第23話 それはダンジョンなのか?
修正:
登場人物の名前を途中から書き間違えていたので統一しました。
変更点ーグレン⇒グラン
ヴルムリント王国・王都に『謎の建造物』が出現したという情報は、瞬く間に王都中を駆け巡った。
第一発見者は近所に暮らしているただの一般市民だった。昨日まで空き地だったはずの場所に、一晩のうちに立派な掘りと巨大な扉が出現したのである。その騒ぎを聞きつけた周辺の住民が集まり、あまりの騒ぎに兵士たちがやって来て……そうしてその建造物の存在が公となった。
しかし、その時点で建造物の正体に気付いている者はいなかった。
時間的な制約もあり、何かしら魔法的な手段を用いて建造されたことは予想された。しかし外観からはそれが誰により、何の用途で作られたのかを読み取ることは出来なかった。その為、その日の内に王都の学者やその手の建造物などに詳しい冒険者たちが招集された。
彼らもしくは彼女たちが集められたのは、王都の東側のとある建物――それは『冒険者ギルド』と呼ばれている場所だった。二階建ての建物の二階、そこにある大きめの一室に全員が集っていた。
「早速だが、意見を聞きたい……あの謎の建造物の正体、どう見る?」
そう会議の口火を切ったのは、年若い金髪の青年だった。
しかしその身に纏う空気はとても年相応には見えなかった。それはまるで海千山千の経験を積んだ古強者のような雰囲気を立ち昇らせていた。いや、事実見た目相応の年齢では無いのかもしれない。よく見れば金髪の青年の耳は普通の人間よりも長く尖っているのが分かる。それは第二騎士団に所属するリュンとよく似た特徴だった。
それに一番に応えたのは、顔に傷のある強面の男性だった。
「どこかの魔導士が何かしらの儀式目的で作った祭壇……ってところじゃねえか? まあその目的までは分かんねえけどな。それについては俺なんかよりも、そっちの学者先生たちの方が詳しいだろう?」
「詳しい調査が出来た訳では無いので、まだ確かなことは言えません。何せ私達は現物すらまだ見ていないので」
「ん、ああそうだったのか。じゃあ話はどこまで聞いてるんだ?」
「王都東側の一角に一晩で水の入った堀と、巨大な扉が出現した、ということだけです。実際にどのような形なのか、大きさがどれほどのものなのかについては窺っていません」
男は冒険者の一人としてこの場に集められた者の一人、その中でも代表者的な立ち位置の人物だった。一方、男に学者先生と呼ばれ会話の応酬をしているのは、ここにいる面子の中でも金髪の青年と同じぐらい年若い女性だった。
「なるほどな。じゃあ話は一目見に行ってからの方が早いか。マスター、ここで話すよりも現地に行った方がいいんじゃねえか?」
女の言葉を受けた強面の男は、その話の矛先を金髪の青年に向ける。
マスターと呼ばれた青年はそれに対して静かに頷くと、椅子から立ち上がった。
「分かった。確かに現場で話し合った方がすぐに動けるだろう。全員、場所を移そう」
そうしてその場の全員が冒険者ギルドを後にし、建造物が出現したその現場へと向かった。
現場に到着するとそこには何人の野次馬こそ集まっていたものの、大きな騒ぎは落ち着いているようだった。おそらく周辺を囲っていた兵士たちが上手く場を収めたのだろう。金髪の青年を先頭に到着した彼らの顔を見つけると、兵士たちはすぐにその守りを解いて彼らを建造物の目の前まで誘導した。
「これが、そうですか……」
女学者が目の前の建造物を見てそう漏らす。
「先程、祭壇と仰っていましたが確かにそれも納得です。この場に立っているだけで、どこか清涼感さえ感じさせる。まるで教会にでもいるみたいに……」
「ああ。俺も最初に話を聞いたときはひょっとして、王都にダンジョンでも出来たんじゃないかって疑ったんだ。だが――」
「――違うでしょうね。到底これがダンジョンだとは思えない」
「やっぱりそう思うか」
「ええ、あなた方冒険者ほど実物を多く見ている訳では無いでしょうが……そんな私でもこれは、そうじゃないと言える」
目の前のそれは間違いなく、有紗が作ったダンジョンである。にも拘らず彼らがそれをダンジョンであると断言できない、それどころか違うとすら言うのには理由があった。
それは昨夜、ローゼリアも指摘していたがこのダンジョンには――ダンジョンらしさが無かったのである。
ダンジョンらしさ……言い換えれば、この世界の住人が持っている「ダンジョンかくあるべし」というイメージ。例えば有紗が森に作った最初のダンジョン、アレは分かりやすくダンジョンらしさがあった。森の中にポツンと、不自然に存在している洞窟。もし彼らが発見したのがあっちだったなら、ダンジョンであると断言していただろう。
もっといえば、この世界におけるダンジョンの外観はほとんどが似たり寄ったりなのだ。もちろん中には例外も存在するが、それは少数派であり大多数はこうした洞窟型に多少アレンジを入れた様な外観をしている。
ゆえに彼らは目の前の建造物がダンジョンであるという考えをあり得ないものとして切り捨てていた。
しかし――
「だが、不思議なもんでな? 俺の勘がコレはダンジョンだって言ってるんだ。頭の中ではダンジョンじゃないと思ってるのに、身体はコレがダンジョンだって言いやがる。こんなことは初めてだから、俺もよく分かんねえんだがよお」
「勘……確か冒険者の中にはダンジョンに対して反応する直感のようなものを持った人もいるとか聞いたことがありますね。眉唾ものかと思っていましたが」
「嘘じゃねえぞ、リーダーの勘はすげぇんだぜ! 一度だって外れたことがねえんだ!」
「お前ぇは黙ってろっ――とにかくだ。俺自身、半信半疑だがあれがダンジョンなんじゃないか?と思ってる部分がほんの少しある。それでアンタの意見を聞きたい。あれがダンジョンの可能性はあると思うか?」
「……可能性でいえば否定は出来ません」
「そうか……てことは、やっぱ直接調べてみるしかねえか」
「そうですね。いずれにしろそれが一番でしょう――」
そう結論付けていよいよ彼らが本格的な調査を開始しようとした時のことだった。
扉の方向がにわかに騒がしくなった。何事かと視線を向けると扉、いや門と表現しよう。門の前で守護を担当していた兵士たちが右往左往しているのが目に入った。その慌てようからして何かあったことは間違いない。
「何があったんだ?」
金髪の青年がよく通る声で兵士たちに呼びかける。
するとすぐに返事が返って来た。
「き、急に人が消えたんだっ!!」
「「「っ!」」」
すぐに兵士たちから詳しい状況を聞く。
「同僚と一緒に門の前で見張りをしてたんだ。それで話をしてたら急に返事が無くなって、隣を見たら……いなくなってた。あいつは……あいつは何処に行っちまったんだっ!? この門に食われたのか!?」
「落ち着け。消えた者の行動で何か覚えていることはあるか? 例えば門に触れて何かを弄っていたとか、何か妙な音がしたとか?」
「……何もしてなかったはずだ。ただ、あいつは門に寄りかかってたからその時に何かに触っちまったのかもしれない」
「ふむ……グラン」
「了解だ、マスター。どうせやろうと思ってたんだ。準備は出来てる」
「頼む」
短いやり取りの末にグランと呼ばれた顔に傷のある男は、数人の仲間を伴って扉に触れる。
その瞬間こそ特に反応は無かったが、少しすると彼らの姿は跡形もなく消えてしまった。
「な、なにを!?」
「どこかに飛ばされた……転移の類だな。つまりこの門は入り口ということか」
「ギルドマスター!!」
女学者が金髪の青年に詰め寄るが、それを何処吹く風にたった今目の前で起こった現象の解析に集中している様子だった。
一方、門に触れて消えた男たちは洞窟の中のような場所に立っていた。
「ここは――」
「あっ、助けに来てくれたのか!?」
グランが口を開いた途端、別の声がそれを遮った。その声の主は外にいた兵士と同じ服を着た若者だった。どこも怪我した様子は無く、自分達の姿を見つけて嬉しそうにこちらに駆け寄って来る姿を見たグラン達は――一斉に抜剣した。
「な、なんだ!?」
「悪いが、お前が本物かどうか俺達には判断がつかん。下手な行動はせずに、大人しく俺達の指示に従って行動しろ」
「わ、わかった……」
グラン達が発する本気の気配に兵士は両手を上げて降参の意を示す。
「ここに飛ばされて何か起こったか?」
「いや、あんた達が来るまで何も起こらなかった。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「ほら、向こうに看板みたいなのが見えるだろ? あれを見にいこうとしたときにちょうどあんた達が現れたんだ」
「……」
確かに兵士の男の言う通り、男が指差す先には立て板がありそこには文字らしきものが書かれているのが見えた。加えてそれは一つではなく、彼らの立っている場所の四方にそれぞれ一枚ずつ、先へ続く通路と一緒に立てられていた。
男達……いや、グランは飛ばされてからずっと感じている覚えのある気配と、そして同時に内部の様子を見て何かを確信したように口の端をほんの少し釣り上げた。
「リーダー……ここってまさか……」
「ああ、間違いねえ。ここは…………ダンジョンの中だ」
グランの言葉で自分達が感じていた感覚が勘違いじゃないと分かった仲間たちは、やはり同じように笑ってみせる。その目の奥には冒険者らしい、富と名誉を追い求める子どものようなキラキラとした、いやギラギラとした輝きが宿っていた。
しかし喜んでばかりもいられない。ここがダンジョンであるとなれば、その危険度は下手な魔導士の仕掛けよりも断然上だ。グラン達は互いに目配せをすると、警戒心を最大限まで引き上げる。
そしてこの広間にある唯一の脱出への手掛かりである、立て看板のところへ足を向けた。取り合えず彼らから見て正面の立て看板へと歩いていたその時だった――
『はいはーい、いらっしゃいませー』
「「「っ!!」」」
『ああ!?そんな物騒なものを向けないで下さい! こっちには敵対の意志なんてありませーん!』
立て看板の影から突然現れた光る何かと、それと同時に聞こえてきた子どものような声。グラン達は咄嗟にそちらに剣を向けたが、続く言葉に警戒は保ちつつ攻撃は控えた。
「お前は何者だ?」
『何者もなにも、見ての通りフェアリーですよ?』
「フェアリー……随分珍しい魔物が出てきたな」
『そうなんですか?よく知りませんけど。ところであなた方はこのダンジョンへのお客さんってことでよろしいですか?』
「客……?」
『そうです! ここはマスターが作ったダンジョン! 私はこの場の案内人を任されているフェアリーの一人です!』
「……」
グラン達はこれまで、冒険者として数々のダンジョンに挑み傷を負いながらも生き残ってきた経験豊富なベテラン冒険者たちだ。
しかし、そんな彼らをしてこんな訳の分からないダンジョンに出会ったのは初めての経験だった。
グラン達が黙っているとフェアリーが話を続ける。
『このダンジョンは全五階層で構成されています。ここはその中の第一階層のスタート地点です。基本方針はダンジョン内を探索し下へ続く道を見つけ、そして最終階層である第五階層に辿り着くことです。道中には様々な仕掛けが施されており、それを潜り抜けて進んでいくと……ご褒美があります! なので、隅から隅までしっかりと探索することをおススメします!』
「あぁ……その、なんだ。遮って悪いが、何で俺達にそんなことを教えるんだ?」
『え? そりゃあ私、案内人ですから』
「いや、そうじゃなくてだな。何でダンジョンの魔物であるお前が、呑気に俺達とお喋りをしてるんだよ!? 襲ってきたりしねえのかよ!?」
『そんなことしませんよ。え、何で私が皆さんを襲う必要があるんです?』
「えぇ…………」
この世界の常識が通用しないダンジョンマスター、清水有紗の作ったダンジョンへ――こうして初となるお客様がやって来たのであった。