王太子夫妻の暴走
「もーう、聞いてよ!テルセロったらまた子供達に特別なお菓子のこと言っちゃって大変だったの!」
「自慢したら子供達も欲しがるの分かってるのに懲りないのね」
「父様のは特別なんだよって、そりゃチーズとベーコンのはテルセロにしか作らないけど、やめてって言っても子供達にすぐ張り合うのよ」
「子供に嫁自慢とかしょうもないわねー」
エルミラは結婚して半年もすると妊娠して、男の子を産んだ。それから更に男の子と女の子を。
オフェリアも結婚2年目には女の子ニナを産み、更にもう3年後にまた男の子エルメネヒルドを産んだ。
お菓子を作りながらお互い溺愛してくる旦那の惚気ともとれる悪口を言い合って盛り上がる。
今ではすっかり親友だ。
「それより貴方の弟、結局聖女に陥落したんだって?」
「陥落って・・・まぁそうね。放っておけなかったって感じかな」
ファティマ嬢は学生の頃からオフェリアとの面会を求めて何度もアングレーム家に突発的突撃をかましていたのだ。
しかしオフェリアは日中は仕事で魔塔だし、仕事帰りはエセキアスとの逢瀬やら結婚準備で忙しく殆ど遭遇することはなかった。
結局見かねた弟が相手をする様になり、そのまま弟に懐いていつしか弟目的に家を訪問してくる様になったらしい。
オフェリアより3歳年下の弟は父や兄さんと同じ財務局の事務官(裏では第四騎士団所属)となったが、教会側の働きかけもあり、父様が持つ子爵の爵位を譲って独立し、ファティマと結婚する事になったのだ。
ちなみにアメリオは子供の頃から婚約者だった辺境伯の次女と結婚している。
「イノセンシオ様は?」
「3日に1回は来るわよ。いつかうちの子を嫁にくれって言いそうで怖い」
「27歳差かぁ・・・うちの子勝てるかしら?本当に申し込まれたらどうするの?」
「そうねぇ、ニナもイノセンシオ様大好きだけど、年頃になって本人が選ぶなら良いのじゃないかしら」
「それまで婚約者決めないつもり?」
「王太子夫妻にまだお子様がいらっしゃらないからなかなかね」
「あそこ仲悪いわよね・・・」
出来たお菓子を子供部屋で遊ぶ子供たちと一緒に食べているとエセキアスがテルセロとイノセンシオを連れ帰宅した。
子供達を侍女達に任せ迎えに出るとエセキアスが珍しく不機嫌そうな顔をしている。
「どうしたの、エセキアス?」
「話にならない」
「何が?」
人目も憚らずエセキアスが甘える様にオフェリアを抱き込む。
オフェリアはエセキアスを抱きしめ返しながら困った様にイノセンシオとテルセロに視線を向ける。
「王太子夫妻がエルメネヒルドを養子にと言い出した」
「は?」
「完全な王太子夫妻の暴走だ。陛下も怒っておられた」
「まだお若いのだから自分達でお作りになれば良いじゃないの」
「仲良くしなければ子供だって出来ないだろう」
イノセンシオの言葉にオフェリアは絶句する。
自分は夫と夫婦生活をする気はないが、自分の地位を守る為に生まれたばかりの息子をよこせと言うことなのだろうか。
そんなの従える筈もない。
横でエルミラが代わりに怒りを爆発させた。
「どうせお二人に子供ができなければエルメネヒルドが次の王太子になるのだからわざわざ生まれたばかりの子供を取り上げる必要なんてないじゃないの!」
「今ならまだ自分達の子供として育てればエルメネヒルドも自分達を親だと思うだろうと」
「何を馬鹿な事を!!」
オフェリアの代わりに顔を真っ赤にして怒るエルミラを宥めるようにテルセロが抱き寄せる。
「陛下はその様な事をするくらいなら王太子の座をエセキアス様に返上せよと申し付けられた」
「魔塔を敵に回す馬鹿はいない。なんなら第四や教会も敵に回す事になるからな。完全に王太子夫妻しか得のない話だ」
「私も他の側近達も誰も事前にその様な話を聞いていなかったので、何故その様な馬鹿な話を嬉々として始めたのかと訝しんでいる」
「ただまぁ、ここにきてオフェリアとの明確な繋がりがないのはあそこだけだからな。繋がりが欲しいと思っても不思議ではない」
「全然不思議ですけど?!」
確かにオフェリアを欲しがった人間の中で今繋がりがないのは王太子夫妻だけだ。
王家筋に嫁いだものの、オフェリアはもとより大公となったエセキアスも王族と会う事はそうない。
エルミラと仲が良い為本当は繋がりが深いままだが、テルセロは婚約破棄した相手と関わるはずがないでしょうと王太子夫妻には一切オフェリアの情報を流してこなかった。
そんな中、ファティマが弟という繋がりを得て、自分達もと思ってしまったのかもしれない。
エセキアスがムクリとオフェリアの肩口に押し付けていた顔を上げ、オフェリアの顔を両手で包み込んで覗き込む。
「私は家族を守る」
「はい」
そうエセキアスが決意表明してところでドンッと遠くで大きな音がした。
全員がハッと顔を上げる。
少しすると門番が走り込んできた。
「旦那様、王城から煙が出ております!」
「なんだと?!」
イノセンシオが外に飛び出す。
エセキアスの屋敷は王城に隣接している為、外に出れば王城がよく見えるのだ。
少ししてオフェリアはハッと自分を守る様に片腕に抱くエセキアスを見上げた。
「兄様だわ!」
「アメリオ?」
オフェリアが自宅の敷地に張った結界にアメリオが空から侵入したのを感じてオフェリアも玄関ドアから外を覗き見る。
王城側の空に見えた黒い点がどんどん近づいてきて、箒に乗ったアメリオなのが見てとれた。
アメリオは玄関前に降り立つと青い顔をして玄関前に立つイノセンシオに抱えられる。
「アメリオ、何があった?!」
「申し訳ありません、エセキアス様、イノセンシオ様・・・グラシア様に襲われ杖を使用してしまいました」
「王太子妃に襲われただと?!」
玄関の中にアメリオを引き摺り込み、近くの椅子に座らせる。
アメリオは自分の体を抱きしめる様にしてぶるりと体を震わせた。
少し汗をかいている。
すぐにヒールをかけるが症状が改善せずむしろ顔が赤くなって汗が更に増しオフェリアは首を傾げた。
「オフェリア、媚薬の類だ…」
「困りましたね…」
解毒の魔法をかけたがそれも効果がなさそうだ。
そもそもアメリオの指には昔頼まれて作った解毒の指輪が嵌っている。
「お義姉様をお呼びしますか?」
「勘弁してくれ」
オフェリアは少し考えてから台所に行き、飲料水に果物やハーブをぶち込み魔力を込める。
1リットルくらいあった液体が光を発してぎゅっと圧縮されたようにコップ1杯の量になった。
それを持って玄関に戻るとアメリオに差し出す。
「これは?」
「老廃物が排出される飲み物ですよ、多分」
「多分ってなんだ…俺を実験台にしないでくれ」
「果物とハーブですから体に悪い物は入ってないですよ、多分」
「さっきから語尾に気になる言葉が付いてるじゃないか」
そう文句を言いながらアメリオはそれをぐっと飲み干した。
不味くはなさそうだが、カッと目を見開くとすぐにトイレに駆け込んでいく。
「オフェリア、あれ大丈夫なのか?」
「出すしかないですから」
「しかし媚薬に解毒が効かないとは知らなかったな」
「毒ではないですからね。そもそもなんで兄様がグラシア様に媚薬を盛られるのでしょう?」
「そりゃ、アメリオ様の子種が欲しかったのではない?」
エルミラの言葉に皆が重いため息を吐く。
そこにスッキリした顔のアメリオが帰ってきた。
ちゃんと薬は排出されたようだ。
「助かったよ、オフェリア」
「それは良かったですけど、何があったのです?」
「こっちが聞きたい。王太子妃に相談があると呼ばれ部屋に行ったらお茶を出されたのだ。嫌な予感もしたが毒無効化の指輪をしているから大丈夫だろうと勧められるままに飲んだらあのザマだ。どうやら麻痺毒も仕込まれていたようだがそちらは効かなかった。近衛2人に囲まれたので咄嗟に杖で魔法を擊ち出し逃げてきたというわけだ」
「グラシア様のご相談というのは何だったのです?」
「子供が欲しいがレオン殿下とは没交渉だそうだ。この先もレオン殿下の子は産みたくないが俺の子を産みたいと」
「意味が分かりません。近衛にまで手伝いをさせて、仮に子が出来たとしても王位継承権はないじゃないですか」
意味がわからないと首を傾げたオフェリアにエセキアスが険しい顔になる。
「エルメネヒルドと交換するつもりなのだろう」
「子供は物じゃないのよ?!」
「近衛まで巻き込んで正気の沙汰とは思えんな。陛下に報告申し上げねば」
「私も戻ります。王太子妃の部屋の窓を破壊してしまったので騒ぎになっているはずです。私を捕まえようとここに攻めてくるかもしれませんし」
「法務官として、王太子の側近として私も事実確認に同行致します」
エセキアスを残して男達が城に行く流れになる。
すぐに出ようとする3人をオフェリアは止めた。
なりふり構わなくなってきた王太子夫妻にオフェリアに縁の深い3人が出て行って大丈夫なのだろうか。
どうせなら守りを固めてからにして欲しい。
「待って下さい。何で行かれるつもりですか?」
「箒・・テルセロがいるから絨毯か?」
「城が騒ぎになっているのに絨毯で行って大丈夫ですか?大衆の目に触れることになりますよ」
今だに箒や絨毯で飛べるのは魔塔の少人数に限られている。
他国への切り札としてそういう魔法がある事を公にはしていない。
アークウェイラを撃沈した方法も実際に参加した者と陛下、各騎士団の団長にしか知らされていないのだ。
「とは言え真っ正面からというのも難しいのではないか?騒ぎで門も閉ざしているかもしれぬ」
「イノセンシオ様、テルセロに杖の使用許可をお願いします」
「それは」
「城で誰が味方で誰が敵かも判らない状況なのですよ?いざと言う時に身を守る術は必要でしょう」
「私は持っていないが?」
そう拗ねたイノセンシオにオフェリアは自分のアイテムボックスから杖を取り出して差し出す。
そろそろ長女のニナやテルセロの子供に魔法を教えようと子供達の杖を作るついでに改良版を全員分作っておいたのだ。
テルセロの誓約魔法は魔塔に行かないと解けないそうだが、最初に作った杖にしか関係してないので新しい杖ならば制限なく使えるらしい。
「オフェリア、準備が良すぎないか」
「子供達に渡したらどうせイノセンシオ様も欲しいと言うでしょう」
「そうだが…」
「あとは解毒の指輪を持っていないのはテルセロだけですか?」
「解毒が必要か?」
「媚薬には効きませんが、呪いは弾けます。王太子夫妻が何かに操られているのならこちらにも害があるかもしれませんから」
「何故解毒の指輪で呪いが弾けるのか分からん」
「悪いもの、ですから。あとイノセンシオ様、たけ…プロペラを」
いざという時の脱出用にイノセンシオに昔没収された魔道具を出してもらい皆に配る。
「あとはどうやって王城に入るかでしたね」
「動物になれるクッキーで動物になるというのは?」
「猫3匹が王城を歩いてたら追い払われませんか?それに5分しか効力ありませんから辿り着けないと思いますよ」
「じゃあもう絨毯で良いのではないか?空など見ないだろう」
「でも兄様が箒で出たのは近衛に見られているのですよね?」
「いや、土煙で見えなかったと思う」
「あ!とっておきのがありますよ」
そう言ってオフェリアは自分のアイテムボックスからピンク色のドアを取り出す。
あまりの大きさにエセキアスが見兼ねて引っ張り出すのを手伝ってくれる。
「なんだ、これは」
「どこでも行けるドアです」
「聞いてないぞ」
「怒られなさそうな時に出そうと思って忘れてました」
「確信犯ではないか…どうやって使うものだ?」
「行きたいところを念じながらドアノブをひねると行きたいところに繋がります」
「そんな馬鹿な話があるか」
そう言ってイノセンシオがツカツカと近寄ってドアを開けると、魔塔のイノセンシオの部屋に繋がった。
男達が深いため息を吐く。
まぁ凄いわ、と喜んでいるのはエルミラだけだ。
「しかし下手な場所に繋がって大勢の人に見られると厄介ですから王の御前に直接と言うのは無理ですね」
「父様の執務室で宜しいのでは?」
「この際だ、ギジェルモの執務室にしよう」
「3人が入ったら扉は消しますからそのつもりでいて下さい」
「エセキアス様、申し訳ありませんが我が妻もお願い致します」
「こちらこそ任せてすまない。こちらはオフェリアもいるから気にするな」
テルセロはエルミラを抱き寄せ子供達を頼むと額にキスをする。
行く準備の整った3人にオフェリアが防御の魔法を掛けていざ出陣となった。
イノセンシオがドアを開ける。
3人が入った先で副官のヘラルドが驚きの声をあげたのが聞こえたが、オフェリアはそのドアをアイテムボックスに再び仕舞い込んだ。
「オフェリア、いつの間にそんなものを作ったのだ」
「ニナが海を見たいというから作ったのだけど、貴方のお休みがなかなか取れないからそのままになっていたの」
「オフェリアは本当に器用よね。政略結婚でこの国に来ておいて本当に良かったわ。こんな国勝てるわけないもの」
器用という言葉で片付けるこの大雑把さがエルミラの良いところだ。
もう2度と戦争なんてゴメンだが、自分の力が少しでも牽制になるならそれは願ってもない事ではある。
子供部屋に戻りお昼寝をする子供達の愛らしい寝顔を眺めながら、オフェリアは平和を願った。