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第14話 ダンジョンの外へ踏み出す時

 早朝、今日はいよいよ王都へ向けて旅立つ日だ。諸々の準備を済ませるのに昨日の夜ギリギリまでかかってしまったけど、何とか終えることが出来た。


 今私が立っているのはダンジョンの外、入り口のすぐ傍だ。隣にはスライムとスケルトン達も出てきている。そんなお見送りなんてしなくていいと言ったのに、わざわざ見送りに来てくれたのだ。ただ、生まれて?からずっと一緒だった私を見送るということで、皆そわそわしているように思う。スライムは身体を膨らませたりへこませたり、スケルトンは普段より余計にカタカタと音を鳴らしているような気がする。


 かく言う――私も結構緊張している。


 何せ、これから本格的に異世界の地へと足を踏み出そうとしているのだ。既に足を踏み入れているだろうと言われればそうなんだけど、大事なのは気持ちの問題なのである。つまりは、これからようやくこの世界の人間の営みに触れようとしているということだ。


 そんな訳で、私も迎えが到着するまでの間しきりに留守中の諸々について確認を行った。もし不在中に侵入者があったら? それが動物、魔物、人間の場合についての対処は?などなど……ダンジョンの仕掛けそのものの確認や、留守を守るスライム、スケルトン達にもしつこいぐらいに確認してしまった。客観的に見れば、私だって十分に落ち着きが無かったかもしれないね……


 そんなことをしながら待っていると、服の裾をくいくいっと引っ張られる。誰かと思って見ると、それをしていたのはスライム。片方で腕で私の服を引っ張りながら、もう片方の腕で森の方向を指し示していた。


「どうかした?」


「……」


「ん……?」


 何だろうと思ってスライムが示す方向に視線を向けると、かなり遠くの方に動く人影のような何かを見つけることが出来た。なるほど、スライムはアレを伝えたかったのか。


 多分だけどあの人影の正体は、私を迎えに来てくれた王女様たちの一行だろう。まだ姿は小さくしか見えないけれど、間違いないと思う。じっと目を凝らしてみると、先頭に立って歩いている人が見おぼえのある鎧を身に着けているのが薄っすらと分かった。


「来たみたいだね。教えてくれてありがとう、スライム君」


「……っ!」


「さっきまで十分に確認もしたし、もう忘れ物も無いって。大丈夫だよ」


 迎えをいち早く発見したスライムは私の出立がもうすぐそこに迫っているのが分かると、再び忘れ物は無いかなどを再度確認してきた。すると少し落ち着いてきたスケルトン達も、迎えが来ていることを理解して俄かに騒がしくなる。


 そんな調子で待っていると、さほど時間も掛からずに迎えが到着した。もちろん、王女様からの迎えの人達で合っていた。ちゃんと見覚えのある顔があったからね。一団の中でも特に身体の大きなドルフェンさんと、そのすぐ後ろを歩いてきた褐色肌のハーケンさんはすぐに分かった。ただ、名前と顔が一致するのはこの二人だけで、他の人たちは最初にダンジョンにやって来た時に見かけたかな~ぐらいの認識だったけど。まあ、主に話したのは王女様を含めた四人だけで他の人とはあまり接点が無かったから仕方ないね。


 ダンジョンの前に騎士の人達がずらっと並ぶ。


 ……これだけでも、かなり迫力がある。


 私がすっかりその雰囲気に気圧されていると、一団の中からドルフェンさんが代表するように一歩前に出た。


「おはようございます、アリサ殿。お迎えにあがりましたぞ」


 そう柔和な感じで挨拶してくれたので、私もいくらか緊張が解れて何とか挨拶を返す。


「おはようございます、ドルフェンさん。朝早くからありがとうございます」


「ははっ、何の。これぐらい騎士にとっては早い内には入りませぬ。むしろこの程度で眠気に負けて、欠伸の一つでもししようものなら……王都に帰ったら鍛え直さないといけませぬな」


「「「……っ」」」


「そ、そうなんですね……」


 ドルフェンさんは朗らかにそう言っているけど、後ろの騎士さん達が鍛え直すという言葉を聞いた途端に身体をビクリと揺らしたのを私は見た。果たして今の反応が、内心で眠いと思っていたことを見抜かれた図星という反応なのか、それともドルフェンさんの鍛えるという言葉そのものに身体が勝手にしてしまった反応なのか。真実は本人たちのみが知る。


「――そういえば、団長さんがいませんけど。何かありましたか?」


「いえいえ、大したことではございません。今回の調査で世話になった村の者達に挨拶をしに行っているのです。そうすればスムーズに出発できますからな。団長から『迎えに同行できなくてすまない』と伝言を預かっております」


「ああ、それで。分かりました。それじゃあもう出発しますか? 私の方はもう準備万端なので何時でも出られる状態ですよ」


「そうですな。ただ、その前に、その…………大変、言い難いのですが」


「はい?」


「……アリサ殿。もし可能ならば、もう少し目立たない恰好に変えることは出来ますまいか?」


「……」


 言われて、今自分が着ている服を見下ろす。


 上下共にセットのジャージ姿。色はローテーションしてるけど、今日は白いジャージを着ている。ちなみに長袖、長ズボンだ。


 ……うん、確かにコレは無いな。


「すみません、全然気にしてませんでしたっ」


「いえいえ、事前に目立たない恰好をとお伝えしておりませんでしたからな。それでその、別の服装に変えて頂くことは可能でしょうか?」


「もちろんですっ……あの、相談なんですけど。ここら辺で、私ぐらいの女の子が着る普通の服ってどんな感じですか? あまり、というかこの辺の人と会うのは皆さんが初めてで、どんな服装がいいのか分からなくって」


「それは…………」


「「「…………」」」


 こっちの世界の常識が分からなかったので聞いてみたのだけど……ドルフェンさんが言葉に詰まる。そして助けを求めるように後ろに視線を飛ばすも、そんな視線から逃れるように顔を背けられていた。


 そういえば、ここにいるのは全員が男性だ。しかも年の頃は分からないけど、何となく成人は超えてるんじゃないかという人が殆ど。そんな人達に年頃の女の子の服装を尋ねるのは完全に「そうじゃない」だろう。ていうか、むしろ尋ねられても困るよね……


 しかし、そんな沈黙を破るように誰かが声をあげた。


「私でよろしければ、多少はお教え出来るかと思います」


 場を痛い沈黙が支配する中、そう言った人物がいた。全員の視線が集まるその人は、意外なことにハーケンさんだった。いや、意外と言ったら失礼かもしれないんだけど。でも、何となく女性の服装に詳しそうなイメージが無かったからどうしてもそう思ってしまう。


「ほんとですかっ、ハーケンさん」


「ええ、そこまで詳しい訳でも流行りを知っている訳でもありませんが。ただ、街を歩いている時に見かける女性の服装の傾向は大まかには分かるつもりです。少なくとも、今ほど目立つ格好にはならないかと思います」


「ぐっ……わ、分かりました。それで大丈夫なので教えてください」


「承知しました。では、上着の方から――」


 ハーケンさんの話を参考にしながら、管理画面でそれっぽい服を見繕う。それをしながらふと考える。


 ジャージはともかくとして、この世界に来てから出会った人の大半が西洋っぽい顔立ちで尚且つカラフルな頭をしていたな、と。

 

 例えば、王女様は目の覚めるような鮮やかな赤髪だったし、目の前のハーケンさんは少しくすんだ白い髪色をしている。他の人達も、金髪、茶髪を筆頭に赤だったり青だったり様々だ。けれど意外なことに、こんなに多種多様な髪色の中で黒髪の人は一人もいなかったりする。単純に偶然この一団に含まれていないだけかもしれないけど、もしかすると黒髪自体が珍しい可能性もあった。


「ハーケンさん。もしかして私のこの髪色って、ここら辺だと珍しかったりしますか?」


「そうですね、黒に近い髪色はありますが、アリサ殿のように完全に黒色の髪色は珍しいと思います。ああ、それについては心配無用です。ローブなどを着れば十分に隠す事は出来ますから。持ってきているものがありますので、後程お渡しします」


「あ、ありがとうございます」


 ハーケンさんから聞いた情報を元に、私は一度ダンジョンに戻って作成した服に着替える。


 話を聞いていると、やっぱり昔の西洋っぽい服装がこっちでも普通であることが分かったので特に問題無く服は揃えることが出来た。作ったのはブラウスとスカート、それとエプロンである。それらを組み合わせると、いかにも中世ヨーロッパ風の街娘という感じの格好が出来上がった。鏡でそれを見て思わず「おぉ」という言葉を出す。その状態で表へと戻ると、騎士団の人たちにも「ああ、これこれ!」みたいな感じで納得されていた。


「その上からこちらのローブを羽織って下さい。人前に出る時は極力ローブを被って、あまり顔を見られないようにお願いします」


「ありがとうございます、ハーケンさん」


 ハーケンさん、最初は神経質そうな人だなと思ったけど、かなり気が利く人あることが分かった。ひょっとすると、服装の知識は彼女さんがいるから知っていたのかもしれない。さっきは街行く人たちとか言ってたけど、もしかしたらね。


 あれ、そうするとさっき答えられなかった騎士の人たちは良い人がいないってことに――これ以上考えるのは止めよう。失礼になりそうだ。


「よし……それじゃあ、行ってくるね!」


「……!」


「「「……!」」」


「うん、留守の間はよろしく。行って来ます」


 そうしてようやく準備を終えた私は、この世界に来てからずっと暮らしていた拠点と、一緒に暮らしていたダンジョンの魔物達に分かれを告げて王女様が待つ村へと出発した。


 道中、森の中を歩くのはかなり大変だった。そもそもとして森を歩きなれていないというのもあるけど、来なれない服や靴を着ているのも影響していたと思う。騎士の人達に時折手を貸して貰いながら、四苦八苦して進んでいく。最初はなんで馬とかでこないのかなと思ったけど、木の枝とかが邪魔で確かにここに馬で来るのは難しいのかもなと思った。


 そうして途中で体力が尽きた私は、その先をドルフェンさんの背に乗って運ばれた。


 最近は、スライムと一緒に森の中を散策したりもしていたので大丈夫かなと思っていたけどダメだった。今更ながらに、普段から鍛えている騎士たちと肩を並べて森の中を進むのがどれほど無謀だったのかを思い知ったのだった。ちなみにドルフェンさん達はこれを予想していたらしく、私が疲れたのを見るとすぐに自分に背負われるように提案してくれた。


 何というか、気恥ずかしさと情けなさで顔から火が出そうだった……


 次がある時までに、山歩きとかに良いアイテムが無いか探しておこう。そしてもっと体力を付けようと誓った。


 そんなこんなで私が背負われた後、更にスピードを上げたドルフェンさん達は私からすれば走るような勢いで森の中を駆け抜けていく。一体、最初のペースはどれほど手加減されていたのか。しかもドルフェンさんに至っては私を背負って鎧も着ているのだからもの凄い負担だと思うんだけど。


「ドルフェンさん、大丈夫ですか?」


「何のなんの! これぐらいどうという事はありませぬ! それにアリサ殿は軽いですからな。特に負担にはなっておりませぬよ」


 騎士って凄いなと思った。


 そうして背に揺られて進み続けて、とうとう森を抜けた。


 私にとって、この森を抜けるというのは初めての経験だ。頭上に広がる大きな空を見上げるよりも、後ろに広がる森へと視線が行く。たった今抜けてきた森の中に通じる道、そう道である。明らかに人の手が入っていることを思わせる道が後ろにも、そして前にも続いていた。


 この瞬間、私はこの世界に来て初めて人間の営みに触れた気がした。

 

 視線を進行方向に向ければ、少し先には村らしき家々が立ち並んでいる場所が見える。


 ああ、本当に私は森を抜けてきたんだ。そして本当の意味でこの異世界に足を一歩踏み出したんだという感慨にも似た感情が湧いてきた。それと同時に、見えている範囲の家の作りが、少なくとも現代の日本では見たこと無い造りであるのが分かった。木と石で作られた、言葉を選ばずに言うと原始的な家の造り。それを見て何となく、この世界の文明レベルを察することが出来た。


 ドルフェンさん達は村に向かう途中で進路を変えて、村を迂回するように進み始める。すると、ちょうど村の真横の辺りに人だかりが出来ているのが見えた。

 ドルフェンさん達と同じ騎士甲冑に身を包んだ人達と、そして見るからに村人だろうと分かる人達がその場所に集まっている。そして特に人が密集しているその中央には、王女様がいるのが見えた。ただ、特に責められているとかそんな雰囲気じゃなくて、単純に別れを惜しんでいるとか見送りに来たとかそんな感じに見えた。


 すると先頭を走っていたドルフェンさんの周りを、一緒に走っていた他の騎士の人達が囲み始める。


 多分だけど私を隠すための動き、だと思う。どうも、あんまり私の姿が人目につくのを嫌っている感じがするからそう思った。でも確かに私の存在がかなりレアみたいな話は聞いていたから、こっそり行動するのは分かる気がする。


「ん、アイツ等も戻って来たようだな。さて、そろそろ本当に王都に戻る時間だ」


「もう行ってしまわれるのですか。寂しくなりますなあ」


「はははっ、騒がしくしたりと世話になったな」


「いえいえ、こんな寒村に姫様が直々にお出でになるのは誉れですじゃ。何も無い村ですが、もしまた何かあればお立ち寄りくだされ。村をあげて歓迎いたします」


「感謝するぞ、村長。お前たちこそ何か困ったことがあれば、いつでも騎士団を頼れ。まあ、もしかするとまた近い内にこの村に来るかもしれない。もしその時は、また頼む」


 白髪で腰の曲がったお爺ちゃんと話している王女様。どうやらかなり好かれている様子だった。それをドルフェンさんの背中から、周りを囲む騎士の人たちの隙間から眺める。


 そして王女様たちと合流してすぐ、私達は村を出発した。その時、村の出入り口付近で遠ざかっていく私達を村の人たちはずっとほとんど見えなくなるまで見送っていた。その様子から、王女様たちがこの国でかなり慕われているのが伝わって来た。


 何となく、こういう世界観の場所って王族とか貴族とかが市民に嫌われているイメージがあった。大昔にヨーロッパの方ではそれで革命だのなんだのがあったのだ。だからその様子を見て少し安心している自分がいた。少なくとも、この人達はあの村の人達から好かれるぐらいには良い人なんだと改めて分かったから。

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