第24話 それは……ダンジョン
グラン達がこれまでの自分の常識からかけ離れたダンジョンに戸惑っているとき、その様子を外から観察している目があった。
当然ながらその正体は、このダンジョンの主である有紗だ。
「戸惑ってる? やっぱり変なのかな~……?」
管理画面に映るのはちょうどフェアリーの話を聞いているグラン達の姿だった。
昨夜、有紗がローゼリアやドルフェンと一緒に出来たてほやほやのダンジョンを周ったときのことだ。中を一緒に周る中で、ローゼリアとドルフェンの表情が次第に変な顔になっていった。その何とも言えない絶妙に困った様な顔の理由は、二人が持つダンジョンの知識と目の前に広がるそれの乖離から生じたものであった。
入り口からしてもしかして、という考えは二人の中にあった。そしてその予感は見事に的中した。異世界人である有紗が作ったダンジョンは、あまりにも自分達の常識から外れていたのである。
故に二人は今のダンジョンの仕様について、このままだと不味いと有紗に提言した。
それを聞いた有紗が急遽用意した対策が、あのフェアリーだった。
まず根本的にこちらの世界の常識とは異なるダンジョンの仕様、つまりルールを各人で理解しろというのは無理があった。一応、最初から立て看板だけはあったものの、あんなものを端から信用する冒険者の方が少ないだろう。
そこで、あのフェアリーだ。
役割は本人、本魔物が言っているようにダンジョンに入って来た者への案内人。つまりダンジョンのルールを説明することが主な役目である。何故フェアリーなのかといえば人と、言葉によるコミュニケーションを取ることができ、加えてあまり警戒されにくい容姿を意識して有紗が選んだ結果だ。
その点、グラン達と話しているフェアリーは確かに可愛らしい外見をしていた。
まず身体は普通の人間と比べると、体長は子どもよりもずっと小さい。手のひらサイズという言葉がピッタリな大きさだ。登場したときほどではないものの、薄っすらと輝きも放っている。正確には光っているのはフェアリーの身体ではなくその背に生えた羽だ。昆虫の蝶のような羽はその表面がキラキラと輝いている。
そして身に着けている衣装は、緑色のワンピースと腰に皮のベルトを巻いている。同じく明るい緑色の髪と合わせて、いかにも森の中に棲んでいる妖精といった佇まいをしていた。
「まずはあの人達が理解してくれるかどうかだよね。もしダメだったら、この世界の標準的なダンジョンを調べて一から作り直しだからなぁ…………」
有紗は自分のダンジョンへの、ある意味では初となるちゃんとした侵入者にワクワクしつつも、その次に取る行動はどうなるかと憂鬱な気持ちで管理画面を眺めていた。
ダンジョンで自らを案内人と名乗るフェアリーと遭遇して、グラン達は一旦剣の構えを解きつつ警戒心はそのままにフェアリーの話を聞いていた。ある程度聞き終わったところで、グランが聞き返す。
「じゃあつまり何か。このダンジョンでは――死ぬことが無いって、そういうことか?」
『少し違いますが、基本的にはそうですね。こちらが用意するアイテムを身に着けておくことで、死んだとしても瞬時に蘇生して地上に送り返します』
「マジかよ……」
『と言っても決してノーリスクじゃないですよ。ペナルティとして生命エネルギーの大半を没収、また装備品の一部もこちらで回収します。一週間再チャレンジ禁止と決められてますけど、それがなくとも暫くはチャレンジ出来ないでしょうね』
「……」
死なないだけで十分過ぎる――フェアリーの言葉を聞いたグランたち全員がそう思った。
有紗のダンジョンが常識外だと言われる最もたる部分が、この『救済措置』である。
そもそもとして異世界の、それも世界的に見ても平和だと言われる日本で暮らしていた有紗に平気で人を殺すようなダンジョンを作れるはずも無かった。森のホームダンジョンに時折侵入してきた動物でさえ殺すのという選択肢が無かったというのに、それが人間相手となれば猶更である。
しかしローゼリアたちから聞く話では、この世界のダンジョンが自分が想像していたそれとは違っていることも知ることとなった。
そこで考えついたのが、この死なないダンジョンだった。
ただし、死なないということはもはやゲーム感覚と同じだ。有紗としてはそれでも問題無かったのだが、危惧したのはDPの収支だった。
蘇生させると一言でいっても、それはもちろんタダじゃない。ちゃんとDPを消費するし、何ならそう安くも無い。もしゲームでいうところのゾンビアタックのようなことをされたら、むしろ蘇生や設置するアイテム類の消費でマイナスになりかねない。
その点を考慮してさらに熟考を重ねた結果、さきほどフェアリーが発言した『ペナルティ』を設けることにいたったのであった。
「ここのダンジョンマスターは何を考えていやがるんだ……? わざわざこんな場所にダンジョンを作ったかと思えば、作ったのは死なないダンジョン? 訳が分からねえ……」
『そんなに深く考えることもないと思いますよ? あなただって死ぬのは嫌でしょ。マスターも単に人死にが見たくないからこういう仕組みを作ったんだと思いますけど』
「……」
果たしてこのフェアリーの言葉をどこまで信用していいのかグランは判断に苦慮していた。ダンジョンの魔物と言葉を交わす、それ自体がイレギュラーな行動だ。その上でその言葉を信用するなんてことは、もはや愚か者の行動とも言える。
少しの間考えた結果グランは――
「ダンジョンに挑む前に教えてくれ。まだ俺達は準備が整っていない状態で来ちまったんだ。一度外に帰る方法はあるか?」
『そうなんですか? それならこの広間で「帰還する」と唱えれば帰れますよ。また近い内に来てくださいねー。お待ちしてますー!』
「ああ、必ずまた来るぜ――お前たち、準備はいいな?」
「「了解っ!」」
「へ、あ? お、俺もか?」
「じゃあ行くぞ――「「「帰還する」」」「帰還するっ!」」
グラン達の姿はその場から消え、後には案内役のフェアリーだけが残った。
『次のお客さんが来るのが先か、それともあの人達が戻って来るのが早いか…………もう少しいい感じの登場の仕方した方が良かったかなー? やっぱりフェアリーらしく相手を驚かせる感じで。いやでも、それで攻撃されるのは嫌だしなあ』
そんなことをブツブツ呟いていたフェアリーだったが、ふと笑みを漏らす。
『それにしても、あのお客さんたち驚いてるかな? まさか帰ったら真下に水があるとは思わないもんねー! これぐらいなら特に問題にもならないでしょ。あー、次のお客さんはいつ来るのかなー?』
そう笑いながらフェアリーもその場から姿を消した。
この世界でフェアリーとは……元来、いたずら好きとして知られている。
門に触れたグラン達が消えてから十分と少々。
その異変にいち早く気が付いたのは、他でもないギルドマスターと呼ばれていた金髪の青年だった。
「……っ!」
突然、何も無かったはずの空間に現れた複数の気配に反応した金髪の青年は瞬時に自分と、周囲を守る魔法を発動させた。
そして次の瞬間――
バッシャーーーン!!!
何かが水に落ちる音と、盛大な水しぶきが辺りに撒き散らされた。
「「「っ!?!?」」」
門の周辺にいた兵士や女学者と始めとした学者たちはその音に驚き、咄嗟にその場に伏せる。しかし彼らに水がかかることは無かった。金髪の青年が発動した魔法が、何らかの壁となって水しぶきから彼らを守ったからである。
「やれやれ、随分と派手な帰還だな……グラン」
水しぶきの発生源へと真っ直ぐに視線を向けた金髪の青年が、僅かに口元を緩めてそう声を掛ける。
すると、じゃばじゃばざぱざぱと水を搔き分ける音と共に声が返って来た。
「うるせぇー! 俺だってまさかこんな帰り方になるなんて思ってなかったよっ!! あのフェアリー、わざと黙ってやがったな……! やっぱり本質は悪戯好きってことかよっ!」
「フェアリー……?」
「ああ、詳しい話はちゃんとする。今伝えるべきことは二つだ。まず一つ目っ! いなくなった兵士はちゃんと連れ帰って来た! 二つ目! これは……いや、大声で言うことじゃないか。とにかく、誰一人怪我無く帰って来た。ちょっとした『土産』とな」
「分かった。向こうで詳しく聞こう」
道沿いに坂のようになっていた場所からびしょびしょになったグラン達が這い上がって来る。そこに金髪の青年が近づくと、服から何まで濡れているグラン達に向かって指を向ける。すると濡れていた肌や服から水滴が上に向かって飛び出し、彼らの頭上で大きな水球となる。
「ここまで繊細な魔法を使うなんて、さすがはマスターだ。助かったぜ」
「こんなところで風邪でも引かれたらたまらないからな?」
「はっ、俺達がこんぐらいで風邪なんか引くかよ。それよか早く話をしよう」
グランの目は焦っているというよりも、湧き上がってくるわくわくを隠せない子どものようだった。金髪の青年はそれを見ると、何かに気付いたように眉をぴくりと動かした。
そうして帰還を果たしたグラン達、そして調査に来ていた学者たちが集められ門の中――と言ってもいいのか分からないが、そこで起こった出来事を話し始める。
「信じられないかもしれないが、まずは俺達の話を聞いてくれ。質問なんかは全部話し終わった後で頼む――」
グランの口から語られたのは、聞いている面々に衝撃を与えた。
それも当然だろう。
自分達が暮らしている街の中に『ダンジョン』が現れるなんて、誰が想像できただろうか?
「つまり……あの門はダンジョンに繋がる入り口だった、ということか?」
「ああ、間違いない。中に入ってみて確信した。アレは紛れもないダンジョンだ……まあ普通のダンジョンとはちょっと様子が違うみたいだがな」
「人を殺さないダンジョンですか。罠の類だったとしたら、よほど性格が歪んだ存在が考えたんでしょうね」
「なら真実だったとしたら?」
「……王都にダンジョンを作るということは、破壊される危険性も同時にあります。それを避けるために無害なダンジョンを演出したかった、と憶測の域を出ない想像しか出来ません。まだ情報が無いのもそうですが、こんなタイプのダンジョンはイレギュラー過ぎる」
女学者の言ったことが、この場の全員の考えを代弁していた。
しかし「ダンジョンが現れた」――それは冒険者にとっては福音にも近い出来事でもあった。
「マスター、俺達はこの後すぐにあのダンジョンの攻略に着手するつもりだ。一番手を俺達に任せて欲しい」
「いいだろう。その代わり、内部で得た情報は必ず共有しろ。どんな些細なことでもだ。それからここがダンジョンだと知られれば開放の声が上がるだろう。だからお前たちに優先してやらせてやれるのは、三日だ。それ以降は他の冒険者にもこのダンジョンを開放する」
「三日もあれば十分先には進めるぜ。ありがとよ、マスター」
「お前たちが優秀だと分かっているから任せるんだ。期待を裏切るなよ」
「任せとけって」
にやりと笑いあう金髪の青年とグラン。グランの仲間たちも彼と同じような笑みを浮かべている。
すると、そんな彼らの間に割って入る声があった。
「その攻略、私にも同行させてもらえませんか?」
その声を発したのは、他でもないあの女学者だった。
「アンタ、自分が何言ってるのか分かってんのか?」
「ええ、厚かましいお願いをしているのは分かっているつもりです。もちろんタダでとは言いません。きちんとそれ相応の報酬もお支払いします。ですから「そういう問題じゃねえ」――……」
「いいか。お互いに何も知らない奴を、しかも戦闘経験の無い素人をパーティ―に入れることがどれだけ危険なことか分かるか? アンタだけの問題じゃない。下手すれば俺達全員が危険に晒されることになる。悪いが、その話は無しだ」
「では、指名依頼として冒険者ギルドに依頼を出します。依頼内容はダンジョンでの私の護衛です」
「……そこまでしてダンジョンに行きたいのか?」
「はい」
グランは真っすぐに女学者の目を覗き込む。かなり迫力があるグランの顔が迫って来ても、女学者は一切目を逸らさずに正面から見つめ返す。何が彼女をそこまで駆り立てるのか分からないが、グランの目にはその意志は固いように見えた。
「これでも魔法はそこらの魔導士以上に使えると自負しています。ギルドマスターであればよくご存知かと」
「……」
「そうだな。確かに彼女の魔法の腕はかなりのものだ。この俺の目から見てもな」
グランが本当なのかという視線を金髪の青年に向ければ、女学者の言ったことを肯定するような言葉が返って来た。
「はぁ……分かった。いいだろう」
「っ、ありがとうございます!」
「ただし、今すぐにはいかない。この三日間は俺達だけで探索させてくれ。その間アンタには、少しでも戦闘訓練を積んでもらう。何かあった時に自分の身は自分で守れるようにしておけ。俺達も日に一度は顔見せに行くから多少、連携の訓練でもしておこう。しないよりはマシなはずだ」
「分かりました」
「じゃあ依頼の処理とかはそっちで頼むぜ、マスター。俺達は早速ダンジョンに行く」
「いいだろう。こちらの事は任せてさっさと行ってこい」
金髪の青年に了承を取ったグランとその仲間たちは、すぐに先程の門の前に向かった。
そして門に触れる前に、グランが仲間たちに言葉をかける。
「ここのダンジョンはどうもこれまでのものとは毛色が違う。だが、俺達がやることは変わらねえ」
「安全に――」
「慎重に――」
「お宝を――」
「――この手に掴む。いつも通りやれば大丈夫だ。それに何かあっても、このダンジョンじゃ死ぬことは無いらしいからな?」
グランが冗談めかして言うと、仲間たちからニシシと笑いが起こる。
「それじゃあ、行こう」
全員が門に触れると、先程と同じように門に触れた者たちの姿がその場から掻き消えた。
次のグラン達の視界に入って来たのは見覚えのある広間と、奥へと続く通路、そして看板だった。
少ししてこれも聞き覚えのある声が聞こえてくる。
『あれ、お早いお戻りですねー』
「おう、フェアリー。さっきはよくも外に出たときのことを黙っててくれたな?」
『フェアリーの可愛いイタズラじゃないですかー。大目に見てくださいよ。それより――戻って来たということは準備が整ったってことですかね?』
「ああそうだ。このダンジョンを攻略しに戻って来たぜ」
『分かりました。では改めて…………ようこそ、ダンジョンへ』
グラン達のダンジョン攻略が始まる。
そしてその様子を管理画面を通して有紗が観察する。
そうしてあっという間にギルドマスターが指定した期限、三日後がやって来た。




