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第21話 二度目の会談

 それは王様との会談に向かう途中、王城の廊下を歩いているときのことだった。


「こんなところに何故、平民の小娘がいるんだ?」


 そう高圧的な態度で声をかけてきたのは、見知らぬ偉そうなおじさんだった。


 偉そうといっても、豪奢な服装やこの王城にいるという点から実際に偉い人物なのだろうことは推測できる。そのおじさんは、私がメイドさんに連れられて廊下を歩いているときに反対方向から歩いてきた。そして私にじろりとなめ回すような気味の悪い視線を向けてきたと思ったら、さっきの言葉が飛び出してきたのだ。


「こ、この方は第一王女様のお客人様でございます。けして部外者という訳では――」


「黙れ。メイド風情が私が許可も出していないのに喋るでないわ」


 このおじさんが何者なのかは分からないけど、十中八九良い人でないのは間違いない。


 まさか、ローゼリアがいない時に限ってこんなことになるとは……

 

 本当は王城内で出歩くときはローゼリアが付いて一緒に行動する予定だった。だけど今日はどうしてもやらなくちゃいけない仕事があるからと、騎士団の方に出向いているのだ。何でも団長である自分が処理しなくちゃいけない類の仕事らしい。自分が戻るまで部屋で待っていてくれとローゼリアには言われたんだけど、私だけでも大丈夫といって部屋を出てきた矢先に――これである。


 ローゼリアの言う通り、部屋で待っていればタイミングもズレて遭遇することも無かったかもしれないと考えると、今日は厄日なのかもしれない。


 偉そうなおじさんは、メイドさんに冷めた目を向けてそう言い放った後、再び視線を私へと戻す。


 こっちの世界に来てから今日までそれなりに沢山の人と会ってきた。ローゼリアを始めとした騎士の人たちや、ここに来て出会った王様やホルスさん。世間話程度しかしていない王都までの道のりで立ち寄った街の人達。そして昨日の王都散策で出会った人たちなど。


 その中でもこの人の視線は、飛びぬけて…………気持ち悪かった。


 別に私を性的な対象として見ているとかそういう類の視線ではない。自分でも上手く言い表せないんだけど、自分の部屋に土足で踏み込んで部屋の中を家探しされているような感じ、かな……? ダメだ、やっぱり上手く表現できない。


 でも唯一はっきりと言えるのは、この人と長く関わりたく無いということ。


 だからちょっと失礼かもしれないけど、この場はさっさと終わらせて会談の場に急がせてもらう。でも先に失礼なことを言ってきたのは向うだし、お相子だよね。


「あの、私はメイドさんも言ってる通りローゼリア様に客人として招かれて王城にいます。滞在についてはローゼリア様と、他にも王様や宰相のホルスさんに認めてもらっているから問題無いはずです。この後、王様に呼ばれて急いでますから失礼します」


「そうか。お前が、ローゼリアが辺境で見つけてきたという凄腕の魔導士とやらか……魔導士の割には随分と貧相な魔力をしているようだが、まったく。第一王女も見る目が無いものだ。それに自分より上の立場に者に対する礼儀もなってない」


「っ……!」


「まあいい。陛下に呼ばれているのであれば、時間を取らせる訳にもいかない。次に会うときまでには目上の者に対する礼儀を身に着けておけ」


 それだけ言うと、勝手に話を終わらせて去って行ってしまった。


 私としては都合が良いけど、何か胸にもやもやが残る終わり方だった。


「なんなの、あの人……」


「あの方はこの国の大臣を務めていらっしゃいます、公爵様のお一人でございます。あの通り、その……大変厳しいお方なのでアリサ様もお気を付け下さい。万が一のこともありますから、次からは時間とルートを変更しますね」


「ありがとうございます。それじゃあ申し訳ないですけど、お願いします」


 それにしても会話の中で気になったのは、私のことを指して貧相な魔力をしていると言った部分だ。こっちの世界には魔法が存在して、それを扱うための力である魔力というものが存在していることは知っている。ただ今日までに魔力の存在を実感したことは無かった。


 あの嫌なおじさんの言葉以前に、そもそも私に魔力なんてものが備わっているのかすら分からない。あんな少し見ただけで分かるようなものなのだろうか……?


 そんな疑問を残しつつ、余計な時間を使ってしまったと思い急ぎ足で会談の場に向かった。


 部屋に到着すると部屋にはまだ誰も到着しておらず、私に少し遅れてローゼリア。そして最後に王様とホルスさん、クラウスさんたち三人が入って来た。


「あ、王様。昨日はお金の件、ありがとうございました。私もすっかり忘れてて本当に助かりました」


「あれぐらい気にすることは無い」


「まだアテが無いので何時になるかは分かりませんけど、必ず返しますから!」


「別にあれぐらい構わんよ。それにこの同盟の取引が始まれば我々はアリサ殿から物品を購入することになる。そうなればあの程度が小銭に感じる程の大金が入って来るぞ。今の内のその使い道を考えておくのもいいのではないか?」


 そう悪戯っぽく言った王様の顔にいつかのローゼリアの顔が重なる。性格はだいぶ違うもののこういうところは親子っぽいなと感じた。


 というか、言われてみればヴルムリント王国は私から物品を購入するという話だった。しかも需要と供給からその規模はもはや一つの業者を超えるほどに膨れ上がるだろう。ウン百万円とか、下手すればウン千万円単位の取引になるかもしれない……いや、分からんけど。だって私学生でアルバイト経験も無いし。


 もしそんな大金が入って来るのであればウハウハだけど、使い道って言われても困る……


 それに今はお金よりもDPの方が欲しいし重要なんだよねぇ……


 そんなことを考えていると、遅れてもう一人前方の扉から入って来る人物がいた。それは見知った顔ではあるものの、一昨日の会談の場にはいなかったからこの場にやって来たのは予想外の人物だった。

 その人物の顔を見て、私と同じことを思ったのかローゼリアが声をあげる。


「なんだ、今日はおばあも参加するのか?」


「ああ、昨日の夜にふらりと帰ってきて今日のアリサ殿との会談に参加させろと言ってきたんだ。まあアリサ殿のダンジョンを発見したのはヨゲンナであるし、挨拶ぐらいはと思ってな。アリサ殿も会いたそうにしていたし」


「挨拶なら昨日のうちに済ませてるよ」


「――な、なに!? そうだったのか!?」

 

 どうやら王様はヨゲンナさんから何も聞いていない様子だったので、私とローゼリアで昨日の王都散策中の出来事を説明する。


「そうか、昨日王都で。それならそうと言って欲しかったんだがなあ……?」


 王様がじとっとした視線をヨゲンナさんに向けるも、当の本人は我関せずといった感じでクラウスさんが用意したお茶を口に運んでいた。


「聞かれなかったからね……お主が勝手に勘違いしたんじゃろ」


「はぁ……まったく、まあいい。それで挨拶じゃないのなら、どうしてこの場に参加したいなんて言ったんだ? こうした場にわざわざ出向いて来るなんてお前らしくないじゃないか」


「簡単さね。単純に興味があったからさ…………異世界人に」


 ヨゲンナさんのその一言に、場に緊張感が走ったように感じた。


 王様はさっきまでの雰囲気を一変させ、ワントーン低くなった声でヨゲンナさんに問いかける。


「知っていたのか……?」


「占い師にはいろんなものが見えてるんだよ」


「その話を誰かに話したりは?」


「わしがそんなに口が軽く見えるかい? 安心しな。誰にも話しちゃいないよ」


「……そうか。分かった、その言葉を信じよう。しかしまさか、知らせていなかったヨゲンナまでアリサ殿の正体を知っているとは思わなかったぞ。もしや、ダンジョンを占ったときにアリサ殿のことも見えていたのか?」


「いいや、その時には何も分からなかったさ。まあでも……――アリサ嬢ちゃん。これを」


 そう言ってヨゲンナさんは私に向かって何かを差し出してくる。


 掌に乗っているそれは、私が知っているものに例えると数珠のように見えた。


「あの、ヨゲンナさん。これは……?」


「一種の匂い消しじゃな」


「えっ!? わ、わたし臭いますか!?」


「そういう事じゃないわい。匂い消しとは言ったが、それは嗅覚で感じるようなもんじゃない。いわば、この世界以外の匂い、異世界の匂いを消す為のものじゃ」


「異世界の、匂い……?」


「こっちの世界に来て暫く経っているんじゃろうな。薄くはなっとるが、まだ残っておる。こうしてわしが感じ取れた程度にはな。気付く者はそれでアリサ嬢ちゃんの正体がこの世界の外の者だと理解する。じゃが、それを付けておけば幾分かマシになるじゃろう。暫くは付けておくといい」


「あ、ありがとうございます!」


 ヨゲンナさんから受け取ったそれを早速腕に填めてみる。


 ……特に何か変わった感じはしないけど、これで効果出ているんだろうか?


「どうでしょうか……?」


「ああ、いい感じじゃ。まあ暫くといっても、一か月もこっちの世界で生活していれば馴染むだろうからそれまでの辛抱じゃな」


「ほほう、どれどれ――」


 ヨゲンナさんの言ったことが気になったのか、ローゼリアが顔を近づけてくると鼻をすんすんと鳴らす。


「ちょっ、ちょっと!?」


「ふむ、違いが分からんな」


「あほう。さっき嗅覚で感じるもんじゃないと言ったばかりじゃろ」


「そういえばそうだった。すまんな、アリサ」


「……お気になさらず」


「何しとるんじゃ。ともかく、これでわしの用は済んだ。さ、話を進めるといい」


「いや、用が終わったのに何でふんぞり返ってるんだ?」


「わしのことは置物とでも思っておけ。話し合いに口を挟むつもりはない」


「う、うむ? 答えになってない気もするが……まあいいか。では、話を進めていくとしよう」


 自分で言った通りヨゲンナさんは置物になったみたいに一言も喋らなくなった。目も瞑って一見すると眠っているようにさえ見る。それにしても王様の手慣れてる感のある対応といい、この人は普段からこんな感じのマイペースな人なんだろうなぁ。


 でも悪い人じゃ無さそうだよね。こうしてお守り?も貰ったことだし。もし今度暇があれば、運勢占いでもしてもらうかな。やっぱり魔法がある世界の占いって気になるもん。


 それは一先ず置いておき、一昨日に引き続き同盟に関する話を進める。


 まず一つ、前回の時に少しだけ話したダンジョンを出現させる土地について。

 この話に進展があった。


「――ほんとうですかっ!?」


「ええ、ダンジョンを出現させる土地の選定が終わりました」


 そう、前回私側の条件も踏まえて再度検討すると言っていたが、早いことにもう絞り込みが終わったとのことだった。


「最終候補として三カ所を選出しました。そこで最終決定はアリサ殿にしてもらいたいと思っております」


「え、私が選んでいいんですか?」


「もちろんです。やはり私達の視点では気付かないこともあるかと思いましたので、ぜひダンジョンマスターであるアリサ殿にお任せしたい。こちらが最終候補となった土地の資料です」


 そう言って手渡されたのは三枚の茶っぽい羊皮紙。それぞれに王都におけるおおよその場所、その土地の周辺の簡単な地理などが書かれていた。


 軽く目を通したところ、候補として残っているのはいずれも王都南側に集中しているようだった。そのうち二か所が東よりに、一か所が西よりに位置していた。確か王都の東には商店が多くあって、西には色々な工房とかが集中してるんだっけ?


「う~ん……」


 さてどこがいいか。


 一応、三カ所のいずれも極力人や建物が少ない一帯を選んでようでその点についてはどこも大差ない感じだ。しいて言えば、東側の一か所がちょっと人通りの多そうな場所ってぐらい。それでも誤差ぐらいでしかないけど。王都にダンジョンを構えようとしているんだから、完全に人が寄り付かない場所なんて無いからこれは仕方が無い。暫くの間、不便をかけるのは申し訳ないと思うけど許して欲しい。


「……そうだ。ヨゲンナさんっ」


「……なんだい?」


「ヨゲンナさんはこの三カ所の中だったらどこがいいと思いますか? 正直、私にはどこも変わらないように見えていまいちここだって決める決め手が無いんです」


「なるほどね。ホルス、構わないかい?」


「この三カ所の中でしたらどれを選んでいただいても構いません。アリサ殿がヨゲンナ様にお願いするというのであれば、それを邪魔する理由はありません」


「じゃあ、一つ占ってみるかね」


 ホルスさんの許可が出たので、私のダンジョンの出店先?をヨゲンナさんに占ってもらうことになった。ちなみにだけど、決して私がヨゲンナさんの占いを見てみたかったとかでは断じてない。どうせ選ぶなら凄腕の占い師であるヨゲンナさんのアドバイスがあった方がいいと思ったまでだ。ほら、風水的なものがあるかもしれないし。


 ……まあ、見てみたいって気持ちも無かった訳じゃないけど。


 そんな期待感もちょっぴり抱きながら、ヨゲンナさんがどうやって占うのか見ているとローブの内側からよっこらせと何かを取り出す。それは占い師と最も相性がいいアイテムだろう水晶玉だった。


「やっぱり占いって水晶玉を使うんですか?」


「無くてもできるが、あると便利だね」


 そういうものなのかと納得し、ヨゲンナさんが水晶玉を前に集中し始めたのを見て口を噤む。


 ヨゲンナさんが水晶玉に手をかざすと、透明だったその中に靄が生じたのが見えた。でも私に分かったのはそこまで。ヨゲンナさんは水晶玉の中を漂う靄をじっと見ていたけど、私にはそれが意味のあるものには見えなかった。きっと占い師本人にしか分からない類のものなんだろうと思った。


 少しして、水晶玉から手を離すとそれに伴って中の靄も消失してしまった。


 そのままヨゲンナさんは、ホルスさんが私に渡した三カ所について書かれた羊皮紙に目を向けた。視線が目的の物を探すように彷徨い、すぐにその中の一枚を手に取る。


「わしからはこの場所を推薦しておくよ。ここが一番流れが良かった」


 そう言って差し出されたそれは、最初に三カ所のうちでは少し人通りが多そうだなと思った東側の土地について書かれた羊皮紙だった。


「まあダンジョンを作る場所を占ったのなんて初めてなもんでね。どこまで正確かは保証できないよ」


「いえ、ここにします! ありがとうございました、ヨゲンナさん!」


「……そうかい。なら良かったよ」


 その候補地が書かれた羊皮紙をホルスさんに返すと、ホルスさんはそれにさらっと目を通して、


「承知しました。こちらの手筈が整い次第、アリサ殿にお知らせいたします」


「分かりました。私の方も準備しておきますね」


 そんな形で、私が王都でダンジョンを作る土地が決定した。


 その他、食糧等を購入する上での価格や改めて品目などについて話し合ったりしてその日の会談はお開きとなった。


 会談後、王様とホルスさんはまだ仕事があるからと早々に部屋を出ていき、ヨゲンナさんもそれに続いて出ていった。私とローゼリアもそれぞれ戻ろうとしたところで、そういえばと会談の場に来る前にあった出来事をローゼリアに話した。


「そういえばローゼリア、ここに来る前に変な人に会ったんだけど」


「変な人……? 王城内に不審者がいたということか?」


「あいや、そういうことじゃ無くて。変なこと――でも無いんだけど、知らない偉そうなおじさんに絡まれたというか。服装とか言動からして、多分貴族の人だと思うんだよね。何か何故平民の小娘がとか、貧弱な魔力とか言いたい事だけ言ったらいなくなったんだけど」


「…………アリサ、その者の名前は分かるか?」


「ううん、名前は分からない。でもメイドさんは知ってる感じだったよ。確かこの国で大臣をやってる公爵様だとかって」


「っ……その者の見た目の特徴で覚えていることは?」


「えっと、王様やローゼリアとは違うけど赤毛のおじさんだった。目つきが鋭くて瞳の色も髪色と同じ赤だったはず。でもあんまり視線を合わせたくなかったから、それぐらいしか覚えて無いかな」


 何かローゼリアの言葉に変な緊張感が混じっているように感じる。


 その顔は、いつの間にか真剣な表情を宿して顎に手を当てて何かを考えている様子だった。それから少ししてローゼリアが口を開いた。


「……間違いない。それは、『ゼラード公爵』だろう」


「知ってる人?」


「ああ、前に言ったのを覚えているか? この国で警戒しなければならない者がいること」


「あっ……」


 私はそこではたと思い出す。


 王都に到着した日、次の日に控えた王都散策について話をする中で聞かされていた名前があった。


「ゼラード・ラルドリント公爵。この国の大臣を務める優秀な役人だが……同時に黒い噂のある男だ」


「あのおじさんが、そうだったんだ……」


 私はこの国に来て初めて、敵――になるかもしれない存在を明確に意識することになった。

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