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ハカナキ引きこもりくんは異世界でも儚い  作者: 零眠れい
つまり彼女は『面倒くさがり屋な天使』なのだ
1/5

☆1話

 誰かに何かを『期待』するという行為は。

 ――それは存外、簡単なことで。

 ――そして存外、難しいことだ。

 仮に人を疑うことを知らなければ――。

 たとえ、不審者であろうと無防備に期待してしまうし。

 仮に人を信用することを知らなければ――。

 たとえ家族であろうと警戒して、期待なんて思慮の外になる。

 そう考えてみれば、人間の心なんて大変ちょろいもので。

 容易に変わりやすく、実に単純にできていると言えるだろう。

 ――とはいえ、とはいえだ。

 ちょろくて、変わりやすく、単純であるといっても。

 度を越して思い込んでしまったなら――覆すのは、困難。

 常識を変えるのと同じ。

 無知に疑心を説いても理解しないし。

 ――理解せず、何があっても相手に期待するし。

 不安症に無害を説いても聞きはしない。

 ――聞きもせず、何があっても相手に期待しない。

 ならば。

 ならば、一体どちらが正しいのだろう?

 無知でもなく、不安症でもなく。

 ちょっとやそっとのことで、心変わりしてしまうなら――。

 人は相手を、どう思うべきなのだろう?

 ――そいつに期待するべきなのか。

 ――そいつに期待しないべきなのか。

 どちらが、正しいのだろう?

 ……その問いには。

 未だに、ちゃんとした答えを用意することはできないけれど。

 でも――きっと。

 今は、いいのだろう。

 “彼女”になら……この程度の期待、いいだろう。

 だって相手は、あの『天使』だぜ?

 “優しさ”を求めるくらい、普通だろ――?






「……んっ、んあ?」


 深い眠りに……いや。

 “意識が完全にシャットダウン”されていたような……。

 そんな、生まれて初めての感覚に。

 少年は戸惑いながらも、何とか瞳を開いた。

 ――なんだか。

 瞼を開くという――とても些細な行いでさえも。

 それが再びできたことに。

 少なからずの喜びを感じてしまうのは――どうしてなのだろう?

 まるで。

 まるで二度と、それさえも叶わないと。

 そう――諦めていたみたいに。


「こ、こは……?」


 どうやら自分は、床に倒れていたようで。

 仰向けだったためか、天井が――いや。

 これは、天井と呼べるのか……?

 宇宙のように暗い空が――。

 けれど、星はなく、惑星さえもない、空が――。

 ――広がっている。

 無限に続いていそうな、そんな気さえした。


(……どこだ、ここ)


 こんな空――少年は知らない。

 創作物で見かけたことはあっても、リアルで見たことはない。

 なぜ、こんな所で倒れているのだろう?

 確か。

 確か、自分は――


「おっと、目が覚めましたか? やっと覚めましたか? 覚めてないならとっとと起きてください。朗報ですよ~」

「ろう、ほう……?」


 ……つーか……。

 誰――と、重たい頭で、見知らぬ少女へと向く少年。

 しかし、顔を動かさずとも、視線を変えるだけで。

 すぐ斜め前には、その少女らしき人物がいた。

 少年のすぐ傍で、座り込んでいる。

 ――こちらを覗き込んでくる。

 じっと視線を合わせてくる、それに。

 様々な意味で、少年は動じずにはいられなかった。

 久しぶりに出会った、同年代ほどの異性が、すぐそこに。

 しかも――近距離で。

 しかもしかも――こんなアングル、体験したことないし。

 何より――


「……っ」


 ――こんな美少女、お目にかかったことがないもので。

 『美しい』という感想だけを残して。

 眠気も何もかも、吹き飛んでしまう。

 端整な顔立ちに、華奢な身体。

 それらを包む幻想的な衣装に、妖艶な緑色の瞳……。

 そのどれもが、あまりに別次元で。

 知らない空間で、わからぬ空間で。


「踊り子……いや、天使……か?」


 目を見張らせて、息を殺し。

 気づけば――そんなことを呟いていた。

 少し、大げさなようにも思われるかもしれないが……。

 それは大げさなんかではなく、誇張なんかでもなく。

 ――事実。

 事実として彼女の容姿は、それほどまでに空想としている。

 ――あまりの『美術』に、呆然としていると。

 目の前に居座る少女は――動いた。

 絵画でも、幻でもなく、そこに実在する少女は。

 あろうことか――人並みにも動き出したのだ。

 眠そうに半分だけ開いた瞳で、小さく笑う。


挿絵(By みてみん)


「は~い正解っ。仰る通り、私は天使です。飲み込みが早くて助かりますよ。手間と労力と時間が省けるというものです。控えめに言って、最こ――」

「え……ほ、本当に?」

「――と、言いますと?」

「本当にあんた……天使なのか? あだ名とかじゃなくて?」


 ――相手が話している間であるにも関わらず。

 しかし少年は、遮らずにはいられない。

 それとなく口にした連想……印象が。

 まさか――実際に、そういう種族だなんて……。

 ――現に少女の、首を傾げる所作は。

 当人からすれば、なんてことのない普通の仕草なんだろうが……。

 少年の眼には……とても、とても。

 可愛らしく――たったそれだけで、鮮やかに見えるのだ。

 異様なまでに、異質なまでに、可憐――。

 だが、それが。

 天使を名乗る少女が。

 今軽やかに、舞う。


「あー、はいはい。天使ですよ。天使天使。よく悪魔と間違えられますが、紛れもなく天使です。主に付けられた『レイキメイ・ラン・レティアーナ』という名前にもほら、その意味がちゃんと込められてるんですよ」

「どこに?」

「『ラン』の部分です。これのせいで天使以外になろうにもなれませんよ」

「……そ、そうか」


 指をくるくると回して。

 少女は、光り輝く文字を空中に漂わせた。

 『レイキメイ・ラン・レティアーナ』

 どうやら彼女は、そういう名前らしい。

 天使の意味が込められてるとか、主に付けられたとか。

 その辺は……正直、追いつけないが。

 ――ともかく。

 日本人でないことは、確かなようだ。

 しかも、人間でもない。

 こんな魔法じみたこと……並の生物にできるわけがない。

 ――そうやって、大体整理もできてきた頃合い。

 いつまでも寝っ転がっているわけにもいかないと。

 少年は――上半身だけでも、起き上がらせる。

 それを汲み取った少女は、三歩ほど後ろに下がった。


(……ん?)


 そこで、気づく。

 少女の頭の上に浮いている――ある物に。

 気になって、指をさしながら少年。


「それ……“天使の輪っか”か?」


 白と黄色を混ぜ合わせたような色の。

 輪っか状のものが――少女の頭の上で、漂っている。

 その色、その形状は……。

 まさしく、少年が知っている『天使』そのものであった。


「人間たちはそう呼びますよね。これのこと。実際には、天使の中でも私だけしか付けてないので、『天使の輪っか』というより『レイキメイの輪っか』なんですけど」

「へぇ……」


 ――確定である。

 彼女は、架空でしか存在しない生き物。

 ……いや、生き物と呼んでいいのかは、何ともだけど。

 ともかく――。

 そんなありえない生命がいるなら、ここはおそらく。

 この世界は……と。

 推測して、察していく内に。

 少年は口ごもるようにして、視線を下げた。

 訊きたくない――。

 そんなこと、認めたくないが。

 けれど……確認しなければならないだろう。


「……じゃあ」

「はい」

「ここは、やっぱり……死後の世界、なのか?」


 ――目が覚めた直後は、混乱していたが。

 次第に思考が冴えて、思い出した記憶。

 最期に映った――あの、ワンシーン。

 迸った痛みと、死を悟った心境。

 夢のようなあれが、掛け値なしの現実で……。

 夢のようなこの場所も、ある意味では現実。

 もう、少年にとって現世とは。

 失ったもので、無くしたもので、触れることができないものなのだ。

 いつかは訪れると覚悟していたものの。

 こんなにも早く、こんなにも唐突に与えられたことに。

 やや寒気を覚え。

 手が震えそうになるも……それでも。

 きちんと認識しなければと、少女を見てみれば……。

 ……え?


「ええ、はい、そうですよ。ガッツリ死にました。やっと状況を理解してくれましたね。んじゃ転生の説明に入りますよ」

「は――え――」

「えーっと、あなたがこれから行くのは――」

「ちょ――ちょっと待ってくれ!」

「ん、なんですか?」


 珍しく声を荒げる少年に。

 そう、純粋に問いてくる少女の姿は――。

 子供のような、無邪気な瞳。

 ――憂いや陰りを持たない瞳。

 笑顔というほどではないが、平常心な表情。

 ――沈みや悲しみを帯びない表情。

 容姿ばかりに気を取られていたが。

 思い返してみれば。

 これまでの態度も、そんなものばかりだった。

 少年の死に。

 一人の人間の死に。

 まるで、何の感傷もないかのように……。


(……い、いやいや、そんなはずない……)


 彼女のおっとりとした口調に引っ張られて。

 あるいは彼女の外見に引っ張られて。

 ――到底、受け入れられず。

 というより、受け入れたくなくて。

 つい――少年は確認してしまう。

 もしも自分の想定する天使像が、全て幻想だったなら。

 早めに打ち砕いておきたい。


「……あの、俺死んだんだよね?」


 遠慮がちながらも、声に出してみれば。


「ええ、死にましたよ。さっきも言ったじゃないですか。もしかして、まだあれが夢だなんて勘違いしてるんですか?」


 ……と、やはり軽々しく。

 何も意図が読めないとばかりに、浮き沈みなく。

 少女はそう、返してくる――。

 そのことに、とうとう言い逃れできないと踏むも。

 それでも。

 彼女にも、『良心』があると信じたくて。

 引きずり出したくて。

 少年は、更に畳み掛けた。


「いや、そういうわけじゃないんだけど……その、トラックに轢かれたのも、覚えてるし」

「そうそう、真正面からぶつかったんですよ。覚えているなら言うことないですね。サクッと本題に入らせてください」

「…………それより、なんかないのか?」

「…………はぁ。私には、あなたが何を求めているのか分かりかねるのですが」


 どゆこと? とばかりに、眉を顰める天使。

 まるでこちらの言いたいことが伝わらないようだ。

 さしもの、予想していたとはいえ。

 呆れずにはいられない少年は。

 偏頭痛のようなものさえ感じながらも。

 意を決して、直接伝えることにした――。


「ほら……俺、早い段階で現世との繋がりが絶たれたわけだし……トラックにはねられるのって、『かなり痛い』じゃ済まないんだよ。こう見えて、結構ショックなんだけど……同情的な言葉とか、せめてそういう表情はしないのか?」


 ――なんでそんなに平然としていられるんだよと。

 暗にそう、責め立てた。

 ……実を言えば。

 正直に、暴露してしまえば。

 嘆きつつ、要求しつつ。

 彼は――“現世にそれほどの未練はない”。

 せいぜい、楽しみにしていた新作を拝めずに終わったとか。

 ……うん。

 例を挙げようとしても、それしか思いつかないほどに――。

 ――ない。

 綺麗さっぱり、何もない。

 けれど、それは。

 それとこれとは、別であって。

 『死』というものはやはり、胸に穴が開くものであり。

 ――決して幸せと呼べる人生ではなかったからか。


(真っ当に生きてから死にたかったと……そういう後悔なら、ある)


 だから。

 それ相応の励ましが、欲しかった。

 慈悲深い天使なら、それくらいしてくれると思っていた。

 ……これくらい、期待したっていいだろう?


「ああ、なるほど。そのことですか」


 ようやく合点がいったように。

 なるほどなるほどと。

 “そういや人間ってこんな感情持ってたな”とばかりに。

 特にこれと言ってシリアスになるわけでもなく。

 変わらぬ呑気な声色で。

 最低にも。

 最悪にも。

 彼女はこう、続けるのであった。


「ですが私としては、こんなのって日常茶飯ですし、いつものことすぎていつものことですし。というか、生きてる時と死んでる時の違いもよくわかってないんですよね」

「…………」

「まぁ、別にいいんじゃないですか? どうせ転生するんですし、問題ないでしょ。さして気にするほどのことじゃないですよ」

「…………ああ、そう」


 これを最低だと、最悪だと。

 そう感じるのは、人として正しいと思う。


(こんなのが天使とか、この世界終わってるだろ……)


 少年は潔く、同情を貰うのは諦め。

 彼女に『天使らしさ』を期待するのもまた、やめることにした。

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