Newbie
母に見送られながら家を出た悠月は一緒に登校していた若葉と神酒円小学校の校門前で別れ、紫ヶ丘駅の改札前で恋治と合流した。そして電車で1時間も経たないうちに都内の駅に着くと今度はスクールバスへ乗り込んで珀皇学園内のバスターミナルで降りる。
昇降口前の廊下の壁には新しい各クラスの名簿が貼り出されており、それを見ている人だかりから歓声と悲鳴が木霊する。そこまで一喜一憂するほどの事もないと思っていた悠月ではあったが同じクラスに恋治の名前を見つけた時は気が楽になった。
「お、同じクラスか。結局小学校からお前と別のクラスになることはなかったな」
「……たしかにな」
その言葉にふと過去を思い返し、恋治とクラスが別れたのは幼稚園の時くらいかと思わず笑いが込み上げる。そこへ女子たちが恋治のもとへ押し寄せてくるのが見えたので、そそくさとその場を後にした悠月は朝のホームルームまで時間を潰すため中庭のベンチに腰掛けた。
音楽を聴くか、You Line'sで動画を観るか、いずれにせよイヤホンは着けるのでカバンからイヤホンケースを取り出すとそこへ1人の生徒が歩み寄る。
「お、おはよう長門くん。また同じクラスだね……」
「ああ佐隈さん、おはよう。何気に佐隈さんともずっと同じクラスなような気がするな……」
「確かにそうだね、小学校の時からクラス別れたことなかったかも。隣、座るね?」
遠慮がちに隣へ座った女子生徒の名前は佐隈 愛子。小学校低学年の頃、親が魔人である事を同級生にかわれていたところを悠月に助けられ、それからは互いに気兼ねなく話せる数少ない親しい友人の1人となった。
「あの時、長門くんと狭間くんがいなかったらどうしてたかなってたまに思い出すんだ……」
「大袈裟だな、別に佐隈さんは魔人でもないんだから堂々としてればいいんじゃ─────」
「うん、だけどやっぱり親が魔人って知ると周りの目とか態度が……ね」
大人しく真面目な性格で体内に魔核のないごく普通の少女なのだが、家族が魔人というだけで聞こえてくる陰口に辟易とした彼女は同じ境遇の者が集うであろうこの珀皇学園に進学した。
「でも長門くんの言葉に救われて、私すごく感謝してるんだ。これからもずっと仲良くしてくれたら嬉しいな……」
「なにをあらたまって……当たり前じゃないか。それに─────」
英雄の息子だからと偏見の目で見てくる周りとは違い、対等な友人として接してくれている愛子に『俺だって佐隈さんに救われてるんだ』と、そう言いかけた悠月はなんだか照れくさくなって口を噤む。そして校舎中に鳴り響いた予鈴にベンチから立ち上がった2人は新しいクラスメイトたちが待つ教室へと向かった。
─────
───
─
「じゃあ悠月、帰って着替えたらまた紫ヶ丘駅前に集合な!」
「ああ、また後でな」
始業式もホームルームも終わるとまるで風のように教室を飛び出して行った恋治とのやりとりを傍で見ていた愛子が不思議そうな表情で悠月の方を向く。
「この後どこか行くの?」
「ああ春花台に、佐隈さんも一緒に行かない?恋治には俺からRAILしとくけど……」
「実は私もこの後クラスの子たちと一緒に行くんだ、もしかしたら街中ですれ違うかもね」
「その時はお互いモノグラの名前で呼び合おう、あの街で本名を名乗るのはタブーらしいから……」
広いバルナの街で本当に会えるかどうかはさておき、『また後で』と別れたあと家に帰って私服に着替えた悠月は紫ヶ丘駅前で先に待っていた恋治と共に電車へ乗り込んだ。そして1時間もしないうちに春花台駅に着き、2人は再びバルナの街に降り立った。
「お、2人ともこんにちはー」
「あれ、ダイヤさんじゃん」
「え……”ダイヤ”さん?」
改札口前で話し掛けてきたパンクな服装の女性、昨日訪れたメイド喫茶で働くメイドの”ダイヤ”だった。話し掛けてくれた時に感じた清楚さとはまるで正反対な雰囲気を纏う今の彼女からほのかに香る煙草のにおい、そのあまりのギャップに戸惑っている悠月を見て恋治が面白そうに笑う。
「まあ……最初はみんな驚くんだよな。でもこのギャップがダイヤさんの人気の理由だったりするんだ」
「”清楚なメイドさん”はファンタジーの世界にしかいないんだぞ☆覚えておきなさい、えーと……」
「ああすみません、びっくりして……モノクロって名前です」
「オッケー、モノクロくん。知ってるとは思うけど私はこの街でダイヤって呼ばれてるから、君もそう呼んでね」
自己紹介を済ませるとそこへまた見覚えのある男が現れ、『どうもお揃いで』と3人に会釈をした。
「お、ソムリエだ。今日はもう仕事上がり?」
「いえ、でも本日最後の商談をちょうどその辺でするのでその後は合流できるかと思います」
「ソムさーん、この前はいい茶葉の店教えてくれてありがとね。うちの店長めっちゃ喜んでてさ、『お礼に割引する』って言ってるから近いうちに店来てよ」
「あ、本当ですか?わかりました、では明日の昼にでも─────」
それからも続々とバルナでの友人と思わしき人々が恋治の周りに集い、楽しげに会話を繰り広げる親友を邪魔しまいと無意識に離れてその様子を眺めているうち悠月は皆とはぐれてしまった。
「やっべ、どこだここ……」
周囲を見渡しても土地勘などなくスマホのRAILに届いた話に夢中で気づかなかったという恋治からのメッセージに『どこへ向かえばいい?』と送った。すると『裏通りを突っ切って表通りに来てくれ』と返事が返ってきたので裏通りへと足を踏み入れ、そこにいる人々からの鋭い視線と静寂に包まれた表通りとはまるで違う雰囲気に早歩きで抜けようとしたところにある人物を目撃し、歩を止めた。
「佐隈さん……?」
先ほど教室で別れた愛子がクラスメイトの女子たちに連れられて一緒に歩いていた。賑やかな表通りでもなく陽射しの届かない、昼でも薄暗い裏通りのさらに奥へと彼女たちは進んでいく。
(佐隈さん以外は全員魔人だった、なにより佐隈さんのあの表情……)
姿が闇へ消える前に一瞬、見えた愛子の不安そうな表情にその跡を追おうとするがこの裏通りには現在バルナで暗躍している魔人の組織、”レッドファミリー”の縄張りがあるときのう恋治から聞いたばかりだった。組織のメンバーが待ち受けているかもしれないことを考えるとこのまま先へ進むべきではないと考える。
そこで以前、両親の親友であるダンテ=エヴァンスから父は戦いの際に龍脈を身体に纏っていたと聞かされた事を思い出した。鎧として機能するほか、姿を隠すのにも適しているのだとか。
身体の内に流れる血とは違う別のモノ、感覚で掴んだそれを羽織るように全身に纏った。母親譲りの黒い髪まで白く染まると突風が吹き荒れ、風切り音を響かせながら裏通りのど真ん中に旋風が巻き起こる。すぐさま駆けつけてきた魔人たちの妖しく光る目には正体不明の白い人影が映り、『何者だ!?』と怒号混じりに問い掛けた。そんな彼らの態度から動揺や警戒の色が視えた白い人影は上手く自分の姿を隠せたことにニヤリと笑う。
『私は─────』
しかし念には念を、身に纏った龍脈のフィルターを通して話すことで声を変え、名前も”モノクロ”ではなくふと思い浮かんだのを名乗る。その名は─────
『”Newbie”』
「ニュービーだぁ?聞いた事ねぇけど、この辺が俺らレッドファミリーの縄張りだと誰かに教わらなかったか?」
(やっぱりコイツら、レッドファミリーのメンバーか。だとしたら佐隈さんが危ない……!)
愛子やクラスメイトの女子たちが通った道は立ち塞がれ、『そこを通してほしい』という言葉にも応じる気配はない。だとすればやる事はひとつ、凄む魔人共に怯む様子もなく悠月は拳を構えた。仕掛けられる攻撃は星映しの眼の動体視力で見切って躱し、バットやナイフを龍脈の鎧で防ぐと少し痛いがグッと堪えながら幼いころ父の親友に稽古をつけてもらった合気道と空手道の技で反撃する。そして5人ほどいた魔人を全員倒した後に感じたなにか手応えのようなものを掴むように拳を握りしめ、大切な友人を救うため闇の奥へと駆け出していく。