魔法使いは箒に乗るもの
しかしそんな静寂を破ったのはヒロインであるファティマだ。
ファティマは魔塔の視察でのお墨付きを受け聖女としての力が認められた。
正式に聖女となるのは成人となってからだが、教会の浄化や癒しなどの活動に参加しながら聖女としての勉強を始めたらしい。
その中で教会の幹部達に自分が聖女として活動する為、並びに世界平和の為にはオフェリアが必要だと超理論を展開して納得させてしまったそうだ。
何故そんな超理論を幹部達が納得したのか分からないが、そんな超理論が国やら魔塔に通じる訳がない。
教会がオフェリアを寄越せと国や魔塔に要求を突きつけたが、あっさり却下された。
そこで話が終われば良かったのだが、レオン殿下がオフェリアは王家にこそ必要だと主張し始めたそうだ。
勿論レオン殿下には婚約者がいるわけだから問題にならないはずがない。
と思いきや、婚約者であるグラシアが私の側近にすれば宜しいのだわ!と主張し始めたとか。
おい、皆どうした?
ちなみにファティマはオフェリアとお茶会をして友達になるというミッションの為にテルセロやレオン殿下の好感度上げをしていた様だが、教会で後ろ盾を得てからは若干敵対している様だ。
ヒロインそれで良いのか?
テルセロは殿下や側近達にオフェリアは殿下にこそ相応しいのだから身を引くべきだと嫌味を言われているらしい。
私、大人気すぎんか?
とは言え、オフェリア自身はイノセンシオだか魔塔の力なのか、家族やテルセロから話を聞くだけで特に実害は受けていない。
魔塔の行き帰りを兄や父やテルセロ、最悪イノセンシオやエセキアスに送り迎えをしてもらっていたが、とうとう箒で空を飛べる様になったので今は割と自由だ。
「オフェリア、飛べん。だいたい何故箒なのだ」
「うーん、なんでですかねぇ。箒に拘らなくても良いんじゃないですか?たとえば絨毯とか」
「絨毯だと?」
オフェリアの魔法を色々習得してきたイノセンシオだが、習得出来たのは披露した全体の半分くらいだ。
オフェリアの様にティーカップやらスプーンやらが勝手に動き出してお茶の準備をするといった複数を同時に動かすものや、自力で体験出来ないことは想像し辛いらしい。
空を飛ぶのも自力では出来ない事なので毎日練習しているようだが苦戦している。
「絨毯なら複数人乗れますし、一回乗ったらイノセンシオ様も出来る様になるんじゃないですか」
「絨毯とはどれくらいの大きさだ」
「2人が座れるくらいですから、イノセンシオ様の身長くらいの長さでしょうか」
中庭で箒に跨っていたイノセンシオはすぐに自分の従者に絨毯を取りに行かせる。
イノセンシオだけでなく、他の魔導士も箒に跨ってぴょんぴょんしている光景は側から見ればアホの集団だろう。
すぐに運ばれてきた絨毯を庭に敷き、オフェリアは絨毯の上に座り込む。
「A Whole New World」
若干歌う様に唱えると、まんまと絨毯が波打ってフワリと浮く。
興味深そうに見ていた職員達がワッと湧き立った。
「オフェリア!浮いているぞ!」
「ちょっと飛んできますね」
そのまま建物よりも高く浮き、魔塔の上を一周して戻る。
箒よりも安定感があって良いかもしれない。
「オフェリア!早く私も乗せろ!」
「落ちても知りませんよ」
「自己責任、だな」
箒は一緒に乗るのはご遠慮頂いていたので、真ん中から少しズレて場所を譲る。
隣に胡座をかいて座ったのを確認してオフェリアは再び絨毯を浮かせた。
「おぉ!オフェリア、浮いたぞ!」
「そうですね、特に人を乗せても影響なさそうなのでもう少し高く上がりますよ」
「あぁ、さっきオフェリアが飛んでいたくらいの高さまで行こう」
結局王都を一周させられ、森の中の大きな湖の上で教習車よろしく操縦をイノセンシオに代わって特訓を行う。
結果、そろそろ陽も落ちる頃になるとイノセンシオ自身で絨毯を飛ばせる様になった。
「絨毯の上で箒に跨がったら、箒も飛べる様になるかもしれませんね」
「よし、明日はその練習に付き合え」
「はぁーい」
イノセンシオの魔法ヲタクぶりに呆れつつも、この探究心には尊敬すら覚えている今日この頃だ。
少し遠くの山々がオレンジ色に輝いているのを眺めながら魔塔に来て良かったなと思う。
「イノセンシオ様、あの山の向こうは何があるのですか」
「あの山の向こうは隣国だな。このスピードで山を越えられるなら日帰り出来るな」
「馬車だとどれくらいかかるのですか」
「山越えだと5日は掛かる。普通は迂回するがな。迂回すると8日といったところか」
「イノセンシオ様は行ったことあるのですか」
「あぁ、我が国とはだいぶ雰囲気が違う。あまり魔法に得意な者は居ないが、その分鍛えている者が多いから白兵戦が強い」
脳筋ってこと?
王都どころか殆ど家から出た事がないオフェリアは異国の地が気になった。
本で読んだ事はあるが、どうせなら行ってみたい。
「我が国のお金は使えますか」
「使えないことはないが、旅行者は何かと狙われるから使わない方が無難だな」
「食べ物は?美味しいですか?」
「香辛料が多いが美味いものもある」
「服は?こちらの服で行ったら旅行者とバレますか?」
「あちらの方が暑いから薄着だ」
そこまで言ってイノセンシオがじろりとオフェリアを見下ろす。
「おい、絶対1人で行くなよ」
「やっぱりダメですか」
「準備してやるから数日待て。他の者には言うんじゃないぞ」
「良いんですか?!やったぁ!」
「オフェリアのおねだりなんて初めてだからな」
やれやれと言いながらもイノセンシオも日帰り隣国に付き合ってくれるらしい。
おねだりしたつもりはないが、大人が一緒の方が安心に決まっている。
すっかり安定した絨毯で魔塔に帰りつくと、既に帰宅時間だ。
急いで日誌を書いてエセキアスの部屋へ提出に向かうと、お帰りなさいと優しく迎え入れてくれた。
「楽しかったですか?」
「山が夕陽に照らされてとても綺麗でした!今度エセキアス様も一緒に行きましょう」
「では私も是非夕方に。すっかり魔塔に馴染みましたね。何か困ってる事は?」
「イノセンシオ様がうるさい以外は特にありません」
「その割に結構良いコンビだと思いますけどね」
ふふ、と笑うエセキアスにオフェリアはむぅと嫌な顔をする。
しかしエセキアスの言う通り身分関係なく妹の様に可愛がってくれるイノセンシオのおかげで他の魔導士とも分け隔てなく仲良くなれていると思う。
そしてやり過ぎるイノセンシオをさりげなく止めて調整してくれるエセキアスのお陰なのは間違いがない。