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Star Age ー星の世代ー  作者: 八城 主水
1/7

Prologue

 かつて紫ヶ丘(むらさきがおか)にて発生した”第二次龍災(だいにじりゅうさい)”、それまで滅んだとされていた魔性や妖魔、異形などの存在を世に知らしめるきっかけとなった大事変から約30年ほどが経ち、当初は不可思議な概念でしかなかった魔力にも順応しはじめると科学力と併合して扱うようになり国は以前よりも目覚しい発展を遂げていた。


 しかし変化が(もたら)したのは良いものだけではなく当時紫ヶ丘にて災害に巻き込まれた人々の体内には生命力を魔力に変換する”魔核(まかく)”が生成されてしまい、その突然変異は被災地のみならずまるで波長が合うかのように全国各地にまで拡大した。


 魔核を持つ人間は海外で”DーMAN(ディーマン)”と呼ばれ、容姿が著しく変化するなどの不気味さから長きに渡って差別の対象とされていた。この日本においてもそれは例外ではなく、”魔人(まじん)”と称されながら同様の扱いを受ける彼らが普通の学校生活を送れるようにと有間(ありま)家当主、有間 千尋(ちひろ)は都内に魔人や魔術の素質を持つ者たちのための学校、私立珀皇(はくおう)学園を設立。中学から大学までのエスカレーター式で一般的な教養にくわえ、魔術あるいは魔法などについての理論や実技を学ぶことができる。その特性から高等部や大学部を卒業してからはNEROに就職する生徒も多く、魔核はコンプレックスではなく才能だという考えが徐々に広まりつつあった。


 そんな学校に第二次龍災から世界を救った双璧のひとり、長門(ながと) 千歳(ちとせ)の息子である長門 悠月(ゆづき)は通っており、当初は英雄の息子として注目を浴びていたが特に優秀でも落ちこぼれでもない平凡な生徒として学校生活を送っていた。


 春休み最後のこの日、紫ヶ丘の駅前にいる悠月のもとへやって来た1人の少年が『よっ!』と気さくに声を掛ける。


「時間より早いじゃん悠月、意外と楽しみだったりしたのか?」


「……まあ、わりと」


 その返事を聞いて嬉しそうに笑う少年の名は狭間(はざま) 恋治(れんじ)、現NERO本部長である狭間 千悟(ちさと)の息子で珀皇学園に通う悠月の同級生。クラスのムードメーカー的な存在で父親譲りの整った顔立ちに高身長、抜群の運動神経に成績優秀とまさに非の打ち所のない優等生の彼と悠月は対照的に見られながらも幼い頃から親友として共に過ごしてきた。


 改札を通って電車に乗り、”春花台(はるなだい)”という駅で降りた2人を待ち受けていたのは高層ビルの群れ。見慣れぬ景色と溢れんばかりの活気に圧倒され、唖然とする悠月に『すげぇだろ?』と恋治がどこか誇らしげに言った。


 都内のほぼ中心に位置しており、もともと電化製品やコンピューターのパーツなどを取り扱う専門店がひしめく電気街だった。しかしいつしかアニメや漫画、アイドルといったサブカルチャーの文化が浸透すると電気街としての面影は残しながらも専らそっちの方面に精通する人々が集ういわゆる”オタクの街”と化し、”バルナ”の愛称で親しまれるようになった。


「それにしてもお前からこの街の名前が出てきた時は意外だったな、恋治ってアニメとか好きだったっけ?」


「俺って昔から『キャプテン・ドラゴン』が好きだったろ?特典目当てで漫画とかDVDを買ってるうちになんかこの街の雰囲気が気に入っちまってさ─────わりい、友達からRAIL(レール)のメッセージ着たわ」


 そう言って恋治は取り出したスマホの画面をタップしはじめ、そのゴツめな手帳型のスマホケースを見た悠月の『使いづらそうだな』という言葉にも慣れればそうでもないと返す。そして2人がまずやって来たのは駅前のビルの中にあるメイドカフェだった。


 案内された席に座ってオススメの料理とドリンクを注文した悠月はなにやら落ち着かない様子で店内を見回し、『どうした?』と訊ねてくる恋治にイメージしていたメイドカフェと違った雰囲気に戸惑っているだけだと実際に初めて目にしたメイドに感嘆の声を洩らす。


「まあ普段テレビで見るような店に連れてってもよかったんだけど、お前あーいうの苦手だろ?ここなら初心者にも通いやすいだろうと思ってな、俺の友達もここで働いてるし」


「え、メイドさんの友達なんているのか?すごいな……」


 噂すればなんとやら、そこへやって来たメイドがお辞儀をして手に持ったお盆からコーラの注がれたグラスを音も立てずに2人の前へ置いた。


「いらっしゃいませ、本日はご友人と一緒なんですね」


「はい、今日が初バルナなんですけど色々案内しようと思いまして」


「そうですか、慣れるまで少々戸惑うこともあるでしょうけどここは良い街ですので楽しんでいってくださいね?」


 恋治と親しげに挨拶を交わしたメイドに微笑みを向けられ、照れ気味に視線を逸らした悠月が『はい』と頷く。春花台初来訪を祝して『乾杯』とグラスを合わせ、コーラを飲んでみると今までに味わったことのない香辛料の風味が喉と鼻腔を通り越した。


「ん、なんだこれ?飲んだことのない味だ」


「この店オリジナルのいわゆるクラフトコーラってやつだ、それとハーブティーがめっちゃ美味いから今度来た時にでも飲んでみな」


 それからケチャップで文字が描かれた……のではなくデミグラスソースの半熟オムライスを完食し、会計を済ませてビルの外に出た2人は引き続きバルナの街を歩く。


「ちなみにさっき話したメイドさん、”ダイヤ”って呼ばれてるんだ」


「ん、『呼ばれてる』っていうのは?」


「ハンネさ、つってもこの街で本名を名乗ってるやつはあまり見掛けないけどな─────」


 趣味嗜好を理解されず周囲から疎ましく思われている人々が同じく個性的な感性を持ついわゆる”同志”を求めて集うのがバルナ。この街にいる間だけでも普段と違う自分でいたい、そういった思いからほとんどの者が本名ではなくSNSやゲームで使用しているハンドルネームを名乗るんだとか。ゆえに親友と呼べるまでに親交を深めてはいるが互いの本名を知らないというのはざらにあり、いつしかそれが暗黙のルールのようなものになっていた。


「逆にこの街で本名を名乗ってるのはバルナが初めてか或いは……ヤバイやつだ」


「ヤバイ?」


「この街はどんなヤツでも受け入れちまうんだ、たとえ”魔人”でもな─────」


 そう切り出して恋治はこの街の現状を話しはじめた。魔人のみで構成された魔人のための組織、”レッドファミリー”のメンバーがバルナにいる人々を襲うもしくは攫うなどという事件がこの数年で多発するようになり、数十名というNERO局員がほぼ毎日パトロールするなどの厳戒態勢が敷かれるほどに被害は拡大している。ちょうどその頃、”アズールドラゴン”という自警団も結成されてこの3つの勢力がひしめくバルナはまさに混沌を極めていたのだった。


「NERO春花台魔人緊急対策本部、そのトップの石黒(いしぐろ) 譲治(じょうじ)、レッドファミリーのボスである紅瀬(くぜ) 怜耶(れいや)と他の紅瀬家、そしてアズールドラゴンのリーダーとあとどの勢力にも属していない”情報屋”がいるんだけどその人が─────」


 と、なにか言いかけて恋治がとつぜん歩みを止め、その視線の先にはエスニックファッションの服装にサングラスを掛けた怪しげな青年が佇んでいた。彼は柔和な微笑みを浮かべながら手を挙げると『や!』と気さくに声を掛けて2人に歩み寄る。


「久しぶりだね、狭間くん」


「はい、表の方に出てくるなんて珍しいですね。なにか事件でも?」


「いやなに、キミが新参者を連れてきたって情報が入ってね。やはりこの街の情報屋としてはどんな人なのか確認しとかないとっと思って来たのさ」


「情報早すぎません?まあ幼い頃からの親友で高校も一緒なんですよ」


 傍から見れば友人同士の会話だが恋治の表情にはなぜか緊張の色が混じっている。そして目の前に立つ青年の視線の焦点は悠月に移った。


「はじめまして、僕はこの街で情報屋とかまあ色々とやらせてもらってる(たちばな) ツバキ。君の名前を聞かせてくれるかい?」


「えぇと、長門 悠月です……」


 咄嗟のことで初対面の相手にハンドルネームを言う余裕もなく、隣で恋治が『あちゃー』と聞こえないように小声を洩らす。しかしそれとは対照的に悠月の本名を聞いた橘と名乗る青年は一瞬、どこか嬉しそうに口角を上げた。


「この街でなにか困ったことがあったら僕を訪ねておいで、力になってあげられる」


「あ、はい。よろしくお願いします、橘さん─────」


「”橘”でいいさ、”さん”はいらない。君がこの街を好きになってくれる事を祈ってるよ─────」


 そう言い残して橘は『それじゃ』と人混みの中に消えてゆき、まるで緊張の糸が切れたのかのように恋治が深い深いため息を吐き出す。


「ほんと神出鬼没だよ橘さんは……あと悠月、次に名前を名乗る時は”モノグラ”のハンネな。あの人はいいけど他のヤツらが『自分も本名を名乗らないといけないのか』ってあまりいい顔しねぇから」


「なるほど……わかった」


 ”モノグラ”というのは主に”ぽつり”と称される文章や画像、動画を投稿して他人とのコミュニケーションやコミュニティを形成できるSNSのこと。独り言を表す”Monologue(モノローグ)”とぼやくという意味の”Grumble(グランブル)”の単語を合わせた”MonoGrum(モノグラム)”が正式名称で一般的に”モノグラ”と略称されている。


 街を歩いていても時折、周囲の会話が耳に入るが確かに互いを現実離れした名前で呼び合ったりして”バルナでの自分”を演じているようにも見える。ただすれ違う人々の楽しそうな笑顔に悠月はなんとなくこの街に居心地の良さを感じはじめていた。

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