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第4話 あっという間に夜

 私は身体の痛みと共に目を覚ました。クッションも敷いていない床で眠ってしまったせいだ。疲れを取るために眠ったはずなのにむしろ眠る前よりも疲れたような気さえしてくる。


「ベッド、出しておけばよかった。まあ今更言っても仕方無いんだけど。うーんっ、カチコチになっちゃってる。今夜はちゃんとベッドの上で眠ろう……あれ? 今って何時だ?」


 どれぐらい眠っていたんだろう? 変な時間に眠ってしまったせいで時間感覚が全然分からない。

 時間を確かめる為に一旦ダンジョンから外に出てみることにした。隠し部屋の外にいたスライムに簡単な挨拶をしてからダンジョンの通路を抜け洞窟の外に出る。

 

「うわぁ、これは凄い……」


 外に出ると、空は暗く既に夜の帳が下りていた。

 しかし決して外は真っ暗じゃなかった。何故ならば空に大きな月が()()輝いていたからである。地球ではあり得ないその光景は、私が今いるこの場所が改めて異世界であるということを認識させられるものだった。

 月が明るすぎるせいなのか星はほとんど見えないけれど、幾つか特に輝きを放っている星を発見することが出来た。地球から見える火星とか金星みたいなものなのかもしれない。


「こっちの世界にも星座とかあるのかな? ヤバいな。そんな場合じゃないはずなのにちょっと楽しくなってる自分がいるよ。というか、そっか、夜か……何もしないで一日終わっちゃった」


 まさかの初日が寝て終わってしまった。そして夜なのは分かったけれど結局今が何時なのか分からない。夜になってすぐなのか、それとも真夜中なのか。月の位置で考えようにもそもそも地球の常識が通用するかも微妙だし。せめて夕方ぐらいだったら目安になったのに……いや、それはそれで明け方とどっちなのか分からなくなったかもしれない。


「えっと、時間を確認する道具ってあったっけ?――」


 管理画面からダンジョンの機能で作成できるものの一覧を確認する。ダンジョンを運営するには単にダンジョンを作るだけじゃなく、さっきのスライムがそうであったように他にも様々な機能が必要となる。

 そのうちの一つに、ダンジョンに設置する『宝箱』に関する力がある。中に武器や防具、アイテムを入れてダンジョンにやって来た者への報酬とするのが『宝箱』。そして当然その中身を作り出すこともダンジョンマスターの力で可能なのである。 

 まあ、そもそもなんでダンジョンにやって来る侵入者に報酬なんて用意しなくちゃいけないんだよと思うんだけど。でもDPのことを考えればそれはそれでウィンーウィンな関係なんだろうとも思う。


 宝箱の項目から更に小分けにされている中身に関する項目を見ていく。

 すると十分ぐらい探してようやく目的の物を見つけることが出来た。それをDPを消費して実体化を行う。すると一瞬で私の手の中に目的の物、時計が現れた。


「アナログの腕時計……やっぱりこれ地球の物だ」


 そう、それが明らかに地球の物だった。色々見ていると作成できる物の中には大きく分けて二種類があることが分かった。それは私が知っている物と知らない物――つまり地球の物とこの世界の物の二種類。

 これは嬉しい想定外だった。こっちの世界に来たからには地球の物に触れるのは仕事を全て終えて帰った時だと覚悟していた。軽く見ただけでも服やら食料品やら色々確認出来た。


 それで気になって時計を出してみたはいいものの……


「……これ、この世界でも通用するのかな? 思わず出しちゃったけど、文字盤に書いてあるのアラビア数字だし向こうの世界基準だよね?」

 

 月が三つもあるし、とても時間の感覚が地球と同じだとは思えないこの世界。でも出した腕時計には地球と全く同じ1~12の数字と、短針と長針が存在している。

 一応、この時計によると今の時間は19時を過ぎもうすぐで20時になりそうなぐらいを指している。もしこれが正しい時間を測れているのなら今は20時ちょっと前ぐらいだということになる。


「う~ん、まだどっちとも言えないかあ。まあ一先ずは合っているって仮定して動こうかな。明日になればそれもはっきりするだろうし。となるとやっぱり変な時間に起きちゃったか……取り合えずダンジョンに戻ろう」


 活動するには遅く、かといって寝るのにはまだ少し早い時間だ。そこで部屋に戻って少しだけ今後の方針を考えてから休むことにした。

 また途中の部屋にいたスライムにおやすみと挨拶をしてから隠し部屋に引っ込む。


「うん、まずはちゃんと居住環境を整えることから始めようかな。やっぱり拠点を作るなら住み心地って重要だよね。ベッドは当然として他に必要そうなのは……着替え、お風呂、キッチン、トイレかな? 出せる服とか食料もさっき見た限りだと地球の物がありそうだったから一安心。ああでも『DP』についてはちゃんんと考えて使わないと。今のところ補充する手段がないし。そっか、そっちの補充手段も追々考えないとなあ」


 まだまだやることは沢山ありそうだ。


 『DP』――ダンジョンに関わるあらゆる物事にはDPを消費する必要があるのだ。ダンジョン限定の通貨みたいなものが『DP』なのである。ダンジョンを作るのにも、さっきみたいに物品を出すのにも。もちろん魔物を出すのにさえ使わなければならない。

 そしてダンジョンマスターの力を確認した時に最初から備わっていたのは1万DPだった。これは一見多いように感じるけれど意外とそうでもない。例えば今いるこのダンジョンを作る時に消費したのは1千DPだった。つまり一度のダンジョン作成で一割も消費してしまったのである。私はこれを現状では多い消費だと考えている。

 故にちゃんとした入手手段を得るまでは可能な限り節約しなければならないのである。


「水と食料は最優先にするとして、やっぱり継続的に使える方がいいから水道は欲しい。お風呂も作ろうとするなら上下水道は必須かな? DPどれぐらいかかるだろう……あ、意外とかからない。食料もこれは安い方なのかな? ライフラインとか生活必需品はひょっとすると安く設定されてるのかも。だとしたら結構優しいな。ダンジョンマスターの力って」


 まずは部屋の改装から着手してみた。私室としては広すぎたので色々と設備を作っても十分に生活するスペースは確保することが出来る。

 上下水道(どこから水が来て、どこへ排水されるのかは謎)を整備したお陰で、お風呂もトイレもキッチンも使用可能な状態になった。現状だと痛い出費かもしれないけど、まずはきちんとした生活環境を整えた方が他の事に集中できるはず。そう軽い言い訳をして居住スペースを充実させていく。


「よし、一先ず部屋の改装はこんなもんでいいかな。次は……これからどうやって動くか、だよね。まあ基本方針が廃棄物関連なのは変わらないんだけど」


 廃棄物関連に着手する為にはもちろん入念な準備をすべきである。そして私の場合、ダンジョンマスターの力を有効活用すべきだ。授かった力がこれなんだし上司天使曰くこれが最も私に適した力らしいし。

 そしてダンジョンマスターの力とは、どうしてもそれを振るうのに『DP』が必要になる。そんなDPに縛られる一方で、使い方次第によっては十分に自分を強化することの可能になるのがダンジョンマスターの魅力だ。

 例えば、宝箱の中身として作れる強力な武器や防具をそのまま自分のものとして使ったっていい。他にもさっき見た限り便利そうなアイテムを色々と作ることが出来そうだった。


「そしてDPを稼ぐにはダンジョンに生物を引き込むのが一番効率が良い――んだけど、こんな森の中にあるダンジョンに誰が来る? そもそもここにダンジョンがあることに何時気付かれる?」


 そこが問題なのだ。DPを補充する手段は幾つか存在する。その中で最も効率が良いのが生物をダンジョンに引き込み、その生命力を吸い取ることだ。生命力を吸い取ると言っても幽霊とか吸血鬼みたいに怖いものじゃなくて、身体から自然と滲みだす……何だろう、オーラ?みたいな何かを吸収するらしい。だから長期間ダンジョンに滞在したといても特に倦怠感を覚えるとかそんなことは無いんだとか。 

 ただし、これはダンジョンに紐づけされていない生物でなければ吸収することが出来ない。私や、向こうの部屋にいるスライムがどれだけダンジョンに滞在していようとDPは1ポイントも増えないのだ。つまり外部から人なり動物なりを引き込む必要があるということ。


「そこら辺で動物を捕まえてダンジョンに放り込んでみる? いやいや、猟師じゃないんだから動物の捕まえ方とか知らないし。絶対にウサギも捕まえられないよね。じゃあ餌で釣る? もしくはスライムか他の魔物に頑張ってもらう?……駄目だ。上手くいく気がしない」


 唯一上手くいきそうなのが餌で釣るぐらいかな。そもそもスライムは最弱とかって呼ばれてるんだから他の生き物を捕まえて引っ張って来るとかまず無理だろう。


「う~ん……困った時は頼ってみよう。ええっと――」


 あることを思いついた私はダンジョンの管理画面を出す。そしてそこの隅っこの方にある『ヘルプ』と書かれたボタンを押す。すると管理画面が携帯電話の通話呼び出し中のような画面に代わる。しかもコール音までちゃんと鳴るという凝り具合だった。


『はいはい、こちらケルビム。どうかしましたか、有紗さん?』


「あ、ケルビムさん。ちょっと相談したいことがあるんですけど、いいですか?」


『有紗さんもですか。構いませんよ。私は皆さんのサポート役ですからね。極力、協力するようにと言われてますし』


「ありがとうございます。実は――」


 通話向こうのケルビムに授かった力と現状、そしてこれからどうしたいかを伝える。


 上司天使が言ってたように私達五人にはケルビムとの通信手段がそれぞれ渡されていた。私の場合はこうしてダンジョンマスターの力の一部に組み込まれている感じ。他の四人がどうやって通信を取るのかは知らない。まあそこは特に気になる部分でもないし。

 ケルビムは私の話を相槌をうちながら聞いていた。飛ばされる前の雰囲気から若干心配ではあったものの話半分で聞いているという感じでは無さそうだった。

 

『なるほど。つまりDPの補充手段について悩んでいる感じですか』


「そうです。一応、まずはダンジョンマスターの力を使って戦力の確保とか廃棄物に挑む準備をするっていうのは決めたんですけど……その為にはDPが絶対に必要なんです。でも上手く稼ぐ方法、というか方針が思いつかなくて。それでケルビムさんに相談してみようかな、と」


『ふむ。最初の方針としてはそれでいいと思いますよ。何の準備もせずに廃棄物に挑もうとするなんて馬鹿の所業です。むしろ過剰に準備し過ぎるぐらいがちょうどいいまでありますからね。それに一気に全てを解決しなくてもいいんです。きちんと安全マージンを取って、何度か挑戦してその都度対応法を修正してみたいな感じで』


「なるほど……」


『で、DPの稼ぎ方ですか。有紗さんも、また珍しい能力を授かりましたねー。ダンジョンマスターの職業を持つ人なんてその世界全体で見ても100人もいませんよ? まあでも、他の皆さんもそれぞれ稀有な力を授かっているようですけどね』


「そうなんですか?」


『ええ、ついさっきまで早乙女さんとも話してたんですよ。彼も自身の授かった力について悩んで相談してきた感じですね。他のお三方はまだですけど、こちらから様子を見ている限り時間の問題でしょうね』


 早乙女さん……確かあの小柄で中性的な顔立ちをした男子学生だったっけ?  

 それにしても、そうなんだ。他の皆もそれぞれ授かった力を持て余してる感じなのかな。そう考えると、あまり良くはないかもしれないけどちょっとだけ安心する。こうして手をこまねいているのが私だけじゃないってことだし。


『そうですね……特に何もしなくていいと思いますよ?』


「……はい?」


『ああ、もちろんダンジョンは充実させておいた方がいいですね。やっぱり人を招く場所なのでそれなりに整えておかないと入って来ずらいでしょうし』


「いや、えっと、そういうことじゃなくてっ。何もしなくていいってどういうことですか……?」


『ん?……ああ、そういうことですか。有紗さん、有紗さんはその世界におけるダンジョンがどんな存在かって分かってますか?』


「いえ。ダンジョンの知識はあるんですけどそこまでは……」


『なるほど。じゃあその世界でのダンジョンというものについて認識を共有していおいた方が良さそうですね――』


 そう言ってケルビムが語り始めたこの世界でのダンジョンについて。


 ダンジョンでは強力な武器や防具などが産出される。それらの中には地上の常識を遥かに超えるような一品もあるのらしい。文字通りの一騎当千が出来てしまうようなもの凄い強い装備などだ。

 更にアイテム類の中にもそうした物が存在する。既に作り方が失伝してしまった薬や道具、今の人間には作り出す事が出来ないような埒外の効果を持ったアイテムたち。 

 いずれにしても手に入れれば一生遊んで暮らせるだけの金と名誉が手に入る。だからダンジョンにはそうした夢を抱いた人間たちが多くやって来るのだとか……故にダンジョンはこう呼ばれることもある。


 ――夢の集積地、と。


 世界中から集まって来るトレジャーハンター的な人達が、そういった一攫千金クラスの装備やアイテムを求めるのだ。そしてある者は名誉を手に入れ、またある者は途中で挫折し、そしてまたある者は道半ばで命を落とす。 

 それがこの世界におけるダンジョンという場所らしい。


『だから放っておいてもそのダンジョンが誰かに発見されれば、すぐにでも賑わうようになりますよ』


「……あの、ケルビムさん。このダンジョンがある場所、相当人里から遠いんですけど。本当に発見されますか?」


『……』


「あの、ケルビムさん?」


『そ、そうですね。暫く待っても誰も来なければちょっと宣伝の必要が出てくるかもしれません。有紗さん自身が街にいってその場所にダンジョンがあると噂を流してもいいですし、周辺に魔物をばら撒くのも良いと思います。そうすれば調査団が派遣されてくるでしょうから、その過程でダンジョンが発見される可能性があります』


「出来ればどっちも控えたいですけど、その内街には行きたいと思っていたのでいざという時はそうしたいと思います」

 

 本当は危険なことはせずにダンジョンの奥に引き籠ってたいんだけど、そうも言っていられない。せめて自分周辺の戦力を充実させてから行こうと思ってはいたんだけど、もしもの時を考えて少し自分を鍛えるべきかもしれない。

 せめて剣ぐらいは触れるように明日から筋トレでも始めるべきだろうか。確かダンジョンマスターで作れるアイテムの中に武術の入門書みたいなのがあったような――


『頑張ってください。ああ、それから! ダンジョンの扱いに関して話したのでついでに()()()()()()()についても話しておきますね』


「……ダンジョンの敵?」


『そうです。ダンジョンマスターというのは色々特殊ですから、天敵が存在するんです。それが大きく分けて二つ。一つは有紗さんと同じダンジョンマスターの力を持つ人間。そしてもう一つが世界中のダンジョンを破壊して回っている神聖国の連中です。特に神聖国の奴等、コイツ等には気を付けてください。アイツ等マジで話が通じないので』


「そんなに酷いんですか……?」


『もう魔物とかを毛嫌いしてる連中ですから、ダンジョンマスターとかもっての他です。ダンジョンマスターの方は今有紗さんがいる場所の周辺には居ないので暫くは関わることはないでしょうけど。でも、神聖国の連中は別です。どこからともなく嗅ぎつけてやって来ますから。有紗さんも十分に注意して下さいね?』


「分かりました」

 

 神聖国、しっかり覚えておこう。


『色々と話ましたけど、ダンジョンは発見されれば何もしなくても人が寄ってきます。ですからまずはダンジョンをしっかりと整備して待つのも一手だと思います。ただし発見された場合にはメリットの他にデメリットも存在するので注意しましょうって事です』


「ありがとうございました、ケルビムさん。お陰で何となくの方針が立ちました。取り合えずはダンジョンの改装から手を付けてみることにします」


『その意気です。頑張ってくださいね。有紗さんの場合はダンジョンの力がそのままご自身の力になります。ですからダンジョンの力を拡充していくのは必須。ダンジョンというお店を切り盛りして有名店にしていくのが、店長である有紗さんの役目です』


「店長って、何か違くないですか?」


『ははは、細かいことは気にしない! あと居住空間とダンジョン空間は階層を分けることをおすすめします。何かの事故で他人が居住空間に入って来るのは嫌でしょ? ほとんどのダンジョンマスターもそうしてますし』


「なるほど確かに……」


『自身でも分かっている通り、その場所は頻繁に人がやって来る場所じゃないので時間は十分にあると思います。その時に備えて少しずつでも充実させていくのがよろしいかと』


「分かりました。色々ありがとうございます、ケルビムさん」


『いえいえ。これが私のお仕事ですからね。それではまた何かあれば――』


「ありがとうございました」 


 ケルビムとの通話を終了する。


 時計を確認すると時間は21時になろうとしている。なんやかんやで一時間ぐらい話し込んでしまったみたいだった。でも知っている人と話したお陰なのか少しだけ心が落ち着いた気がする。


「今日のところは階層分けだけやって終ろうかな。本格的な改装は明日からにしよう」


 そうしてダンジョンと自分の居住スペースを区切るんじゃなくて階層で分ける作業を行う。それからご飯食べたりお風呂入ったりしてからベッドに入った。

 するとさっき睡眠をとったはずだったのに驚くほどすんなりと眠気がやって来た。


 明日からはもっと忙しくなるだろうから頑張ろう――

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