3話
「ええ、チートスキル貰えますよ。というかあげます」
「……やけにあっさりと頷くんだな」
まさかまさかとは思っていたが。
あわよくば、くれたらラッキーだなと。
あったら生活が安定しそうだよな――なんて。
甘い願望を。
たるんだ考えであると、もはや驕っていたけれど。
……どうやら案外、転生者への配慮はしっかりしてるらしい。
現実は小説のように。
上手く行かず、理想に過ぎないものとばかり……。
――だが。
もとより、それだけ疑い深かったのもあって。
影宵は、そう簡単には信じない。
なにか裏があるのではないかと――。
あるいは、デメリットのあるスキルなのではないかと。
そんな風に、探りを入れた。
そのことに、少女は――呆れたようで。
「あなたにとっては出来すぎた展開かもしれませんが――別に、企みも何もありませんよ。清い思いで、邪念なき感情で、チートスキルを差し上げます。おかげで待ち受けているのは楽しい楽しい異世界生活ですよ?」
「だったら嬉しいがな……なにぶん、あんたの言い分を真に受けることができない。先に断っておくが、レイキメイのせいだからな」
「わかってますよ。私がそんな『優しい』ことをするはずがないってことでしょう? それもそのはずです。これは――というより、私がここにいること自体が、私の意思ではないのですから」
「……それって、もしかして……」
『全て私の意思ではない』――それが真実だとすると。
確かに、辻褄が合う。
彼女が転生者に、やけに消極的なことも。
――その割に、きっちり転生させようとすることも。
思えば彼女の言動は、違和感のあるものばかりであった。
それに――『天使』。
わざわざ『女神』ではなく、『神の使い』を名乗っている。
それに……名乗るとき、彼女はこう言っていた。
――『主に付けられた』――と。
(って、ことは……)
――少女の方へと、視線を定めてみれば。
嘘をついている雰囲気はなく――いや。
彼女は最初から、嘘なんて一度もついてはいないのだが。
誤解なく、議論の余地もなく。
ありのままに……レイキメイは語る。
「私は主に仕事をさせられているんですよ。“不幸なまま最期を遂げた魂を転生させ、幸せを与える”……という仕事をね。私としては、別段反対はしないシステムなのですが……わざわざ自分の手でやりたくはありませんよ――って」
「なんで、泣いてるんですか?」……そう。
半開きにしていた目を、丸する彼女に。
少年は――ふと、自分の頬が濡れていることに気付いた。
――全くの意識の外で、無自覚にも。
いつの間にやら、一滴二滴と流していたらしい。
眼から。
その――暗闇のような、黒い瞳から。
涙を――。
「あ……ご、ごめん!」
急いで拭き取るようにして、まぶたを擦る影宵。
思考が割れたまま。
混乱と焦燥に駆られて、涙を堰き止めようとする。
腕で拭いて、拭いて、水分を消し飛ばそうとして。
不意に――思い出した。
(……あれ? 泣いたのって、いつぶりだっけ?)
――その、たった一つの疑問に。
なぜか涙は、止まることをしない。
静かにも、嗚咽無く、頬を伝って床に落ちる。
「別に謝らなくてもいいのですが……」
顔つきを変えることなく。
同じような――眠そうな半眼で。
レイキメイは、こう続けた。
「こんなんでも、理由はなんであれ泣いている人物を咎めるほど、性根は腐ってないつもりですよ?」
「……あり、がとう……」
――目を伏せながらも。
しっかりと、何とか、影宵は紡ぎ切る。
……安堵するのは。
許されたような感覚になれたのは――一体。
もう、何年もなかった気がする――。
(……そっか)
神様は、俺を見捨てなかったのか――。
――拾われないのだと思っていた。
――弾かれて、忘れられたのだと思っていた。
生きても何もないし、死んでも何もないのだと。
不公平で。
不平等で。
這い上がったところで。
のし上がったところで。
――辿り着いた先にあるものは。
いつまで経っても……ゴミみたいな未来なのだと。
『“不幸なまま最期を遂げた魂を転生させ、幸せを与える”……という仕事をね』
ほんの数刻前の、セリフ。
脳裏に蘇り――少年は、『苦笑』する。
(……なんだよ、それ)
現実にあんのかよ――こんな転生システム。
「そりゃあ、あなたを見捨てるわけないでしょう。常識的に考えて」
またしても無意識に。
心の声が――漏れていたのだろう。
その返しとして、少女は至極平淡に。
当たり前のように――もはや目を瞑って、告げた。
「あなた方人間は――主からすれば全てが我が子で、己も同然。罪人ならばまだしも、あなたのような何の罪にも問われてない者が、不当な扱いを受けさせるはずがありません。だからこその私たちです」
「…………」
良かれと考えて――。
いや、彼女の場合は。
自らの意見を、そのまま話したに過ぎないのだろう。
彼は元の――口端を下げた顔つきに戻し。
無言でそれを受け取って。
肯定も否定もせず、受け取って。
ひとしきり目頭をつまんでから――あからさまに逸した。
「それで――貰えるスキルのことだけど」
「……はい、何でしょう?」
影宵の『返事』に。
レイキメイは、少々、訝しるも――。
何はともあれ、進める。
下手に膨らむよりは良い――という判断だろう。
彼女としても、さっさと転生させたいだろうから。
その気持ちを優先したわけではないが……。
少年としても、今となっては。
異世界に行くことに、かなり前向きである。
そのためにも――
「率直に、何ができるようになるんだ? いやそもそも、着いた瞬間に使えるものなのか? それとも……成長できることそのものがスキルとか? 例えば、レベル上げがない世界観でも、俺にだけはそれが適応される……みたいな」
「影宵様としては、『技系スキル』、『才能系スキル』、『成長系スキル』……どれがお望みなんですか?」
「――わざわざそれを確認してくるってことは、選べるんだな?」
「まぁ、これくらいは」
「んー……」
選択肢を突きつけられ、唸る少年。
ここで何を選ぶかによって、今後の生活が変わるだろう。
方向性も、質も、一変するだろう。
まずは自分の知るスキルと同じものなのか、照らし合わせる。
「まずは『技系スキル』だけど……これはつまり、戦いながらでも自動的に体力が回復するとか、自由自在にワープできるようになるとか、そういった“特技”や“超能力”に値するものだよな? チートというからには、よほど便利で強力なもの……」
「ええ、その通り。誰にも真似できないような能力が貰えますよ。何が貰えるのかはランダムですが、どれもそれなりに使い勝手が良いはずです」
遜色ないその回答に、影宵は頷いた。
メリットとしては、普通の人にはできない体験ができること。
何より――即戦力となること。
……デメリットは、応用できなければ楽しみがすぐ無くなること。
「次に『才能系スキル』だが……これはスキルってより、才能そのものなんだよな? 他の人より習得が早いとか、同じ魔法を使ってもこっちの方が威力が強い、とか……」
「そうですね。技能が伸びる速度は凡人と比べて数倍は早いですし、最初から才能が開花されてる場合もあります。ともかく、どんな才能であれ、一般人を遥かに凌駕するのは確実ですね」
「ふむ……」と、影宵は顎に指をあてがう。
メリットとしては、明瞭に周囲に実力を示せること。
何より――吸収していくのを長く楽しめること。
……デメリットは、できることが一般人の延長線上であること。
「最後に『成長系スキル』について……簡単にいえば、自分にしかない成長システムが追加されるってことだよな? ゲームで例えるなら、スキルツリーやステータスの割り振り、みたいな……」
「それ以外にも、魔物を食べることによってその技術を得るとか、寝るだけで強くなるとか、色々ですね。特殊なスキルが開放されるのか、格段にステータスが上がるのかは、転生してからのお楽しみです」
「だよな……」と、影宵は悩ましげに呟いた。
メリットとしては、ゲーム感覚で異世界を楽しめること。
何より――様々な技か才能を会得できること。
……デメリットは、特定の条件をクリアしなければ成長できないこと。
「……こうしてみると、難しい決断だな」
小説やアニメのように、最初から決められていたなら。
――こういうスキルであると、変更できないなら。
いっそそっちの方が、ある意味気楽なのだが……。
こうも選択肢を突きつけられると、迷う。
どのスキルもメリットとデメリットがあり、捨て難い……。
(……それにしても)
それはそれとして。
これはこれとして。
影宵は少女に――『うんざり』を込めた視線を注いだ。
「……なぁ」
「なんですか? そんな目を向けられる覚えはないのですが……」
「あれよ。いくら何でも、こりゃねぇだろ」
「提示されたスキルに不満でも? お言葉ですが、もっと便利で強大な力を用意するとなると、主に私の負担が大変なことになるのでこれで納得してくれません?」
「――そうじゃ、なくて……」
全く……的外れな発言に。
うんざりしたように嘆息ついて。
うんざりしたように片目を閉じる。
そして――少年は仕方なさそうに、突きつけた。
「世界観の概要はまだしも、これは伝えないとまずいだろ。もしも一番欲しくなかったスキルが手に入ったらどうするんだよ」
――そう。問題点は、そこだ。
この天使は、こちらに選択肢を与えるが。
こうして考える時間ができたのは。
あくまでも――彼が転生を拒んだからであり。
もしも逃げることなく、あのまま異世界に行っていたら。
どんなスキルが、付与されていたことか――。
……そう、訴えてみるも。
レイキメイは、悪びれる様子はない。
「あなたみたいに異世界転生を熟知している方なら、どうせ常日頃から考えてるでしょう。読んだ作品の中でもこういう能力が欲しいとか、自然と妄想するはずです。大事にはなりませんよ」
「確かにあんたの言う通り、妄想してたけど……それにしたって、適当すぎる。レイキメイにとっては些細なことでも、俺たちによっては重要なことなんだぜ?」
さしもの、今回ばかりは。
今回のように――命がかかっているなら。
惜しむことなく、不満を言わずにはいられない影宵。
すると――相手も不満そうに。
ほんのり不満そうに、反論した。
「あなたって面倒な時と、そうでない時の落差が凄いですよね~……人間が蚊帳の外からとやかく口出ししないでくださいよ。天使には天使なりの事情があるのです」
「うーん……それを持ち出されると、弱いな……」
天使だからこその事情。
天使にしかない事情。
人間には縁のない、理解できない事情――。
そんなものがあるのだとしたら、少年には何も反駁できない。
どちらも悪くないし。
どちらも正しいからだ。
いくら冷淡な彼女でも。
いくら苦手な彼女でも。
今この時は――尊重するべきだろう。
「弱ってるところ失礼しますが、どのスキルにするか決めましたか?」
「あ、ああ……」
……やっぱり、他の天使と交代してほしい……。
密かにそう思いつつも、表には出さずに。
代わりに――自分の考えを声に出した。
最も自分に合っていて、最も身の安全が確保できそうなもの――。
できることなら、面白いことができそうな。
そんな『技』に出会いたいと――そう祈りながら。
「えと……できれば全部欲しいんだけど、技ス――」
「わかりました。全部ですね」
「はいっ!?」
軽い気持ちで――というより。
願望、理想、夢想――そんな言葉たちでは足りないほどに。
何の気無しで放った一言を――彼女は。
悠々とした気構え、朧気な半眼で。
――拾った。
「い、いや……ちょ、え、あ――」
「ん? 何ですか? 欲しいんでしょ? 全部」
「そ、そそ、そうだけど……」
きょとんとしたように、首を傾げるレイキメイ。
――なんだろう。
一億円欲しいと呟いたら、じゃああげるよとプレゼントされたような。
島が欲しいと呟いたら、じゃああげるよとプレゼントされたような……。
そんな……得体のしれない感覚。
さすがに、容易には首を縦に振れない。
躊躇われる――けれど。
(どんなスキルが貰えるのか、めっちゃ気になる――!)
――異世界転生好きとして。
これは、体感せねば。
これは、見届けなければ。
……というか、これで。
百パーセント身の安全が保証されるといっても、過言ではない……!
「……やめるんですか?」
「い、いえ、お願いします!」
「了解でーす」
油断すれば欠伸が出そうなトーンに。
しかし少年は、背筋を伸ばしたまま。
――とんだ“デカい”ことに。
つい、敬語を使ってしまった。
どうなることやら……と。
判別のつかない笑みを浮かべる影宵に。
少女は、間髪入れずに問いかける。
「それで、他に質問は? なければ転生の準備に入りますが……」
「え……あっ、あるから! だから、まだ魔法は使わないでくれっ」
未だに、衝撃が抜けきらないけれど。
それでも、彼女が心変わりする前に、訊き出さなければと。
無理やり、思考を切り替えようとする少年。
だけどそこで――ふと、こんなのが浮かんだ。
レイキメイは、相手を配慮しないけれど……。
忖度とか、気配りとか、しないけれど。
でも――嘘をついたことは、ない。
修正を求めてきても、非難はしてこないし。
煩わしいと感じても、詰ったりはしない。
何より、彼女は――。
この転生システムを、『反対はしない』と主張していた。
(……案外、レイキメイなら、まだ“期待”してもいいのか……?)
――そんな自問自答に見舞われながら。
少年は、気がかりなことを口にする――。
「……うん、大体は把握した。ありがとう。答えてくれて」
「正直に言えば断りたかったのですが、まぁ、仕事ですしね。いいですよ。これくらい。心の準備は整いましたか?」
「整ったといえば整ったし、出来てないといえば出来てないけど……大丈夫。今度は、魔法陣から出たりしないよ」
知らなければならないこと。
明確にするべきことを、訊き終えた少年は。
ややソワソワしながらも、立ち竦む。
異世界へのときめきと、不安感が混ざり合って。
仄かに鳴る鼓動が、うるさい――。
――そんな様子の影宵を。
それとなく、少女は視界に入れた。
「――きっと、それなりには楽しめると思いますよ。身体も魂も元のままとはいえ、何もかもがリセットされるのですから。心強いチートスキルもあります」
「っ……意外、だな。俺のことなんて、どうでもいいんじゃないのか?」
先程と同じように、足元に魔法陣が描かれ。
ゆらりと光が、生じる中――。
あまり予期しなかった人物からの、予期しない励ましに。
影宵は――疑問を抱いた。
――あれだけ雑な扱いをしておいて……と。
しかしレイキメイは、あくまでも澄ました態度だ。
「どうでもいいわけではありませんよ。どれだけ面倒な人間であろうと、なかろうと、大切な魂であることに変わりませんからね」
「そう……なのか?」
「ですよ、仕事が嫌ってだけです」
「…………」
偽りないだろう――その言葉と。
これまでの彼女のセリフを、反芻して。
少しの間、黙り込むも――。
少年は、意を決して内心を明かした。
「もしかして、レイキメイって優しい?」
――少し予想外だろうそれを、告げるべくして。
「おや、急にどうしたんです? あなたこそ、私を冷たいと思っていたのでは?」
「……さっきまではな。けど、今は……わかんなくなってる。あんたのこと、どう認識するべきなのか……」
最初こそは、綺麗な人物だと思っていた。
姿形も……性格も。
だけれど、実際にはそれほど綺麗な天使じゃなくて。
温かくなくて、情なんてなくて。
(……でも)
今は。
そんな一言で、そんな一文で。
言い表せるような――そんな天使では、ない気がする。
……でも。
自分には、それ以上の判別がつかないから――。
だから、訊いてみることにした。
嘘をつかない彼女ならば。
どう、答えるのかと……。
――すると、彼女は。
曖昧な彼女は、芯がブレない彼女は。
眼を、閉じた。
「……私は他人にどう思われようと構いませんし、そんなのあなたが自由に決めて、自由に抱くべき事柄です。あなたが私を冷たいと感じるなら、それはあなたにとっての真実に相違ありません――逆もまた、然りなのです」
なので私は、あえてこう返しましょう。
現在胸にある本音を、伝えましょう――。
――魔法が、奇跡が、歯車のように機能したのだろう。
漏れ出ていただけの光がしなり。
風が旋風となって、少年を粒へと変化させんばかりに。
眼を塞ぎたくなるほど、眩い光が湧き上がるも……。
その、声は。
その、表情は……。
確かに、己の聴覚と視覚に縫い付けた。
彼女はゆったりと、美しき緑眼を開き。
緩く緩く、紡ぐ――。
「泉緩影宵様……あなたに良き転生ライフが訪れることを、心の底から願っております」
「いってらっしゃいませ」――そう、語る少女の姿は。
少なくとも、彼には――正真正銘の『天使』だと。
そう、想うのであった。
――それから、初めての土地へと降り立った影宵は。
授かったチートスキルを用いて。
なんか、色々と。
できそうなこと、色々と。
やってやって、やり尽くす勢いでやって――。
そんな異世界生活が、始まるのであった。
元引きこもりな少年の人生は、まだまだ続く。
……かも?




