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ハカナキ引きこもりくんは異世界でも儚い  作者: 零眠れい
つまり彼女は『面倒くさがり屋な天使』なのだ
2/5

 2話

「……はぁ……」

「どうしたんです? 幻滅したようなため息をついて」

「幻滅してんだよ。あんたに」


 思わず嘆息を漏らす少年に。

 少女は――なんだ、そのことかと。

 肩を竦め、片方の半眼を完全に閉ざす。


「そんなにも、私はあなたが想像していた『天使』やらとかけ離れていたんですか?」

「かなり……な。こう言っちゃなんだが、てっきりもっとおしとやかで、親切で、思いやりがあるもんだとばかり」

「……別にその認識自体は、それほど間違ってはないんですけどね。実際にそういう天使もいますし。ああいう子と話す度に、よくこんな情を持ってられんなーなんて思いますよ。見返りなんてないのに」


 「ま、見返りがあってもやりませんけど」――と。

 その美少女は。

 絶世の天使は。

 思いやりというものを、優しさというものを。

 ――無下にした。

 あんなの、何の意味があるのかと。

 それらを持たない自分に、何も恥じない。

 それどころか、正しいとさえ自負しているようだ。

 こんなにも可愛らしいのに……中身は全然可愛くない。


「つくづくあんた……レイキメイは、外見と内面が一致してないよな」


 様々な理由で期待して。

 その結果――傷ついたことに。

 とても傷ついたことに。

 少年は、悪態をつかずにはいられなかった。

 あまりよろしくない行為だとわかっていても。

 それでも――それほどまでに。

 嫌な気持ちに、なったから。


「……先程から大人しく聞いていれば……」


 すると。

 するとレイキメイは、ようやく。

 ――それまでなかった陰りが。

 ――それまでなかった沈みが。

 その美声に――滲み出る。

 ただの明朗快活なものでは、なくなる。

 ……しかしそこに、『怒り』は無く、『苛立ち』も無く。

 あるのはただの――脱力だった。


「普段着である私の姿を『綺麗』だと勝手に判断したのはあなたですし、私の素を『真っ黒』だと勝手に裏切られたのもあなたです。私はありのまま振る舞ったに過ぎません。非難するのは筋違いです」

「……あー……そりゃそうだけどさ。種族とか抜きにして、これくらいの共感を得ようとするのは人として当然の権利じゃないか?」

「ではこういう言い方をしましょう――天使にだって性格や思想はあるんですよ? 皆が皆、同じ人格だとは思わないでください」

「そ、れは……」


 確かにそれは……言い訳なんてできないほどに。

 彼女にしてはまともな、正論であった。

 そんな色眼鏡で見られたら、気分を害するだろうと。

 納得して、理解して、自覚して。

 少年は――素直に、謝罪する。


「――悪かったよ。俺が浅はかだった」


 言えば、「わかってくれたなら、いいのです」と。

 興味なさげに

 関心なさげに。

 彼からの謝罪を受けた。

 だが……少年の反応はどうでもいいことでも。

 ――過去にも、何度か似たような偏見を持たれたのだろう。

 少々溜まっていたのか、軽い口調で愚痴り始める。


「全く……誰も彼もが私を見るなり『現実離れした美しさ』だの『写真撮らせてください』だの……褒められたいがためにこのような容姿で生まれたわけではないというのに」

「仕方ないだろ、事実なんだ」


 ――いくら内面が駄目であろうと。

 それは……変えようのない事実であった。

 凡人から称賛されている俳優でも。

 凡人から崇められてるアイドルでも。

 彼女を見てしまえば――たちまち認めてしまうだろう。

 ――天使には、敵わないと。

 だけど。

 それはあくまでも、人間の評価であって。

 当人からすれば、違うらしい。

 「そういうもんですかねー」と、少女。


「私からすればあなた方人間がみすぼら――おっと失礼、地味な服装を好んでいるだけなのですが」

「……今人間のことみすぼらしいって言った? あんた天使なのにそんな無礼なこと考えてんのか?」

「天使だからじゃないですか? 住む世界が違うのです」

「本当の意味で、別世界ってことか……」


 別の地域でも、別の国でも、別の環境でもなく。

 ――別世界。

 自分とレイキメイでは、住む世界が異なる。

 その言い方は、これ以上なく正確で。

 ――当たっているのだろう。

 だからこそ、これほどまでに常識が合わないのだ。

 ……きっと。


「それより……」

「ん?」

「私が天使だってこと、いい加減に忘れてくれません?」

「あ、ああ……そうだったな。ごめん」


 うっかり、意識してしまった。

 天使だからそのはずだと。

 色眼鏡で――接してしまった。

 自分の悪い癖だ。

 ちゃんと、抜きにして関わらなければ。

 注意しなければと――少年は思考を切り替えようとする。

 一度染められたイメージは――。

 覆すことが、なかなか難しいけれど。

 それでも。

 いつまでもこのままだと、相手に悪いだろう。

 ――しかし。

 「それにしても……」――そう。

 少年は彼女の言い回しについて、一言。

 自分と比べて。

 自分には……できないことをするから。

 これといって私情なく、ひとりごつ。


「レイキメイは、ストレートな言い回しをするんだな」


 さっきから、ずっと感じていたことを。

 憧憬も、侮辱もなく――ただただ、ひとりごつ。

 ――そして。

 相手も、似たような感覚を得ていたのだろう。


「そういうあなたは、随分と遠回しな表現をしますよね」


 何を躊躇うことがあるのやら。

 そう付け足す彼女の声色にも、やはり。

 憧憬のみならず、侮辱もない。

 ただただ、自分と己が違うという。

 そのことを書き起こすような……そんな。

 おそらく、“意味のない会話”であった。

 ――少女は、口角を上げる。

 目を細めて、ほんのりと上げる。


「ですが、そのせいでしょうね。こんな『転生』や『真否』とは関係ない話題が、ここまで長引いたのは」

「あんたとしては、長引いてよかったのか? それとも……」

「心配なさらず。つまらない話題は御免ですが、今回のは悪くなかったですよ」

「……そうか」


 あまり顔には出さないものの。

 内心では――胸を撫で下ろす少年。

 その機微を汲み取ったのか、いないのか。

 レイキメイの口の輪郭は変わらないまま、話が進んだ。


「あなたとの会話は、暇を潰すにはもってこいな予感がありますが――こちらも仕事なんでね。残念極まりないことですが、あなたの――泉緩いずみゆる 影宵かげよい様の今後について、説明させていただきます」

「……ああ、頼む」


 名前を呼ばれた少年――影宵は頷く。

 会話相手にもってこい――そんな好評価であったことは。

 実際に相手をしたいか、したくないかは置いておいて。

 普通に、嬉しかった。

 自分が、そういう人柄であれたことに。

 ……だけど。

 ここまで人間とはかけ離れた価値観を持つ、天使とは。

 あまり……関わり続けたいとは、思わない。

 苦手なことには――変わりない。

 ――そのことまで、彼女は察しているのだろうか?


「影宵様、あなたは死亡しました」

「――っ」

「もう知り合いに出会うことも、自宅に帰ることもできません。あなたが居た世界とはおさらばです」


 ――唐突に。

 というより、こちらの心境などお構いなしに。

 再度、再三繰り返していたことを。

 少女は――改めて、告げる。

 前提のように、淡々と、告げた。


「……そ、か」


 ――俯きながらも。

 影宵は辛うじて、返事をする。

 自分の住んでいた環境なんて、ろくでもなかったけれど。

 酷いなんてものじゃなくて、帰りたくもないけれど。

 それでも――。

 いざ、何もかもが失われると。

 喪失感が――込み上げてくる。

 だがレイキメイは。

 けれどレイキメイは。

 構わず、続けた。


「ですが、あなたが消えるわけではありません。あなたの持つ記憶は、身体は、魂は――あくまでもそのまま。砕け散ったそれらを私が修復し、再構築し、他の世界へと移動させます」

「つまりは、『異世界転生』ってことか」

「その通り。最近そっちのサブカルチャーで流行ってるだけあって、スポンジの如く吸収力が良いですね」

「伊達にアニメ好きを自認してないよ。……あんたからすれば、理解できない文化だろうけど」


 やや、やさぐれたような顔つきで。

 視線を外しながら――少年は答える。

 どうせ彼女も、こき下ろすのだろうと。

 ――あまりそういうことには、触れてほしくなかった――。

 だけど。

 こちらの内心を気にも留めない彼女が。

 何気なく、逡巡なく発しただろうセリフに。

 影宵は――顔を上げることとなる。


「何言ってるんですか。流行って当たり前な文化でしょう。何ならアニメ鑑賞やライトノベルを読むのが趣味の人、私好きですよ」

「……へ? な、なんで……」


 てっきり、無反応だろうと。

 あるとしても――引かれるだろうとばかり。

 だから。

 故に。

 そんな風に、にっこりとして。

 『好き』だなんて……好意を持たれるなんて、これっぽっちも。

 絶対に起こらない――地球がひっくり返っても無いと。

 そう、思い込んでいたから。

 心から、素っ頓狂な声を上げて。

 レイキメイに訊いた――どうしてと。


(どうして……好きだなんて言ったんだ?)


 ――すると。

 彼女は、“彼女らしい”返答をする。

 尽く影宵の幻想を打ち砕き。

 見た目通りでない、彼女は。


「だって、転生や異世界について説明するの省けるんですよ? 何億何兆と同じ作業してたらさすがに飽きますって。その点、異世界転生ものの作品を知ってる方なら、感覚的に直ちに呑み込んでくれるので楽なんですよね」

「…………」


 ……ああ。

 そういう――ことね。

 なんだか希望を抱いていた自分が、馬鹿らしくなる……。

 何を望んでいたかなんて、そりゃあ……。

 ……彼女の後では、到底明かせない。


(――そうだった、レイキメイはこういう天使だったな)


 もう……淡い期待を寄せるのは、やめよう。

 ホントの本当に、やめよう。

 グッと来るものがあるし……どうせ無意味だから。

 早速ネジを巻き直すイメージを――


「そんなわけで、影宵様ならこの後の展開も、大体想像ついてますよね?」


 ……なぜ。

 なぜレイキメイは、待つということも。

 斟酌するということも、しないのか……。


「……常々思うけど、あんた大概な性格してるよな。正直、他の天使と交代してほしいくらいだよ」

「お、ようやく直接的な表現を使うようになりましたね――でも交代とか無理なんで。諦めてください」

「なんでストレートな悪口を受け入れてるんだよ……意味わかんねーよ……」

「へいへい。そんでそんで、さっさと私の質問に答えてくれます?」


 頭を押さえて苦悶する影宵を。

 ただただ、聞き流すようにして。

 少女は催促した。

 相手の――どうしようもならないその様子に。

 レイキメイの言う通り……“諦めるしかない”ことを。

 それを悟った少年は、渋々返す。


「……ああ、一応な」


 おそらく――自分の知る異世界転生と同じなら。

 同じとまではいかず――似ているなら。

 これまで読み、培ってきた知識を掘り起こす影宵。

 共通点を見つけ出す。


「創作物通りに事が進むなら、俺の転生先は魔法やらモンスターやらが蠢く世界。ゲーム――特にRPGみたいな、現代とはかけ離れた時代だ。奴隷や貴族なんかがいてもおかしくないし、科学はそれほど発展していない」


 彼女の表情を伺いながら、少年は挙げていく。

 ――どこまで当たっているのか、確かめるためであった。

 少しでも曇るなり、訝しるようならば。

 その時は――即座に問いただした方がいいだろう。

 なにせ行く先は未知の世界であり、未知の体験だ。

 慢心して、油断していたら、予期せぬ事態に遭遇し。

 ――数分で命を落とす、なんてことも十分にありえる。

 あるいは、そこまで深刻でなくても。

 捕まるなり、不利な契約を結ばされたりと。

 懸念するべき事態は、色々あるのだ。

 慎重になりすぎて損――ということはないだろう。

 ……なんて、思案していたら。


「はい、大体そんな感じです。じゃあ問題ないですよね。手早く転生させてあげるので、そこ動かないでください」

「は――な、床が光り始めたんだけどっ! せ、説明は!?」

「大丈夫っしょ。そんだけ知識あるなら。てことで、いってらっしゃい」


 眠そうに半分瞳を閉じる少女は――。

 のんびりとした口調で、恐ろしいことを告げた。

 突如として足元に現れた、魔法陣。

 強烈な光を放ち、空気が変わるのを肌で感じる。

 このまま無抵抗だったら、異世界に行くのか?

 ――訳も分からぬまま、訳の分からない土地に放り出されるのか?

 こんな中途半端で、真偽不明な知識を抱えて?


「んなの黙って受け入れられるかっ!」

「あ、ちょっと!」


 大慌てで、魔法陣から飛び離れる影宵。

 ぎりぎり間に合ったのか……魔法陣は消滅するも。

 少年はまだ、この死後の世界に居着いている。

 心臓バクバクで、息を切らせる彼だったが。

 レイキメイは――あろうことか、舌打ちした。


「ちっ。こんな時、触手か何かで拘束できる魔法があったなら……」

「怖い怖い怖い怖い……!」


 触手って……! 拘束って……!

 なんでこの子こんな怖い発想持ってるの!?

 そのガチな眼つきやめてくれる!?

 悍ましい生物を見るかのような……。

 いや実際に、悍ましい生物がそこにいて。

 必死な眼差しで、必死な形相で、影宵は訴えた。

 プライドとか、そんなの気にしてる余裕はない。

 怖い――。


「…………はぁ、仕方がないですね」


 さしもの、他人の心境を鑑みない彼女でも。

 その熱意、その怯えようは伝わったのか。

 腕を組み、割り切ったようにレイキメイ。


「いいですよ、何だって訊いてください。あなたが満足するまで答えてあげます」

「……っ」

「その無言は『質問なし』と解釈し、すぐにでも飛ばしますが?」

「わ、わかったよ! 訊く、訊くって……」


 ――なんだかさっきから。

 焦らされてばかりで、困らされてばかりで。

 もう――嫌になってくるけれど。

 ともかく、影宵は。

 今最も気がかりとなっていることを質問することにした。

 脅迫されたからだ。

 天使に、脅されたから。


「あ、あのさ……」


 言葉を詰まらせながらも。

 何とか――少年は、声を発する。

 よりにもよって、それかと。

 人によっては、しょうもないと感じるような。

 ――しかし、間違いなくこれからの生活で鍵となる重要なことを。


「……チートスキルとかって、貰えるのか?」

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