事実は小説よりも奇なり
――金曜日――
「2次会行く人集合〜!」
ミナトの神社でのお祓いが効いたのか、合コンは無事に開催された。今、合コンの一次会が終わったところだ。
一次会の間、俺は「早くおうちに帰りたい」と考えながら、黙っておつまみを食べていた。酒は一滴も口にしていない。一応飲めるが、酔っ払ってハメを外したくない。
そんな地味なキャラクターに徹したおかげで、誰からも興味を持たれなかった。それと心の中でミナトの恋愛成就を祈り、愛する香澄ちゃんへの懺悔も忘れてはいなかった。
俺は小声で「ミナト」と呼んだ。
「な~に~? 大地く~ん」
ミナトは酔っぱらっていた上、上機嫌だった。もしかすると、連絡先を交換できたのかもしれない。後日、結果を聞かなければ。
「俺、帰っていいよね?」
「うん、いいよぉ。今日は本当にありがとね」
ミナトから帰宅してもいいとの許可を得た。苦痛な時間から解放された感覚に、俺は心の中でガッツポーズをした。
「俺は用事があるので、帰ります! 今日はお疲れ様でした!」
俺は満面の笑みで挨拶した後、その場を立ち去った。
※※※
金曜日の夜の、学生アパートが立ち並ぶ道はとても穏やかだ。ハメを外しに外へ出ているせいだろう。
俺はその静けさに身を任せ歩を進めていると、ズボンの後ろポケットの振動が響いた。
ポケットからスマートフォンを取り出すと、1件の新しいメッセージが表示されていた。
<こんばんは
<明日はお暇かな?
<私の家の近くにクレープ屋さんが出来たから一緒に食べに行きませんか?
<美味しいと評判みたい
なんと、メッセージの内容は、香澄ちゃんからのデートのお誘いだった。俺は感激のあまり、メッセージをスクショした。なぜなら、香澄ちゃんからのお誘いは初めてだったからだ。
あぁ……神様、これは俺へのご褒美ですね! 本当は行きたくなかった合コンだったが、耐えた甲斐があった! 生きていて良かった!
俺は大きな幸せをかみしめながら、「もちろん!」と返信した。その時。
「ねえ」
背後から肩を叩かれた。女の子の呼び声と共に。
「ぐわぁー!」
俺は悲鳴をあげながら振り向くと、そこには手足の長いスラッとした女の子が立っていた。
身長は、175センチの俺より少し低いぐらい。女の子としては、相当デカい。
学生らしい明るい髪色をしており、下にゆるくツインテールをしている。ロゴの入った白いロングのTシャツの上にベージュのジャケットを羽織り、スリムなジーンズを履いている。
「あの、どちら様でしたっけ?」
俺の前にいるこの女の子は、今日の合コンの参加者だ。それは覚えている。だが、それ以外は忘れた。自己紹介は各自で行ったが、俺は雑念が多すぎて、ほとんど覚えていなかった。
「アタシの事、覚えてないのぉ!? サイッテー」
女の子は頬を膨らませながら俺に近づき、話を続けた。
「あたしは桃園麻由。S女子大1年。高校時代は元野球部のマネージャーやってました。青倉センパイの知り合いよ」
ミナトの言っていた野球部のマネージャーってこの子!? 俺を合コンに引き寄せた諸悪の根源! あ、俺やミナトと同じ高校出身でもあるのか。
ひょっとして、香澄ちゃんの事を知ってるかな? 香澄ちゃん、学校の事をほとんど話さないからな。……て、余計な事を考えては駄目だ。
「あの、桃園さん、俺に何か用でしょうか?」
俺は桃園さんと目を合わさず淡々と話した。桃園さん、写真は綺麗な人の印象だが、実物はとんでもなく可愛い。大きくてくっきりした目、整った鼻筋に、程よい厚みの唇。まるでハーフのような顔立ちだ。
直視しすぎると心臓が暴れそうで怖い。
これだけ可愛いのだから、高校時代に俺たちの耳に入ってきてもおかしくなかっただろう。だが、当時の俺は色々あって、それどころではなかった。だから、この子の存在を認知しなかった。それにミナトは桃園さんの事、何とも思ってなかっただろうし。
「佐々本センパイだっけ? 今日ずぅーっと無言でおつまみ食べてたでしょ? この人何しに来たのかなぁ、とか思ってるうちになーんか興味湧いてきちゃってさ。ずーっと後をつけてたんだけど、まったく気づいてないみたいだから、声かけちゃった」
桃園さんは笑顔で俺に近づいてきた。
後をつけてきていたなんて……彼女の言う通り、全然気づかなかった。香澄ちゃんとの温泉旅行の妄想していたからだ。
「用事があるなんて嘘でしょ? ねえ、この後2人だけで飲みに行かない?」
「……こ、断る」
「近づくなっ!」と叫びたかったが、俺は必死に堪え、断った。
確かに俺は香澄ちゃんを思い続けている。しかし、可愛い女の子に言い寄られて、冷静でいられるほどの超人ではない。
そういえば、ミナトはそこんとこ徹底しているよな。今日の合コンも一目惚れした女の子以外、目に入ってなかったようだし。ふくよかで健康そうな子以外はアウトオブ眼中だからだろうか。俺はミナトを羨ましく思った。
「んま! このあたしが誘ってやったのに。地味男のくせに断るんだぁ」
なんという上から目線。性格はあまり良くなさそうだ。桃園さんの高飛車な性格を知り、冷静になってきた。
「無理です。はっきり言いますけど、俺には婚約者がいるんです。今日の合コンだって友達のミナトが困ってたから仕方なく参加しただけです。わかったら、俺に構わないでください」
「婚、約、者?」
桃園さんは目を丸くした。香澄ちゃんの存在を知れば、さすがに諦めるだろう。
頼むから帰れ! と、俺は何度も願った。
「へえ。婚約者いるんだあ? なーんか、ますます興味沸いてきちゃった♡」
彼女は小悪魔のようなオーラを放ちながら、不穏な台詞を口にした。彼女が引き下がる様子を見せないのに対し、俺は内心で焦りを感じ始めていた。
「あの、桃園さん、俺の話を聞いてた?」
「もちろん、聞いてたよ。あたし、佐々本センパイを奪っちゃおっかなー♡」
何なんだ、この女……そう思いつつも、心臓がバクバクと高鳴る。今まで経験したことのない状況に、思考は真っ白になってしまった。
「無理なものは無理! 帰る!!」
このままでは、桃園さんの誘惑に圧倒されてしまう。俺は桃園さんに背を向け、その場を立ち去ろうとした。
「キャ〜〜!」
桃園さんから放たれた大きな悲鳴に、自分の心臓がドキリと高鳴った。俺は振り返った。
「何だよ、急にどうしたんだよ!」
俺は必死に桃園さんをなだめるが、彼女の悲鳴が鳴り止まない。
「きゃぁぁっ! たすけてぇぇー!」
「たすけてぇぇー!」ってどういう事だよ! 冗談じゃない! ここが静かな学生アパート街とはいえ、このままだと明らかに俺が桃園さんを襲っているって疑われるじゃないか!
どうしていいかわからなくなり、俺は慌てて桃園さんの手を取り、その場を走り去った。
※※※
俺は思わず自分の家――アパートの前まで走った。全力で走ったから、息が激しく動いていた。
「はあ、はあ。スピード落としなさいよね! もう!」
「しょうがないだろ、あのままだと俺が悪者になるだろうが!」
桃園さんが手を離すと、俺はゆっくりと呼吸を整えた。
「と、とにかく、タクシーに乗って早く帰れよ。なんならタクシー代も出すし。あんま夜遅くまで遊んでると、親が心配するだろ」
「佐々本センパイはぁ、一人暮らしですかあ〜?」
桃園さんは俺に言う事を無視して、興味津々に質問してきた。彼女のこれまでの不快な言動に、俺は苛立ちが増してきた。
「人の話聞けよ! 誰がお前に教えるかよ!」
「ふーん」
桃園さんは涼しい顔で俺を見つめたあと、口を大きく開けて、「スー」と深く息を吸った。
おいおいおい、またか悲鳴かよ!
もう勘弁してくれ!!
こんな時、どうすればいいのか。 俺にはわからなくなっていた。
※※※
――パタン
俺は今、自分の部屋の玄関に立っていた。
少し散らかった玄関に、一つだけ違うものがある。
俺の前には、靴を脱いだ桃園さんが立っていた。
「お邪魔しまーす。佐々本センパイ、一人暮らしなんですね♡」
桃園さんは、愛らしく微笑んだ。