳なんてありはしない。
そして何より少女がただの魔物使いではないという証拠が……先程、彼女自身が発していた「ダンジョンの運営」という言葉。
ここまでくれば最早間違いないだろう。あの少女はこのダンジョンの管理者。もしくは管理者に近しい人物に違いない。
しかし――
「じゃあまずは皆で出来上がった第二階層を見学しにいってみようか。もし何か気になるところがあったら遠慮なく言ってね」
……何というか気が抜ける。一団はそう思った。
別に特段そんな喋り方をしている訳ではないのだが、最大限の緊張感を持ってここまで来た自分達と相手との温度差がかなりあった。そのせいで拍子抜けというかそんな気分になっていた。
だからこそ団長は、目の前で繰り広げられるそんな光景を見てこう零した。
「……何だ、この集会は?」
こうして森の中にひっそりと出現したダンジョン。異世界より送り込まれた清水有紗が作ったそのダンジョンは作成から五日。本格的なダンジョンということであれば作ったその日、改装を行った直後に発見されることとなったのだった。
それはここがかなり地方で田舎なことを考えれば異例の速さだった。
それこそ天使の予測すら裏切るぐらいに。