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第17話 王様との謁見

「うわっ!?」


 王城の中に入った途端に、私はそんな情けない声を漏らしてしまった。


 ローゼリアに引き摺られて入ったその場所には、メイドや執事らしき人達がずらっと列になって並んでいたのである。


「「「おかえりなさいませ、ローゼリア様」」」


「ああ、今戻った」


 ローゼリアは使用人さん達による一斉に行われた挨拶に一切怯むことなく淡々と返事をしていた。その姿を見て改めて、自分の首根っこを掴んで引っ張っているこの人が王族であることを再認識する。きっとこういった場面も日常茶飯事なのだろう。普段の気さくな言動を見ていると、つい忘れそうになるけど。


「伝わっているかと思うが、今日からこのアリサが客人としてこの王城に滞在する。ヴルムリント王家に仕える者として恥じぬ対応を心がけてくれ。私の大切な友人でもあるからな」


「よ、よろしくお願いしますっ……」


「「「承知しました」」」


 す、すごい。ここに来るまでに滞在したその街の領主の館にも使用人はいたけど、ここの人たちは何というか輪をかけて品があるというか何というか……まさかこんな所で、こんなに緊張を強いられるとは思ってもみなかった。


 すると、並んでいた人達の中から二人の男女が列から出てローゼリアに近づいてくる。


「おかえりなさいませ、ローゼリア様。無事のご帰還、心よりお喜び申し上げます」


 そう言ったのは執事服を着た高齢の男性で、シルバーの髪をオールバックにまとめ、同じ色の口髭を携えたまさにイメージぴったりの初老の執事さんだった。これでモノクルとか眼鏡をかけていたらコンプリートだったのに、なんてどうでもいい感想が出てくる。背筋がピンと伸び、声にも張りがあるからなのか、見た目に反してあまり年齢を感じさせない。ある意味、貫禄を出す良いスパイスになっている。


 そしてもう一人は頬に皺のある女性で、執事の人よりは若いと思うけどメイドとして年季を感じさせる人だった。優し気な目元と、あえてなのかそれとも自然になのか、気にならない程度に上がっている口角が、全体的に柔らかい印象を与えている。別に横に大きいとかそんなんじゃない。むしろスタイルでいうなら、ローゼリアに匹敵するぐらい素敵なものを持っている。言い方を間違えずに表現するなら、こんなお母さんが欲しいってなるような人。


「ああ、ただいま。アリサ、紹介しよう。この二人が王城で働く使用人たちのまとめ役である執事長のクラウスとメイド長のダリアだ。何か困ったことがあれば、二人を頼りにするといい。クラウスは父上の傍にいることが多いが、ダリアは滞在中のアリサの身の周りの世話を頼んであるからな」


「え、そうなの……!?」


「執事長の『クラウス』と申します。どうぞよろしくお願いいたします、アリサ様」


「初めまして、アリサ様。(わたくし)、メイド長を務めております『ダリア』と申します。姫様もおっしゃられた通り、王城にいる間は私と他数人のメイドがアリサ様のお世話を担当いたします。どうか、よろしくお願いします」


「は、はいっ。えっと、よ、よろしくお願いします……」


「はははっ、何を緊張しているんだ。王女である私ともため口で話せるというのに」


「ちょ、ローゼリアっ……!」


「あらあら、姫様と仲がよろしいのですね。この方ったら友達が少ないから是非仲良くしてあげて下さいな」


「友達が少ないは余計だ。アリサも心配するな、ダリアは私が子どもの頃からメイド長を務めている優秀なメイドだ。それに母上よりもずっと優しいから滅多なことでは怒ることはないぞ――怒らせると怖いけどな……」


「それではお二方とも、この後は陛下との謁見が控えております。まずは旅の汚れを落とされるのがよろしいでしょう。それとアリサ様には滞在中の部屋の案内を。ダリア、お願いしますね」


「畏まりました。それでは姫様、アリサ様、こちらでございます」


 挨拶もそこそこに私とローゼリアは、ダリアさんに案内されて王城の中へと案内された。

 どこかに向かっている最中にこっそりと、ローゼリアが小声で教えてくれた。


「あの二人は、アリサの正体についても聞かされている数少ない人物だ。だからその辺りもあまり気を遣わなくても大丈夫だぞ」


 そういうことらしい。確かに暫く王城に滞在する中で、ずっと自分がダンジョンマスターだとバレないように気を遣うのは大変だ。その点、お世話役であるダリアさんが訳知り側だとかなり楽になるだろう。これは正直、ありがたい。


 そんな会話を挟みつつ、王城内を暫く進んだところで連れてこられたのは――浴場だった。


「旅の汚れを落とすってそういう」


「さすがに父上、つまり国王との謁見だからな。まあ謁見というほど仰々しくはないんだが、着の身着のままとはいかないんだ。正直、私も面倒だとは思っているんだがな。前にそれで父上のところに行ったら、一緒にいた母上の雷が落ちたんだ」


「あれは姫様が汚れた格好のまま出向いたからですわ。魔物の血がついたままの格好で陛下の御前にいらっしゃる方が、一体どこにいるのですか?」


「だから悪かったと言っただろう。それからはこうしてちゃんと身綺麗にしてから会いに行くようにしてるだろう」


 二人の会話を聞いていると何だか母娘のような、でもそうじゃないような不思議な関係性が感じられた。でも確かに言えるのは、二人が互いに気兼ねしない関係性を築いているということだろうか。ただの主従である以上の信頼感があるのが何となく伝わってきた。


 浴室はまさに大浴場という言葉が似あう立派な造りをしていた。部屋の中央に十人ぐらいは余裕で入れそうな大きな湯舟があって、そこには並々とお湯が注がれている。もちろんシャワーとかは無かったのだけど、こうしてお風呂の造りを見てみると元の世界もこっちの世界もあまり変わらないんだなと思った。特にマーライオンの口みたいな奴からお湯が出てくる仕掛けを見たときは、思わずクスリとしてしまった。


 ダリアさんは浴室の中までついて来て、洗浄の補助をしようかと提案してくれたけど丁重にお断りしておいた。さすがに他人に身体を洗われることに何も思わないほど、こっちの世界に馴染んでいる訳でも上流階級の暮らしに慣れている訳でもなかったので。


「そういえば、ここに来るまでの街でもそうだったけど。思ったよりもお湯につかるタイプのお風呂が浸透してるんだよね。こっちの世界って」


「と、いうと?」


「いや、何となく身体を拭くだけーとか、サウナに入るだけーとか、もしくはシャワー――じゃなくて水浴び?で済ませるイメージがあったから。何か意外だったなって」


「私にとっては普通だったから意識したことは無かったなぁ。もっとも浸透といっても、こうしてお湯に入ることが出来るのは貴族や王族ぐらいなもので、民たちの間ではアリサが言ったようなものの方が一般的だがな」


「あー、やっぱりそうなんだねー。公衆浴場とかはないの?」


「行ったことは無いが、あるにはあるらしいぞ」


「へ~――」


 湯船につかりながら、そんな雑談を挟みつつ少しだけまったりのんびりとする。お湯の温度が熱めだったので、割とすぐに身体が温まりのぼせる前に上がった。


 すると――


「へっ!? な、なんですか!?」


「汚れを落とされた後は、身体のお手入れの時間ですわ。あら、アリサ様も綺麗な肌をしておられますね~。緊張なさらなくても、すぐに終らせますからジッとしていてくださいね――」


 お風呂から上がったところをダリアさんを含むメイドさん達に囲まれて、あちこちお手入れされてしまった……


「アリサ様の御髪、黒くて艶があって、まるで黒曜石みたいに綺麗だわ。こんなにサラサラで手触りもよくて、シルクでも触っているみたい! 普段はどうやってお手入れをなさっているのですか?」


「肌も透き通るみたいに白くて素敵ぃ……」


「ええっと、お着換えは――まあ!素敵なデザインの下着! こんなの見たことないわ! それに素材も見たことが無いものが――」


「あ、あのっ――もう、勘弁して……!」


 メイドさん達の圧は凄かった……


 もしかして、今後王様と会うたびにコレが控えているんじゃないかと考えると何とも言えない気持ちになった。恥ずかしくもあったんだけど、メイドさんたちの手腕が凄くて身体が五割増しで輝きを増し、軽くなったような気がするのだ。王城勤めのメイド、恐るべし……


 そんな一幕も挟みながら、ようやく身支度を終えた私とローゼリア。その後、私は一度自分が滞在することになる王城内の客室に案内されて簡単に荷物の整理と用事を済ませてから再びローゼリアと合流した。


「それがアリサの世界の正装なのか?」


「私の世界というか、学生の正装かな? 冠婚葬祭なんでもござれの学生特権の便利な服だよ」


 王様との謁見に向けて、私はこっちの世界に来るときに着ていた制服に着替えていた。もちろん、ダンジョンにいるときに洗濯やアイロン掛けは済ませてピカピカの状態だ。頑張った。


「ローゼリアこそ、ドレス姿なんて初めて見たよ。やっぱり似合ってるね。さすが王女様」


「あまり好んで着る服では無いんだがな……もっとカッチリした感じの服の方が好きだ。折角なのだから、アリサもドレスにすればよかったのに。私の服であれば貸してやるぞ?」


「それは、遠慮しとくよ……」


 私とローゼリアでは色々と、本当に色々と違い過ぎるのでその言葉を受け入れることは出来ない。それで小さい頃のドレスとか持ってこられると増々凹みそうなので、猶のこと遠慮する。単純に高級そうなドレスに気後れしてもいるんだけどね。あとローゼリアの言葉じゃ無いけど、なんか窮屈そうだったから。


 今回の王様との謁見は、謁見とはいうもののそこまで仰々しいものでは無いらしい。よくある玉座の間とかで沢山の人に見守られながら挨拶をする形式ではなく、もっとこじんまりとした部屋で行う会談なのだ。その為、私達が通されたのはテーブルと椅子が置かれたシンプルな装飾の部屋だった。


 対面で話すことが出来るようにテーブルを挟んで両側に椅子が置かれ、その一方に私とそして隣にローゼリアが座った。


 そして待つこと暫し、扉を開く音と共に数人が部屋の中に入って来る。


 一人は豪奢な装飾が施された服を着た赤髪の男性。もう一人は白、いや銀かな?クラウスさんのとはまた違う輝くような銀髪の男性。二人が部屋に入って来て、その後ろからクラウスさんも続いて入って来た。


 赤髪の男性の方は、一目見て「ああこの人がローゼリアのお父さんなんだろな」と分かった。目立つ髪色もそうだけど身に纏う雰囲気、というかそんな感じのものがどこかローゼリアに似ていたからだ。あとちゃんと見れば顔立ちとかも結構似ているところがある。

 

 一方で、銀髪の男性の方は全く心当たりが無かった。この場に来たということは今回の話に関係のある人物なんだろうけど……一体誰なんだろう?


 三人が入って来たところで私はローゼリアに合図されてその場で立ち上がる。


「よい、座ってくれ。此度はそこまで堅苦しい場ではないからな」


 赤髪の男性からそう言われてから改めて座り直す。


 そして正面の椅子に赤髪の男性と、銀髪の男性が座る。クラウスさんはその後ろで立ったまま控える形で待機している。


「「「……」」」


 何故か誰も何も喋らないまま数分が経過する……


 この間、王様の視線は常に私の方に向けられていた。眉間に皺が寄り、若干細められた目から迫力が滲み出ている。気のせいだか睨まれているような気がするんだけど、何か王様の気に障るようなことしたっけ……?


 空気が、重い……


 そんな沈黙を破ったのは、隣からの声だった。


「父上、そろそろ何か喋ったらどうだ?」


「……うむ」


「陛下、ここは互いに自己紹介をすべきかと。本日が初めての顔合わせとなりますので」


「……ヴルムリント王国、現国王の『アーレンハルト・ヴルムリント』だ」


「あ、はいっ。私はダンジョンマスターの『清水有紗』ですっ」


「「……」」


「父上、いい加減にその緊張をどうにかしてくれ。空気が死にそうだろう」


「し、仕方なかろうっ。目の前にあのダンジョンマスターがいるのだぞ? 緊張するなという方が無理な話だっ」


「ダンジョンマスターの前に一人の人間であり少女でもある。ダンジョンマスターだと考えて緊張するならただのアリサだと思って接すればいいじゃないか。まったく……すまんなアリサ。見ての通り父上は気が小さい方なんだ。そのくせ目つきだけは鋭いし」


「きん、ちょう……?」


 そうなの……?


「陛下、それに女性に不躾に視線を送り続けるのは失礼ですよ?」


 銀髪の男性から注意が入る。


 そういうことが言えるならもっと早くに言って欲しかったんだけど。


 今後の私の命運を左右する、かもしれない会談はそんな開幕から躓くような形で始まった。

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