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アングレーム家の秘密

その日、オフェリアはご飯を食べる事が出来なかった。

家に帰ってすぐに風呂を沸かしてもらい、全身を洗ったが、あの地獄の様な光景が思い出され、なんだかまだ森の中に佇んでいる気さえする。

土と、煙と、血の匂い。

自分の想像以上に残酷な光景が目を閉じても脳裏に浮かび、ベッドの上でオフェリアは膝を抱える。

夕方になり、アメリオが帰宅してオフェリアの部屋のドアを叩いたが、オフェリアは寝たふりを決め込んだ。

夕食にも出ずに布団の中に丸まっていた。


「オフェリア、入るよ」


オフェリアが起きているのを確信している様に、3回目の訪問は強行突破される。

それでも寝たふりを決め込むオフェリアのベッドが軋み、アメリオが背中越しの枕元に腰を下ろしたのが伝わってきた。


「オフェリア、大丈夫かい?君のおかげで無事に戦争は終結したし、こちらの被害はゼロだ。エセキアス様もイノセンシオ様も無事帰還された」


それを聞いて少しだけオフェリアの気持ちが凪いだ。

手が伸びてきて、オフェリアの頭を撫でる。

だがその手がすぐに額を覆う。


「オフェリア、熱があるね。息苦しかったりするかい?」

「にいさま…」


アメリオが覆い被さるようにして、オフェリアを覗き込んだ。

しんどいとは思っていたが、熱があるとは思っていなかったオフェリアは目を開いて少し振り返った。

目があったアメリオは優しい瞳で見つめながら、オフェリアの髪を後ろに撫でつけ微笑みかけてくれる。

今まで我慢していた涙がポロリと溢れた。


「うん?」

「わたし、情けない」

「どうして?」

「大丈夫だってエセキアス様に豪語して困らせたのに、結局何も出来ずに帰って来て熱まで出して…」

「何もしてないなんて事はないさ。魔法の絨毯がなければもっとこちらの犠牲は甚大だった。それに、あの後の残党狩り…ちょっと見せてあげたかったな」


アメリオは思い出し苦笑をする。

あの後イノセンシオらを探して戦場に踏み入った一行は、残党の襲撃に遭ったらしい。

一緒に行った3人は第一騎士団でも十指入る強者らしいが、ヘラルドが背後をとられてあわやという場面があったという。

しかしオフェリアがこっそり施しておいた最大の防御が発動し、なんなく攻撃を弾いたのだそうだ。

そしてその奇跡が一回だけではない事に気づいた3人が無敵だと笑いながら無茶な突撃をして大暴れしたらしい。

アメリオは後方でそれを眺めながらついていくだけで済んだらしいが、その先で同じ様にイノセンシオがウォーターアローを放ちまくって暴れているのをエセキアスと呆れながら見守ることになったのだとか。

お陰で逃げられた残党も殆どいないのではないかという話だ。


「かなりヒヤリとする場面があったからね、オフェリアの防御は本当に助かったよ」

「それは良かったですけど。帰りはどうやって帰ってこられたのですか?」

「エセキアス様が絨毯で送ってくださったよ。あんなに暴れたベルク公では魔力切れが怖いからね」


魔力切れという言葉を知ってはいるが、オフェリア自身その感覚が分からない。

普通は魔力が作られる量と貯められる量が人それぞれあって、それを超えては魔法を使えないそうなのだ。

だが、オフェリアは転生者特権なのか無尽蔵に湧いてくる魔力に途切れることがない。

きっとエセキアスも同じだろうが、イノセンシオが無茶をしている間見守るだけで参戦しなかったのは温存していたという言い訳の為だろう。


「兄様はどうしてそんなに落ち着いていられるのですか」

「僕だって最初は怖かったし、吐いたよ。でももう慣れた」

「慣れたって兄様は戦場に行った事はないですよね」

「うーん、いや、実は初めてじゃないんだ」

「徴税官なのに?」

「普段は徴税官なんだけど、第四騎士団にも所属してるんだよね」

「幻の死神?」


第四騎士団は幻の死神と呼ばれている。

どんな国家行事でも姿を現さないし、詰所もなければ誰が団長なのかも誰が団員なのかも一般人には知られていないのだ。

そのくせ暗躍して実績はかなり挙げているので存在は知られ恐れられている。

まさかその中に兄がいるとは知らなかった。


「アハハ、その呼び方ダサいよね」

「いつから?」

「本格的には2年前からかな。学生の頃から手伝いはさせられてたけどね」

「そんな、なんで?」

「オフェリア、うちが伯爵家の割に重用されているのはなんでだと思う?」

「え?父様も?!」

「そういうこと。秘密だよ?」


ウインクされてオフェリアは目を丸くするしかない。

そりゃ公爵であるイノセンシオがどんなに誘っても魔塔に入らないはずだ。

今日、第一騎士団の方達と臆する事なく話していたのも納得がいく。

そして今朝知らないマントを羽織っていたのも。


「まさか第四より早く情報を得て、潰すところまで妹に先を越されるなんて思ってなかったからビックリしたよ、本当に」

「あれは本当にたまたまで」

「魔法の絨毯と箒と防御、あれ今度教えてね。第一騎士団に教えると無茶しそうだから教えたくないけど」

「防御は私以外が他人にかけるのは難しいかもしれない」

「そうだね。結局あれ、山を離れるまで効力あったもの。普通術者が離れてあそこまで魔力が持続しないだろうし」


アメリオと話をしていたら少し気分がマシになってきた。

大丈夫だと判断したのかアメリオも今日はもう寝なさいとまた頭を撫でる。


「エセキアス様が明日は休んでくれって言ってたから丁度良いね」

「なんで?」

「今日の事後処理でお二人共居ないからじゃないかな。あと今日の件にオフェリアが関わっていたのをあまり公にしたくないんだ。未成年だしね」

「そうなんですね」

「明日はちゃんとご飯食べるんだよ、オフェリア。おやすみ」


その夜、ちょっと嫌な夢も見たけれど案外簡単に眠る事が出来た。

財務に関わる家だと思っていたのに、まさか本当は諜報員?暗殺部隊?だった事にビックリしたのが良かったのだろう。

次の日には熱も引き、パン粥も食べる事が出来た。

父様も母様も昨日の事は何も聞いてこない。

ただ、ゆっくり休みなさいとだけ言った。

その言葉の通りか、次の日もその次の日も出仕停止の命令が出てオフェリアはあれからずっと家にいる。

最近あまり出来ていなかったお菓子や軽食のストックを作ることにして台所に入ったが、思い切ってアークウェイラで買った香辛料をアイテムボックスから取り出す。

今使わなければ、きっとこのままアイテムボックスで永遠に眠らせることになる気がしたからだ。

ニンニクと生姜と玉ねぎを炒め、香辛料を入れ、カレーの素となる「グレイビー」を作る。

大量に作ったので、小分けにして今使わない分はまたアイテムボックスに仕舞い込んだ。

肉や野菜、さっき作ったグレイビーを入れてカレーの完成である。

一緒に買ってきたお米をサフランで炊いておいたのでそれと一緒にお皿に盛った。


「お嬢様、これは隣国の料理ですか」

「うーん、多分」

「凄い匂いですね。でもこれはなかなかクセになります」


興味があると言って手伝ってくれた料理長や使用人に混じって試食していると、弟が匂いにつられてやってきてその輪に加わった。

更に母の侍女がやって来て、母の分も持って行ったので本日アングレーム家の昼食はカレーである。

その後も色々作ってアイテムボックスに収納してを繰り返していると、台所に家令が飛び込んできた。


「オフェリアお嬢様、ベルク公爵様がお見えです」

「まぁ、イノセンシオ様が?」


慌てて応接間へ向かうと、3日ぶりのイノセンシオがオフェリアの顔を見るなり立ち上がって抱きしめてくる。


「オフェリア!熱は下がったのか?体調はどうだ?!」

「イノセンシオ様、急にいらっしゃってどうなされたのですか?」

「オフェリアが来ないから会いに来たに決まってるじゃないか」

「出仕停止と伺ってるんですけど違うのですか?」

「いや、それはそうだな。だが、もう私はオフェリアが居ないと退屈で仕方ないのだ」


なんて無茶苦茶な。

完全にオモチャだ。

とりあえずイノセンシオの腕から逃れようとグイグイ押すがびくともしない。


「もう離して下さいませ。家族に見つかったら永久に魔塔に行けなくなりますよ」

「それはダメだ!オフェリアはずっと魔塔に居なくてはならん!」


慌てて放そうとしたが、イノセンシオはオフェリアの頭の上で鼻をスンと鳴らす。

あ、またコレ…。


「オフェリア、あの香辛料を使ったのか?」

「えぇ、暇だったので料理を」


身は離したものの、オフェリアの肩に手をかけたままのイノセンシオが期待に満ちた顔で見下ろしている。


「食べたいのですか?」

「食べたい」

「ではお座り下さいませ」


イノセンシオを元の席に戻し、ドアの前で2人のやり取りを微妙に顔を引き攣らせて見守っていた家令に食器を持って来てもらう。

アイテムボックスから鍋を取り出して並べられた食器にご飯とカレーを注ぐ。


「辛いようでしたら、蜂蜜をどうぞ」

「これはサローナか?」

「サローナを存じ上げませんのでなんとも」

「ではどうやって作ったのだ?」

「なんとなく?」

「オフェリアに作り方を聞くのは愚策だったな」


そう言ってスプーンを持ちカレーをすくって口に運ぶ。

一瞬眉をひそめたが、すぐにもう一口食べた。

机に置いた蜂蜜を少しかけまた口に運ぶ。

うーん、と唸りながら結局そのまま全部無言で平らげた。


「如何でしたか?」

「サローナではないし、食べたことのない味だ。だが、納得させる何かがある」

「よく分からないですけど、不味くはないって事で宜しいですか?」

「美味い、うん、美味いぞ?」

「それは良かったです」

「オフェリアは本当に突拍子がないな」

「イノセンシオ様に言われたくないです」


結局、本当に顔を見に来ただけで、何をしに来たわけではないらしい。

魔塔の様子や戦後処理の事を聞きたかったが、どうにも話したくないのか話せないのかその話題を避けているようだ。

オフェリアは聞き出すのを諦めて、防御魔法の練習でもしますかと誘う。

イノセンシオは目を輝かせてノってきた。

兄様には既に教えたので、なんとなく教え方のコツは掴めている。

イノセンシオは無茶をしそうだから、自分で出来るようになってもらうに越した事はない。

魔塔にいる時の様な雰囲気でワイワイやっていると、まだ早いのに兄様が帰ってきた。

2人で魔法の練習をしているのを見て呆れる。


「何をなさっているのですか」

「防御の魔法だ。アメリオ、少し攻撃してみてくれ」

「我が家を壊す気ですか?せめて庭に出て下さい」

「お前、そこまで攻撃しろなんて言ってないぞ」

「攻撃したくなるような特攻を我が家にかける貴方が悪いのですよ」


どうやら誰にも言わず我が家にイノセンシオが向かったと聞きつけてアメリオは慌ててその後を追って帰って来たらしい。

成人男性が居ない家に独身男性が訪ねて来たのが広まれば、一番に疑われるのは母様の不貞だ。

オフェリアが未成年ながら魔塔に所属している事を知っている人ならば、休んでいるオフェリアのお見舞いに来たと思われなくもないが、家長である父様に断りも入れずにいきなりくると言うのはもっての外だろう。

その為城をそうそう離れられない父様に代わり、兄様が飛んで帰り、イノセンシオはアメリオに会いに来たのだとアリバイを作りするハメになったようだ。


「全く、部下の見舞いにくるのに何の問題があると言うのだ」

「先に一言お声がけ下さいと言っているだけではないですか」

「あぁ、面倒だ。オフェリア、やはり嫁にこないか?」

「なっ!?」

「婚約者がおりますので」

「またオルレアンか…」


口惜しそうにイノセンシオが吐き捨てる。

オフェリアは苦笑した。

そもそもなんでイノセンシオもエセキアスも結婚していないのだろうか。

公爵と呼ばれているからには少なくともイノセンシオは公爵家当主で、イケメンで、オフェリアに何でも買い与えているところをみるとお金持ちっぽいのに縁談がないはずかない。

オフェリアに嫁に来いと言うからには同性が好きと言うこともないだろう。

まぁイノセンシオ様は政治とかより自分が如何に楽しいかで相手を選びそうだよね…。

最大の防御の魔法をバッチリ習得したイノセンシオは明日も出仕停止だが、もしまた3日経っても来れない様な状況ならまた来ると嫌な予告をして帰っていった。


「イノセンシオ様はなんで結婚されてないのですかね?」

「なかなかおいそれと結婚出来るお立場ではないからな」

「公爵も大変なのですね。お世継ぎも必要でしょうに」

「オフェリアは随分と可愛がられているよなぁ。乗り換えるかい?」

「婚約破棄でもされれば考えます。かなり貢がれている自覚はありますもの」

「貢がれてる!?」

「私の研究室の家具やら材料費やらはイノセンシオ様のお金で揃えて頂いたそうですから」

「あぁ、なるほど…実績から考えれば研究費としては良い投資だっただろう」


ラット扱いは不服だが、そう考えれば後ろめたさは失せる。

と言ってもそもそもあまり申し訳ないとは思っていなかったのだが。

だってイノセンシオは殆どオフェリアの部屋に入り浸っているのだから。



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