第12話 アリサの決断
変更点について:
副団長ドルフェンの一人称を『私』から『儂』に変更しました。
(理由は他のキャラクターとの違いを分かりやすくする為です)
有紗のダンジョンを訪問した後、無事に野営地に戻って来たローゼリア達。しかし、戻って来たのも束の間。一団の主要人物たちは会議用の大きめのテントに集まって早々に今回の件に関する会議を始めた。
「しかし、まさかダンジョンマスターとあのように話をすることになるとは。まったくの予想外でしたな……」
第二騎士団副団長ドルフェンが今日あった出来事を思い出して、そうしみじみと呟いた。ローゼリアを含めた全員がそれに同意するようにコクコクと首肯する。
「何より、あんな少女がダンジョンマスターだったということが自分の目で見た今でも信じられません。妖精の足跡を見た様な気分でした……」
「気持ちは分かるがな。それでリュン、お前から見てあの少女はどのように映った?」
「そうですね……いたって普通の少女のように感じました。そこらの娘よりはかなり教養が高そうでしたが、それでも貴族的な教育を受けている訳では無さそうに見えました。何というか、教養の高い一般家庭出身の少女、とでも言うべきでしょうか。申し訳ありません、このような情報しか読み取ることが出来ず……」
「なるほど……確かに、チグハグな印象は儂も感じていた」
副団長が言ったチグハグ、という言葉。それが示しているのは、先程リュンが言った教養の高い一般家庭出身という言葉に対する印象そのものだった。
教育を受けられるということは、それイコールその者の家が豊かどうかを示していると言っても過言ではない。一部例外を除き、貴族など地位のある人間にとっては当然のこととしても、一般市民にとって教育を受けるという事は普遍的ではないのだ。更に言えば、水準の高い教育を受けるという事はそれだけ資金力がいる。それは到底一般市民の家庭では用意できない程のものだ。
しかし、彼らが有紗をこっそり観察してみて分かったのは貴族としての立ち居振る舞いは無かったということだ。ひょっとするとそれをわざと隠している可能性もあるにはあったが、もしそうだとすれば有紗はとんでもなく凄腕の役者ということになってしまう。可能性としては考えられるだろうが、観察眼の優れたリュンはそれは無いだろうと切り捨てていた。そして実際にそれは当たってる。
「となると、あの者は一体何者なのでしょうか?」
「リュンよ、これから同盟を結ぶかもしれない相手をあの者などと言うでない」
「申し訳ありません。しかし、ダンジョンマスター殿の素性が知れぬのは恐ろしいところでもあります。あのような服装は初めて見ましたし、何処の出身なのか検討もつきません」
ちなみに来客を予想していなかった今日の有紗の服装は、こちらの世界に来てすでに着慣れてしまったジャージだった。
「そうだな。人間のダンジョンマスターが存在すると最後に公に確認されたのは、百年程前に今の帝国の前身となった国だったか。あれ以来、少なくとも公には人間のダンジョンマスターは誕生していないことになっているから、それを考えると百年ぶりになるのだな」
「そうですね。その上、あのように話が通じるダンジョンマスターに出会えたことは幸運でもありました。素性については調べる必要はあるかと考えますが、今回の縁は逃すべきではないと考えます」
「うむ……団長。団長はどうお考えですかな? 特に、王都にダンジョンを作ってもいいなどと言った件については詳しく聞きたいですな」
「ん、何だ?」
何かを考えている様子で静かにしていたローゼリアだったが、自分に話が向けられたと気付いたのか俯き加減だった顔を上げる。
「今回の件についてどうお考えなのか、団長の意見もお聞きしたいと言ったのです。まったく、会議中なのですからちゃんと話は聞いてくだされ」
「ああ、すまない。それでどう考えているか、だったな……私は、アリサ殿は信用できる人物だと思っている。だから特にこれといって心配はしていないぞ」
「……それは、いつもの勘ですか?」
「まあ、そうだな。変な感じはしなかったし、それどころか私の目には好ましい人間に映った。うん、アリサ殿とは良き友人になれそうだ。何だか面白そうな気がする」
「……そうですか。それは良かったです」
ローゼリアの返答に、ドルフェンはどこか諦めたような様子で溜息と共にそう吐き出した。
そして、すぐに気を取り直すように一つ咳払いをする。
「ではもう一つ、王都にダンジョンを作ることに賛成した件についてもお聞きしたいですな――姫様、一体何をお考えなのですか?」
「何って、そりゃあこんな僻地にダンジョンがあるよりも王都にあった方が何かと便利だろう? それにその方が王都も発展するんじゃないか?」
「…………まず、儂等が陛下から受けた命令は何でしたか?」
「何を今更。一つはダンジョンの発見だな。加えてもし可能なのであれば、発見したダンジョンの内部調査も行うようにと言われた。もっとも、一番はやはり発見の方で内部調査の方はついでだろうがな。ダンジョン慣れしている冒険者でも無ければ初見のダンジョン探索はリスクが高いからな。父上もその辺りは理解している」
「その通りです。では万が一と考えていた、ダンジョンマスターと接触し尚且つ交渉が可能な場合の対処については?」
「その時は協力関係を結べないかどうかを探りつつ、可能であれば交渉にチャレンジしてみるだったな。もし接触はしたものの、交渉、意思疎通が不可能だった場合は即座に撤退する、だ」
「仰る通りです。では、その中に王都にダンジョンを作ることを許可するという陛下のお言葉はありましたか?」
「いいや、無いな」
「……」
分かっているなら何で勝手なことをしたんだと、ドルフェンの目が雄弁に語っていた。そんな子どもなら人睨みで泣きだしそうな視線を受けたローゼリアは、反射的に肩をビクリと揺らす。
「王都にダンジョンを作る、これそのものの影響は大変に大きい。いえ、大きすぎます。王都に暮らす民にはどう説明するのですか? 発生自体は自然発生したと公表したとしても、暫くは王都が、国全体が混乱するのは必至でしょう。それにダンジョンを作っていただく場所はどうしますか? そこにダンジョンが出来たとなれば、確実に区画整理どころの話では無くなる。周辺が一気に冒険者などダンジョン探索を主とする者達で溢れかえります。今国内にいる者たちだけではない、他国から流れてくる人間もいるはず。そんな中で、もしそのダンジョンが会話が可能なダンジョンマスターが作ったものだと知られてしまったら? 下手をすれば他国からの介入も招きかねない。特に大国が手を伸ばしてきた場合、我らにはどれほどの抗う術がありましょうか?」
「……」
ドルフェンからの怒涛の言葉攻めにローゼリアは肩身が小さくなっていく心地だった。同じくテント内にいたリュンとハーケンは、そんな自国の姫の姿を見ないようになのか目を伏せて存在感を消している。
「だ、だがなドルフェンっ。王都にダンジョンが出来るメリット、これも確実にあるはずだ。それにこの同盟を結ぶことがどれほどヴルムリント王国にとっての利益に繋がるか。分からない訳じゃないだろう?」
「それは承知しております。儂が言いたいのは、軽率に相手の要求を呑むな、ということです。もしアリサ殿が団長が言った言葉を信じて、もしそれが不可能だった場合、アリサ殿が受ける不信感は大きいものとなってしまいます。それにアリサ殿がこちらの言葉を巧みに利用する商人のような性格だったら、たった一言が大事に繋がる可能性もありますぞ」
「あ、アリサ殿はそんな人間じゃないと思うぞっ…………だがまあ、確かに軽率だったのは認める。それで民に迷惑をかけるのは私の本意じゃない」
「アリサ殿の様子からして、恐らく今考えている手段に何かしら確信があるのでしょう。数日後ではなくわざわざ明日を指定されましたからな」
「ああ、そうだろうな……分かった。この後、私から父上に連絡して現状を伝えておく。その時に、王都にダンジョンを作ることについて、向こうで事前協議をしてもらうように言っておこう。それから今日の件については、明日アリサ殿に謝罪と訂正をしよう」
それを聞いたドルフェンは肯定を示すように頷く。
「しかし、こうなるとアリサ殿には一度王都に出向いてもらう必要があるな。まあ王都にダンジョンを、と言ったのはアリサ殿の方だしそこら辺は想定していると思うが。すると、父上にはアリサ殿の歓迎の準備もしていくように言っておいた方がいいかもしれないな」
「そうですな。それがよろしいかと思います」
それからローゼリア達は、同盟を組むことになった場合、そうじゃ無かった場合のそれぞれについて今後の動きを話し合った。
そして翌日、約束した時間に間に合うように多少の余裕を持って野営地を出発した。そして暫く歩き続けて、余裕を持ったお陰で昨日より少し早くダンジョンに到着した一行だが、そのダンジョンで昨日までとは様子が異なっていることに気が付いた。
具体的に言えば、ダンジョンの入り口である洞窟。その前に立て板の看板が設置されていたのである。そこには日本語ではなく、この世界の文字でこう書かれていた。
『昨日話した不審者撃退機能を実装済み。下記の排除制限に抵触した場合、その人をダンジョンの外に強制的に排出する。
排除制限:ダンジョン内で武器を抜くこと
※ダンジョンに入場する前に、看板の下の籠に入っている首飾りを身に着けてください。もし首からかけるのに抵抗があるなら、身に着けてくれるだけでも大丈夫です。』
「ふむ。つまりこれは、昨日言っていたものが完成したから、実際に試してみてくれということか?」
「そうでしょうな」
「ははっ、アリサ殿も面白い試みをするな。どれどれ……どうやら首飾りは人数分あるようだな。よし、折角だから試してみよう――」
そう言うが早いか、ローゼリアは看板の下に提げられていた籠から首飾りを一つ手に取る。それを首には付けず、自らの利き手とは逆の腕に巻き付けてダンジョンに入っていく。
「団長っ、そうしたことは我々にお任せください!? 団長に何かあってはっ!」
「そう心配するな。ここで妙な罠を仕掛けてこちらとの関係を悪くするような真似をするような人間じゃないさ、アリサ殿は。まあ勘だがな。どれ、この状態で武器を抜くとダンジョンの外に放り出されるんだったな? 果たして、どんなものか――」
ハーケンが怖い顔をしてローゼリアを止めようとするが、そんなことお構いなしにローゼリアは、首飾りを身に着けた状態でダンジョンの中で腰から剣を抜く。
その瞬間の事だった。
腕に巻かれた首飾りの、その飾り部分が青白い輝きを放つ。填め込まれている透明なガラスのようなものを中心に輝きが発生しているようだった。そして次の瞬間、ローゼリアの姿が全員の前から一瞬掻き消えたかと思うとすぐに再び現れる。目の錯覚程程度の時間、姿が見えなくなったローゼリアの身体は…………洞窟の入り口手前まで戻されていた。
「「「おぉ……!」」」
「……本当にダンジョンの外だな」
「団長っ、お体に何か異常はありませんか!?」
「ああ、問題無い。頗る快調だ。しいて言えば、自分の身に何が起こったのか分からなくて若干混乱しているぐらいか? まあ結果を見ればそれも分かるんだがな。まさか、この身で転移を体験することになるとは思わなかった」
「転移っ……やはり、今のは転移だったのでしょうか……」
「そう考えるのが妥当だろう。実際のところは直接アリサ殿に聞いてみる必要はあるが、今の現象を見る限り転移か、それに近しい力であることは間違いない。ふむ、たった一晩でこのような仕掛けを作るとは……やはり、ダンジョンマスターの力とは凄まじいな。これはますます、この同盟を成功させなくてはいけなくなった」
そうして看板に書かれていた不審者撃退機能を実際に体験したローゼリアは、全員に首飾りを身に着けるように命令を出す。
「奥に進むのは昨日と同じメンバーだけだ。残りの者たちは、その首飾りの力を試してみるといい。折角の転移の魔道具だ。体験しないのは勿体ないからな。ただ、もしその中で予期せぬ問題が発生した場合はすぐに知らせに来い。アリサ殿が予期していなかった問題があるかもしれない。何せ、昨日今日で仕上げたものだろうからな――いいな、お前たち」
「「「了解っ」」」
団員たちの返事にローゼリアは満足そうに頷く。そしてローゼリア、ドルフェン、リュン、ハーケンの四人は各々首飾りを身に着けてダンジョンの奥へと進んでいく。それほど長くは無い通路なので少し歩けば昨日も出入りした広間が見えてくる。
昨日と同様に、人工的に整備された剥き出しの岩肌の広間があり、その中央には簡易的な椅子とテーブルが置かれている。これも昨日の話し合いの中で有紗が用意したものと同じものだった。そしてその傍で、ローゼリア達を待っていたのは、スケルトン複数とスライム一匹を引き連れた有紗だった。
「お待ちしてました。どうぞ、座って下さい」
「ああ、気遣い感謝する。それにしても……もしや、徹夜でもしたのか?」
「えっ!? ど、どうしてですか……?」
「見たまんまだ。目の下の隈がくっきりとしている」
確かに、ローゼリアが言った通り有紗の目の下には黒いものが現れていた。それを指摘された有紗は、苦笑を漏らす。
「すみません、色々試している内に気が付いたら夜が明けてしまってて。外のアレとかを準備してたら寝る時間が取れなかったんです。ああでも、むしろ徹夜ハイな感じで頭はよく回ってるので大丈夫ですっ」
「そ、そうなのか。ならいいんだが――そうだ、外に置いてあったアレ、早速試してみたぞ。アレは凄いな、本当に武器を抜いた瞬間にダンジョンの外に放り出されてしまった」
「ちゃんと効果を発揮したようで良かったです。一応、テストはしてたんですけどね」
「今はウチの団員達が試しているところだ。もし、不具合があればすぐに報告に来るように言ってある。もちろん、それはアリサ殿にも共有するつもりだ」
「それは助かります。ダンジョンの機能を組み合わせてるので大丈夫だとは思いますけど、抜け道とかがあると今後使用していくのに問題がありますからね。あ、ちょっと確認してみてもいいですか? ここからでも仕掛けが正常に働いているか確認することが出来るので」
「もちろんだ」
すると有紗は、ダンジョンマスターの力を発動して管理画面を開く。そしてそこに表示されているアレコレを眼球だけを動かして結構なスピードで確認していく。その姿は、この力を授かってから数日しか経っていないとは思わせない程に熟練者のような動きだった。力を使うことに慣れてきたからか、それともダンジョンマスターが有紗と相性が良いことが影響しているのか、はたまたその両方なのか。
一通り確認を終えたのか、有紗が管理画面を閉じた。この間、ローゼリア達の目には有紗が空中に現れた半透明の何かを見つめている様子が映っていた。しかし、不思議だったのはローゼリア達の目には空中のそれは見えても、そこに表示されているはずの情報は見る事が出来なかった。読むことが出来なかったのではなく、そもそも何も書かれていないように見えていたのである。
「結構な頻度で使っているみたいですけど、今のところは問題無さそうですね。何やら楽しんでもらっているようで」
「あー、あまり使いすぎるのは不味かったか?」
「いえいえ、むしろ沢山の人が同時に使ったりすることも想定しなくちゃいけなかったのでいいデータになります」
「そうか。なら良かった…………さて、到着早々ですまないが――アリサ殿。今日の本題に入らせてもらってもいいだろうか? といっても外のアレや、ここでの話しぶりから察するに答えを聞いてしまったようなものかもしれないが」
話題を変えると共にローゼリアの表情と声音が一転、真剣味を帯びたものへと変わる。その姿からは、まだ若くしかし溌剌としたオーラのようなものが放たれているようだった。ドルフェン達はその変化を見て、行動こそしなかったものの内心では頭を垂れていた。
場の空気が変わったことを察して、有紗も真剣な表情になる。喉の奥から洩れそうになる欠伸は途端に引っ込んで、一時的に眠気さえどこかに飛んで行ってしまった。
「はい……昨日お話した件について、私なりに考えて色々試してみて決めました――王都にダンジョンを作る、それを条件に同盟を結びたいと考えています」
正式にそうなることはまだ先の話だろうが、この日有紗は異世界に来て初めて『仲間』と呼べるかもしれない人達を得ることに成功したのだった。
妖精の足跡を見る:信じられないものを見た、ような意味
妖精は基本宙を飛んでいる為、足跡は無いはず。ゆえにその足跡を見つけたら「え?」と幻でも見たような心地になることから来た言葉。




