何故かヒロインに懐かれた
2日後、我が家にはヒロインと思われるファティマ嬢だけではなく、レオン殿下、側近の同級生、更に殿下の護衛がやってきた。
「レオン殿下まで来るなんて聞いてないよ、テルセロ!」
「俺がファティマ嬢だけ連れて馬車に乗るわけないだろう。オフェリアは俺の話の何を聞いてたんだ」
なんとか引き攣った笑顔で皆様を迎え入れたが、ちょっと、と皆と一緒に部屋へ入ろうとしたテルセロを捕まえててにじり寄ったらこのザマだ。
我が家の家令も突然の殿下の訪問に慌てふためいているに違いない。
あとで謝っておかなきゃ。
「菓子は俺が持って帰るから出さなくて良いからな」
「何も出さない訳にいかないでしょう」
「ダメだダメだ。俺の取り分が減るじゃないか。それにこの家の菓子が美味いと皆に知られたら後が大変だぞ」
やれやれ、と思いながら侍女に料理長に一般的なレシピのオヤツを作って出す様に伝えてもらう。
テルセロの忠告を聞いたというより、素人が作ったものを殿下に出す訳にはいかないからだ。
挨拶もそこそこに成人している騎士を除き、全員に同じテストをやってもらう。
ファティマ以外は一応面識があるので特に文句も言われずすんなり受け入れてくれたのは有難い。
時間で区切って答案を回収し、採点をして参りますので皆様はお茶でも飲んで休憩していて下さいと部屋を後にした。
テルセロは満点。殿下は惜しい96点。側近のソコロ様は60点、そしてヒロインは3点である。
「流石殿下は1年生で習う部分は全て勉強されておられる様ですね」
「あぁ、だが2問間違ってしまったようだ」
「殿下はこの公式の使い方が曖昧なのではないですか?これはこう分解すると分かりやすいですよ」
「あぁ、なるほど!」
オフェリアの解説ですぐに理解したらしい殿下には間違えた部分の演習問題を渡しておく。
「ソコロ様はまだ1年生で習う分は全部学習されていないだけだと思いますので点数は気にされる必要はありません。学習していた分でケアレスミスした部分と、少し先の勉強をされると宜しいでしょう」
そう言ってソコロにも殿下とは別の演習問題を渡す。
そして残るはヒロインであるファティマ嬢だ。
「ファティマ嬢は基本的なところがまだ理解しきれていない様ですから、公式からもう一度復習しましょう」
そう言って渡したのは残念ながら3歳下の弟がやっている2桁の数字の足し算の演習問題である。
つまり学校の勉強以前の問題だ。
チラリと横目でファティマの答案を盗み見た殿下のこめかみが一瞬ぴくりと動いた。
自分がこれまで教えてきた事が如何に無駄だったか悟ったのだろう。
「オフェリア様の教え方、とても分かりやすいです!」
「それは良かったです。ファティマ様も理解が早いですから、すぐ皆さんに追いつけますよ」
「本当ですか?!頑張ります!」
子供の様なファティマに一応自分の方が年下なんだがな、と思いながら笑い返しておく。
しかしファティマはヒロインだけあって理解が早いのは嘘ではない。
ちゃんと1から教えた箇所はすぐに解ける様になった。
「では今日はここまでに致しましょう」
「まだ出来ますよ?」
「今日は終わりですけど、来週までの宿題を出しますからちゃんと今日の分の復習をして頂きますよ」
「来週また来ても良いの?!」
すっかりファティマに懐かれてしまったが、ここに集まるのは遠慮願いたい。
他のメンバーも想いは同じ様で、チラリとオフェリアに視線を送ってくる。
「来週からは王立図書館で2人で致しましょう。私も調べたい事がありますのでお付き合い下さい」
「分かりました!」
元気の良い返事に一同がほっと胸を撫で下ろしたところでお開きにする。
一番年下が仕切っているのもおかしな話だが、皆満足そうだから問題ないだろう。
何せ精神年齢は一番上なのだし。
皆を送り出したのにテルセロは何故か残っている。
「懐かれたな」
「皆、私が1つ年下だと言う事を忘れすぎじゃないかしら」
「まさか2桁の算術で躓いてるなんて思わないだろ?オフェリアに頼んだ俺は正解だったな。でもこの後もオフェリアをとられるのは痛い」
「一週間に一度くらいお菓子に影響はないでしょう。それにあの方本当に覚えが良いからあと3回もあれば追いつくと思うわよ」
「そんなに?!」
2人で改めてお茶をしながら振り返りをしていると、無駄に男爵令嬢と懇意になりたくないと出掛けていた母様や仕事に出ていた父と兄が帰ってきて、結局テルセロは晩御飯も食べて帰ることになった。
どうやらテルセロの狙いは今日はご飯だったらしい。
両親に殿下まで来ることになった経緯を説明してくれたから良しとするけど、ちゃっかりオフェリアが作ったオヤツを全部持って帰っていったのは呆れる。
そんなこんなでヒロインとの王立図書館での逢瀬も2回目。
ファティマが演習問題をやっている間にオフェリアは今日借りて帰る本を物色していた。
少し高い棚にお目当ての本を見つけたが、指を伸ばしてギリギリ届くか届かないかという所だ。
魔法を使えば簡単に取る事は出来る位置だが、王立図書館では事故を防ぐ為に魔法無効化の魔道具が設置されていて魔法を使う事は出来ない。
周りに人も居ない事だし、台を探しに行くのも面倒でオフェリアは爪先立ちで手を伸ばした。
あ、届きそう…。
「あっ!」
傾けた本が手の甲を滑る。
このまま頭の上に落ちてくるのを予想して首をすくめたが、その瞬間、肩を掴まれバッと大きな布に視界を塞がれた。
本が床に落ちる音がして視界が開ける。
どうやら誰かが背後から自分のマントの中にオフェリアを抱え込んだらしい。
「横着して怪我をしたらどうするのだ」
「申し訳ございません!」
落ちた本を拾って差し出したバリトンにオフェリアは頭を下げたが、なおって仰ぎ見た顔に動きを止めた。
「神様??」
「よく覚えていたな。だが厳密に言うと私は神ではない」
そう、そこには転生する間際、オフェリアに婚約破棄をされろと言った神様が王立魔導士団(通称、魔塔)の制服を着てオフェリアが落とした本を差し出して立っていたのだ。
「え、違うんですか?!」
「この世界の管理人と言ったところかな」
「使徒って感じですか」
「まぁそんなところだ」
「その格好は変装ですか?」
「いや、普段は王立魔導士として働いている」
年は20代後半といったところだろうか。
王立魔導士と言えば、魔力量が多く、高度な魔法も使い熟すエリート中のエリートだ。
まぁ使徒なのだから好きな所に潜り込めるだろうけど、普通に働いているのならなんだか好感が持てる。
「と言う事は魔法がお得意という事ですよね?少し教えて欲しいところがあるのですけど、質問したらお願いにカウントされちゃいますか?」
「君が約束を守り切った後でなければ願いは聞かぬ。しかし魔法の質問くらいなら答えられることは答えよう。ただ、君が使っている魔法は既にこの世界の常識に反しているから答えられるかは分からないがな」
使徒様の言いたいことを理解してオフェリアは頷く。
自分でもチートだなと思うのだが、オフェリアが非公式で使う魔法の呪文は「ちちんぷいぷい」と「ビビデバビデブー」の2つのみなのだ。
それはオフェリアが幼い頃、まだ魔法の使い方を教えてもらうよりも先に「魔法とはかくあるべきもの」と試した事に起因する。
しかもその呪文が事象と紐付いているわけではない。
あくまで頭に描いたことを魔法に出来る。
しかしこの国の魔法は呪文とそれによって起こる事象が一意だ。
ファイア!と言えば火が出るし、ヒール!と言えば癒しがかかる。
「常識からは外れますけど、理からも外れるチートなのですかね、やっぱり?」
「いや、そんな事はない。君が勝手にBibidi-Babidi-Booと口に出しているだけであって基本は無詠唱魔法と一緒だ。要は魔法によって起こる事象をはっきりと想像出来れば良い。この世界の住人は呪文と事象が紐付いていると思い込んでいるから呪文がないと発動しないだけだ」
「じゃあ、想像力豊かな方なら無詠唱魔法を使える方はいらっしゃるのですね?」
「魔塔の連中は大体使えるぞ。君の様に何工程も一度に行える魔導士は少ないがな」
さすが観測者なだけあってオフェリアの行動は把握されているようだ。
今日ここで会ったのも偶然ではないのだろう。
「今日は私に何か御用でしたか?」
「用という程のものではない。なかなか想定外の組み合わせで居る様だったから直接様子を見てみようと思っただけだ」
「使徒様にも想定外だったのですね」
「私はあくまで観測者だからな。大まかなポイントさえ押さえられていれば過程は関係ないのだ。それから私の事はエセキアスと呼ぶように」
「わかりました、エセキアス様」
「宜しい」
表情は変わらないが、どこか満足したようにオフェリアの頭をポンポンと撫でてから去っていく。
それと入れ違う様にファティマがオフェリアを探して本棚の隙間から顔を覗かせた。
「今の方、お知り合いデスカ?」
「高い所の本を取るのを手伝って頂いただけですよ。演習問題もう出来たのですか?」
「えぇ、なかなかオフェリア様が帰ってこないから探しに来たのデス」
「それは失礼しました。早速戻って採点致しましょう」
結構な量を出しておいたにも関わらず、全て終わらせていただけでなく満点だったのはさすがヒロインと思わざるをえない。
そして3回はかかると思った範囲を2日で完遂したのも感嘆に値する。
「これで授業よりも少し先までバッチリですから、勉強会はこれで終わりにしましょう」
「えっ!?もうですか?!」
「ファティマ様が頑張ったからですよ。素晴らしいですね」
「そんな、それじゃあオフェリア様と毎週会えないじゃないですか。ダメですダメです!」
急にファティマが大きな声で駄々をこね始めたのでオフェリアは唇の前に指を立てて声を落とす様に促す。
周りの視線にファティマははっと口を押さえたが、ウルウルと瞳を潤ませて動揺している。
なんでこんなに懐かれたのか分からない。
「これからは授業をしっかり聞いて、分からないところは先生に質問をして、お家で復習すれば大丈夫ですよ。ファティマ様は優秀ですから」
「でもそれだとオフェリア様に会えないじゃないですか」
「来年になれば私も学校に行きますからお会いする事もあると思いますよ」
「それまでは?!一年近く会えないじゃないですか!」
しかしこれ以上オフェリアもヒロインに関わりたくないという想いがある。
このヒロインのせいで自分は婚約破棄されるのに何故仲良くしないといけないのか。
ないと言われているが後で虐められたと断罪されても困る。
「学校で同性の同級生のお友達を沢山作れば1年なんてあっという間ですよ。私も来年に向けてやらなくてはならない事が沢山ありますからお互い頑張りましょう」
「そうですよね、オフェリア様も忙しいですよね…じゃあ、来年!来年、学校に入ったら仲良くして下さいね!絶対ですよ!?」
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」
なんとかファティマを納得させて、オフェリアはファティマと別れた。
来年が怖い気もするが、なんとか離れられたのでとりあえず忘れよう。
やり遂げて家に帰り着いたら何故かテルセロがお菓子を食べながらオフェリアの帰りを待っていた。
「今日はファティマ様との勉強会だって言ったでしょう」
「知ってる。遅かったじゃないか」
「今日で勉強会は終わりだと言ったらファティマ様にごねられてなかなか帰れなかったのよ」
「今日で終わり?あともう1回って言ってたろ?」
「ファティマ様が頑張ったから上期の予習まで全て終わったのよ」
「ほんと凄いな、ファティマ嬢は。まぁお陰で殿下も2人きりで勉強しなくて済んで、俺も早く帰れて助かるってもんだ」
じゃあ明日からは今まで通り俺の時間だな、とテルセロは満足した様に帰って行った。
どうやらファティマ嬢との様子が気になって待っていただけらしい。
兄様もお前たちは本当に仲が良いな、と呆れるくらいだ。
まぁ婚約破棄されるんですけどね、と心の中で思いながら肩をすくめておいた。