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隣国へのお忍び訪問

2日後、イノセンシオとオフェリアは箒を積んでまた絨毯に乗って朝から練習に出た。

絨毯で飛ぶ感覚に慣れたせいかあんなに苦労していた箒も30分もするとイノセンシオは乗れる様になる。

森の中に降りる様に言われ、池の辺りに降り立つと、イノセンシオのアイテムボックスから出された服を一式渡された。


「これに着替えるか、魔法で着替えられる様になってくれ」

「これは?」

「隣国の服だ。こちらでは少し肌寒いから魔法で着替えられた方が良い」

「イノセンシオ様は?」

「私は昨日練習してきたから大丈夫だ」


服を広げて大して作りは難しくない事を理解し、一回魔法を使って着替えてみる。

確かに生地が薄くてこれで空を飛ぶと風邪をひきそうだ。

オフェリアはすぐに元の制服に戻る。


「今日連れていってくださるのですね」

「国境門を通らないなら通行証も必要ないしな。ただ、何かあった場合はすぐ逃げられる様に箒を持っておいてくれ。あと私から離れぬように」

「分かりました!」


持ってきた箒をオフェリアに渡してくれたが、最近常に箒はアイテムボックスに入っているのでイノセンシオのアイテムボックスに入れてもらう。

その代わり現地に着いたら近くの森の中に放置するつもりだったらしい絨毯をしまう係を任された。

オフェリアのアイテムボックスは無限だが、イノセンシオのアイテムボックスは自分の執務室を想像して作ったので有限で、置く場所まで想像しないとしまえないので少し時間がかかるらしい。

いざという時にすぐに取り出せないのは困る。


絨毯で山を越え、貿易の要所として賑わう街の近くの森にそっと降り立つ。

服を着替えて2人は誰もいない隙をみて小道に出た。

道の先に自国とは違った赤茶けた建物が並んでいるのが見える。


「この服はどんな身分の服装ですか」

「商人だな」

「言葉は同じですか?」

「少し訛っているが基本一緒だ。商人なら訛っていなくても不審に思われない」


街の入り口で列に並び入場を待つ。

順番が回ってくるとイノセンシオが堂々と決められた額の小銭を門番に手渡した。


「お前達、歩いてきたのか?」

「あぁ」

「その割に荷物が少ないな」

「荷物は先に入った仲間が持っている」

「なんでまた」


不審そうに2人を見る門番にイノセンシオの影に隠れるようにひっついていたオフェリアが顔を出した。


「わたしがトイレに行きたくなって途中で馬車を降りたのよ…」

「ハハッそりゃ置いていかれても仕方ねぇな」


森の中で用を足したと言う女の子にそれ以上門番は突っ込まず、2人をアッサリ通してくれた。


「わぁ、賑わってますね。香辛料がいっぱい!少し見ても良いですか?」

「凄い臭いだ。買い物は飯を食べた後にしろ」

「はぁい。とは言えここのお金持ってないので後で両替して下さい」

「金の事は気にするな。それから兄妹に見える様に敬語は禁止だ」


所狭しと並ぶ屋台型の店を冷やかして周り、いい匂いのする食堂に入る。

メニュー名ではよく分からないので、注文はイノセンシオに任せた。

細長い米に肉の方が多いくらいにゴロゴロ入ったスパイシーな炊き込みご飯、ひよこ豆のコロッケ、レモンとオリーブオイルがかかったさっぱりしたサラダ。


「美味しいっ!」

「気に入ったか」

「うん。スパイシーだけど、これはこれでアリ」


何を買って帰るかとか、他の街の話などをしながら食事を楽しんでいると、背後の席から自国オリルエニヤの名前が聞こえた。

つい、イノセンシオと話をしながらその会話に耳を傾ける。


「最近武具が値上がりしてないか」

「あぁ、王都で大量に必要としているらしくて品薄なんだよ」

「どこかで戦争でもあるのか?」

「そういや最近モグビディの周辺に荷物が大量に運び込まれているらしい。関係あるかもしれねぇな」

「なんでモグビディに?」

「さぁ?山を越えればオリルエニヤに攻め込めんこともないが」

「最近第二王子が王位を狙って躍起になってるそうじゃないか。オリルエニヤには先の大戦で大敗を期しているからな。街のひとつも奪えれば汚名を雪げると考えているのだろう」


そんな会話につい、オフェリアはえっと反応してしまう。

どうやらその会話をイノセンシオも聞いていたらしく、一瞬目が鋭くなる。


「兄様、私もあれ食べたい!」

「人様の方に指を指すんじゃない」

「だって、白いのが伸びるのよ?美味しそうだから絶対食べたい!」

「仕方ないやつだな」


物騒な話をしていた男達の1人が食べていたデザートを咄嗟に指さしたので、食べていた男がオフェリアを振り向いて「クナーフェってんだよ、お嬢ちゃん」と教えてくれた。

笑顔でありがとうと言うと、微笑ましいものを見る様に笑って話に戻る。

イノセンシオがデザートを1つ注文してくれた。

正直お腹いっぱいだが、自業自得なので仕方ない。


「はぅっ、兄様、これ凄く美味しい!激甘なのに美味しい!」

「それは何よりだよ」

「んー、これ持って帰りたい…」

「無茶言うな。おい、そんなに美味いなら少し寄越せ」


サクサクの生地に熱々のクリームチーズにはちみつと砕いたピスタチオがかかったチーズケーキみたいなデザートだ。

期待していなかっただけに美味しい。

横からフォークがのびてきてイノセンシオに奪われた。

兄妹の微笑ましい姿に先程のおじさんが美味いだろうと再び振り向いて笑う。


「おじさん、私、初めて外の街に連れてきてもらえたの。他にも何かオススメはある?」

「そうだなぁ、バラのシロップか、デーツ、あとは蜂蜜は買っておいた方が良いだろうな」

「バラのシロップ?素敵!でも蜂蜜ならどこでも売ってるでしょ?何か違うの?」

「お隣の国との間に山があるだろう?蜂蜜はあそこら辺の名産なんだが、ちょっときな臭くてな。来年は蜂蜜が出回る量が減るかもしれねぇ」

「きな臭いって?」

「戦争があるかもって話さ」

「まぁ、戦争なんて怖いわ。おじさん、ありがとう。蜂蜜を沢山買って帰ることにするわ!私甘いの大好きなの!」


ニコニコと笑ってお礼を言い、2人は食堂を出た。

決してオリルエニヤやモグビディの名を出さずに関係ない話をする。

本当はアイテムボックスに突っ込んでしまいところだが、大きなザックを買って行きに目をつけていたお土産を買い込んだ。

香辛料や綺麗な織り布、おじさんにオススメされた薔薇のシロップとデーツ、蜂蜜も忘れない。

門番に怪しまれない様に乗合馬車で街を出て、森に入ったところで忘れ物をしたから歩いて戻ると騒いで馬車を降ろしてもらった。


「ただの観光のつもりだったんですが困りましたね」

「とんだ収穫だが、どこで情報を仕入れたんだと言われると困るな」

「とりあえずモグビディ?の上を飛んで帰りますか。場所分かります?山の麓を辿れば分かりますかね」


アイテムボックスに入れていた絨毯を引き出し、森の中から再度飛び立った。

政治的な事はよく分からないが、歴史書で隣国アークウェイラと幾度となく争ってきたのは知っている。

何かと攻め込んでもくるのだが、魔法騎士団が居るおかげでオリルエニヤが毎回圧勝しているのだからいい加減諦めて欲しいものだ。


「あいつら自国で不満が溜まるとすぐウチに攻め込んでくるのをやめて欲しいものだ」

「しかしなんの情報もなかったんですか?」

「うちの王都からここまでどれだけかかると思ってるんだ。商人達の噂がまだこの街に届いた程度だとすると、あと数日はかかる」

「来て良かったですね」


境界の山の麓に沿って飛んでいると、山に向かって延びる黒い線が見えた。

身体強化でよく目を凝らして見ると、それが人の隊列である事がわかる。

荷車を引いている者や槍などを持つ男達が武具を着けて歩いているのだ。


「もう進軍開始してるじゃないですか」

「こちらに見つからないギリギリに陣を敷いてからだろうから、攻め込むのは早くても5日以上先だ」

「ちなみに国境線はどこです?」

「この山自体が本来はオリルエニヤだ。ただ、町の者が狩りで山に入る程度は目溢ししている。監視などしていられないからな」

「だったらもう攻撃して潰してしまいましょうよ」

「オフェリア、案外大胆な事を言うのだな。しかしどうやって潰すと言うのだ。こちらだって軍の準備が出来ていないのは同じだぞ」

「私達がここからファイアストームでも撃ち込めば終わりじゃないですか。ちょっと森は焼けるかもしれませんけど」


大胆な事を言うオフェリアにイノセンシオはポカンとした顔で一瞬動きを止めたが、すぐに笑いだす。

あまりに大きな声で腹を抱えて笑うのでオフェリアはすぐイノセンシオの口に手を伸ばした。


「聞こえちゃいますよ!」

「こんな遠くからでは聞こえまい」

「そんなに可笑しい事を言いました?」

「とても未成年の伯爵令嬢らしからぬ発言ではあるな。だが実行するのは2日後にしよう。まだ隊列の最後が山に入りきってないからな」

「なるほど、どうせなら徹底的に潰したいですものね。陣を敷いた頃の方がきっと絶望感がヤバいでしょうし」

「それから火はダメだ。上から槍を投げるとか森を焼かなくて済む方法を考えてくれ」

「そんな本数の槍、こっそり調達するなんて無理ですよ」


オフェリアの発言にまたイノセンシオは目をパチクリさせてオフェリアを見下ろしている。

その反応にオフェリアは首を傾げた。

何かおかしいことを言ってしまっただろうか?

オフェリアは高級官吏として働いているものの、未成年だ。

槍を大量に購入するツテなんて持ち合わせていないからこその返答だったのだが。


「何故こっそり調達する必要があるのだ」

「え?だって大々的に武器なんて調達してたら相手側にもバレるかもしれせんし、家族とかエセキアス様にも私達がアークウェイラに遊びに来たのがバレちゃうじゃないですか」

「王都から国境門まで4日かかる。その上山を越えるのに5日。こちらが少々派手に動いたところで相手に知られるのは不意打ちをかけた後だろう。それに山はオリルエニヤの領内だ。我々が飛んでいたところで怒られることはない。むしろ国防をオフェリアのお小遣いでどうにかする方が問題になるに決まっておろう。まったく、オフェリアは本当に変にズレているな。ファイアストームで山火事を起こそうとしていた人間とは思えぬ」


よりにもよってイノセンシオに常識を説かれ、オフェリアはションボリと肩を落とす。

隣国への潜入観光をこっそり2日で叶えたノリで不意打ちもすると思ってたのはオフェリアだけだったらしい。

イノセンシオはオフェリアの頭をグリグリと撫でて肩を抱き寄せた。


「オフェリアは案だけ出せば良い。戦争など大人に任せておけば良いのだ」

「考えておいて実行を他人に任せれば責任がないなんて事はないですよ」

「つくづく損な性格だな」


魔塔に帰り、オフェリアは日報にイノセンシオと話した通り、境界の山を飛行中モグビディ周辺で敵の侵入を確認した事を記載した。

そして自然保護やこちらの準備や後片付けが不用な頭上からのウォーターアローでの攻撃を推奨という計画書も添付する。

提出に訪れたエセキアスは受け取ってすぐに顔を曇らせた。

オフェリアは座る様に促される。


「オフェリア、貴方は国防などに関わる必要はない。魔法騎士団は別にいるのだから」

「この作戦の要は絨毯または箒に乗れることです。2日後までに可能なのは私とイノセンシオ様しかいません」

「私がいるでしょう」

「エセキアス様も出来るのですか」

「勘付かれているかは分かりませんが、認識したものは全て可能ですよ。秘密ですがね」


そんな気はしていた。

多分、オフェリアがエセキアスの前でなくても何処かで実際に使ったものは使徒として習得できてしまうのではないかと。

イノセンシオが出来るようになるまでは絶対にやれる事を見せず、イノセンシオが出来てから少し時間を置いて自分も出来たと自分の能力を見せている節があると思っていたのだ。


「私とイノセンシオが居れば十分でしょう」

「広域のウォーターアローを使える人が居ないじゃないですか」

「さっきも言ったとおり私も使えるし、イノセンシオも使える」

「イノセンシオ様は絨毯の操縦とウォーターアローの両方同時は無理ですよ。そしてウォーターアローを撃つ人間は2人は必要です」

「私が両方やれば済む話だ」

「ご自身が今までひた隠してきた能力を見せることになりますが宜しいんですか」


怒りにも似た眼差しで関わるなと言われるが、オフェリアは負けじと見つめ返す。

ここまで関わってしまったのに今更関わるなは納得がいかない。

自分が立案した計画をたとえ戦争であっても丸投げする気にはなれなかったのだ。


「立案者は私です。そこから逃げる事はできない」

「君の覚悟は分かった。だが誰か別の者が明後日までに絨毯の操縦が出来る様になった場合は君は留守番だ」

「エセキアス様がチカラを与えるとかのズルはなしですよ」

「そんな事は出来ないから安心しなさい」


ため息を吐きながらエセキアスは譲歩してくれた。

今日はもう帰りなさいと促され席を立つ。

エセキアス様もエスコートする様に先に立ってドアを開けてくれる。

しかし隣にきたオフェリアにすんと鼻を鳴らした。


「どうやら今日何をしていたかは後でゆっくり問い詰めないといけない様ですね」

「えっ?」

「隣国の料理は美味しかったですか?」


ニコリと笑われて、オフェリアはハッと口元をおさえる。

香辛料の匂いがキツかったのにも1日居て慣れてしまったが、服だか口臭だかに残っていた様だ。

オフェリアはお疲れ様でした!と逃げる様にエセキアスの部屋を後にしたのだった。


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