第7話 新しいダンジョンと魔物
新しいダンジョンを作成する上で問題だったのは、配置する魔物の種類だった。前に今いるダンジョンを作った時はスライム一匹だけでよかった。けれどダンジョンの規模を大きくした影響で今回必要なのは――最低五体。それを新しく設計する方のダンジョンに配置しなくてはいけないのである。
もちろん最初は全てスライムで統一しちゃおうかな、なんて思ったりもした。スライムについては安全にコミュニケーションが取れることが分かっているからね。でもそんな安全策を考える一方で、新しい魔物を見てみたいという興味もあった。強い魔物についてはまだ『怖い』と思っているのにおかしな話なんだけど。
呼び出せる魔物の一覧にはまだまだ私の知らない魔物が数多く存在する。スライムみたいに名前から形まで想定できる種類から、辛うじて名前ぐらいは知っているような種類。そして名前を聞いても何一つピンとこない種類などなど――
そんな中で今回、私は魔物を選ぶ基準として二つの条件を立ててみた。
一つ目、あまり『食事を必要としない』種類であること。
スライムの一件でも分かったけど、呼び出した魔物も普通に食事を必要する可能性が十分にある。その上で今回は一気に五体も増やさなければならない。ゆえに一体一体の食事量が多いとそれだけであっという間にDPが食費として消費されてしまうことになるのだ。だから理想を言えば、食事を必要としない種類が望ましい。そう思って探してみると案外見つかるもので、食事をほとんど、もしくは全く必要としない種類の魔物を発見することが出来た。
そこで二つ目の条件を加える。それはあまり『強過ぎない』種類であること。
侵入者からダンジョンを守るという観点で言えば魔物は強くあってしかるべきだろう。しかし、強い種類を呼び出してしまったとして、完全に制御できるという自信が私には無かった。魔物として強いという事は、私ぐらい簡単に捻り殺すことが出来るだろう。その不安感がどうしても拭えなかったのだ。ゆえにこの条件を加えた。基準は完全に私の独断と偏見だけど、一応魔物についての説明文を参考に考えている。
これらの条件を考えて残ったのが――『スケルトン』という魔物だった。
『スケルトン』――文字通り骨の身体を持つ魔物。ただし一口にスケルトンと言っても姿形は複数種類存在し、例えば狼のような四足歩行のタイプもあれば、鳥のように空を飛ぶことが出来るタイプ、理科室の骸骨模型のような人型の種類もあった。
このスケルトンという魔物の魅力はまず第一に食事を必要としないところである。骸骨の身体だからそもそもとして食事を摂ることが出来ないのだ。その代わりにこの世界特有の『魔力』というエネルギーを取り込むらしい。そして魔力についてはこの世界であればそこら辺を空気と一緒に漂っているんだとか。
この魔力については上司天使から知識を共有されていた。ゆえにその存在については知っていたものの、改めてその訳の分からない物質を呼吸と共に摂取していると考えると少しばかり憂鬱な気分になった。身体に害は無いと分かってはいても自分の体内の得体の知れない何かが入り込んでくるのは気分が良くないものである。
これに関しては徐々に慣れていくのを待つしかないかな……こんなところでも異世界を実感させられるとは思わなかった。
まあそれはともかくとして。食事の必要が無く、加えて同じ種類で色々な形を取れるというのがスケルトンの良い点だった。複数種類の魔物を呼び出さなくても良くなるからね。しかも説明文曰く、スライムと比較される程に弱いという部分が猶良かった。一応力関係としてはスケルトンの方が強いらしいけど、ほぼどんぐりの背比べ状態らしい。
まあこのダンジョンの中を骸骨が徘徊するようになる、という部分については若干悩んだけど仕方ないかと妥協した。裸ならともかく骸骨だし、服でも着せておけばそこまで目立たないだろうし。
そんな訳で今回は一先ず、人型のスケルトンを五体出してみることにした。動物型を増やすかどうかはスケルトンの働き具合?によって決めるつもりだ。
「すぅ……はぁ……」
私は自室で深呼吸をして気持ちを落ち着けていた。
管理画面には既に今回作った私の傑作の設計図が表示され、『ダンジョン作成』のボタンが押されるのを今か今かと待ち望んでいるように見える。
このボタンを押した瞬間から、本格的なダンジョンマスターとしての活動が始まる……そんな予感がしているから自分でも知らず知らずのうちの緊張していたみたい。管理画面を前にかれこれ五分ぐらいは固まっている。
「――よし。やりますかっ」
そして遂に私はダンジョン作成のボタンを――押した。
場所は今あるスライムが守っている階層、これを第一階層とするならばその下である第二階層がそうだ。広間に下に繋がる階段を設置してそこから下ることが出来るようになっている。つまりこれで私のダンジョンは居住スペースを含めて全三階層で構成されることになる。
ダンジョン作成自体はさほど時間は掛からず、ボタンを押してから五秒と経たずに完了する。
一先ずスケルトンの出現場所はスライムが守っている広間に設定しておいた。これなら全員がまとめて顔を合わせることが出来るしね。それにこっちも意思疎通が可能が確かめておかなくちゃいけない。スケルトンの説明曰く、スライム同様に知能は低いらしい。けれどそのスライムもちゃんと話が通じているのだからその点についてはさほどは心配していないんだけど。
ダンジョン作成が完了したのを確認し、私は管理画面を操作して第一階層の広間に飛んだ。
瞬間移動した先で見た光景は五体のスケルトンの集団と相対しているスライムの姿であった。それはまるでお互いにメンチを切っているかのようで、喧嘩が始まる直前みたいな緊迫した空気が漂っていた。
そこで私はふと思い出す。
――あ、スライム君への説明忘れてた、と。
「ちょ、ちょっと待った!! みんな落ち着いて!!」
それに気付くと、慌てて両者の間に割って入る。
スライムには昨日の内に、今日ダンジョンの実体化を行うとは言ってある。だけどどのタイミングでそれを実行するのかとか、この広間にスケルトン達を集合させるとかは言っていなかった。せめてやる前に一声かけるべきだったのに……やってしまった。
魔物という異形の存在とはいえ、その本質は動物とほとんど変わらない。
つまり自分の縄張りに見知らぬ存在が入り込んで来れば威嚇するのも当然の行動だということだ。この第一階層はスライムの縄張り。そこに突然大量のスケルトンが出現した日には、そりゃ混乱するだろうし怒りもするだろう。
「……」
「「「……」」」
「ご、ごめんね! 今ちゃんと説明するから喧嘩はちょっと待って!!」
「……」
「えっ……別に喧嘩してたわけじゃ無い?」
魔物同士の喧嘩。その仲裁を行う為に決死の覚悟を決めた割り込んだ私に伝わって来たのは「別に喧嘩なんてしてない」というスライムの意志だった。それに続くようにスケルトン達の方からも「喧嘩なんてしてませんよ!」という感じの意志が伝わって来た。
「えっと、じゃあさっきの空気は……?」
「……」
「……新入りに挨拶してただけ? ほ、ほんとうに?」
「「「……」」」
「そっか……そうなんだ――良かった~。てっきり喧嘩寸前なのかと思ったよぉ」
「……」
「「「……」」」
「ああ、お互い他の魔物に会うのは初めてだから緊張してたんだね。そっか。スライム君は初めての後輩だし、スケルトン達にとっては生まれて初めて見た魔物なんだもんね……みんな、ごめんね。特にスライム君には事前にちゃんと言っておくべきだった。本当にごめんなさい」
「……」
そう謝罪するとスライムからは気にするなという意志が伝わって来た。スケルトン達も全然問題ないですからみたいな意思が集団で伝わってくる。
はぁ……管理者としてもっとちゃんとしないとダメだなあ。
でも今はやるべきことを先にしないと。まずはスライムとスケルトンをお互いにちゃんと紹介するっていう役目を果たさないとね。
「じゃあ気を取り直して――もうお互いに挨拶しちゃったかもしれないけど、改めて紹介させてもらうね。まずはこのダンジョンの魔物として先輩であるスライム君です。といっても数日しか違わないんだけどね。スライム君にはこの今のところ第一階層を担当して貰っています」
「……」
「そして、こっちが今日からダンジョンの仲間になるスケルトン達です。まだ詳しいところは決めて無いんだけど、基本的には新しく作った第二階層の広間を担当して貰おうと考えています。後は第二階層はそれなりに広く作って仕掛けなんかも多いのでそっち方面でも色々手伝ってもらおうかなって思ってます」
「「「……」」」
私が紹介するとお互いに「よろしくー」といったニュアンスの意志を示した。特にスケルトンの方は分かり易くて私とスライムに対してお辞儀をしてくれている。そんな風に身体を揺らしてカタカタと音を鳴らしながら動くのを見ると不思議とコミカルな印象を受けた。
思っていたよりもおどろおどろしいホラーな雰囲気は無く、迫力はあっても今のところ怖いという感じはしない。案外そのままでも十分人を呼び込めるかもしれない。いやでも、服は着て貰った方が単純にウチのダンジョン所属だって分かりやすいだろうし、統一感も出る気がする。うん、そっちは予定通りでいこう。
「じゃあ最後に。私がこのダンジョンのダンジョンマスターを務めています、清水有紗です。まだまだダンジョンマスターになったばかりで至らない点も沢山あるかと思います。良いダンジョンにしていくつもりなので、一緒に頑張って下さい!」
「……!」
「「「……!」」」
「そうだ、スケルトン達には服を着て貰おうと思ってるんだけど抵抗とかってある?」
「「「……」」」
「無さそう、ていうかどっちでもいいって感じか。だったら上着だけでも着てもらってもいいかな? 正直言うと……骨だけだと誰が誰だが見分けがつかないんだよね。だから個人の識別の為にも着て欲しい」
「「「……!」」」
全員から了承を示す意志が返って来たので、事前に準備してあったTシャツを取りに戻った。最初から最低ラインである五体を呼び出すと決めていたので人数分の服を準備していた。加えて五人という程よい数だったので、全員が色違いのTシャツにしてみた。
「じゃあこの中から好きな色を選んでみて。ああもし他の色がいいとかあったら言ってね。用意できるから」
「「「……」」」
スケルトン達の前に差し出したのは赤、青、緑、黄、ピンクの五色のシャツだ。それを前にしたスケルトン達は、顎をカタカタを揺らして互いに相談しているような動きをする。その様子を見ていると、やっぱりスライムもスケルトンも知能が低いなんて嘘なんじゃないかという気がしてくる。
スケルトン達の相談はさほど時間が掛からずに終了した。幸いなことに好きな色が被らず、特に追加の色も必要無かった。ピンクに関しては多少心配だったけど、むしろ進んでピンクを選んだスケルトンが一体いて驚いた。
「うんうん、似合ってるね。それなら誰か誰だか分かりやすい。後で着替えも渡すから基本的に皆はそのカラーでお願いね。もし色を変えたくなった時は一度私に相談してからにして欲しいな。もちろん変えるなとは言わないから」
「「「……!」」」
「分かってくれてありがとう。それと第二階層には君達のスタッフルーム、というか休憩スペースも作ってあるから着替えはそこに保管しておくといいよ。そっちは後で案内するね。おお、そんなに喜んでくれると私も作ったかいがあるよ。けどまだ実物を見ていないのに、君達って案外感情豊かだよね――で、それからスライム君、こっち来てくれる」
私はさっき自室に戻った時にスケルトンのTシャツと一緒に持ってきたある物を取り出す。
「新入りのスケルトン達には色々あげたけど、スライム君には特に何もあげて無かったからね。贔屓した訳じゃなかったけど、やっぱりそこは平等にってことで」
背中側から取り出したそれをスライムに差し出す。それは一冊の本だった。
「これは私の世界――前に住んでいた所の果物が沢山載っている図鑑です。そしてこの中にある果物は全てダンジョンマスターの力で出すことが出来ます」
「……!」
「と言う訳でこの本を君にはあげるね。それを見て気になった果物とかがあれば、言ってくれれば出してあげるから。字が読めないから説明を読むのは出来ないだろうから写真で我慢してね」
何をあげようか迷っていたんだけど、これまでの経験からこのスライムは果物が好きだということが分かっていた。だから残る物では無いけどこうして地球の果物をあげようかなと考えたのだ。とは言えその中でも好みが分からなかったのでこんな感じで図鑑を渡して好きに選んでねって形にしたんだけど。
「さて……今日からウチのダンジョンはこのメンバーで運営していきます。とは言えいつ侵入者――お客さんがやって来るのかは今のところ未定です。ですので、いざその時になって慌てないように今やるべきことはしっかりと準備をすることです。まだまだ作り立てのダンジョンなのでやることは沢山あります!」
「「「……」」」
「目標、か……取り合えずは二週間後には完全にダンジョンとして稼働が出来るようにしたいかな。遅くとも一か月後ぐらい。もちろん早ければ早い程いいけどね。特に第二階層については色々な仕掛けも作ったんだ。だからそれを把握して貰う必要もある」
そう、ダンジョンを稼働するにあたってしなければならないことは色々ある。例えば魔物達に直接関係するところで、きちんと仕事を割り振らないといけない。この階層を適当に徘徊しておいて、だけだと投げやりが過ぎる。それぞれの役割を決めてあげないと皆も困るだろうしね。
それに私も今のダンジョンが完璧だとは思っていない。これから実際にテストをしてみてダメなところを洗い出して修正していく。それだけでも大仕事だ。早くダンジョンを稼働できる状態に持っていくためにはそれだけ沢山のことをクリアして行かなくちゃいけない。
「と言う訳で、これから皆で頑張っていきましょうっ!!」
「……!」
「「「……!」」」
「じゃあまずは皆で出来上がった第二階層を見学しにいってみようか。もし何か気になるところがあったら遠慮なく言ってね」
と、そんなことを言った矢先だった。
「……何だ、この集会は?」
私のものでは無い。もちろんスライムでもスケルトンでも無い声が広間に響いた。そもそもスライムにもスケルトンも発声が出来ないみたいなので、このダンジョンで聞こえる声は私のものだけなのである。
だというのに聞こえてきたのは、全く聞き覚えの無い声だった。
「「「!?!?」」」
「スライム、スケルトン、それに人間って……意味分からん組み合せだな。いやダンジョンならそれもあり得るか」
外と繋がる通路、それを背にして立っていたのは鎧を身に纏った赤髪の女性だった。
「さて……私はダンジョンマスター殿に話があってここに来たんだ。その話し合い、私も混ぜて貰えないか?」
赤髪の女性は、手に抜き放った剣を持った状態で――私の方を見ながらそう言った。
あ、もしかして私、終わったかも……