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想定とは違う婚約破棄

それでもそれからの日々は穏やかだった。

あれから1年、このまま婚約破棄なんてないんじゃないかと思うくらいテルセロとの仲も良い。

3ヶ月後にはテルセロの卒業を控え、父親である法務大臣の補佐官として働く事も決まっている。

最近はアークウェイラが仕掛けようとした戦争がオリルエニヤの山林に潜入した時点でほぼ全滅させられたと知った他国から同盟やら政略結婚などの話が引も切らないらしくテルセロも王子の側近として対応に走り回っているそうだ。

特に今はアークウェイラとは反対隣の国の歳の近い王女を含む使節団が来ているとかで毎日の様に駆り出されていてオフェリアの元にもほとんど来れていない。

普段そう言った政治的な話は魔塔ではどこ吹く風なのだが、何故か今回はイノセンシオがかなりピリピリしている。


「オフェリアは呑気だな」

「急になんですか?」

「オルレアンの坊やの話、聞いてないのか?」

「オルレアンの坊やってテルセロの事ですか?私の婚約者の」

「そうだ。ジャンドピールのお姫さんに気に入られて振り回されているらしいじゃないか」

「振り回されてるとは?」

「まぁなんだ、平たく言うと結婚を迫られてる」

「は?隣国の王族の方に?」

「そうだな」

「テルセロは侯爵家ではありますけど、王族でもないのに政略結婚になるのですか?」

「ジャンドピールは女子相続権はないから面倒な事にはならないが、相手が政略結婚だと言えばそうなるのではないか」

「オリルエニヤにとっても意味があると?」

「そうだな、なくはない。面倒な相手だから、それで国の安寧が買えるなら安いものだ」


確かにテルセロ1人の犠牲で隣国と仲良くなれるのならば国としては安いものだろう。

年が近いという理由でレオン殿下がジャンドピールの王女とお茶会をしてから毎日テルセロは相手をさせられているらしい。

テルセロは最初に自分には婚約者がいると牽制したらしいが、気侭なお姫様にはそんなものは意味をなさなかったようだ。

お姫様はテルセロに一目惚れしてすぐに自国の両親におねだりをしたのだと言う。

なんとしてでもテルセロと結婚したいのだと。


「それで何故イノセンシオ様がイライラなさっているのですか?」

「はぁ?オフェリア、お前、テルセロがジャンドピールの王女と結婚するとなれば自分が婚約破棄されることになると理解しているか?」

「そう、ですね。でもそれで何かイノセンシオ様が困りますか?」

「困るだろう!?」

「何故?」

「オフェリア争奪戦になるからに決まってる!!」

「私の争奪戦ですか?婚約破棄された私を欲しがる人なんています?」


オルレアン侯爵が欲しがった第四騎士団との繋がりだろうか。

とは言え、筆頭伯爵家であるアングレーム家に無理強い出来て、未婚の嫡男がいる家と言うのは案外ないはずだ。

それなりの家であれば大体、それなりの年には婚約者がいるものである。

いい歳して婚約者も妻も居ないのはイノセンシオとエセキアスくらいなんじゃなかろうか。


「いるに決まってるだろう!きっとレオンも欲しがるぞ」

「レオン殿下ですか?グラシア様がいらっしゃるじゃないですか」

「側妃という手もある」

「まだ結婚もされてないのに?そんな誰も幸せにならない結婚許されるんですか?!」

「それでなくても教会が出張って来る可能性も高い」

「教会にはファティマ様がいるじゃないですか」

「その聖女がオフェリアが必要だと言うのだから仕方ない。お前は本当に自分の価値に無頓着だな」

「無頓着というか、私にそれほどの価値があるとは思えないのですよ」

「オフェリアほど自由自在に魔法を使える者はおらん。そもそも空を飛ぶという荒唐無稽な魔法を可能に出来るのはオフェリアだけだ」

「イノセンシオ様だって、エセキアス様だって飛べるじゃないですか」

「それを魔法に落とし込むところが出来ないのだ。誰かが構築して魔法を真似るのは出来ても1から作ることは出来ないのが普通だ」

「まぁでも魔塔で守って下さるんですよね?」

「結婚と仕事は別問題だと言われれば厳しい。やはりエセキアスと結婚するしかないな」

「なんでエセキアス様なんです?」

「オフェリアが俺よりもエセキアスが良いと言ったんだろうが!」

「そうでした。じゃあ、最終手段はエセキアス様にお嫁に貰ってくださいとお願いする事にします」


でもこれ言うと成功報酬が使徒様との結婚って事になってしまうのよね。

まぁ、別にお願いしたい事もないのでそれで安定と安寧が買えるのならそれで良いのだが。

そんなことを話していたらその晩、先触が来て、急にテルセロがやってきた。

かなり思い詰めた顔をしている。


「どうしたの?怖い顔してるわよ」

「聞いてないのか?」

「なにを?」

「俺たちの婚約が王命で破棄される」

「・・・決まったの?」

「何故と聞かないんだな」

「今日、テルセロが隣国の王女に追いかけ回されてるという話は聞いた」


テルセロは辛そうに顔を歪めて自分の手をぎゅっと白くなる程きつく握る。

自分をこれまで大切に守ってくれてきたテルセロにオフェリアも思うところがないわけではない。

テルセロに誰か好きな人が出来て、(それが聖女で逆転ハーレムとかだったらどうかとは思うけれど)それで婚約破棄されるのだと思っていた。

それなのにどちらも幸せではない婚約破棄だなんてあんまりだ。


「王女様はどんな方なの」

「そんな事知ってどうするんだ」

「嫌な人なの?」

「天真爛漫な方だ」

「顔は可愛いの?歳はいくつ?」

「俺はオフェリアが好きなんだ!お前以外の女が可愛いか、可愛くないかなんてどうでもいいんだよ!!」

「私は婚約破棄される側なの!王命だろうが、政略結婚だろうが、テルセロが幸せにならなきゃ許さないんだから!テルセロを幸せにしてくれる女か聞いてるんじゃない!!」


泣きながら怒鳴り返したオフェリアを目を潤ませたテルセロが抱きしめる。

オフェリアもぎゅっとテルセロにしがみついた。

悔しい。

最初から分かっていた事なのにこんなに辛い。

失恋とは違うけれど、自分の大切な人が理不尽に扱われる事がこんなに苦しいなんて知らなかった。


「俺は、オフェリアは俺のことなんて弟くらいにしか思ってないんだろうと思ってた。だから今回の婚約破棄もふーんって事もなげに受け入れるんだろうって」

「馬鹿じゃないの!10年も一緒に居た大切な家族を、理不尽に扱われて怒らないわけないじゃない!」

「大切な家族、か」

「そうよ、テルセロはもう私の家族なんだから、幸せにならないと許さない!」


オフェリアを抱きしめるテルセロが少しふふと笑う。

オフェリアの髪に自分の頬を寄せ、怒るオフェリアの背中を優しく摩る。


「王女殿下はそう嫌な奴ではないよ」

「本当に?でも身分を振り翳してテルセロに無理強いする様な人ってことでしょう?」

「王女殿下だって、好きでこの国に嫁ぐわけじゃない。政治の犠牲者だ。どうせなら少しでも自分の気に入った人間を選びたいと思う気持ちは分からないでもないだろう?」

「見る目があるのは褒めたいけど、やり方は気に入らない!!」


腹が立ってテルセロを叩くオフェリアから少し離れて涙でべちょべちょになった顔をテルセロが覗き込む。

困ったように笑ってオフェリアの頬を自分の掌で拭う。


「オフェリアは?オフェリアは幸せになれるか?」

「高級官吏だもの。1人でだって生きていけるわ」

「1人で?・・・代わりに王太子殿下と婚約する事になると聞いたが」

「え?!レオン殿下の側妃?!」

「いや、エセキアス様の方だ」

「えっ?エセキアス様が王太子?!」


オリルエニヤでは成人していないと王太子として認められない。

その為、王弟殿下であるエセキアスがレオンが成人するまでの繋ぎとして王太子となっているそうだ。

しかしエセキアスには王位を継ぐ気がないので、余計な争いの種にならない様に結婚も婚約もしてこなかったらしい。

エセキアスが王太子になった時には既にレオンが生まれていた為、殿下と呼ばず名前で呼ぶよう周知していたので皆名前で呼んでいるんだとか。

ちなみにイノセンシオはエセキアスの従兄弟で、現時点ではエセキアスに次ぐ王位継承権第2位なのだそうだ。

案の定、テルセロとの婚約破棄で浮いたオフェリアをどうするかという話になった時にレオンが自分の妃にと手を挙げたらしい。

しかし現段階では王太子という優位な立場にいるエセキアスがオフェリアは自分との婚姻を望んでいると立候補し、イノセンシオも肯定した為、あっさり決まったそうだ。

エセキアスの兄である王様はレオンの地位を守る為に結婚もせずにいた弟を心配していたので名乗りをあげた事にすごく喜んでいるらしい。


「オフェリアの希望だったんじゃないのか?」

「前にもしもイノセンシオ様とエセキアス様、結婚するならどっちが良いかと聞かれたからそういうくだらない事を言わないエセキアス様と答えた事はあるけど・・・」


困惑するオフェリアにテルセロは吹き出した。

オフェリアの希望と聞かされていてわだかまりもあったらしい。

すっかり大きくなったテルセロの手がオフェリアの頬を撫でる。


「やっぱり俺はオフェリアが好きだよ。だけど王命には逆らえない。だからオフェリアも幸せになってくれ」

「テルセロが幸せになると誓うなら」

「あぁ、誓うよ。オフェリアを幸せにする為に、幸せになると誓う」


頬に触れていた手がそのまますっと耳下に差し入れられてぐっと引き寄せられ近づいた唇が触れ合う。

初めてのキスは優しくて、でもジンと甘く痺れる。

これがきっとテルセロとの最初で最後のキスになるだろう。

だいぶ長い間していたような気もするし、一瞬だった気さえする。

そっと離れた唇が目尻や、額、そして髪にもキスをして、再び深くテルセロはオフェリアを抱きしめた。


「明日、王城にオフェリアも呼ばれているはずだ。そこで最後だ」

「同じ国にいるんだもの、会えない訳じゃないでしょう?」

「お互い新しい婚約者が出来るのに2人きりで会うことは叶わないだろう」

「やっぱり理不尽だわ」


むくれてみせるオフェリアにテルセロは優しく微笑んでもう一度オフェリアの額にキスをした。


「ここでお別れしよう」


そう言われると知らず涙が溢れたが、オフェリアも無理矢理に笑ってみせる。

お互いの手を握り合い、じっと瞳を見つめ合う。


「今まで私を守ってくれて本当にありがとう、テルセロ」

「色んな景色を、感情を見せてくれてありがとう、オフェリア。どうか、どうか幸せになってくれ」

「テルセロも。幸せにならないとダメだからね」


お互いに言い聞かせ合って手を離す。

テルセロが一歩下がって胸に手を置き礼をする。

オフェリアも感謝を込めてカーテシーすると、テルセロはさっと踵を返して部屋を出て行った。

その背中を見送ってオフェリアはその場にうずくまって泣いた。


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