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可愛いものに囲まれたい。

 俺は佐々本大地(ささもとだいち)。H大学2年。お義父さんから香澄(かすみ)ちゃんとの結婚の許しをもらい、俺は舞い上がっていた。

 しかし、そんな俺を待ち受けていたのは、ショッキングな出来事であった。



――6月――



 暑さが本格化し、薄着の学生たちがちらほらと目につく時期になった。


 とある日の放課後。

 講義や実験を終え、俺は借りた本を返すために大学の図書館へと向かっていた。


「大地ぃ〜!」


 背後から突然届いた大きな声が俺の耳に飛び込んできた。振り返ると、165センチくらいの背の低い、女の子のような可愛らしい顔立ちをした男が驚異的な速度で走ってきた。


「大地、お願いだ!」


 そいつは、俺にぶつかる寸前のところでピタリと立ち止まり、そう叫んだ。

 俺を知っているこの男は青倉(あおくら)ミナト。H大学文学部に所属。高校時代の同級生で、俺の友人だ。


「今週の金曜日の合コンに出てくれ!」


 ミナトから馬鹿げたお願いがきた。


「断る」


 俺はそう言い放ち、振り返った。鬼気迫る勢いで近づいてきたから、何事かと思ったら……合コンって。俺がそんなものに参加するワケがないだろ。


「大地ぃっ! 一生のお願いだから! 頼むよ!」


 ミナトは悲痛な叫びをあげながら、俺の足にしがみついてきた。


「ぐあぁっ! しがみつくな! 一生のお願いが通用するのは小学生までだぞ!」


 俺はミナトを振り払おうとしたが、ミナトはスポーツ万能で筋力もあるため、そう簡単にはいかなかった。


「今週の金曜日の合コンに急用ができて、1人欠けることになったんだ。色々な人に声をかけてみたけど、全員ダメだって……」


 俺が揺さぶる中でも、ミナトは冷静に答えた。


「ぜぇ、ぜぇ……新しいメンツが見つかるまで延期すればいいだろ」

「もう2回も延期になってるんだよ……」


 そう呟いたあと、ミナトは俺からアッサリ離れた。

 コイツ、光のような速さで走った直後、俺にしっかりとしがみついた。……にもかかわらず、息一つ乱れていないし、汗一滴かいていない。エアコンのせいではない。さすがスポーツバカ、いや、スポーツの天才。


 ミナトは乾いた笑顔でうつむいた。


「1回目の延期は、メンツの1人が食中毒になって入院したんだ」


 なんていうか……色々とご愁傷様だな。

 ミナトは話を続けた。


「そして2回目の延期は、他のメンツが食中毒になって入院したんだ」


 マジかよ。二人とも食中毒で入院するなんて……最近、食中毒が流行ってんのか? いや、そんな話は聞いたことがない。

 ミナトは、そんな俺の考えなんてつゆ知らず。更に話を続けた。


「そして今回。今度は他のメンツが、実は彼女持ちと判明した。しかもそいつ、合コン常習者であることが彼女にバレたらしくて、それどころじゃなくなったんだとさ」


 話していくうちに、ミナトは泣き面に変わっていく。


「ひどいと思わない!? 俺、そいつが彼女いるの知らなかったんだけど! リア充は参加禁止だよっ!!」


 うん、確かにひどいな。


「ミナト、呪われてるんじゃないのか?」


 2回に渡る食中毒に彼女持ち。

 最後の方はともかくとして、延期の理由が不穏すぎるな。俺は呪いを疑わざるを得なかった。


「うううう。他のヤツも、俺への呪いだって言うんだよ。それで気味悪がられて誰も参加してくれないんだ……俺、別に何もしてないんだぜ。本当だぜ」

「まあ、とにかく、その……神社でお(はら)いしてもらえばいいんじゃないか?」

「大地ぃ! もう俺にはお前しかいないんだ! 明日の早朝、神社でちゃんとお祓いしてくるからぁ! 合コンに参加して!」


 ミナトはまた俺にしがみついてきた。


「いやいや! さっき、ミナトはリア充は参加禁止つったよな! なら俺も参加禁止だろうが!」

「いやいや! 前言撤回! いや、大地だけは例外! 高校からの付き合いだろぉ!?」


 なんて諦めの悪いヤツだ。と、そういえば、冷静に考えたら、ミナトは合コンに乗り気で参加するタイプではない。そんなミナトがこんなに必死なのは何故なんだろうか?

 まずは相手について質問してみるか。


「相手はどこの誰だよ?」

「S女子大学」

「はあ? お前がS女子大と合コン!?」


 S女子大は頭がいい上に美人が多く、合コンしたい女子大学生1位にランクインされるほど人気が高い。モデル、芸能人、清楚で上品なお嬢様……バリエーション豊富だ。ミナトがそんな女の子たちと合コンするなんて、考えにくい。何故なら、ミナトの好みのタイプはそういうのではない。


「ふっふっふっ、大地、俺は見つけたんだ。極上の天使を!」


 ミナトは俺から離れ、満面のドヤ顔を浮かべながらスマホの画面を俺に向けた。画面には、清楚で可憐な子、モデルのようにスレンダーな子、そして凛とした美人が映っていた。それは合コンの参加者たちの写真だ。しかし、この3人の子はミナトからするとアウトオブ眼中だ。


「見て見て、この人だよ」


 ミナトが指差したのは、画面に映る3人の美女のいずれでもなかった。そこにはもう一人、肩までの長さの黒髪を持つ、とーってもふくよかで健康的な女性が写っていた。

 間違いない。体格だけでいうと、この子はミナトのストライクゾーンだ。

 ミナトは「D専」だ。

 モデルのようにスラっとした子や、華奢で可憐なお嬢様よりも――全身に脂肪をまとい、大食いミナトと楽しい食事を共にできる健康的な女の子が好きなのだ。


 普通の子なら「普通に可愛い」と言えばいい。しかし、ミナトが好きになる女の子は全員、とーってもふくよかだ。毎回コメントに困る。


「あぁ、その、優しそうな人だな」


 とりあえず、俺は率直な感想を述べた。俺の言った事は決してリップサービスではない。

 あくまでも写真を見た印象だが、温厚な人に見える。子供っぽいミナトを優しく見守る母親って雰囲気だった。


「今年の4月、野球部の元マネージャーとこの子が一緒に歩いてるのを見かけたんだ。俺、一目惚れしちゃった」

「マネージャーと一緒に?」


 ミナトは高校時代、野球部に所属していた。彼の足の速さは驚異的で、バッティング技術もプロ級だったという。そのため、1年生の時からレギュラーとして活躍し、弱小だったウチの高校の野球部を甲子園にまで導いた。ミナトはすごい奴なのだ。


「そうだよ。そんで、マネージャーに『紹介して!』ってメッセージ送ったらさ、合コンやったら紹介するって言われたんだ」


 ミナトは浮かれた様子で、ベラベラと喋り続けた。


「お前、2年の秋に野球部を辞めたのに、マネージャーと連絡を取り続けていたんだな」

「まさか! その子とは部活でしか話さなかったよ。連絡先は残ってたけど、連絡したのは、その時が初めてだったよ」


 あまり仲良くなかったんだな。それでも連絡したのだからミナトは本気なんだろうな。

 まあ、俺はそのマネージャーと面識ないし、どんな人だったのかもわからない。


「なあ、ミナト。2回も延期してんなら、合コン中止にして普通に紹介してもらえば?」

「俺もそう言ったよ。でもマネージャーは『4対4で合コン開いてくれないと、紹介しない!』て聞かないんだ……」

「じゃあ、その……二人でS女子大へ乗り込むか?」

「以前、一人で行ったら不審者に間違われた。大地と一緒に行ったところで変わんないよ」


 大学へ行ったんかい。なんつー行動力だ。

 ミナトにあれこれ助言してみたが、既に打つ手なしだった。

 ひょっとして、ミナトの言うそのマネージャーは出会いに飢えてるのか? その熱意を、ボランティアなど……何か世の中のためになることに向けてほしいものだ。


 ミナトは虚ろな目で口を開いた。


「あ、あのさ。大地が柊先生の事を大事に思ってるのは、知ってるよ。だから大地には絶対に声をかけなかった。でも、俺にはこれ以上どうする事もできないんだ。大地は無言でおつまみ食べながら、俺の応援してるだけでいいからさ……それに合コン行ってもうまくいかない話、結構聞くだろ?」


 ミナトは合コンでその人と初めて会うんだろ? うまくいかないとか、不吉な事を言うなよ。


「そんな事言われてもなぁ……」


 俺はポツリと呟いた。

 そもそもの話、香澄ちゃんという婚約者がいる俺が合コンに参加するのはどうなんだろう。

 ミナトが一目ぼれした女の子に会いたいと願って合コンを開くのと同様、相手の女の子たちも出会いを求めて参加するつもりだろう。そんな中で彼女がいる男なんて、ほとんどの人は嫌だろう。俺だって、彼氏がいる女の子とは関わりたくない。


「くぅ……こうなったら奥の手だ! 合コンに来てくれたら、これあげる!」


 ミナトはそう言うと、2枚の紙切れを俺に突き出した。


「はぁっ! そ、それは……!!」


 紙切れを見た俺は、全身に電撃が走った。


「熱々温泉、お猿さんふたり占めプランのペアチケットだよ」


 ミナトはそう言いながらペアチケットを見せつけ、悪代官のような悪い目つきで俺を見つめた。


「お、おま……こんな切り札を持っていたとは……」


 熱々温泉、お猿さんたちとのふたり占めプラン。

 温泉貸し切りでたくさんの愛らしいお猿さんたちに囲まれながらの入浴を楽しむことができる。まるで夢のような体験を提供するこのプランは、カップルに大人気で、年に3回の抽選で選ばれた幸福な者のみ、その特権を享受できる。

 それにしても、ミナトがその抽選で選ばれるとはな。もしかして、合コンにまつわる不運な出来事の原因は、全ての運を使い果たしてしまったからだろうか?


「ほれほれ、これで柊先生と一緒にお猿さんとの入浴を満喫できるよ? 夏休み、柊先生と温泉旅行へ行きたいって、大地言ってたよねぇ?」


 ミナトは悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、ペアチケットをひらひらと見せびらかした。

 ミナトめ、俺の足元を見やがって。香澄ちゃんと二人っきりでお猿さんに囲まれたいに決まってるじゃないか!


 ミナトの必死な姿を見ていると、香澄ちゃんにプロポーズした時の自分を思い出す。その時の俺も、今の彼と同じく、とにかく必死だったと思う。

 ミナトも、一目惚れしたあの人と可愛いお猿さんに囲まれながら入浴したいと願っただろう。その願望を犠牲にしてでもその人に会いたいと思っている。


 なんだか、ミナトのことを他人事とは思えなくなってきた。

 ――て、いやいやいや! 婚約者持ちの俺が合コンに行って誰も得しないだろっ! 何よりも香澄ちゃんは悲しむ。そんなの嫌だい!


 ――とはいえ、高校時代、ミナトは俺と香澄ちゃんとの恋の応援をしてくれた。ミナトにはたくさん助けられた。だから今度は俺がミナトに報いないといけない。


 ああ、もう!

 俺は散々悩んだ。そして、決めた。


「……わかったよ、ミナト。参加するよ。合コン」

「え、ホント!?」


 俺が合コンへの参加を表明すると、ミナトは嬉しそうに顔を輝かせた。

 ミナトが一目ぼれしたその人に会う方法は、今のところ合コンしかない。

 だから、俺が彼を助けるしかない。


「ああ。そのかわり、熱々温泉のペアチケット、忘れるなよ」

「わかってるよ! 大地こそ、女の子から言い寄られたくないからって、合コン当日は寝起きみたいな格好をしてこないでよね! いくらなんでも恥ずかしいからね!」


 うっ! ミナトめ。俺の考えを読んでいやがった。



 香澄ちゃん、すまない。 

 合コンに参加するのは、ミナトを応援するためだけだから。

 ただ黙っておつまみを食べて、彼を応援するだけだ。

 だから……俺には何も起こらない。大丈夫だ。

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