第6話 ダンジョンを改装
散歩といってもそこまで遠くに行く予定は無い。自慢じゃないが私もスライムも戦闘能力という意味では全く戦力にはならない。もし熊や狼にでも見つかったら一巻の終わりだ。だから見て回るのは精々ダンジョンから半径10mほどの距離まで。ただもし何か発見があれば細心の注意を払いながら見にいってみるつもりではあるけど。オレンジの木もそうだったように。
再び外に出た私達はまず、ダンジョンを中心にぐるりと円を描くように歩いてみた。その中で何かあるかを二人で遠目に探しながら、何かを発見したらその方角に向けて木の枝を地面に置いて印をつける。
するとあの果実を見つけた時と同じように、主にスライムが活躍して色々発見してくれた。注意力が高いのかそれとも単に食欲の為せる技なのか、スライムは次々と果物らしき木の実がなる木や植物を発見していった。
いや本当に、スライムには目が無いはずなのにどうやって見ているのかは不明だけど。本当によくものを見つける。
ぐるりと一周しておおよそ目星をつけてから、それぞれ発見した木の実の方に行き収穫しては戻って来るを繰り返した。その結果、十種類近くの果物を発見することが出来たのである。
「これはさっきのオレンジと似てるけど別物っぽいね。それからこっちはリンゴみたいで、こっちは……何だろう。木苺かな?似てる気がする。しかもことごとく全部が毒無しで食べられる果物って――君、とんでもないね」
「……」
「ははは、素直に凄いと思うよ。きっと私一人だったら見つけられたとしても食べるか食べないかでずっと躊躇していたはずだし。だからスライム君には感謝だね」
「……!」
食料になりそうな物を見つけてくれるのは本当に嬉しい。何と言ってもその分食事に使うDPを節約できるからね。微々たる量だったとしても塵も盛れば何とやら、である。
それにしてもダンジョンの周りを一周した程度でこんなに色々見つかるとは驚いた。私が出現した場所の運が良かったのかもしれないし、それにこの森が豊かだっていうのもあるんだろう。
だけどこれだけこの森が豊かだということに喜ぶ一方で、不安も膨らむ。木の実が多いということはそれを食べる鳥や草食の動物が多く生息しているはず。そしてそんな草食動物を食べる肉食動物も多く生息しているに違いない。しかもこれらの木の実を発見した木、植物の周りには明らかに動物が食べたであろう木の実の食べカスが落ちている場所があった。しかもまだ食べてから新しいやつ……
本当はもうちょっと散策したい気持ちもあったけど、それらを見つけていよいよ怖くなりダンジョンに急いで戻って来たのがちょっと前のこと。今はダンジョンの広間で、収穫してきた果物類の仕分けとスライムによる可食判定を行っていたところ。
「……!」
「う~ん、それはもうちょっと周辺の情報を集めてからの方がいいかな。スライム君は種族としてそんなに強くないでしょ? もちろん私も戦闘力なんて無いに等しいし。だから周りにどんな生き物がいるのかしっかり調べてからじゃないと今以上に探索範囲を広げるのは危険だよ」
「……」
「そうだね。ちょっとずつ、出来ることを増やしていこうね」
スライムは今日の散策で味を占めたのか、もっと外を歩いてみたいという意志を伝えてきた。けれど今日見た限りだといつ野生の動物や魔物と遭遇してもおかしくない状況だった。むしろ今日の散策で一度も遭遇しなかったことがとても運が良いことなのである。
となると、ダンジョンを改装するのもそうだけどちゃんとした戦力を整えることも必要だ。自分を強くするのはそう簡単には出来ないので、手っ取り早いのは力の強い魔物をダンジョンマスターの力を使って呼び出すこと。
でもそれはそれで不安なんだよなあ……私が制御できるかどうかという話で。だから散策に熱意を燃やしているスライムには申し訳ないけど、もう暫く待ってもらうとしよう。
暫くして収穫してきた果物を全て仕分けし終える。スライムは可食判定の為に少し食べ過ぎたそうで、ここで暫く休んでいるそうだ。そこで私はスライム君とは一旦分かれて居住スペースに戻った。そして食事用に出したダイニングテーブルの上に紙とペンを出して、更にダンジョンマスターの管理画面を表示させる。
そう、今からやるのはダンジョンの改装。
その為の準備、設計を行うのだ。
それをする上でまず考えなければならないのは、このダンジョンをどんなダンジョンにするかという部分だ。管理画面で確認できる範囲でもダンジョンの環境とは多種多様に設定することが出来る。例えばこの居住スペースのような室内空間、またはスライムが待機している洞窟型の空間など。
更に洞窟型の中でも複数の種類が存在している。いかにも人口物っぽい遺跡のような洞窟や、自然に出来るもの、鍾乳洞なんてのもああれば鉱山のようなタイプだってある。
一口に洞窟といってもそれだけの種類が存在するのである。
組み合わせによっては大抵の環境を作ることが出来る。ゆえにちゃんと最初に方針を決めなければいけない。じゃないと迷いすぎて手が付けられないから。
「と言っても、後から階層の追加も出来るからそこまで大仰に構えなくてもいっか。作ってみて無理そうなら変えてみればいいし。どうせ設計するだけならタダだしね」
さてまずはどんな感じにしてみるか……ダンジョン。そう言われてイメージするのはやっぱり迷宮かな。
洞窟っていうより人工的に作られた通路と、その道中に存在する数々の障害。そして途中では怪物と戦って、遂にはその最奥に秘められた宝を手に入れる――みたいな。
「最初から変に奇をてらってもむしろ難しくするだけか。まずはオーソドックスに設計してみるのがいいかな。そこを起点に、アレンジしたければ色々手を加えればいいよね」
という訳で記念すべき最初の設計の方針は決まった……今あるのは間に合わせというか、慌てて作ったものだからノーカウントで。
「屋内、洞窟タイプにしよう。基本は石造りの通路と広間で作ることにして……後は広さかあ。迷路の長さってどれぐらい必要だろう? 何か前に最長の迷路が数kmあるとか聞いた事あるけどさすがにそんなの作ったら通路を作るだけで大変そうだし。取り合えずは入り口からゴールまで最短距離で進んで100mぐらいでいっか」
後は間違いのルートとかも含めると考えて、全長150mぐらいになりそうかな。その途中に広間とかを置いていけばそれなりに歯応えのある迷路が出来るだろう。折角人を呼ぶんだから入って来た人に楽しんでもらえるように作らないと勿体ないよね――あれ? いつの間にか侵入者を楽しませる方に意識がむいてたや。
……そうだね。侵入者じゃなくてお客さんって考えればそれでもいっか。
紙に迷路の下書きを幾つか作る。迷路作りに関しては経験があったので何とかなった。経験といっても学生なら誰でもやったことがあるでろう、退屈な時プリントの裏に落書きする程度なんだけど。一応私のやり方としては最初にスタートとゴールを決めて、その二つを適当にぐにゃぐにゃしながら一本で繋ぐ。次にそこに間違いのルートを書き加えていき、途中迂回路を作ったりしつつやれば――形だけは迷路が完成する。
「実際に誰かに遊んでもらった事があるわけじゃ無いから、これが良いのかダメなのか分からない……まあ、取り合えず今は形にすることだよね!」
それから迷路の途中に広間を作って。この規模なら大きめの広間を一つぐらいにした方が良さそうかな。幾つもあってもしょうがないしここぞって所で使わないと。そして広間を置くって事は何かしらイベントがあるべきだよね。ただ広い空間があるだけっていうのも面白くないし。でも、かといって強い魔物を配置するのはまだ少し不安…………後で考えよう。取り合えずは宝箱を設置するのは確定としておく。
もちろんこれとは別にゴールにも宝箱を設置する予定だ。ちなみに中身についてはまだ検討中。こっちの世界の人が何を欲しがるのかも調査しなくちゃいけない。まあでも無難なところだとイイ感じの武器とか防具、後は便利系のアイテムかなと思っている。
「じゃあそっちは置いておくとして、次は通路への小細工かな。えっと罠、罠っと……うわ、なにこれ!? 何で罠ってこんなに攻撃的なのが多いの!?」
矢が飛び出る仕掛けに、そこに針山がある落とし穴。振って来る天井なんてのもある。どれも確実に引っかかった人間を殺しに来てるじゃないか。
「こんな物騒なのをウチのダンジョンに設置する訳にはいかないっ……!」
誰か死んだら責任なんて取れないし、それこそ危険なダンジョンだと判断されればケルビムが言っていた神聖国なんかの危険な連中がやって来るかもしれない。
と言う訳で、私のダンジョンでは極力安全を考慮した設計をしていく方針に決めた。
まず落とし穴。落とし穴自体は色々使い道があって言いと思う。ただし下に針山があるのは論外なのでまずはそれを無くして材質とかも弄れるみたいだから、落とし穴の底は弾力のあるゴムみたいな素材に変更しておく。まず私のダンジョンで使う落とし穴はこれを基準にしていく。
あ、忘れてた。落ちた場合の上がって来る手段も無いと出てこれないよね。まあこれは角っこに上に登る梯子でも壁に掘っておけばいいだろう。
そんな感じで落とし穴の改造を筆頭に他にも同じように汎用性が高く頻繁に使いそうな罠を改造して私のダンジョン仕様に変えていく。ここで新しく作成した罠を改めて管理画面で非殺傷系罠として登録し一纏めにしておく。これで次から使う時はその都度改造をする必要が無くなった。手間が減るのはいいことである。
それから罠を改造してもう一ついいことがあった。それは僅かではあるものの、元の罠よりも消費DPが少なくなったということ。不要で取り除いた物と、新たに取り込んだ物の収支が取り除いた物の比重の方が大きかったらしい。これも大きな節約にはならないけどいい事には違いない。
一応ではあるものの、DPの回収の仕方にはダンジョン内で生物を殺害するという方法もあるにはある。けれどそれを採用するのは現代日本に生きていた私には憚られる。それに滞在してもらうだけでDPが手に入るんならそっちの方がいいに決まってる。
それにこうやって安全なダンジョンの方が沢山人が集まる……かもしれない。こっちの世界の人基準の感性が分からないから断言は出来ないけどね。でも命が大事だっていうのはどんな世界だって共通のはずだ。
「落とし穴と踏むと矢が出る床は採用しても大丈夫そうかな。設置場所は人間が引っかかりやすい場所――どこだろう。通路の角とか、直線通路の真ん中を少し過ぎたぐらいとか? 罠を組み合わせて油断を誘うっていう手もあるか。それからこういう系のお決まりとして巨大な岩が転がってくるのも欲しいけど、どこら辺に仕掛けようか……――」
そんな感じで頭を悩ませながら紙に殴り書きしつつ、管理画面の中で設計図を組み立てていった。
案の定、その日の内に完成させることは出来なかった。そうしてスライムと交流して、途中何かの参考にならないかと意見を聞いたりしつつ設計図を書き続けること三日後――ようやく草案と呼ぶべきものが出来上がった。
想定よりも早かった、のかな? 当然私にダンジョンを作った経験なんてものは無いので全て手探りで進めていった。それで三日かけて一層分の設計図が出来ればかなり早い方だろう。
ちなみにやってみて分かったのは、これを一人でやるのはもの凄く大変だということ
やっぱり一人の頭で考えられる量、思いつく事柄には限界がある。まだ一層分だけだというのにそれを痛感した三日間だった。でも同時に、やってみるとこれが案外楽しいということも分かった。気が付けば寝食忘れるぐらい熱中して日付が変わっていたなんてこともあったぐらいだ。
だからそういう点で言えば、このダンジョンマスターという力は私に向いているのかもしれない。設計しながらテレビとかで見た似たようなアスレチック競技とかの設計者はこんな気持ちだったのかなと、親近感を持ってしまったぐらいだ。
「さてと、設計図は一旦この辺にしておくかな。後は実際に歩いてみて変なところが確認しながら少しずつ調整していけばいいよね。別に実体化した後でも手は加えられるし。うん、そう考えるとちょっと楽しみになってきたかも!」
そして設計図の完成から更に一日を経た今日、遂に設計図のダンジョンを実体化させる。
初めて作った本格的なダンジョン、どうなるかな……