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魔法の絨毯からの先制攻撃

結局、誰も絨毯で飛べる様になった者は出ていない。

エセキアスは不満そうだが、オフェリアが絨毯の操縦、イノセンシオとエセキアスが攻撃という役割になった。

オフェリアが2人を乗せなければならないので、前回よりも一回り大きい絨毯だ。

まだ皆が寝静まっている早朝に出発し、朝焼けがアークウェイラの兵達の姿を照らす頃真上に到達する。


「頂上付近に大勢いますね。前から行きます?後ろから行きます?」

「後ろにしよう。逃げられると面倒だからな」

「了解です」


モグビディに近い山の中で眠っている兵達の白いテントがよく見えた。

最後尾と思われるテントが密集する辺りに来るとイノセンシオとエセキアスが無言で頷き合う。

絨毯の外に両手を出してほぼ同時にウォーターアローが最後尾から3分の1くらいに降り注ぐ。

蜘蛛の子を散らすように兵達がテントから飛び出してくる。

しかし雨の様に降り注ぐ矢に逃げる場所もなくバタバタと倒れていくのが見えた。

敵襲を知らせるドラが鳴り響き、上へ走る者達もいる。


「オフェリア、次は先頭だ」

「真ん中は?」

「あとだ」

「取り残したのは?」

「多少は気にするな」


先頭に移動しまた2人が攻撃する。

下から悲鳴や、敵を探せと叫ぶ声はかすかに聞こえるが、まるで戦争や人を殺しているという実感がない。

オフェリアがもう少しよく見ようと下を覗き込もうとすると、エセキアスがオフェリアの腕をガシリと捕まえる。


「オフェリア、顔を出すな」

「だって戦果がよく見えないのですよ」

「だから見るなと言っているのだ」


全体にウォーターアローを降らせ終わると、ほぼ人の気配が感じられなくなり3人は少し離れた場所に降りた。

イノセンシオが確認に行くと言う。


「1人じゃ危ないですよ。3人で行けばいいじゃないですか」

「バカ言うな。すぐ戻ってくるからエセキアスとここで大人しくしておけ」


人の死を確認するのは確かに怖い。

だけどイノセンシオ1人に押し付けるのも何か違う気がする。

しかしここで自分は未成年で、女の子で、それなりの家柄の令嬢なのだ。

箱入り娘が一面の死体を目の前にして冷静でいられなくなるのは目に見えている。


「じゃあ、私1人で先に帰りますよ。そうしたら2人で憂なく確認に行けるでしょう」

「まぁそうだが、絨毯を持っていかれるのは困る」

「箒持ってますから」

「分かった。ではそうしよう。オフェリアは何処にも寄らずにまっすぐ帰ること」

「信用ないですね」

「あると思うお前が不思議だよ」


絨毯はエセキアスに収納してもらい、オフェリアは箒を取り出す。

その場で紙とペンを取り出したエセキアスがサラサラとその場で手紙を書き、アメリオに渡して欲しいと言う。


「この時間ならまだ屋敷に居ると思いますが、既に出ていた場合は職場に持って行った方が良いですか?」

「あぁ、なるべく早く頼む」

「分かりました。ではお気をつけて」


箒に跨ったが、そう言えば2人があまりに普段のままの格好なのが気になった。

残党がいるかもしれないのに、魔塔の制服を着ているだけで鎧もなければ剣も持っていない。

護りの呪文って何かあったっけ?

魔法学校の映画で出てきた最大の防御の呪文を思い出し、こっそり2人に掛けてからオフェリアは飛び去った。


オフェリアが家に帰ると兄はまだ朝食の途中だった。

既に魔塔の制服を着て現れたオフェリアに眉をひそめたが、手紙を受け取ると顔色を変える。

ギッとオフェリアを睨みつける様に振り返ったが、何も知らなさそうな妹の様子にため息を吐いて立ち上がると頭をポンといつもの様に叩く。


「オフェリア、すまないが急いで王城まで送ってくれるか」

「空飛んで?」

「あぁ。すぐに準備するから玄関で待っててくれ」


とは言え絨毯はエセキアスに渡してしまったので、あるのは箒だけだ。

我が家を見回すが丁度良い大きさの絨毯がないのだから仕方ない。

箒を持って玄関ホールで立っていると、見た事のない上着を着たアメリオが階段を下りてきた。


「お待たせ…って絨毯は?」

「エセキアス様にお渡ししたので持ってません。そもそもイノセンシオ様のものですし。そもそも箒の方が速いですよ」

「そうなのかい?」

「容量が少ないですからね」

「はぁ…じゃあお願いするよ」


玄関を出て箒に跨り、アメリオも同様にオフェリアの後ろに立って箒を跨ぐ。

自分の腰を掴ませて声をかけてから少し浮かせると、アメリオがうわっと言ってオフェリアの腰に腕を回す様にして更にぐっとしがみ付く。


「大丈夫そうですか?」

「なんとか」

「じゃあ、いきますよー」


そのまま高度を上げ、オフェリアがいつも飛ぶ高さまで上がって王城へ向かう。

最初は速すぎるだろと言っていたアメリオもすぐに慣れたのか、冷静さを取り戻した。


「なんで箒なんだい?」

「それ兄様も聞くんですか?自分が飛べそうと思うなら何でも良いのですよ。ただあまり重いと持ち上げるのも大変ですからそんなに大きくないものがオススメです」

「今度僕にも飛び方を教えてくれるかい?」

「一回こうして飛んだ事があれば想像し易いのですぐに飛べる様になると思いますよ。魔塔では後に乗せるのは憚られるので、絨毯にしたんですけど」

「なるほどね」

「兄様、王城のどこら辺に降りれば良いですか?あまり人目が無いところが良いのですけど」

「右側の林の中に降りてくれ」


王城の庭の先にあるちょっとした林に降り立つ。

不法侵入も良いところだ。

すぐに飛び立とうとしたが、ついてきてくれと言われてオフェリアは箒をアイテムボックスに放り込んでアメリオに続く。

隣り合っているとは言えオフェリアが王城に入ったのは初めてだ。

なるべく目立たないようにくっ付いて歩く。

アメリオも承知しているのか、オフェリアの肩を抱いて足速に進む。


「挨拶とかはしなくて良い。素性を明かしたくないから良いと言うまで黙っててくれるか」

「分かりました」


アメリオに制服のフードを被せられ、庭から建物に入る。

朝早いのもあるかもしれないが、すれ違う人もほとんどいないまま、大きな扉の前に辿り着いた。

アメリオがノックすると、中から反応があり名乗るとドアが内側から開けられる。

イノセンシオと同年代くらいの男性がどうぞと言って中へ促す。

見上げたオフェリアに彼はにこりと笑って会釈したので、オフェリアもぺこりと頭を下げてすぐに下を向いた。


「閣下、エセキアス様から手紙を預かって参りました」

「想定よりかなり早いな」


部屋の奥の執務机に座っていた如何にも軍人と言った風貌の男に近づきアメリオはオフェリアが預かった手紙を差し出す。

その間にオフェリアは先程の青年に肩を軽く叩かれて、応接セットに座る様に促される。

迷ったが、閣下と呼ばれた男とアメリオが何か真剣な顔をして話し始めたので素直に座った。


「緊張することはないよ、お茶でも飲むかい?」


喋るなと言われているのでオフェリアは申し訳ないと思いながら首を振る。

青年は嫌な顔せずにオフェリアの向かいに座った。


「あ、私はヘラルド・ボアルネだ。第一騎士団の副団長をしている」


結構な偉い人だと知って、オフェリアは慌てて頭を下げる。

だが、話すなと言われているのでオロオロとアメリオを振り返るとヘラルドが何かを察して勝手に喋り出した。


「レオン殿下が婚約者を排してまで欲したとか、聖女が教会を動かしてまで得ようとしたとか、ベルク公がガチガチに囲ってるとか、オフェリア嬢には是非会ってみたいと思ってたんだ。だけどなかなか周りのガードが固くてね。本当に会えて嬉しいよ」


完全に正体バレている様だが、話てはダメなんだろうか。

だが、なんだか恐ろしい肩書きにされているので話したいわけでもない。

ただ失礼にならないかだけが気になる。

チラリともう一度アメリオを見ると、話終わったらしく2人が寄ってきた。


「オフェリア、すまないが我々をまたイノセンシオ様達の所に送って欲しいんだが出来るか?」

「絨毯」

「あぁ、それはそうだな…これでもいいか?」


そうアメリオが応接セットの下に敷かれた絨毯を指差す。

多少汚れてはいるが問題ないので頷く。

アメリオが先程の男性に絨毯をお借りしたいと言うと、よく分からないながら男性は了承してくれた。

応接セットを退かそうとするがオフェリアはすぐにそれを止め、絨毯に触れて収納する。

床との間にあった絨毯が失われて、ガタンと応接セットが音を立てた。


「あっ」

「大丈夫だ」


アメリオがオフェリアの頭をポンポンと叩いて宥め、2人に外に出ましょうと促す。

ヘラルドがもう1人連れて行きたいと駆け出して行った。


「5人でも大丈夫か?」

「多分。兄様、私もう喋って良いのですよね?」

「あぁ、ごめん。お二人とは大丈夫だ」


こそこそと話しているとアメリオ越しに男性がニッと笑った。

オフェリアは軽く会釈し返す。


「急に色々頼んで申し訳ないな。私は第一騎士団団長のギジェルモ・フーシェだ」

「オフェリア・アングレームです。魔塔に所属しております」

「協力感謝する」


中庭に出る頃にはヘラルドが兄様より少し年上に見える青年を連れて走って合流した。

絨毯を庭に敷き、全員に座ってもらう。

なんだか不思議な光景だが、その真ん中でオフェリアは絨毯を浮かせた。


「はっ?!」

「もっと上がりますが大丈夫そうですか?」

「行ってくれ」


ギジェルモの了承を得て、ガッと高度を上げると、連れてこられた青年が悲鳴をあげる。

アメリオにうるさいぞ、と侮蔑する様にあしらわれるが、青年はアメリオにしがみついた。

ご愁傷様です、と思いながらオフェリアは速度を上げて国境を目指す。


「これは反則も良いところだな。何人くらいまで運べるのだ?」

「試した事がないのでなんとも…今のところ試したのはこれが最大ですね」

「アメリオも出来るのか?」

「私も乗るのはこれが初めてですよ。家からは箒に跨って参りましたから」

「は?箒?」

「エセキアス様もイノセンシオ様も出来たそうですから、私も練習すればなんとかなりそうな気は致しますが他人を乗せるのは遠慮願いたいですね」


団長も副団長も現実逃避する様に、良い景色だの、こんなに快適ならオヤツを持ってくれば良かっただの呑気な会話を繰り広げている。

だが山が近づき、現場と思われる頂上付近から煙が上がっているが見えると険しい顔になった。


「オフェリア嬢、君がここを離れた時は煙があがっていたか?」

「いいえ、攻撃は水を使いましたから」

「すまないが、あの煙が出ている所の左側に降ろして欲しい」

「分かりました」

「オフェリア、近すぎないところに降ろして」

「はい」


尾根に沿って降りられそうな場所を探し近づく。

その時嫌でも人が血を流して倒れているのが見えてオフェリアはつい息を呑んだ。

だが、降りられそうな所が他にないのでそのまま降りる。

なんとか死体を踏まないで済んだが、それ程死体が転がっていたのだ。

グッと迫り上がってくるものを感じてオフェリアは手で口を覆う。

アメリオがすぐに視界を塞ぐ様に前に立ち自分のコートの中に抱き込んだ。


「オフェリア、吐いてしまいなさい。我慢するな」

「だいじょうぶ」

「すまない、オフェリア嬢。もう大丈夫だからアメリオと離脱しなさい」

「でも」

「君の仕事は終わりだ。ありがとう」


団長に優しく背を押され、オフェリアは箒を取り出した。

これ以上自分がここに居ても足手纏いになるのは目に見えている。

ここはお言葉に甘えて離脱するしかないだろう。

だがその前にオフェリアは1人で帰るつもりで4人にイノセンシオ達にかけたのと同じ防御の魔法を掛けておく。


「兄様、私1人で帰れます」

「本当に?」

「大丈夫」


青白い顔で頷くオフェリアをギュッと抱きしめ、今日は家に帰って休みなさいとアメリオは優しい声で許可してくれた。

箒に跨り空に上がると、下からヘラルドの本当に箒だと感心する声が聞こえる。

だがそれもすぐに風の音にかき消され、オフェリアは帰路に着いた。

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