第5話 唯一の仲間との交流
翌日、特に変わったことも無く目を覚ました。ちゃんとしたベッドで寝たからか、身体の調子も普段通りに戻っている気がする。腕時計の時間を信用するなら起きた時間は朝の8時ぐらいだった。昨日寝たのが23時ぐらいだったっけ。普段学校に行く平日は7時ちょい過ぎぐらいに起きてるから一時間ぐらい寝過したのかな。
それにしても朝目を覚ました時に知らない光景が目に入るのは想像よりも驚かされる。旅行で旅館やホテルに泊まった次の日みたいな感じかな。そう言えば自分って今家にいないんだっけ?、と一瞬頭が混乱するみたいな。その例に洩れず、私も起きた時にここ何処だっけ?となった。まあすぐに昨日の出来事を思い出して朝から吐きたくも無い溜息を吐いたんだけど。
そんな一幕がありつつ、起きてからは普通にDPで出した朝ご飯を食べて身支度を整えて、こっちもDPで出した服に着替えた。
ちなみにだけどこっちに来るときに来ていた制服についてはタンスにしっかりとしまっている。ずっと着続けるには汚れとか心配だし。だから次に着る時は仕事を終えて地球に戻る時だと心に決めている。その時が来るのを待つ、いやそうなるよう頑張っていこうと思うある種の誓いみたいなものだった。
今着ているのは動き易さも考えて上下ジャージにしている。今日は人を呼び込む用のダンジョンの作成とか他にも色々する予定なのでオシャレ着とかはちょっと。というかそういうデザインが凝っているタイプの服はやっぱりDPが高くつくので暫くは控えなくちゃいけない。だから既に出してある服も比較的DPが安めの無地のTシャツなどがほとんどである。
そんな風に身支度を整えた私はまず、真っ直ぐにダンジョンへと向かった。正確には居住スペースとは分けた人を呼び込む方のダンジョンへ、である。
その理由はちょうど朝ご飯を食べている時にふと思ったあることが切っ掛けだった。
「さてさて、今日は何から付けるべきか。やっぱりダンジョンの改装を最優先で進めようかな。ここを作った時と違ってもっとしっかり作りこまなくちゃいいけないから時間もかかるだろうし。というか一日じゃ終わらないかもしれないなあ――そう言えばダンジョンを大きくするってことは、ダンジョンの魔物の数も増やさなくちゃいけないかな? 今はスライムが一匹だけだし…………あ。あのスライム大丈夫かな……?」
自分は昨日の夜もそうだけどちゃんとご飯を食べて睡眠もとっている。だったらスライムも食事とかが必要なんじゃないかと思い至ったのだ。自分で呼び出しておいて後は放置というのはさすがに無責任過ぎる。
ゆえに私は準備を整えると、そそくさとダンジョンへと移動した。行き方はとっても簡単だ。管理画面から行きたい階層を選択するだけ。するとダンジョンマスターの力でその場所に瞬間移動することが出来るのである。
というか現状だと、この方法以外に居住スペースとダンジョンスペースを行き来する方法は無い。せっかく分けたのに繋がったままだと意味無いから、私が生活する居住スペースは完全に隔離した空間にしてみた。だから外と直接つながっているのはダンジョンの方だけなのである。
事前にスライム以外の生物が侵入していないことは確認して、スライムが守っている広間へと移動する。瞬間移動自体はケルビムや上司天使にされた経験があったので、それ自体にはそこまで驚きは無かった。
まあ、ほんのちょっぴり。自分の意思でこれが出来たっていうのには人知れず感動を覚えたけど。
「ええっとスライムは……あ、いた。スライム君! ちょっとこっちに来てもらえる~?」
そう呼びかけるとスライムはもぞもぞと動きながら私の方に近づいて来てくれた。その様子を見る限りやっぱり私の言葉はちゃんと通じているようだし、言う事も聞いてくれるみたいだった。
それにしても私がイメージしていたスライムって有名なゲームのキャラクターの地面に落下した直後の水滴に顔がついたような姿だったけど……この世界のスライムはそうではなかった。まずそもそも顔が無い。一見すればただの水の塊にしか見えないのがこの世界でのスライムの姿形だった。
でも歩く水饅頭みたいなその姿に、私はどことなく愛嬌を感じていた。ぷるぷるとした身体を揺らしもぞもぞと近づいて来る様はさながら小動物のようだった。
液体生物って書いてあったしアメーバみたいなのじゃなくて良かったと思ったのは記憶に新しい。本当なら管理画面で呼び出す前に魔物の姿が確認できたんだけど、慌てていた昨日の私はそれに気付かなかったのだ。次に魔物を呼ぶ時はしっかりと確認してから呼び出そうと思う。
足元までやってきたスライムはその場で動きを静止させる。僅かにだけど身体が上を向いたように見えた気がした。もしかすると同じ色だから分からないだけで、目に当たる部分が存在するのかもしれない。
それはともかく……さっきの様子を見る限り弱った様子は無かった、と思う。でも確認するために申し訳なさを感じつつスライムの食事に関することを聞く。
「急に呼び出してごめんね。幾つか聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「……」
「それじゃあまず何だけど、スライム君は食事の必要ってある? もしあるんだったら何なら食べられる?」
「……、……」
「ふむふむ……」
言葉は交わせないからスライムから伝わってくるイメージというか意志を解読する。
本人曰く、スライムにとっても食事は必要らしい。
また食事については、基本何でも食べられるんだとか。肉でも植物でも、何なら無機物の鉄とかも食べられるらしい。そういえばスライムの説明書きに鉄をも溶かすとか書いてあったと思い出す。
「そっか……ごめんね。昨日呼び出してからご飯食べられて無かったよね。本当にごめんね。ちなみにだけど、何か食べたい物とかってある? お詫びもかねて何でも好きなもの出しちゃうよ!」
「……」
「え、木の実? 外になってるのがあったからそれを食べてみたい? 外に木の実なんてあったっけ……? ていうか君、外に行ったの!?」
ダンジョンの外に出た訳じゃ無くて暇だったから入り口近くまで行って外の景色を観察したりしていたんだとか。
そっか、来る人がいないとこうして配置した魔物もやることが無いんだ。
今後ダンジョンを拡大させていくのならきっと他にも多くの魔物をダンジョンに配置しなくちゃいけない。そこら辺の役割も今後ちゃんと作ってあげないといけないね。
それにしても、雑食で何でも食べられるのに選んだのが外に生っている木の実とは……もしかして木の実、果物とか甘い物が好きなスライムなのだろうか?
「ふむ……」
「……」
「ああ、ううん、何でも無いよ。それじゃあちょっと見にいってみようか。折角だし私も一緒だからダンジョンの外、出てみる?」
「……!」
「よし、じゃあ一緒に行ってみようか!」
通路の先には明るい陽射しが差し込んでいるのが見えた。どうやら時計の時間通りもう夜は明けているようだった。
外に出てみるとすっかり日は昇っていた。太陽の位置は頂点には昇っていなかったからまだお昼前ぐりいなんだろうか。一応、腕時計では十時近くを指している。
「へぇ、月は三つもあったのに太陽は一つだけなんだ。やっぱりよく分かんない世界だ。だからこそ異世界ってことなんだろうけど……それで、スライム君。その木の実ってどこにあるの?」
「……」
「あの辺?……ええ~? 何かある?」
「……!」
「よく見ろって?…………言われてみれば、確かにオレンジ色の何かがついてる木があるかも。君、目が無いはずなのによく見えたね。私もそれなりに視力が良い方なんだけど全然気付かなかった」
スライムが示す方には葉の緑色とは異なるオレンジ色が見えた。
別に距離が離れているという訳じゃなくて、森の薄暗さとか他の樹々が遮ったりして視界が悪くて見えにくい。本当によくスライムはアレを見つけられたものだと素直に感心してしまった。
……ひょっとしてそれ程にお腹が減っていたとか?
だったとしたら本当に申し訳ない。見た感じ結構生ってる気配があるからスライムがお腹一杯になるぐらい沢山収穫して帰ろう。
周囲を見回して何もいないことを確認してからその木の元まで慎重に歩を進める。念のため、なるべく大きな音とかは出さないように注意する。
木の根元まで辿り着き、近くで実を確認するとそれはオレンジ色で柑橘系のような皮を持った果物であることが分かった。途中からまさかとは思っていけど、本当にフルーツのオレンジみたいな感じの果物だった。
「……!」
「ちょっと待ってね、すぐに取ってあげるから」
その木の背はそこまで高くはなく、あまり背が高くない私でも手を伸ばせば十分に収穫することが出来る。
取り合えず一つだけ収穫して匂いとかを嗅いでみると、やっぱり柑橘系の良い匂いが香ってきた。ただ素人の私にはそれが甘い系統のものか、それとも酸っぱい系統のものか、そもそも食べてもいい類のものなのか判別がつかない。
「マズったな……この世界の植物図鑑か何かでも取り寄せておくべきだったか。いや、今からでも遅くないか。スライム君、ちょっと待ってて。これが食べられる果物かどうか調べるから」
「……!」
「え、気にしなくていいって――そりゃ気にするよっ。だってもし毒があったら大変なことになるよ?」
「……」
「毒が、効かない? だから大丈夫だって?……そうなの?」
言われてみればそもそも雑食で鉄とかも食べてしまうスライムだ。人間にとっては毒でもスライムにとってはそうじゃないのかもしれない。でも本人はそう言っててもスライムの説明には毒が効かないとかそんな説明書いてなかったし……う~ん……
「……じゃあ、何かあったらすぐにぺってするんだよ?」
「……!」
「分かった。でも変だと思ったら本当にすぐに吐き出すんだよ? ああ、皮は剥いた方がいい? そのままでいいんだね。それじゃあどうぞ――」
スライムは私から暫定オレンジっぽい果物を受け取ると、すぐさまそれを体内に取り込む。スライムの体液?と言うべきなのだろうか、それに満たされた体内に入った木の実はシュワシュワッと音を立てながら皮の表面から溶けていく。
「おぉ……」
ものの五分ぐらいで体内の果物は完全に溶けて無くなってしまった。
「……!」
「美味しかったんだね。それなら良かった。ああ、毒も無かったんだ。ならもっと食べても平気そうかな。じゃあ幾つか持って帰ってダンジョンで食べようか」
「……!」
スライムが言う所によると、特に毒は無いとのことだった。それで私も味が気になったので二人分持って収穫して持って帰ることにする。
収穫した果物をジャージの上着を脱いで袋のようにして集める。もちろん下にはTシャツを着ているから問題無い。この森って少し涼しいぐらいだからこれぐらい着込んでちょうどいいのだ。そうして十個ほど収穫してからダンジョンの中の広間に戻った。
「それじゃあ、いただきます」
「……」
一つ貰って私も食べてみることにする。
皮に指を入れるとオレンジの大きいやつ、ぽんかん?みたいに厚い皮の感触が返って来た。少し大変だったけど皮を剥くと、中には外の皮と同じオレンジ色の果肉が白い薄皮に包まれて入っていた。それにより、もっと強い柑橘の香りが漂ってきて見た目はかなり美味しそう。
そうして一房千切って食べると……想像よりも少し酸味強めの味が口の中に広がった。けれど酸っぱ過ぎるということはなく、十分に食べることが出来る味だった。
「うんうん、悪くない。ちょっと酸っぱい気もするけど野生種でこれだけ甘みがあれば十分だ。うん、これは良い発見をした。ありがとう、スライム君」
「……!」
視線を下に向ければピラミッド状に積まれた果物の山をスライム君が崩しているのが目に入った。一つ食べると満足そうに身体をぷるぷると震わせて次の一つに手を――スライムだから触手?かなを伸ばしていた。
両手で抱えて持って帰って来た果物も二人で食べれば次々と数を減らしていった。そしてあっという間に小山になっていた果物を食べ尽くしてしまった。
「うっぷ、朝ご飯食べた後なのにちょっと食べ過ぎたかも……」
「……」
「スライム君も満足した? ていうかスライムって全部溶かしてるから幾らでも食べられそうだけど、満腹って感覚もあるんだね。にしても食べた食べた……少し休憩したら腹ごなしにそこら辺を散歩しよっか。他にも何か発見があるかもしれないし」
「……!」
スライム君は好奇心旺盛というかアウトドアな性格らしく、散歩と聞くとすぐにでも行こうとその場でぴょんぴょんと跳ね始めた。よほどダンジョンの外に興味津々らしい。まあかく言う私も外は怖いと思いつつも、興味はあるんだけどね。
とはいえ、昨日や今日見た限りでもそうだし知識にある地理でもそうだけどこのダンジョンの周りは森ばかりが広がっている。それに見て覚えてる範囲では人の手が入ったような道とか建物は無かった。
「こうなってくると、人を呼ぶには道を整備した方がいいかな? でも数十km単位になるだろうし、かなりDP使っちゃうなあ。そっちはいよいよ人が来なかった場合にした方がようさそう。でもDPに余裕を作っておくにこしたことはない、か」
「……」
「ん? ああ、どうやってこのダンジョンに人を呼ぼうかなって考えてたの。そういえばスライム君はダンジョンの魔物だけど、ダンジョンについてどんな風に聞いてる?っていうか、知識を持ってる?」
「……」
そんな風に食後の休憩を挟みつつスライムと雑談をして時間を潰した。お互いの認識について色々と共有しつつ、私も魔物側がどんな考えを持っていたのか気になっていたからちょうどいい機会だった。
そうしているとあっという間に時間が過ぎ去ってしまった。
「おっと、気が付いたら結構経ってた。お待たせスライム君。そろそろ散歩行こっか」
「……!」
さて、今度は何か新しい発見はあるだろうか?