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恋は盲目、愛は瞠目

「グラシア様の様子はどうですか」

「もはや正気ではない」

「グラシア様はどうなるのですか?」

「ランプル塔に幽閉となる」


近衛騎士団団長とギジェルモが爆発音を聞いて直ぐに王太子妃の部屋に押し入ると、テラスに出る大きなガラス扉が破壊され、粉々になったガラスや木枠の破片が外に向け飛び散っているものの、グラシアや近衛騎士に怪我はなかった。

だがグラシアは大きな穴が空いた部屋で壊れた様にその穴に向かって笑い続けていたらしい。


「グラシアは子供の頃からレオンと婚約して王太子妃を目指していたから、政略結婚について当時は特に何も思っていなかったらしいが、テルセロや私達家族を見て違和感を感じる様になっていた様だ。どうして自分はオフェリアを側にも置けず、愛してもくれない相手と一緒に居なくてはならないのかと」

「レオン殿下や周りの者は異変に気づかなかったのですか」

「レオンもレオンでオフェリアを娶れなかった事でグラシアを邪魔に感じていた様だ。自分がオフェリアを得られなかったのはグラシアが居たせいだ、と」

「そんな…」


あれから数日、側近や侍女達等の事情聴取も終わり、オフェリアは自宅の夫婦の部屋でエセキアスから報告を受けている。

何故か自分を中心に繰り広げられた不幸の連鎖にオフェリアは胸を痛めた。

隣に座るエセキアスがオフェリアの肩を抱き寄せる。

オフェリアは何も悪くないから気にするなと言って優しく肩を摩った。


「レオンの側近であるタシトが唆していたせいもある」

「タシト様が?」

「結論から言うとタシトはアークウェイラと繋がっていた。我が国を混乱に陥れる為にレオンとグラシアにオフェリアを手に入れるのに手段を選ぶ必要はないと思い込ませる呪詛を掛けていたようだ。だがレオンにはオフェリアの指輪のお陰で完全に掛けることが出来なかったのだろう」

「あぁ、レオン殿下の指輪は一番最初に作ったやつですから呪詛には効力が低いのですよ。だから何回も掛けられて多少悪い思考に引っ張られてしまったのかもしれません」

「グラシアはタシトとレオンほど頻繁に会う事はなかったが、指輪がない為に何度と呪詛をかけられ結果的に今回の衝撃で精神を破壊されるまでに至ったのだろう」

「レオン殿下はどうなるのですか」

「呪詛のせいとは言え、タシトを通してアークウェイラに多少情報を流していた様だから、地位を剥奪の上やはり幽閉となる。対外的には病気療養だがな」


王太子夫妻だけでなく、王太子夫妻付きの近衛騎士や侍女にも異常状態の者が何人かいたらしい。

しかし彼らは直接のターゲットだったわけでなく、また交代制だったのもあってグラシア程酷い症状の者はいなかった。

お陰でイノセンシオに頼まれてオフェリアが作った解呪のポーションで正気を取り戻す事が出来たのは不幸中の幸いだ。


「タシト様はどうなるのです?」

「この件に関わっていた者達はすべからく粛清される。タシトはまだ牢獄にいるが、極刑となるだろう。ジェノヴィル公爵家自体も関わっていたから取り潰しだ。オフェリアが作ってくれた魔道具のお陰で人道的に究明出来たのは大きい」

「アークウェイラはどうするのです?」


グラシアを愛そうとしなかったレオンも悪いが、王太子夫妻を壊滅的状態に追い込んだのはアークウェイラだ。

まんまと侵略を許していたオリルエニヤにも問題はあるが、7年前に国境で惨敗して戦争賠償で多額の金品を失い大打撃を負った筈のアークウェイラが舌の根も乾かぬ内にこの様な行為に出てきた事は許し難い。


「勿論制裁は受けてもらう」

「どうやって?」

「10日後に首謀者である第一王子を差し出すよう書簡を送った。グラシアと同じ目にあってもらう」

「そんなの従う訳ないじゃないですか。そもそもどんなに馬を飛ばしてもアークウェイラの王城に書簡が届くのは7日後くらいですよね?それから第一王子をこちらに差し出すにしても時間が足りない無茶振りじゃないですか」


どう考えても日数が足りない。

オフェリアが隣に座るエセキアスを見上げると、エセキアスが微妙な笑みを浮かべてオフェリアの頬に触れる。

親指を動かしてその肌の感触を少し楽しんでから耳横の後れ毛を耳にかける様に撫で付けた。


「少し君の力を借りる事になる」

「何をすれば良いの?」

「先日のピンクのドアを借りたい」

「あぁ、迎えに行くのね。全然大丈夫よ。行く前には防御の魔法もかけるわね」

「察しが良くて助かる」


この時オフェリアは軽く考えていた。

だが実際は突如アークウェイラの王城、しかも王の前に突如現れ賠償を求めたエセキアス等によって第一王子は元より、乗り込んだ5人を取り囲んだ兵は一網打尽にされたのである。

ちなみに乗り込んだ5人は国境の戦争の時と同じメンバーだ。

アークウェイラの王城は一刻もたたず半壊した挙句にオリルエニヤに全面降伏する事となった。



「オフェリア、やはりあの杖は良いな」

「イノセンシオ様が使うなと封印していたくせにアークウェイラで意気揚々と振り回していたそうじゃないですか」

「オフェリアが作り出すものは魔法からオヤツまで秘匿する必要があるのだから仕方がない」

「オヤツは良いじゃないですか、別に!」

「やはり本人に自覚なしか」


ほえ?とオフェリアは首を捻る。

隣に座っていたエセキアスが少し拗ねた様な、でも仕方ないと言った複雑な顔でオフェリアを見下ろす。

イノセンシオも苦笑して、テーブルに置かれたオフェリアが作ったマドレーヌを一つ手に取った。


「オフェリア、これを作る時魔力を込めているだろう」

「魔力、ですか?うーん、込めているというか、魔法で混ぜるので多少込もりますね。結果として」

「ではこれを作る時何を考えながら作る?」

「特に何も・・美味しくなーれ?」

「食べる相手の顔を思い浮かべたりは?」

「まぁ、しますね。作る量を計算する都合上」

「テルセロがレオンやタシトのそばに居て何も問題なくいられたのは何故だと思う?」


いきなりお菓子の話からテルセロに話題が飛んでオフェリアは眉をひそめた。

確かに近衛が多少影響を受けていたのであればテルセロや他の側近が影響を受けてもおかしくはない。

だがエルミラを迎えに来るついでに一緒に作ったお菓子をアイテムボックスに入れて持って帰ってもらう為に接したテルセロは特に違和感はなかった。


「単に私達に近いから標的にされなかっただけではないですか?他の側近の方も影響はなかったのですよね?」

「いや、オフェリアへの好感が高いもの程影響はあった」

「じゃあ、テルセロの私への好感が地に落ちていると言う事では?」

「そんな訳ないであろう」

「そうですか?エルミラを溺愛してますから、愛する妻の友達くらいの認識だと思いますけど」


ねぇ、と同意を求めてエセキアスを振り向くが、エセキアスは渋い顔をしている。

オフェリアはどうしたのですか?と言ってエセキアスの顔をツンツンと人差し指で突くとエセキアスに指を掴まれた。


「私は愛する妻の友達の夫とはテルセロを見れぬ」

「え?じゃあ何なのですか?」

「…愛する妻の元婚約者で、愛する妻が大切に思っている男、だ」


真剣に言われ、オフェリアは目を丸くする。

先ほどからの微妙の顔は嫉妬だと思い至りオフェリアはつい笑ってしまう。


「確かに幼馴染で大切な家族ではありますけど、アメリオ兄様達と同列ですよ?最も大切で誰よりも愛しているのはエセキアスとニナとエルメネヒルドだわ」

「おい、俺の前で惚気るのは止めろ」

「イノセンシオ様が私の愛する夫を疑心暗鬼にさせる様な発言をなさるからじゃないですか」

「そろそろ独り身の俺が可哀想だと思わないのか、お前達は」

「人生楽しそうですからあまり思わないですね」


オフェリアが肩をすくめておどけて見せるとイノセンシオはもう良いと言って話を戻す。

オフェリアは隣に座るエセキアスが太ももの上にのせている手に自らの手を重ねた。

すぐにエセキアスが手をひっくり返してオフェリアの手を握り返してくれる。


「結論から言うとオフェリアが作った菓子には状態異常を直す効果がある。その為、テルセロは呪いを受けてもすぐに回復して蓄積する事がなかったのだろう」

「え?そんな話初めて聞きましたけど」

「テルセロが隠していたからな」

「え?テルセロはそんな効果があることを知っていたんですか?!」

「子供の頃から知っていたから他人に渡らないようにしていたと言っていたぞ」

「聞いてない〜」

「たまに様子のおかしい側近仲間にも食べさせていたらしくてな。だから問題が大きくならずに済んだ」

「何故王太子夫妻には食べさせなかったのですか?」

「あの2人は元々オフェリアへの執着が強かったから変わっている様に見えなかったのだそうだ。それに王太子という地位にあるものに手作りの菓子など毒殺を疑われるからそうそう出す事も出来まい」


確かにオフェリアが学校に通っている頃からドレスを毎回送って寄越してでもお茶会に参加させていた人達だ。

魔塔に入った後も何かとお誘いを受けていたから先日息子を養子にと言われた時もとうとうおかしな事を言い出したと思っただけで怪しいとまでは思わなかった。

盾になってくれていたテルセロやエセキアスも相変わらず鬱陶しいと思う程度だったに違いない。


「まぁ私の手作りなんて家族しか食べませんから大丈夫ですよ」

「呑気な王太子妃だ」

「え?あぁ、レオン様達が廃された今、またエセキアスが王太子に戻るのですね」

「エルメネヒルドが成人するまでの繋ぎだ」

「また王城で暮らさないといけないのかしら」


それはとても嫌だ。

今の屋敷は大公になるにあたって元々王家の離宮だった建物をオフェリアの好みに改築してもらったものなので思い入れが深い。

台所にオフェリアが入っても誰も気にしないし、侍女達とも気安い仲だ。

子供達も侍女達にかなり手伝ってもらってはいるものの乳母も置かず、オフェリア自らで育てている。

しかし王城に行けばニナはともかく未来の王太子であるエルメネヒルドには乳母やら教育係りが付いて取り上げられるに違いない。

そんな不安が顔に出たのか、エセキアスが握っていたオフェリアの手を持ち上げ指先にキスをする。


「ここで構わないだろう」

「本当に?」

「むしろこの国でここが一番安全だと説得して来よう」

「確かにオフェリアの結界もあるしここ以上に安全な場所はないな」


イノセンシオも同意してくれたのでオフェリアはほっと胸を撫で下ろした。

今後の事を話し合い、イノセンシオが帰宅するのを2人で玄関で見送った後、オフェリアはずっと繋いでいた手をぎゅっと握り2人の部屋へエセキアスを連れ込んだ。

どうした?と心配しながらもエセキアスはオフェリアが導くままに付いてきてくれる。


「オフェリア?」

「エセキアスは私の唯一なのよ、分かっている?」

「唯一?」

「私の初恋は貴方だし、恋人として、夫として愛しているのも貴方だけってこと!」


部屋に入るなりエセキアスの両手を握って力説するオフェリアにエセキアスは花が綻ぶ様に笑う。

思いがけない衝動を抑えられない様にオフェリアの額にキスをする。


「君の初恋が私?」

「そうよ。じゃなきゃ私、婚約破棄されるのに転生なんてしてない」

「生まれる前から?」

「うん。気づいたのは最近になってからだけどね」


照れ笑いすると、エセキアスがぎゅっとオフェリアを力強く抱き込んだ。


「ずっと君はテルセロの事が好きなんだと思ってた」

「婚約破棄するのを分かっていて好きになるはずがないじゃない」

「でもいつも君は彼を気にしていたから」


顔は見えないがこんなに弱気なエセキアスをオフェリアは初めて見た気がした。

どうしていつもこんなにそばに居て一緒に居たのに気づいてあげられなかったんだろうと思う。

オフェリアは縋るようにエセキアスを抱きしめ返す。


「テルセロは私にとって弟のようなものなの。だけど彼を踏み台の様にしてしまったから、私ね、成功報酬にテルセロの幸せをお願いしたの」


そう白状するとエセキアスの体がビクリと震えた。

オフェリアはその背中を落ち着かせるように撫でる。


「私はエセキアスと幸せになるから自分の事をお願いしなくて良いって思えたの。エセキアスは私を幸せにしてくれるって信じていたから。だから本当にお願いした事が叶うのか興味本位で見張っていただけで、貴方を疎かにするつもりはなかったのよ?私はとても幸せだったから貴方を不安にさせていた事に気づけなくてごめんなさい」

「私は幸せだったよ。君はいつも温かくて、私が諦めていた家族をくれた。私が勝手に不安になっていただけだったんだ」


オフェリアは身体を離してエセキアスの顔を両手で包み込んだ。

今にも泣きそうなエセキアスの瞳がオフェリアを真っ直ぐに見つめている。


「エセキアス、私の幸せはそんなものじゃないのよ!何も疑う余地がないくらい貴方が幸せだって思えるくらいドロドロに幸せにしてみせるんだから!」

「私をこれ以上骨抜きにしてどうするつもりだ?」

「貴方の笑顔が私をもっと幸せにするんだから、私の幸せの為に幸せでいてね!」


腰を抱いていたエセキアスが更に力を込めてオフェリアを引き寄せ唇に齧り付く。

オフェリアが生まれる前からお互いを選んでいたのにどうして疑う必要があったのだろう。

いつも甘いと思っていたキスが更に甘く感じた2人だった。

おしまいです。

オフェリアが成功報酬に神様に結婚を迫る話にしようと思って書き始めたんですけど全然違う話になりました。

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[良い点] 不思議な感触のお話だなと思いました。ふわふわしているのに芯が太く、かなり大きな話のはずなのに軽やかで、どこか作中に出てくるお菓子のようにさくさくと進むのにふっと甘く感じるという、正反対の素…
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