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Star Age ー星の世代ー  作者: 八城 主水
4/7

Complex

 電気とサブカルチャー文化の街として毎日多くの外国人観光客が訪れる春花台(はるなだい)、もはや日本で最も有名な場所と言っても過言ではないその賑やかで活気に溢れた街並みの裏には暗闇と静寂に覆われた場所が存在する。差別的な扱いを受けてきた”魔人(まじん)”のみで構成されたまさに魔人のための組織、”レッドファミリー”の縄張りである事からいつしか”紅通(くれないどお)り”と呼ばれるようになったそこへ突如として吹いた突風、常にこの裏通りを漂う陰気で不愉快な空気を吹き飛ばすかのような心地の良い風を感じた1人の男はなにやら嬉しそうに微笑みながら『来たね』と呟く。


─────

───


 ─────最初はクラスの女子たちに誘われたからという、軽い気持ちでこの街にやって来た。


 新しいクラスになって初日で遊びに誘われて『新しい友達ができる』、『幸先がいい』だなんて浮かれていた自分を引っ叩きたい。表通りから外れた裏通りで魔人たちに包囲されている現状において愛子(ちかこ)はそんな心境だったが一緒にいる女子たちは違った。まるで有名人を目にした時のような憧れの眼差しで魔人の集団を見詰めている。


 そんな中、愛子をバルナへ誘った女子が一歩を踏み出し、彼らの前に立つと『私達も仲間に入れてください!』などと言い出した。学生の女の子から突然そんな事を言われて魔人たちは笑うでも怒るでもなくただ黙って彼女たちの身体をジッと見回し、魔核(まかく)の影響か派手な髪色が多いなか先頭で座っている黒髪の魔人─────”ジャック”と呼ばれている男がなにか納得したかのように小さく2度ほど頷いてニッと微笑んだ。


「君たちは珀皇(はくおう)の生徒だって聞いたけど、あそこならそんな差別されることもないんじゃないの?わざわざうちに入る必要ある?」


「……私達も最初はそう思って珀皇に入りました、私立なのに学費は安いし『魔人でも安心して通える学校だから』って親からも勧められて─────」


 世間体的には”私立”と銘打たれてはいるが営利目的ではないため理事長の意向で学費は公立並の値段設定となっている。設立当初から関西の名門校、帝刻(ていこく)大学の姉妹校として知られているためか生徒の中には体内に魔核(まかく)はなく魔人と接した事もないが大学部への進学を志して入学したという者が少なからずおり、実際に初めて会った魔人を好奇や差別の目で見てしまうのだとか。


 彼女は自分たちをそういった差別の被害者だということを強調して話し、周りの魔人たちからは哀れみと同情の言葉を掛けられる。真剣な面持ちで耳を傾けていたジャックも感情の昂りかその深紅の眼光がよりいっそう輝き、黒髪にピンクのメッシュが差し込んだ。


「話はわかった、俺たちレッドファミリーは同胞を……絶対に見捨てない。君たちも今から家族だ……!」


「ほ、ほんとですか!?よかった……ありがとう─────」


「ただし!」


 と、声を張り上げたジャックが1本のサバイバルナイフを取り出し、少女に手渡した。そして突然の事で戸惑う彼女に『入団テストだ』と言って上に突き立てた人差し指を愛子へ向ける。


「その子、普通の人間でしょ?そういうのは受け入れない主義でさ、ちょうどいいから君らの()()……俺たちに見せてよ」


「それって……」


 『どういう意味か』なんてことは、手に持っているナイフを見れば一目瞭然だった。彼は魔人の少女たちを組織へ入れる条件として人間である愛子を刺せと言うのだ。


「はぁ……!はぁ!」


 妖しく銀色に光る刃を目にして呼吸と心臓の鼓動が早まる。こんな小さな刃物でも人は殺せてしまうのだから。ナイフを握る手が小刻みにカタカタと震え、レッドファミリーが支配するこの紅通りで彼女たちに逃げ道などありはしなかった。


「ごめん佐隈(さくま)さん……ごめん……!」


 『こんなつもりじゃなかったのに』とでも言いたげに悲痛な表情を浮かべ、場の空気に圧倒された少女が涙声で謝罪の言葉を口にしながら持ったナイフを向けてくる。このような窮地にあっても不思議と恐怖はなく、愛子の胸中に去来しているのは幼少の頃から事ある毎に芽生えてきた諦観の念だった。


 魔人である母親をコンプレックスに思わないよう心掛けてきた。しかし魔人の子供というだけでクラスメイトから虐げられ、望んでもいない魔人たちの同情や仲間意識を受ける日々に辟易としていた。なぜ自分がこのような目に遭わなければならないのか、恨み言のひとつでも吐き捨てたい気分だがもはやどうでもよくなっている。


(こんな事なら、長門(ながと)くんたちと一緒に来るんだった……)


 教室での会話や思い出が走馬燈のように浮かび、頬を伝う涙にまたも謝罪の言葉を述べた少女のナイフが目前にまで迫る。そこへホラー映画や心霊番組でしか見た事のない、真っ白な人影がどこからともなく現れて少女の手首をガシッと掴んだ。


 突然の出来事にこの場にいる誰もが呆然とするなか人影は軽く捻った少女の腕からナイフを奪い、悲鳴をあげる彼女を女子の集団の方へ押し出した。


「あ……あ……」


 命を救ってくれた恩人に礼を言いたいのに言葉が詰まり、崩れるようにその場へ座り込んでしまった愛子を背にして人影が白銀の眼差しで周囲の魔人たちを一瞥した。抜き身の刀のようなその鋭い視線にジャックのみが立ち上がり、()()()()()を妨害した邪魔者と睨み合う。


「悪いけどいま歓迎会の最中でね、このまま立ち去ってくれるなら見逃すよ」


 穏やかな口調と声色で話し掛けるのは相手の油断を誘うため、逃がすつもりなど微塵もなく瞬時に取り出したナイフで顔面目がけて刺突するが首を傾ける動作ひとつで躱される。


「へぇ、やるじゃん。じゃコレは?」


 と、次々に連続して振るう凶刃を振るい、反撃もなく刃物の扱いに長けているジャックの手品のようなフェイントを織り交ぜてのナイフ捌きに仲間たちはまるで余興でも見ているかのように歓声を沸かすが実際、トリッキーな動作に一瞬戸惑うような様子を見せながらもすぐさま見切っていた人影はすべての攻撃をギリギリで回避していた。


(コイツ、ちょこまかと……!)


 そして弓矢を射るように構えた腕から繰り出された刺突に対しては背面に回り込み、腕を掴んで回転しながら勢いよく屯している魔人たちのところへぶん投げた。歓声は悲鳴に変わり、受け止めきれずに後ろへ吹っ飛んだ連中と横で呆然としている女子たちをほっといて愛子だけでも連れて逃げようとしたが『待てや!』と呼び止められる。


 心配そうに声を掛けてくる仲間を押し退けてきたジャックの髪は桜色に染まり、”魔人”と呼ばれる所以であるその変貌ぶりに怯える愛子を後ろへ庇った人影と再び対峙したところで視界に映った見覚えのある顔に表情をさらに険しくした。


「うちの縄張り(エリア)なんのようだ?(たちばな)─────」


 いつからいたのか、振り向いた背後にはエスニックファッションにサングラスといういかにも怪しい風貌の青年が立っていた。青年の名は橘 ツバキ、春花台を拠点として活動している有力な情報屋で”本名を名乗らない”が暗黙のルールとなっているこの街でその名を知られている()()()()()のひとりだ。


「よく頑張ったね、後は大人に任せなさい」


 まるで励ますかのように肩をポンと叩き、そう小声で言って人影の前に立った彼は親しげな雰囲気を醸し出しながらジャックへ声を掛ける。


「や!久しぶりだね」


「……ここはお前の来るところじゃねぇ、そこの2人を置いてとっとと失せな」


「随分な物言いじゃないか。君たちには結構耳よりな情報を売ってるつもりなんだけどねぇ……」


「こっちの情報も”緑”と”青”に流してるだろうが、敵味方ハッキリしないやつを信用できるかよ」


 レッドファミリー、アズールドラゴン、そしてNERO(ネーロ)、橘 ツバキはどの組織にも属していない。レッドファミリーにアズールドラゴンやNEROの動向を情報として売り渡すこともあればその逆も然り、そんな中立の立場にいる彼を情報屋として以外信用する者はいなかった。


「こちらも商売だからね、大目に見てくれよ。あと情報をひとつ売るとすればもうすぐNEROのエージェントたちがここへやって来る、早く逃げた方がいいんじゃないかい?」


「……ちっ、めんどくせぇ。お前ら、ヤツらが来る前に早くズラかれ!」


 NEROの名を聞いて仲間たちが慌てて逃げ出す。アズールドラゴンの連中が出張ってくる事態を考えると自身も急いで離脱しなければならず、売られた情報の()()を訊ねるジャックに橘は後ろにいる人影と愛子の身の安全、つまりこの場から見逃せと提示した。


 実質無料という普段からは考えられない破格の値段に頷く他なく足早に紅通りを去っていく魔人たちの後、情報通りにすぐさま遠くから声が聞こえてくる。命の恩人である白い人影が青年と共に去ってゆくのを見送った愛子は駆けつけてきたNEROの局員たちに保護され、安堵のため息を洩らした。

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