破談後の選択肢を増やしたい
前にテルセロが言っていた様に、学園の授業はレベルが低すぎて退屈だ。
魔法学の授業もやっと実習に入ったが、案外皆学校に入るまでに基礎の基礎しか学んでこないらしくファイアは出来るけどファイアボールは撃てない。
それより上の爆裂魔法であるファイアストームが出来るオフェリアは規格外も良いところだ。
普段はちゃんとした詠唱なんてしないが、人の目もあるのでオフェリアも学校では詠唱魔法を使う。
とは言え起動が早く安定していると教師に絶賛され、お手本を見せる係をやらされている。
暇なのもあってあまりに出来ないクラスメイト達をテルセロや弟に教えるようなつもりで面倒をみていたら教師には助手の様に扱われ、クラスメイト達にも懐かれた。
まぁ暇してるよりはいいか。
だがそれがどこでどう伝わったのか、魔塔の魔導士が見学にやってきた。
1人は使徒様で、もう1人は同僚らしい。
本来の目的は聖女であるファティマの出来を確認に来たそうなのだが、せっかくなので2年生の次に実習がある1年生の授業も見学する事にした、という建前である。
「なぁ、君、無詠唱はやったことあるかい?」
「あんまり…」
「手を出して、ここに光を集めるイメージでファイアをイメージして」
そう言って魔導士が無詠唱のファイアを見せて、オフェリアが自分に続くのを目を輝かせて待っている。
チラリと使徒様に目を向けるとニコリと笑われたので、オフェリアは諦めて無詠唱を披露した。
周りが少しざわつく。
「あはは!君、すごく良い!魔塔に来い!やばいぞ」
「やばいですか」
「褒め言葉だぞ?普通その若さでこんなアッサリ安定して出来るものではない。君、名前は?」
「オフェリア・アングレームと申します」
「あぁ、アメリオの妹か」
「兄をご存知で?」
「アメリオも魔塔に誘ったんだが、自分は平凡だと聞いてくれなくてな。全然平凡じゃないんだが。まぁ妹がコレでは平凡と言いたくなるのも分からんでもない」
そうかなぁ?
ただ兄は魔塔に興味がなかっただけの気がするなぁ。
魔塔は変わり者の集まりだって言うから、単純に関わりたくなかったんじゃなかろうか。
兄は真面目で、いくら魔塔がエリート集団とは言え、父の仕事を継ぐには魔塔に入るわけにはいかないと考えたのではないかと思う。
うん。だから私は関係ない。
「兄は嫡男ですし、数字にもめっぽう強いので今の仕事は合ってると思いますが」
「そうだなぁ。アメリオ優秀なんだよなぁ」
魔塔のチャラ男の少し背後で使徒様は黙って腕を組んでいる。
チャラ男の方も特に気にしていないところをみるといつもこんな関係性なのかもしれない。
「とにかく今度魔塔に遊びに来い」
「ありがとうございます」
授業をやっている端の方で話していたはずなのに、この話が下校する頃には何故かテルセロの耳に入っていた。
帰りの馬車の中で頭を抱えたテルセロに道中ずっと説教を喰らうハメになっている。
「オフェリア、魔塔に行くつもりか?」
「遊びにおいでって言われたからありがとうございますと答えただけなんだけど、何かダメだったかしら?」
「ダメに決まってるだろう!遊びに行くって友達の家じゃないんだぞ!?」
「そんなの分かってるわよ。だから行くとも行かないとも言ってないじゃない」
「行くって言ってる様なものだろう!」
魔塔なんて一般人が入れる様なところではない。
こんな機会でもなければ見学出来ないのだから、行ってみたいと思うのが人の性というものだろう。
ただ兄の様に興味がありません、と回答するのが正解だったらしい。
「だって興味はあるもの。テルセロだってどんなところか気になるでしょう?」
「気にはなるが、殿下のお側にいれば行く機会もあるだろうから“興味はありません”だ!」
「それはズルいわ、自分だけ。どちらにせよどうせ社交辞令よ。こちらから連絡しなければ特に何も起こるはずないわ」
拗ねたオフェリアにテルセロのこめかみの血管がそろそろブチギレそうだ。
まぁ分かるよ?
貴族の、しかもテルセロの家の様な上級貴族の奥様は社交がお仕事だ。
趣味で事業をやっている家もあるけれど、それはあくまで家の中から指示を出すのであって、奥様自身が働きに出るなんてありえない。
でもオフェリアは婚約破棄されるのだ。
そうなると、その後ロクな縁談も来ないだろうし、1人で生きていく為に金を稼ぐ必要がある。
そもそも異世界転生者である自分としては共働き上等!なのだ。
「オフェリア、君は俺と結婚する気はある?」
「テルセロにその気があるのならばね」
「あるに決まってるだろう!俺がどれだけ苦労してると思ってるんだ!?」
「苦労?何か私、迷惑をかけているのかしら?」
聞き捨てならずに聞き返したが、テルセロはそこに答える気はないらしい。
オフェリアは知らなくて良いことだ、とこの件については口を閉ざす。
どうやらオフェリアには知らされていない事情はありそうだが、これ以上はなんだか可哀想なので追求するのを止めておく。
家に着いてもテルセロはオフェリアを解放する気がないらしく、家の中まで上がり込んでくる。
オフェリアは着替えてくるわ、と言って侍女にテルセロの案内を頼んでその場を離れ、着替えてそのまま台所に向かう。
ちょっとクールダウンして欲しいものだ。
しかしお菓子を作り終わって応接室に向かうと、何故かいつもよりだいぶ早く帰宅していた兄まで加わっている。
「オフェリア…王城でベルク公からお話は伺ったよ」
「ベルク公?」
「オフェリアに今日魔塔に遊びにおいでとおっしゃった方だ」
「魔塔のイノセンシオ様?」
「そうだ。先程僕の仕事場に現れて魔塔に訪問する日程調整を頼まれた」
「えぇっ?仕事が早い!」
「父上とも相談するけれど、あちらの希望で明後日になりそうだからそのつもりでいなさい」
オフェリアはただ黙って頷く。
隣のテルセロが大好きなお菓子も手を出さずに腕を組んでじっと2人の会話を聞いているのが怖い。
相手が公爵となるとテルセロでは無碍に反対も出来ないのだろう。
「オフェリアは魔塔に入りたいのかい?」
「見学はしたいけど、所属したいかという意味なら分からないわ」
「単に魔塔がどんな所か見てみたいという好奇心ということだね?」
「そうよ。そういう意味で王城だって行ってみたいし、隣国にも行ってみたい。それだけよ。それ以外の意図なんて全く無いわ」
「そうだろうね。ただ今回はちょっと相手が悪かったかもしれないね」
兄が少し困った様に息を吐く。
どうやらオフェリアは簡単に考えすぎていたようだ。
兄は気遣わし気にテルセロに視線を向けてから、後で父上とも相談しようとオフェリアの頭を撫でてから部屋を出ていった。
それでもテルセロは何も口を開かない。
「あの、テルセロ」
どうやら大事になってしまったので、謝ろうと声をかけた。
テルセロはあぁもうっと髪が乱れるのも構わずに頭を掻きむしる。
「私はまだ1年生だし、卒業後の事はまだ考えられませんとお答えするわ」
「断らないということか?オフェリア、さっき俺と結婚する気があると言ったのに何故断らない」
「それは…結婚と仕事はイコールではないと思うからよ。結婚したら女性は仕事をしてはいけないという決まりでもあるの?」
「オフェリアは仕事がしたいのか?」
「今はまだ分からない。ただ可能性として残しておきたいと思っただけよ。だって卒業してすぐに結婚するなんて決まってないでしょう?」
「俺は卒業と同時に結婚したいと思っている。うちはまだ両親も健在だから仕事がしたいなら考えよう。だが、結婚してからにしてくれ。ベルク公にもそう伝えて欲しい」
「既婚者でも良ければ考えますって?」
「そうだ」
テルセロともしも話で揉める気はないのでオフェリアは分かったと頷いた。
テルセロは今日はもう帰るよ、と言って立ち上がる。
せっかく出したクレープにも手をつけていない。
こんなこと初めてでオフェリアは困惑する。
ずっと一番知っていると思っていたテルセロの気持ちが分からないのは、自分があちらの常識を振りかざして意固地になっているからだろう。
部屋を出るテルセロに続こうと少し後ろを歩いていたら、テルセロがドアの直前で後ろを振り向く。
驚いて顔を上げたオフェリアの首の付け根あたりをガッと力強く引き寄せられ抱きしめられる。
「オフェリア。お前の願いはなるべく叶えてやりたいが、まずは俺と結婚することを前提にしてくれ」
「それは勿論」
「もう少し俺を優先してくれると嬉しい」
そう耳元でささやかれ、こめかみあたりにキスをされた。
随分と大人びたテルセロに不意を突かれ鼓動が高鳴るのを感じる。顔が熱い。
思っていたより逞しい腕の中から解放され、首元を掴んでいた手がオフェリアの頬をサリと撫でて離れる。
硬直して見上げた瞳が優しく微笑んだ。
「せっかく作ってくれたクレープ食えなくてごめんな」
「だい、じょーぶ」
「ここで良い。じゃあまた明日、オフェリア」
兄がする様にオフェリアの頭をふたつポンポンと撫でて呆然と立ち尽くすオフェリアを置いてテルセロが部屋を出ていく。
そこで殆ど変わらないと思っていた身長に随分と差が出来ていた事に気がついた。
子供だと思っていた婚約者はいつの間にか大人の男性に変化しつつある事にやっとオフェリアは気がついたのだ。
多分、婚約破棄まであと一年半。
こんなにも自分を大事にしてくれる婚約者が本当に破棄を言い渡す事になるのか疑問だが、誠実であろうとオフェリアは心に誓った。