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ハカナキ引きこもりくんは異世界でも儚い  作者: 零眠れい
つまり彼女は『面倒くさがり屋な天使』なのだ
3/5

 3話

「ええ、チートスキル貰えますよ。というかあげます」

「……やけにあっさりと頷くんだな」


 まさかまさかとは思っていたが。

 あわよくば、くれたらラッキーだなと。

 あったら生活が安定しそうだよな――なんて。

 甘い願望を。

 たるんだ考えであると、もはや驕っていたけれど。

 ……どうやら案外、転生者への配慮はしっかりしてるらしい。

 現実は小説のように。

 上手く行かず、理想に過ぎないものとばかり……。

 ――だが。

 もとより、それだけ疑い深かったのもあって。

 影宵は、そう簡単には信じない。

 なにか裏があるのではないかと――。

 あるいは、デメリットのあるスキルなのではないかと。

 そんな風に、探りを入れた。

 そのことに、少女は――呆れたようで。


「あなたにとっては出来すぎた展開かもしれませんが――別に、企みも何もありませんよ。清い思いで、邪念なき感情で、チートスキルを差し上げます。おかげで待ち受けているのは楽しい楽しい異世界生活ですよ?」

「だったら嬉しいがな……なにぶん、あんたの言い分を真に受けることができない。先に断っておくが、レイキメイのせいだからな」

「わかってますよ。私がそんな『優しい』ことをするはずがないってことでしょう? それもそのはずです。これは――というより、私がここにいること自体が、私の意思ではないのですから」

「……それって、もしかして……」


 『全て私の意思ではない』――それが真実だとすると。

 確かに、辻褄が合う。

 彼女が転生者に、やけに消極的なことも。

 ――その割に、きっちり転生させようとすることも。

 思えば彼女の言動は、違和感のあるものばかりであった。

 それに――『天使』。

 わざわざ『女神』ではなく、『神の使い』を名乗っている。

 それに……名乗るとき、彼女はこう言っていた。

 ――『主に付けられた』――と。


(って、ことは……)


 ――少女の方へと、視線を定めてみれば。

 嘘をついている雰囲気はなく――いや。

 彼女は最初から、嘘なんて一度もついてはいないのだが。

 誤解なく、議論の余地もなく。

 ありのままに……レイキメイは語る。


「私は主に仕事をさせられているんですよ。“不幸なまま最期を遂げた魂を転生させ、幸せを与える”……という仕事をね。私としては、別段反対はしないシステムなのですが……わざわざ自分の手でやりたくはありませんよ――って」


 「なんで、泣いてるんですか?」……そう。

 半開きにしていた目を、丸する彼女に。

 少年は――ふと、自分の頬が濡れていることに気付いた。

 ――全くの意識の外で、無自覚にも。

 いつの間にやら、一滴二滴と流していたらしい。

 眼から。

 その――暗闇のような、黒い瞳から。

 涙を――。


「あ……ご、ごめん!」


 急いで拭き取るようにして、まぶたを擦る影宵。

 思考が割れたまま。

 混乱と焦燥に駆られて、涙を堰き止めようとする。

 腕で拭いて、拭いて、水分を消し飛ばそうとして。

 不意に――思い出した。


(……あれ? 泣いたのって、いつぶりだっけ?)


 ――その、たった一つの疑問に。

 なぜか涙は、止まることをしない。

 静かにも、嗚咽無く、頬を伝って床に落ちる。


「別に謝らなくてもいいのですが……」


 顔つきを変えることなく。

 同じような――眠そうな半眼で。

 レイキメイは、こう続けた。


「こんなんでも、理由はなんであれ泣いている人物を咎めるほど、性根は腐ってないつもりですよ?」

「……あり、がとう……」


 ――目を伏せながらも。

 しっかりと、何とか、影宵は紡ぎ切る。

 ……安堵するのは。

 許されたような感覚になれたのは――一体。

 もう、何年もなかった気がする――。


(……そっか)


 神様は、俺を見捨てなかったのか――。

 ――拾われないのだと思っていた。

 ――弾かれて、忘れられたのだと思っていた。

 生きても何もないし、死んでも何もないのだと。

 不公平で。

 不平等で。

 這い上がったところで。

 のし上がったところで。

 ――辿り着いた先にあるものは。

 いつまで経っても……ゴミみたいな未来なのだと。


『“不幸なまま最期を遂げた魂を転生させ、幸せを与える”……という仕事をね』


 ほんの数刻前の、セリフ。

 脳裏に蘇り――少年は、『苦笑』する。


(……なんだよ、それ)


 現実にあんのかよ――こんな転生システム。


「そりゃあ、あなたを見捨てるわけないでしょう。常識的に考えて」


 またしても無意識に。

 心の声が――漏れていたのだろう。

 その返しとして、少女は至極平淡に。

 当たり前のように――もはや目を瞑って、告げた。


「あなた方人間は――主からすれば全てが我が子で、己も同然。罪人ならばまだしも、あなたのような何の罪にも問われてない者が、不当な扱いを受けさせるはずがありません。だからこその私たちです」

「…………」


 良かれと考えて――。

 いや、彼女の場合は。

 自らの意見を、そのまま話したに過ぎないのだろう。

 彼は元の――口端を下げた顔つきに戻し。

 無言でそれを受け取って。

 肯定も否定もせず、受け取って。

 ひとしきり目頭をつまんでから――あからさまに逸した。


「それで――貰えるスキルのことだけど」

「……はい、何でしょう?」


 影宵の『返事』に。

 レイキメイは、少々、訝しるも――。

 何はともあれ、進める。

 下手に膨らむよりは良い――という判断だろう。

 彼女としても、さっさと転生させたいだろうから。

 その気持ちを優先したわけではないが……。

 少年としても、今となっては。

 異世界に行くことに、かなり前向きである。

 そのためにも――


「率直に、何ができるようになるんだ? いやそもそも、着いた瞬間に使えるものなのか? それとも……成長できることそのものがスキルとか? 例えば、レベル上げがない世界観でも、俺にだけはそれが適応される……みたいな」

「影宵様としては、『技系スキル』、『才能系スキル』、『成長系スキル』……どれがお望みなんですか?」

「――わざわざそれを確認してくるってことは、選べるんだな?」

「まぁ、これくらいは」

「んー……」


 選択肢を突きつけられ、唸る少年。

 ここで何を選ぶかによって、今後の生活が変わるだろう。

 方向性も、質も、一変するだろう。

 まずは自分の知るスキルと同じものなのか、照らし合わせる。


「まずは『技系スキル』だけど……これはつまり、戦いながらでも自動的に体力が回復するとか、自由自在にワープできるようになるとか、そういった“特技”や“超能力”に値するものだよな? チートというからには、よほど便利で強力なもの……」

「ええ、その通り。誰にも真似できないような能力が貰えますよ。何が貰えるのかはランダムですが、どれもそれなりに使い勝手が良いはずです」


 遜色ないその回答に、影宵は頷いた。

 メリットとしては、普通の人にはできない体験ができること。

 何より――即戦力となること。

 ……デメリットは、応用できなければ楽しみがすぐ無くなること。


「次に『才能系スキル』だが……これはスキルってより、才能そのものなんだよな? 他の人より習得が早いとか、同じ魔法を使ってもこっちの方が威力が強い、とか……」

「そうですね。技能が伸びる速度は凡人と比べて数倍は早いですし、最初から才能が開花されてる場合もあります。ともかく、どんな才能であれ、一般人を遥かに凌駕するのは確実ですね」


 「ふむ……」と、影宵は顎に指をあてがう。

 メリットとしては、明瞭に周囲に実力を示せること。

 何より――吸収していくのを長く楽しめること。

 ……デメリットは、できることが一般人の延長線上であること。


「最後に『成長系スキル』について……簡単にいえば、自分にしかない成長システムが追加されるってことだよな? ゲームで例えるなら、スキルツリーやステータスの割り振り、みたいな……」

「それ以外にも、魔物を食べることによってその技術を得るとか、寝るだけで強くなるとか、色々ですね。特殊なスキルが開放されるのか、格段にステータスが上がるのかは、転生してからのお楽しみです」


 「だよな……」と、影宵は悩ましげに呟いた。

 メリットとしては、ゲーム感覚で異世界を楽しめること。

 何より――様々な技か才能を会得できること。

 ……デメリットは、特定の条件をクリアしなければ成長できないこと。


「……こうしてみると、難しい決断だな」


 小説やアニメのように、最初から決められていたなら。

 ――こういうスキルであると、変更できないなら。

 いっそそっちの方が、ある意味気楽なのだが……。

 こうも選択肢を突きつけられると、迷う。

 どのスキルもメリットとデメリットがあり、捨て難い……。


(……それにしても)


 それはそれとして。

 これはこれとして。

 影宵は少女に――『うんざり』を込めた視線を注いだ。


「……なぁ」

「なんですか? そんな目を向けられる覚えはないのですが……」

「あれよ。いくら何でも、こりゃねぇだろ」

「提示されたスキルに不満でも? お言葉ですが、もっと便利で強大な力を用意するとなると、主に私の負担が大変なことになるのでこれで納得してくれません?」

「――そうじゃ、なくて……」


 全く……的外れな発言に。

 うんざりしたように嘆息ついて。

 うんざりしたように片目を閉じる。

 そして――少年は仕方なさそうに、突きつけた。


「世界観の概要はまだしも、これは伝えないとまずいだろ。もしも一番欲しくなかったスキルが手に入ったらどうするんだよ」


 ――そう。問題点は、そこだ。

 この天使は、こちらに選択肢を与えるが。

 こうして考える時間ができたのは。

 あくまでも――彼が転生を拒んだからであり。

 もしも逃げることなく、あのまま異世界に行っていたら。

 どんなスキルが、付与されていたことか――。

 ……そう、訴えてみるも。

 レイキメイは、悪びれる様子はない。


「あなたみたいに異世界転生を熟知している方なら、どうせ常日頃から考えてるでしょう。読んだ作品の中でもこういう能力が欲しいとか、自然と妄想するはずです。大事にはなりませんよ」

「確かにあんたの言う通り、妄想してたけど……それにしたって、適当すぎる。レイキメイにとっては些細なことでも、俺たちによっては重要なことなんだぜ?」


 さしもの、今回ばかりは。

 今回のように――命がかかっているなら。

 惜しむことなく、不満を言わずにはいられない影宵。

 すると――相手も不満そうに。

 ほんのり不満そうに、反論した。


「あなたって面倒な時と、そうでない時の落差が凄いですよね~……人間が蚊帳の外からとやかく口出ししないでくださいよ。天使には天使なりの事情があるのです」

「うーん……それを持ち出されると、弱いな……」


 天使だからこその事情。

 天使にしかない事情。

 人間には縁のない、理解できない事情――。

 そんなものがあるのだとしたら、少年には何も反駁できない。

 どちらも悪くないし。

 どちらも正しいからだ。

 いくら冷淡な彼女でも。

 いくら苦手な彼女でも。

 今この時は――尊重するべきだろう。


「弱ってるところ失礼しますが、どのスキルにするか決めましたか?」

「あ、ああ……」


 ……やっぱり、他の天使と交代してほしい……。

 密かにそう思いつつも、表には出さずに。

 代わりに――自分の考えを声に出した。

 最も自分に合っていて、最も身の安全が確保できそうなもの――。

 できることなら、面白いことができそうな。

 そんな『技』に出会いたいと――そう祈りながら。


「えと……できれば全部欲しいんだけど、技ス――」

「わかりました。全部ですね」

「はいっ!?」


 軽い気持ちで――というより。

 願望、理想、夢想――そんな言葉たちでは足りないほどに。

 何の気無しで放った一言を――彼女は。

 悠々とした気構え、朧気な半眼で。

 ――拾った。


「い、いや……ちょ、え、あ――」

「ん? 何ですか? 欲しいんでしょ? 全部」

「そ、そそ、そうだけど……」


 きょとんとしたように、首を傾げるレイキメイ。

 ――なんだろう。

 一億円欲しいと呟いたら、じゃああげるよとプレゼントされたような。

 島が欲しいと呟いたら、じゃああげるよとプレゼントされたような……。

 そんな……得体のしれない感覚。

 さすがに、容易には首を縦に振れない。

 躊躇われる――けれど。


(どんなスキルが貰えるのか、めっちゃ気になる――!)


 ――異世界転生好きとして。

 これは、体感せねば。

 これは、見届けなければ。

 ……というか、これで。

 百パーセント身の安全が保証されるといっても、過言ではない……!


「……やめるんですか?」

「い、いえ、お願いします!」

「了解でーす」


 油断すれば欠伸が出そうなトーンに。

 しかし少年は、背筋を伸ばしたまま。

 ――とんだ“デカい”ことに。

 つい、敬語を使ってしまった。

 どうなることやら……と。

 判別のつかない笑みを浮かべる影宵に。

 少女は、間髪入れずに問いかける。


「それで、他に質問は? なければ転生の準備に入りますが……」

「え……あっ、あるから! だから、まだ魔法は使わないでくれっ」


 未だに、衝撃が抜けきらないけれど。

 それでも、彼女が心変わりする前に、訊き出さなければと。

 無理やり、思考を切り替えようとする少年。

 だけどそこで――ふと、こんなのが浮かんだ。

 レイキメイは、相手を配慮しないけれど……。

 忖度とか、気配りとか、しないけれど。

 でも――嘘をついたことは、ない。

 修正を求めてきても、非難はしてこないし。

 煩わしいと感じても、詰ったりはしない。

 何より、彼女は――。

 この転生システムを、『反対はしない』と主張していた。


(……案外、レイキメイなら、まだ“期待”してもいいのか……?)


 ――そんな自問自答に見舞われながら。

 少年は、気がかりなことを口にする――。






「……うん、大体は把握した。ありがとう。答えてくれて」

「正直に言えば断りたかったのですが、まぁ、仕事ですしね。いいですよ。これくらい。心の準備は整いましたか?」

「整ったといえば整ったし、出来てないといえば出来てないけど……大丈夫。今度は、魔法陣から出たりしないよ」


 知らなければならないこと。

 明確にするべきことを、訊き終えた少年は。

 ややソワソワしながらも、立ち竦む。

 異世界へのときめきと、不安感が混ざり合って。

 仄かに鳴る鼓動が、うるさい――。

 ――そんな様子の影宵を。

 それとなく、少女は視界に入れた。


「――きっと、それなりには楽しめると思いますよ。身体も魂も元のままとはいえ、何もかもがリセットされるのですから。心強いチートスキルもあります」

「っ……意外、だな。俺のことなんて、どうでもいいんじゃないのか?」


 先程と同じように、足元に魔法陣が描かれ。

 ゆらりと光が、生じる中――。

 あまり予期しなかった人物からの、予期しない励ましに。

 影宵は――疑問を抱いた。

 ――あれだけ雑な扱いをしておいて……と。

 しかしレイキメイは、あくまでも澄ました態度だ。


「どうでもいいわけではありませんよ。どれだけ面倒な人間であろうと、なかろうと、大切な魂であることに変わりませんからね」

「そう……なのか?」

「ですよ、仕事が嫌ってだけです」

「…………」


 偽りないだろう――その言葉と。

 これまでの彼女のセリフを、反芻して。

 少しの間、黙り込むも――。

 少年は、意を決して内心を明かした。


「もしかして、レイキメイって優しい?」


 ――少し予想外だろうそれを、告げるべくして。


「おや、急にどうしたんです? あなたこそ、私を冷たいと思っていたのでは?」

「……さっきまではな。けど、今は……わかんなくなってる。あんたのこと、どう認識するべきなのか……」


 最初こそは、綺麗な人物だと思っていた。

 姿形も……性格も。

 だけれど、実際にはそれほど綺麗な天使じゃなくて。

 温かくなくて、情なんてなくて。


(……でも)


 今は。

 そんな一言で、そんな一文で。

 言い表せるような――そんな天使では、ない気がする。

 ……でも。

 自分には、それ以上の判別がつかないから――。

 だから、訊いてみることにした。

 嘘をつかない彼女ならば。

 どう、答えるのかと……。

 ――すると、彼女は。

 曖昧な彼女は、芯がブレない彼女は。

 眼を、閉じた。


「……私は他人にどう思われようと構いませんし、そんなのあなたが自由に決めて、自由に抱くべき事柄です。あなたが私を冷たいと感じるなら、それはあなたにとっての真実に相違ありません――逆もまた、然りなのです」


 なので私は、あえてこう返しましょう。

 現在胸にある本音を、伝えましょう――。

 ――魔法が、奇跡が、歯車のように機能したのだろう。

 漏れ出ていただけの光がしなり。

 風が旋風となって、少年を粒へと変化させんばかりに。

 眼を塞ぎたくなるほど、眩い光が湧き上がるも……。

 その、声は。

 その、表情は……。

 確かに、己の聴覚と視覚に縫い付けた。

 彼女はゆったりと、美しき緑眼を開き。

 緩く緩く、紡ぐ――。


「泉緩影宵様……あなたに良き転生ライフが訪れることを、心の底から願っております」


 「いってらっしゃいませ」――そう、語る少女の姿は。

 少なくとも、彼には――正真正銘の『天使』だと。

 そう、想うのであった。


 ――それから、初めての土地へと降り立った影宵は。

 授かったチートスキルを用いて。

 なんか、色々と。

 できそうなこと、色々と。

 やってやって、やり尽くす勢いでやって――。

 そんな異世界生活が、始まるのであった。

 元引きこもりな少年の人生は、まだまだ続く。

 ……かも?

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