第28話 王都ダンジョン第五階層
グラン達の冒険者パーティ―はその日、遂に最終階層である五階層への入り口を発見した。
もちろんダンジョンの全体像を知らない彼らには次が最終階層であるなどと分かるはずもないため、気持ちとしてはこれまでと同じただ次へ進むための道を見つけたときぐらいの反応だった。
「さて、五階に降りる階段を見つけた訳だが――」
「是非とも行きましょう!」
「何でそう積極的なんだよ、アンタは……」
リーダーであるグランの言葉を遮って主張したのは、このパーティーに臨時で参加している本職は研究者のメリッサだった。
彼女はこのダンジョンの特異性にいち早く適応し、かつ元々の気質が合致したのか次第に積極的な姿勢を示すようになっていった。いや別に最初が積極的じゃなかったわけではない。何せ研究者でありながら自分の身でダンジョンに入ろうとする傑物である。
これが一般的な魔物が襲い掛かって来るようなダンジョンだったらどうかは分からないが、少なくとも有紗の作ったダンジョンにおいては活き活きと活躍していた。
しかしこの冒険者パーティ―の舵をとるのは、あくまでリーダーであるグランの役目。
メリッサを含めた仲間たちの視線がグランに集まる。
「……行ってみるか。まだ今日はそこまで消耗しちゃいないからな。だが五階層、こういった区切りのいい階層には特別な仕掛けだったり魔物が配置されてることがある。十分に安全マージンを取っていくぞ」
「「「了解っ!」」」
「メリッサも、気を引き締め直しておけよ。何が来たって不思議じゃないからな」
「分かりました。何があってもすぐに動けるようにしておきます」
「よし、それじゃあ進むぞ――」
下へと続く階段を一歩一歩確実に、しかし緊張感を持って降りていく。
階段の終わりはすぐに見えてきた。現在位置から見た限りではさほど変わった様子は無いように思われた。
そしてついに一番下へと辿り着く。
「こりゃまた、すげぇもんが出てきたなぁ……」
「それはシャレですか? リーダー?」
「は?……っ、馬鹿言ってないで装備とアイテムをもう一回確認しておけ! おそらくボスクラスのモンスターが出てくるぞ!」
目の前に佇むものを見て無意識で言った言葉をからかわれたグランは少し赤くなりつつ仲間たちを怒鳴りつける。
一方でメリッサはそのやり取りにくすりと笑った後、今の会話で気になった部分を問いかける。
「グランさん、ボスクラスのモンスターがいるというのはやはりこの『扉』が理由ですか?」
「ん、ああそうだな」
「……このダンジョンで魔物が出てくるでしょうか?」
「さあな。ここまでのやり方を通すんだったらトンでもねえ難易度の罠が待ってるだろうし、ここぞってところでとびきりの魔物を配置している可能性もある。だがな……感じるんだよ」
「感じる、ですか?」
「ああ。気配、みたいなもんか? この先に何かとてつもなく強い力を持った存在がいるってのが、扉の外にいるのにびんびん伝わってきやがる。」
「…………」
グランが言っているのは完全に勘の類の話だ。ゆえに理論でものを考えるメリッサにとっては俄かには信じられない言葉である。
しかし、魔物にその勘が反応する場面こそ無かったもののそれが発揮される場面には遭遇したことはあった。それはダンジョンの仕掛けに対して、自分でも気づけなかった隠された仕掛けをグランがあっさりと看破したとき。
ゆえにグランの言葉を完全に否定しきることもできず、半信半疑な気持ちのまま自身も戦闘を見据えた準備を行う。
装備点検や念のために魔物を警戒しつつ短時間の休憩を挟んで、いよいよ五階層の本丸へと続く扉に手をかける。
グランが正面に立ち仲間の二人が両開きの扉に手をかけてそれを一気に開く。
その瞬間、グランを先頭としてパーティーメンバーとメリッサは一気に中へと突入した。
「っ……」
後ろの扉から差し込む光だけが内側を照らしており、その光が届かない場所は真っ暗闇が覆っている。
グランは正面に剣を構えつつ、じりじりと先へと踏み込む。
そしてその足先が闇の中へ一歩踏み出したその時だった――
――ぼぼぼっ
「「「!?」」」
突然、あちこちで火を点けるような音が響いた。
その発生源は壁に飾られた松明であり、最初からそこにあった松明に次々と炎が灯されていく。
それを光源としてようやく部屋の全貌が明らかになった。
同時に、松明の光はこの部屋の――――主の姿をも闇の中から浮かび上がらせた。
『グルゥ…………』
グランたちの耳に届いたのは低い唸り声。決して大きくないその声は、けれども聞いた者の心臓を鷲掴みにするような威圧感を伴っていた。
遥か上からグラン達を見下ろすのは縦に割れた金色の双眸。真っ赤な鱗に包まれた肌。そして冒険者として恵まれた体躯を持つグラン達でさえも足元程度の大きさしかない強大な身体。
その姿は紛れもない……ドラゴンそのものであった。
『とうとうここまで辿り着く者が現れたか』
「しゃ、喋った……!?」
『人の言葉を話す程度なんてことはない。それとも言葉を話す魔物に会うのは初めてか?』
ドラゴンの口は動いていないにも関わらず言葉が聞こえる。
果たしてどういう原理で言葉を喋っているのかは謎だが、そのドラゴンは確かに喋っていた。そしてその眼は真っすぐにグラン達を射抜いている。
『さて貴様らはここ、ダンジョンの最終階層に挑戦しに来た者で間違いないか?』
「そう――」
咄嗟に「そうだ」と答えそうになったグランだったが、それを言い切るに口を塞ぐ。
そう多く言葉を交わした訳ではないが、それでも冒険者として多くの修羅場を潜り抜けてきたグラン達には分かっていた。
目の前に鎮座する存在と自分達では埋めることの出来ない圧倒的な力の差があるということに。もし今のまま挑んだりすれば間違いなく全滅させられるということに……
ゆえに答えは慎重に選ばなければならない。はいそうですと答えた瞬間にあのドラゴンが襲い掛かって来ないとも限らないのだから。
「……言葉を遮って悪いが、教えて欲しいことがあるんだ」
『ふむ、なんだ?』
「ここはダンジョンの最終階層だと言ったな。そしてこの場にアンタがいる……それはつまりアンタがこのダンジョンの最後の相手ってことなのか?」
『そんなことか。それぐらい聞かずとも分かるだろう。でなければ我がここにいる意味があるまい』
「そう、か……」
ドラゴンの答えは死刑宣告にも等しかった。
――このドラゴンと戦う?なんだそれ、攻略させる気あるのか?
そんな意味不明な悪態が胸の内で呟かれる。
『質問には答えた。ではもう一度聞こう。貴様らは挑戦者で間違いないか?』
「「「……」」」
今度ははぐらかすことは許さぬとばかりに威圧感の込められた言葉に全員の頬を冷や汗が伝う。グラン達ならまだしも、こういった経験の少ないメリッサに至っては顔色を真っ青にして身体を震わせていた。
こんな状態でコイツに勝てるか? いや、勝てるわけがない。
となれば取れる手段はたった一つ。
グランはメリッサを除いた仲間の面々にちらりと目配せをする。そして――
「おらっ!!!」
『っ!』
先頭のグランが腰のポーチから取り出した何かを地面に叩きつける。その瞬間、部屋全体を照らす猛烈な光が発生した。ドラゴンはそのあまりに眩しさに思わず目を細める。
そして光がおさまりドラゴンが再び目を開けたとき、既にそこにグラン達の姿は無かった。あるのは地面に転がっている先程の光の光源と思わしき道具のみ。すぐに長い首を回して部屋全体に視線を巡らせたが、やはりどこにも彼らの姿は無かった。
それはつまり、グラン達が『逃走』を選択したことを意味していた。
『なんだつまらん。ようやく我のところにも遊び相手が来たと思ったのに……』
そうつまらなそうな声音で呟いたドラゴンは最初と同じようにその場に伏せる。
少ししてグラン達が入って来る前のように松明の火が一斉に消えて階段の方へと繋がる扉が勝手に閉じた。ドラゴンの姿は再び闇の中へと消えていったのだった――
一方、五階層から全速力で逃げ出したグラン達の姿は四階層の、五階層へ続く階段のすぐ上にあった。
そこまで長い距離でも無いだろに息を切らし呼吸が荒くなっている。それだけ本当に全力で駆け抜けたからなのか、それともドラゴンの威圧が消え去った開放感から来るものかもしれない。
グランだけはずっと階段下に視線を向けてドラゴンの追撃を警戒していたものの、暫くしてもその気配が無かったのでそこでようやく大きく深呼吸をした。
「リーダー。ほら、これ飲んでください」
「おう、ありがとよ」
仲間が投げて渡した皮の水筒を一気に直角に傾けて中の水を浴びるようにして飲む。
一本丸々飲み切ったところで、再び大きく息を吐き出した。
「はぁ~……お前ら、全員生きてるよな?」
「大丈夫っすよ~」「すげえ疲れたけど……」「何とか生きてるぜ」
「メリッサも少しは落ち着いたか?」
「はい……まだ身体が震えている気がしますが、大丈夫です」
「顔色も大分よくなってるから大丈夫そうだな。どうせここに魔物は出てこねえんだ。少し休憩してから戻るろうぜ」
「「「うぃ~っす」」」
「……皆さん、普通ですね。悔しくないんですか?」
メリッサはそんなやり取りを見て疑問を口にした。
何故なら冒険者にとって魔物から逃げるということは恥ずべき行動だと聞いたことがあったからだ。いくら強大な力を持つ魔物が相手だろうと、その武勇の為に挑んで死んでいくことこそ自分達の誇りとしているのが冒険者という者たちであると。
しかしグラン達は、そんなこと一切気にしていないかのようにごく普通にいつもと同じように振舞っていた。
メリッサはそれを口に出してから自分がとんでもなく失礼なことを言ったことを自覚する。
「っ、す、すみません! 大変失礼なことを口走りました! どうか今のは忘れて――」
「そりゃあ悔しいに決まってるさ! あんだけ強い魔物が守ってるんだ、あの先にはきっととびっきりのお宝が眠っているに違いない! それをみすみす目の前まで行って取り逃したのは恥以外のなにものでもないぜ~! ちきしょ~!!」
グランのその言葉にパーティーメンバーたちもその通りだと大きく頷く。
「あ、いえそっちではなく……魔物相手に背を向けて逃げたことが……」
「あぁ?……ああ、そういうことか。確かに一部の連中は冒険者たるもの魔物から逃げるべからず、なんて言ってやがるのもいるな。だがまあ、俺達にとってはそんなのどうでもいい。何たって俺達の目的な魔物を倒すことじゃなくて、ダンジョンのお宝を見つけ出してこの手に入れることだ。わざわざ危険を冒してまで強い魔物に挑む理由があるか? いや、ないね!」
「そういうものなんですか……?」
「ああ、そういうもんだ。というわけで、戻ったら早速作戦会議だ! あのドラゴンをどうにかしないと話にもなんねえからな。メリッサ、学者先生のアンタの知恵も期待してるぜ? まあアレを見てまだダンジョンに挑みたいって思えるなら、だけどな」
「……もちろんです。どこまで出来るか分かりませんが、持てる力で協力します」
メリッサは、話で聞く冒険者と実際に見たものはやはり違うと感じていた。
それと同時にやはり自分の足で赴いて良かったとも思ったのであった。
グランやメリッサたちがその団結を深めている頃、暗闇に閉ざされていた王都ダンジョン五階層に再び光が灯った。
それは先程の松明のような光ではなく天井から部屋全体を照らす照明のような明かりだった。
『……ん?』
その変化に気付いたドラゴンは閉じていた瞼を開ける。その変化に何かを悟ったのか伏せていた身体を起こした。それから少しして五階層にドラゴン以外の人影が出現する。
「お邪魔するよ~」
『やはりアリサ殿か。さっきぶりだな』
「そうだね。初の挑戦者が来るかもしれないって連絡したときだから三十分も経ってないぐらいかな?」
やって来たのはダンジョンマスターである有紗だった。
有紗に声をかけたドラゴンは、さっきまでグラン達と話していた時のような威圧感はどこへやら柔らかい雰囲気と優し気な声音で語りかけていた。
『して、どんな御用かな? 今日はこの後何かあった記憶は無いのだが……?』
「ちょっと感想を聞きにきただけ。ほら、さっき挑戦者――と言っても逃げちゃったんだけど、冒険者の人達が来たでしょ? それでどんな感じだったかなって」
『ふむ、まあアリサ殿が言ったように少し話したら逃げてしまったからな。感想というほど感想も出てこんのだが……まあ強そうな人間ではあったな。身から立ち昇るオーラや魔力がしっかりと鍛錬を積んだ者のそれであった。もっとも我もそう詳しくは無いんだが』
「ここまでの仕掛けの数々を乗り越えてきたんだからそりゃ強い人達ってことか。それにしても、どうしてあの人達挑戦もせずに逃げちゃったんだろう? ドラゴンさん、こんなに話しやすいのに」
『それは我もよく分からん。出来る限り優しく話したつもりではあったが…………やはり我の強者の気配に恐れをなしてしまったのかもしれんな! がっははは!』
「そういうもんなの? でもそれだと、ここに来る人皆さっきみたいに回れ右しちゃうことになるから、別の魔物を配置した方がいいのかな……?」
『さ、さっきは我も興奮してちょっと威圧感が漏れてしまったかもしれぬ! 次はもうちょっと抑え気味でやってみるからっ!!』
人間の、それもまだ子どもに会話の主導権を握られている様子のドラゴンの姿は何とも言えないシュールさがあった。
果たして次にこの五階層にやって来る者たちはドラゴンのちょっと抑えめに威圧感に耐えて挑戦することが出来るのか。そしてここで待っているこのダンジョン最後の試練とは何なのか……
それを最初に体験するかもしれなグラン達は今も正に、このドラゴンを攻略する為の作戦を立てているのであった。




