圧迫面接を受けて婚約破棄された令嬢、高貴な雰囲気の面接アドバイザーと出会う
「それでは婚約面接を始めます。まず、私と結婚したい動機を教えて下さい」
応接室にて、公爵子息ドルン・バーネットから質問を受けたのは、子爵令嬢カトリーヌ・クレシア。長い栗色の髪と上品な美貌の持ち主だが、垢抜けない印象は拭えない。緊張した面持ちで回答を始める。
「わ、私がドルン様と結婚したい理由は……」
マリーナ王国の上流階級の間には、他国では見られない奇妙な風習があった。
それがこの『婚約面接』である。
貴族の令嬢は同じく貴族の男子が行う面接を受け、その合否で結婚できるか否かが決まるのである。
不合格だった場合は「婚約破棄」とされ、婚約破棄され続けた令嬢の中には面接がトラウマになってしまう者も珍しくなかった。
「……以上が、私がドルン様と結婚したい理由です」
ドルンが鼻で笑う。
「幸せな家庭を築き、民を幸せにしたい……ねえ。それって別に相手が私じゃなくてもいいですよね?」
「いえ、ドルン様でないと……」
「もう結構です。次の質問に参りましょう」
カトリーヌは一生懸命答えたが、ドルンには冷笑されてしまった。
「得意料理はなんですか?」
「お、お芋の煮っころがし……です」
またもドルンが笑う。
「芋の煮っころがし! ぶははっ、あなた本当に貴族なんですかぁ?」
「き、貴族……です。だいぶ前ですが王家のパーティーで作ったら、王子様もおいしく食べて下さって……」
「あなた、この世にはリップサービスというものがあると知っておいた方がいいですよ」
「そうですよね……。すみません……」
もはやドルンは完全に遊んでいた。結婚するつもりもない相手を、面接という場を利用してからかい、弄び、侮辱する。
「30秒以内に自己PRをして下さい」
「あ、あの……私は……えぇと……」
「はい、30秒ー! 何もPRできませんでしたねえ!」
「私は潤滑油のような令嬢で……」
「ヌメヌメして気持ち悪そうですねえ!」
30分間の面接が終わる頃には、カトリーヌはすっかり自信を喪失していた。
「もう結構です。婚約破棄です。あなたがよい男性と出会えることを祈ってますよ」
「はい……」
“お祈り”まで受けてしまい、カトリーヌは泣く泣く退室することになった。
彼女がいなくなった後、ドルンはスカッとした表情で笑う。
「ああ、今日も楽しかった! これだから圧迫面接はやめられねえや!」
彼にとって婚約面接とは相手の尊厳を踏みにじる娯楽だった。
***
カトリーヌは公園のベンチに座り、紺色のリクルートドレス姿で落ち込んでいた。
「またお祈りだわ……。私、結婚できる気がしない……」
顔を両手で覆う。
「それどころかあんな圧迫面接まで受けて……。私、面接が怖い……!」
ドルンが終始浮かべていた意地の悪い笑みが頭に浮かび、涙がこぼれる。
そこへ――
「どうしました、お嬢さん」
「え……?」
短く整えられた金髪にルビーのように赤い瞳。服装こそ庶民のものだが、高貴な雰囲気を纏った青年が話しかけてきた。
「……あなたは?」
「これは失礼。私はヒューゴと申します」
「ヒューゴさん……どこかで聞いたような……」
「ああ、よくある名前ですからね。それよりどうしました? やけに落ち込んでいましたが」
顔を背けるカトリーヌ。
「いえ……何でもありません……」
「溜め込むのはよくありませんよ。力になれるかは分かりませんが、ぜひ話して下さい」
ヒューゴを名乗る男の温かい言葉と、吸い込まれるような赤い瞳に、カトリーヌは全てを話したい気分になった。そして、全てを打ち明ける。
「なるほど、圧迫面接を受けてしまったのですか……」
「はい……」
「しかし、我が国の法律“面接法”で圧迫面接は固く禁止されているはず。しかるべきところに訴えればよろしいのでは?」
「ですが、それをするとはしたない女、厄介な女と噂されてしまう不文律がありますから……」
ひどい面接を受けたからといって、それを騒ぎ立てると貴族の令息からは面倒な女だと白い目で見られ、面接の機会さえなくなってしまう。そのため泣き寝入りする女性は多い。
これからも面接は受けねばならない。しかし面接が怖いというカトリーヌに、ヒューゴは優しく言った。
「でしたら面接のトレーニングをしませんか?」
「え……」
「そんな目にあったら面接が怖くなるのは当然です。ですが、我が国では面接をそつなくこなせなければ結婚するのは難しい。あなたほどの女性が結婚しないというのは大きな損失です。ぜひ、面接の練習をして自信をつけませんか?」
微笑むヒューゴ。先ほど嫌な目にあったばかりのカトリーヌだが、この人なら怖くない、信じることができる、と思うことができた。
「はい、お願いします!」
こうしてカトリーヌはトレーニングを受けることになった。
***
ヒューゴはカトリーヌを国立の市民ホールに連れていき、その一室を借りた。
椅子とテーブルがあり、面接の練習にはもってこいだ。
「ではさっそく入室から始めましょう」
「分かりました」
ヒューゴの指示通り、部屋を出てドアをノックするカトリーヌ。
「どうぞ」
「失礼いたします」
カトリーヌが椅子に座る。
しかし、面接への恐怖が抜けていないのか、猫背気味になってしまっている。
「もっと姿勢を正した方がいいですね」
「す、すみません……」
カトリーヌも分かっているのだが、なかなか背筋を伸ばせない。伸ばそうとすると、あのドルンの顔が浮かんでしまうのだ。
「大丈夫です。私を信じて」
こう言われ、背筋を伸ばす。
「さ、私をまっすぐ見て下さい」
「は……はい」
ヒューゴと目が合う。カトリーヌからようやく怯えが消えた。
「よろしい。まず、自己PRからお願いします」
「はい。私は潤滑油のような令嬢で……」
「ん? 潤滑油?」
「はい……いけませんか?」
聞き返され、ドルンに「ヌメヌメして気持ち悪そう」と笑われた時の光景がフラッシュバックする。
「いえ、責めてるわけじゃありません。しかし、なぜ自分を潤滑油と? 本当にそう思ってるのですか?」
すると、カトリーヌは素直に白状する。
「実は……婚約面接マニュアルに書いてあったことをそのまま言ってるだけで……」
「なるほど」
ヒューゴは少し考えてから、優しく話しかける。
「マニュアルを遵守するというのも確かに大事です。しかし、面接の場においてはやはりあなた自身の言葉で話すことが重要です。でなければ、あなたの魅力が相手に伝わりませんからね」
「でも、私に魅力なんて……」
「あります。あなたは素敵な女性です。何を恐れることがありますか。面接アドバイザーであるこの私が保証します」
「はい……!」
ヒューゴに断言され、カトリーヌも自信がついた。
その後もカトリーヌはヒューゴから面接の手ほどきを受け、1時間もするとだいぶ自分の言葉で話せるようになっていた。
「カトリーヌさんも疲れたでしょう。今日はこんなところにしましょう」
「ありがとうございました!」
帰る頃には、カトリーヌの表情は見違えるように明るくなっていた。
***
それからというもの、カトリーヌは毎日のように市民ホールに通い、ヒューゴから指導を受けた。
面接というのは数をこなしていけば慣れるものである。ヒューゴとの模擬面接を幾度となく繰り返し、カトリーヌは着実に実力をつけていった。
そして、一週間ほど経ったある日――
「カトリーヌさん、いよいよ本番の面接を受けてみませんか」
「本番というと……まさか」
「はい、模擬ではない本当の“婚約面接”です」
「まあ……」
彼女が面接の練習をしてきたのは、全ては本番のため。とはいえ、不安も出てくる。もし、失敗してしまったら、もし、また圧迫面接を受けてしまったら。
そして、なにより――
「相手はどなたです?」
「それが先方の希望で、名前と身分を伏せられていまして……しかし、どうしてもカトリーヌさんと面接したいというのです」
名前も身分も分からない相手と面接をするというのは不安がよぎる。が、恩のあるヒューゴからの提案を断るのも気が引けた。
「分かりました。受けます。場所は?」
「王宮の一室を借りるそうです」
「まあ、王宮の一室を……」
王宮の一室を借りて婚約面接を行う貴族はたまにいる。が、それをするということは、自分に自信がある証拠である。受かる見込みは薄いと感じたカトリーヌは「練習のつもりで受けてみましょう」という意図であると受け取った。
そして、なにより――
カトリーヌはヒューゴのことが好きになっていた。
出来るなら彼と結婚したい。が、ヒューゴは市井の面接アドバイザー。子爵令嬢である自分と結ばれることはありえない。結婚したい人は目の前にいるのに、全く知らない人と婚約面接しなければならないというのが歯がゆい。
しかし、もうやるしかないのだ。
「ヒューゴさん!」
「はい?」
「私、全力で頑張ります!」
「いい結果が出ることを期待していますよ」
ニコリと笑うヒューゴに、カトリーヌは複雑な笑みを返した。
***
三日後、ヒューゴに言われた通り、カトリーヌは王宮に出向いた。気は進まないが、全力で受けると心で決めていた。
「本日王宮で婚約面接を受けるカトリーヌ・クレシアです」
「承っております。どうぞ」
衛兵に案内され、ある部屋に案内される。
「お相手は中でお待ちです。さ、どうぞ」
カトリーヌは深呼吸すると、ヒューゴに教わった通りにノックする。
「どうぞ」中からの声。
「失礼いたします」
部屋に入るとそこには――
「ヒューゴ……さん!?」
正装を身にまとったヒューゴが座っていた。いつも通りの柔らかな笑みを浮かべている。
「どうぞ、お座りください」
「は、はいっ!」
戸惑いながらも、席に座るカトリーヌ。これは一体どういうことなのか、と考えを巡らせるが答えには至らない。
面接が始まった。
まずはヒューゴが挨拶する。
「マリーナ王国第一王子ヒューゴ・マティスと申します。どうぞよろしく」
「え……!?」
ヒューゴの正体は王子だったと知り、驚くカトリーヌ。
彼の高貴な雰囲気、ヒューゴという名前に聞き覚えがあったこと、全てに納得がいった。しかし、雲の上の存在であったため、まさか面接アドバイザーの正体が王子だとは思いもしなかった。
頭の中が混乱してしまうが、練習の時と同じようなヒューゴの笑みを見て、気を引き締める。そうだ、彼とやった練習を無駄にしてはならない。
「カトリーヌ・クレシアと申します。本日はよろしくお願いします」
うなずくヒューゴ。
「これからいくつか質問しますので、リラックスしてお答えください」
「分かりました」
自己PR、長所短所、趣味などを問われ、よどみなく答えるカトリーヌ。
答えるたび、ヒューゴは優しく微笑んでくれ、カトリーヌも嬉しくなった。こんなに楽しい面接は初めてだった。
そして、婚約面接がいよいよ佳境に入る。
「それでは……私と結婚したい動機をお答えください」
「分かりました」
カトリーヌはまっすぐ前を見て、大きな声で――
「好きだからです!」
「……!」
「ヒューゴ様は圧迫面接を受け落ち込んでる私に、王子という身分でありながら優しく手を差し伸べて下さいました。そして一週間も面接の練習に付き合ってくれた。いつしか私はあなたのことが好きになっていました。たとえあなたが王子でなくとも、私はあなたという人間と結婚したいです。どうか結婚してください!」
面接官と目を合わせ、ハキハキとした声で答える。
一週間の練習の成果をいかんなく発揮した発言だった。
これにはヒューゴも頬を染めてしまう。
「あ……」
「どうされました?」
「あ、いや……私としたことが嬉しさのあまり、ボーッとしてしまって……」
「私も嬉しいです!」
すっかり面接慣れしているカトリーヌよりヒューゴの方が狼狽しているといった状況になった。
咳払いするヒューゴ。
「コホン。では……面接の合否を発表します」
「はいっ!」
「私も……あなたのことが好きだった」
「え……?」
口調が面接官ではなく、王子のものに変わっている。
「王家のパーティーであなたの作ったお芋の煮っころがしを食べたその時から……あなたに惚れていた。だから、圧迫面接でうなだれているあなたを見て、面接アドバイザーと身分を偽って近づいたんだ。どうか、許して欲しい」
「許すだなんてそんな……。私はあなたには感謝しかありません! パーティーの時も……励まして下さった時も……今も!」
「ありがとう」
パーティーの時、カトリーヌは緊張のあまり、王子の顔をまともに見ることもできなかった。だが、今は違う。ヒューゴの顔をまっすぐ見据えている。
「カトリーヌ、私と結婚して欲しい」
「はいっ!」
婚約面接は成功した。
そして、ヒューゴが言う。
「ああ、そうそう。君に圧迫面接をしかけたドルン・バーネットはまもなく逮捕されるだろう」
「え?」
「圧迫面接は重大な面接法違反だからね。取り調べをすれば余罪も出てくると思う。そうすれば、圧迫面接で心を病んでしまった令嬢たちも少しは救われるはずだ」
「そうですね……その方がいいと思います」
「それと、私は『婚約面接』という伝統をなくすつもりでいる。面接をする側が有利なこの文化は、圧迫面接など数々の問題の温床になっているからね」
カトリーヌも自分以上に面接に苦労している令嬢を知っている。面接で嘘を重ね、結婚後にトラブルが起こることも多い。
男女お互いのためにこの伝統はなくなった方がよい、とカトリーヌは思った。
「ヒューゴ様、ぜひとも改革を成し遂げて下さいませ」
「もちろんだ」
後日、ドルン・バーネットは逮捕され、30人以上の令嬢に圧迫面接をした罪で、牢獄送りとなった。
社交界での名誉は失墜し、たとえ牢から出てきてももはや彼との結婚を望む令嬢はいないであろう。
その他にも評判の悪かった令息が何人も逮捕された。
さらにその後日、カトリーヌはヒューゴと結婚し、めでたく夫婦となったのであった。
***
二人が結婚してから二年も経つと、ヒューゴの尽力で上流階級における『婚約面接』はすっかり廃れていた。
圧迫面接を始め、数々の問題を浮き彫りにし、制度の廃止を訴えたのだ。
カトリーヌはそんな夫が誇らしかった。
ある夜、カトリーヌとヒューゴは夫婦で食事をしていた。
「カトリーヌ、おいしいかい?」
「はい、とてもおいしいです。ジューシィな肉の柔らかさとたっぷりの肉汁が強みです」
「ま、まるで面接のような喋り方だね」
「あら、ごめんなさい。つい……」
とはいえ、ヒューゴと行った面接練習の日々は彼女の中に強く印象づいており、今でも時々面接めいた喋り方をしてしまうのだった。
おわり
何かありましたら感想等頂けると嬉しいです。