第15話 王都への道中
村を出発した私達は馬に乗って移動していた。薄々分かっていたことだけど、こっちの世界には自動車なんて便利なものは存在しないらしい。ちょっとだけ、でも魔法がある世界だから――と期待していた部分もあったんだけどね……
残念ながら、少なくとも今王女様たちの手元にはその手の便利な移動手段は無いようだった。ついでにだけど、当然ながら私は元の世界で運転免許なんて持っていなかった。だから、例えダンジョンマスターの力で自動車を作れたとして、運転することなんて出来ないんだけど。一応、自動車やバイクなどの乗り物も作れることは確認している。というか一覧にあった。
「どうだ、アリサ殿。私の馬の乗り心地は?」
「えっと、あの、どうと言われても……」
そして私は今、村を出発して王都に向かう一行の中で、王女様と同じ馬の背に揺られていた。
最初はドルフェンさんと二人乗りなのかなと思っていたら、そこに王女様がやって来て自分の馬に乗れと言ってくれたのだ。理由は「年頃の娘を乗せて二人乗りはダメだろ」という一言だった。私からしてもとても助かった。助かったのだけど……それで王女様と二人乗りをするのでは、果たしてどっちが良かったかという感じである。
なんかもう、ずっと緊張してる……馬に乗るのは初めてだし、足が短くて足置き?にまで届かずプラプラしているのも落ち着かないし、そして何より後ろから王女様に抱え込まれている状態なのが一番落ち着かないっ。
「すまないな。途中の街に馬車を準備するように使いを出しておいたから、そこまではこれで辛抱してくれ。馬車を呼ぼうにも、この辺りはあまり道が良くないからな。むしろ馬車より馬の方が快適ですらあるんだ」
「そ、そうなんですか」
「予定では今日の夜にはその街に到着する予定だから、明日以降は馬車で移動できるはずだ。だが……私は馬車よりも、こっちの方が好きだな。ほら、馬に乗っていると視界が高くなるだろう? すると普段は見えない色々が見えてくることがある」
「は、はあ」
「それにコイツとは私が小さい頃からの付き合いだからな。私が移動する時にコイツに乗ってやらないと後で拗ねるんだ。なあ、ローズ?」
王女様が優しい手つきで馬の背を撫でる。すると馬の方もそれに返事をするように「ぶるしゅぅぅ」と、満足そうな声を出していた。どうやらこの馬の名前は『ローズ』というらしい。明らかに王女様の名前を貰っていることが分かる名前だ。
これまで、そこまでペットが欲しいとか思ったことは無かった。けどこうして王女様とその馬とのやり取りを見ていると、不思議と羨ましくなってしまった。ウチのダンジョンにはスライムとスケルトンがいるけど……あいつ等はペット枠では無いな。うん、違うと思う。
進んでいる速さは、馬に乗っているにしてはのんびりとした足取りだと思う。
徐々に馬に乗るのに慣れてくると、周囲の景色に目を配る余裕が生まれてきた。
見渡す限りの緑と青。地理的に見ても、私が元いたあの森はこの国の外れの方に位置していた。近くにある人里といったら、あの村ぐらいなもの。故に今進んでいる道の周り以外は、ほとんど人の手の入っていない自然そのままの姿が広がっている――と、最初の内は珍しい植物とか時折現れる動物なんかを見て楽しんでいたんだけど……次第にそれにも飽きてくる。
だって、景色がずっと変わらないから。
夜には街に到着する予定だと言っていたけど、時計を見るとまだ正午にもなっていない。
「はぁ……」
先は長そうだと分かり、思わず溜息が漏れる。
「退屈か? この辺はずっと景色が変わらないからな、気持ちは分かる。それにしてもアリサ殿、その腕に付けているのは何だ?」
「あはは……これですか? 時計ですよ。腕時計。時間を確認する道具です」
この明らかに地球製だと分かる腕時計。暫くこっちの世界で使ってみて分かったことだけど、どういう訳かこっちの世界の時間をちゃんと測れていたのだ。ただ時計の構造とか文字盤の数字が変化した訳じゃ無いので、こっちの世界も一日が24時間なんだろうと予想している。
これが判明して以降は、行動の目安として便利に使わせてもらっていた。
「なに!? それが時計だというのか!?」
「えっ!?」
突然、王女様が大声をあげた。それに驚いた私が身体をびくりとさせ、下の馬も何事か!?と頭を振り向かせる。そして私と王女様を囲むように展開していた騎士さん達の視線が一斉に集まった。
「あ、ああ。急にすまん。お前たちも、何も問題は無い。驚かせて悪かったな。引き続き周辺の警戒を頼む」
その一声で集まっていた視線が霧散して、各々が元の体勢に戻る。
「アリサ殿も、ローズもすまないな。あまりにも信じられないことだったので、つい」
「信じられないことって、もしかしてこの腕時計がですか?」
「そうだ。改めて聞くが、その小さい物が本当に時計なのか?」
「そうですよ」
「……我が国にも時計があるにはある。しかし私が知っているのは、大がかりな仕掛けがあり日に何度も職人が手入れをしないといけない巨大な建造物だ。それをこのようなサイズで個人が所有できるような手軽るさなど到底信じられない……アリサ殿。貴方は一体何者なのだ?」
「っ……」
「ダンジョンで見せてくれた部屋や家具。王族である私ですら見たことが無いような服と素材。そして極めつけはこの時計だ。今更我らを謀ろうとしているなどとは思っていない。ゆえに貴方が言う通り、それは本当に時計なのだろう……だからこそ分からない。貴方はどこか私達とは違う気がするのだ。それはダンジョンマスターという力に関係無く、もっと根本的に何かが違うと、そう感じている。上手く言葉には出来なくて申し訳ないが……」
「……」
とうとうそこにツッコまれてしまったと、そう思った……
別に隠そうと思っていた訳じゃ無い。ただ、どう話したらいいか。どう説明したら信じてくれるか。その辺りを考えるのにもう少し時間が欲しかっただけ。だから、その考えが纏まったら自分から話そうと思っていた。
私がこの世界の人間では無く、別の世界からやって来た――『異世界人』であるということを。
でも、相手に問われるまで話さなかったことは事実だ。これについては不審に思われてしまっても仕方がないと思う。
だけど一方で、むしろこれは私にとっても良い切っ掛けなんじゃないかとも思う。
こうして聞いてきたということは、自分でも言っていた通り私という存在に違和感を抱いたからだ。仮に私の話を全部信じて貰えなかったとしても、何も無い状態で話すよりも聞いてもらいやすくなったのではないだろうか。
ゆえに私は、この機会に王女様には私のことについて話すことを決めた。
「……今日、街に着いてから話す時間はありますか?」
「っ! 今夜は街の領主の館に滞在する手はずになっている。その時に話そう」
それから私達は静かに進んで行った。心なしか、一団の進むスピードが上がったように思えた。
そうして途中に休憩を挟みながら進み続け、日が沈むギリギリのところで街に到着した。
この世界にやって来てから初めてやってきた本格的な街。人の多さも建物の規模も、森の近くの村とは比べ物にならないぐらい発展していた。けれど、私は視界に入って来るそれらをするりと受け流していた。この後に待っている、王女様との話に緊張していたからだ。
街の中を進んでいくと、正面に一際大きなお屋敷が見えてきた。恐らくはアレが今日泊まると言っていた領主の館なのだろう。
屋敷前に到着すると、そこには品の良いおじさんを筆頭に複数の人間が私達を――というより王女様を待ち受けていた。
「ようこそお出で下さいました、第一王女殿下! 此度の魔物討伐も無事に成功されたようで何よりでございます」
「ああ、また世話になるぞ」
「ははっ、もしお時間があれば此度の殿下の武勇をお聞かせいただけると嬉しゅうございます。ところで……そちらの御仁はどなたでしょうか? 失礼ながら行きにお立ち寄りいただいた時には、いらっしゃらなかったと思うのですが……?」
「ああ、今回の件を聞いていち早く駆け付けていた冒険者の者だ。かなりの腕前の魔導士で、此度の魔物討伐では我らも助けられた。お礼と、ついでに勧誘をする為に王都まで一緒に同行願っているんだ」
「なんとっ! そうでございましたか。殿下に認められるという事は、よほどの使い手なのでしょうな」
「ああ、私をして度肝を抜かれる程の使い手だぞ。是非ともこの国の力になって欲しいと思っている」
「わっはっは、そうでございますか! もしそんな方がこの国に所属してくれるのであれば、心強い! となればこちらも精一杯おもてなしせねばなりませぬな!」
よく分からないけど、私のことはそういう設定で行くらしかった。
領主のおじさんは見た目も喋りも完全に気の良いおじさんといった雰囲気の人だった。事前に領主は貴族だから、と言われて少し警戒していたのだけど杞憂だったらしい。
お屋敷に招き入れられた私達はそのまま客間に案内されて、それから夕食をご馳走になった。ちなみに騎士の人たち全員が屋敷に泊まる訳では無く、王女様を含めた主要な四人と私が中へと通される形だった。他の騎士さん達はどうするのかこっそり聞いてみると、外にテントを設置して野営するらしい。そういうものらしい。
そうして遂にやって来た夜――私に当てがわれた部屋の扉をノックする音が響いた。
「はい」
『私だ。入ってもいいだろうか?』
「今開けますっ!」
扉を開けると、そこに立っていたのはやはり王女様だった。
「すみませんっ。私から部屋を尋ねようと思っていたのに」
「いや、王族が使っている部屋を尋ねるのは色々と面倒があるからな。こうして私から尋ねていった方が、そうした問題が少ないんだ。気にしないでくれ」
「そ、そうなんですか。えっと、取り合えず中へどうぞっ」
「うむ」
部屋の中に王女様が入って来る。部屋は一人部屋としては十分な広さがあって、そこにベッドや机などが置かれている。前に泊まったことがある観光地のホテルの部屋を、少し豪華にしたイメージが近いと思う。
王女様は部屋に入ってそのまま二人掛けの椅子とテーブルの片側に腰を下ろした。私は緊張しながら王女様の正面の椅子に座る。
さすがに就寝前、室内でまで鎧は身に付けないようで初めて鎧を着ていない王女様の姿を見た。今は白いネグリジェを着ているのだけど……凄い。何がとは言わないけど、凄い。普段の姿からでも分かるモデル体型だったけど、鎧を着ているとどうしても勇猛さが強調されていた。けれど今の姿からは、そういったものが鳴りを潜めてただただ美しさが醸し出されている。まさに女性の理想を体現したかのような体型をお持ちだった。
これが本物のプリンセスで、ついでに騎士も務めているとか本当に何の冗談なんだろうと思ってしまう…………
「ん? どうかしたか、アリサ殿?」
「い、いえっ! 何でもありませんっ!」
この世界が電気とか発達していない世界で今だけは良かったと思う。蝋燭の薄暗い光だけだと私の顔までは見えないようだし――
「少し顔が赤いようだが?」
「へっ!?」
「もしや、今日の移動での疲れか? 今日はゆっくり休んだ方がいいんじゃないか。話なら別に王都に着いてからでも出来るし」
「だいじょうぶですっ。大丈夫ですから……」
「そう、なのか?」
危なかった……
「では、用事は早めに済ませるとしよう。早速だが、昼間にも聞いた話だ。アリサ殿は一体何者なのだろうか?」
「えっと…………はい。ちょっと信じられない話かもしれませんけど、聞いてくれますか?」
「もちろんだとも」
「それじゃあ――」
私は王女様に自分が何処の誰で、こことは別の異世界からやって来たということを王女様に告白した。