プロローグ さらば青春
3月某日。高校の隣にある公園で、大きな桜の木の下、プロポーズの言葉が響き渡った。
「先生、俺と結婚してください!」
「えっ!?」
俺は佐々本大地。
3年A組。しかし、この日をもって高校を卒業し、4月からは大学生だ。
そして、俺がプロポーズした相手は、スーツ姿の柊香澄先生だ。先生は3年D組の副担任で、担当教科は国語。文芸部の顧問も務めている。めちゃくちゃ面倒見が良く、素晴らしい先生だ。さらに24歳独身で、彼氏はいない。
花吹雪を背景に、先生は小さな口をぽかーんと開けていた。いきなりのプロポーズで言葉を失うのも無理はない。
だが俺は決めたんだ! 先生と結婚することを! だから卒業式が待ち遠しかった!
気がつけば、先生は無理に笑顔を作っているように見えた。
「あの、佐々本くん」
「はい! 返事はOKですよね!?」
俺は先生の呼びかけに返事をした。しかも大声で。
「えぇっ!? えーと……」
先生は頬を桜色に染め、くりっとした瞳を伏せた。
さあ! 聞かせてくれ! OKの返事を!
「ご、ごめんなさい!」
先生は申し訳なさそうに頭を下げた。一つにまとめられていた少し明るい髪もさらりと落ちた。
「ぐはっ!」
こうして俺の高校生活は、先生のお断りの返事と共に幕を下ろし――
――って、待て! 幕を下ろすのはまだ早い!
「先生! 『ごめんなさい!』ってどういうことですか!? 俺に何か問題でも!?」
「ひっ!」
俺は先生に詰め寄った。近くで見ると先生は体が小さい。
「あ、あの、佐々本くんに問題があるわけじゃないの」
「俺に問題がないなら、何っ!?」
俺は熱心に質問した。熱心すぎて卒業証書の筒を強く握った。
「佐々本くんは4月から大学生でしょ? それにお付き合いすらしていないのに、結婚は早すぎるんじゃ……」
先生が困惑して手を振っている姿を見て可愛いなと思いつつ、俺は反論した。
「そんなことはありません! 結婚するのに早いも遅いも大学生もないです!」
「えぇ! そんなぁ……あっ!」
先生は丸い瞳を大きく見開いた。何かを閃いたようだ。
「それなら……まずはお友達から始めてみない? お互いをよく知らないまま結婚するなんて、人生の損だと思うわ」
「お友達から……」
先生の提案を受け、俺はポツリと呟いたあと、頭の中で考えを巡らせた。
お互いを知らないまま結婚して人生を損するなんて、まっっったく思わない。だが、俺も先生も、学校以外での互いの一面をほとんど知らないな。
よし! 先生にはまず俺のことを知ってもらって、それから結婚する! それも悪くない!
「先生! 俺たちは今日からお友達だ! 末永くよろしく!!」
「末永く……よ、よろしくね、佐々本くん」
公園の桜の木々から薄紅色の花びらが一面に舞い踊る。
俺と先生の新たなスタートを祝福するかのように。そして、俺の喜びを表すように。
……ゾクリ!
背後から突き刺さる「毒々しい殺気」とともに。
な、なんだ? この殺気は、俺の背筋を凍らせるほどに冷たかった。周囲を見回すが、人の気配はない。気のせいか。
「毒々しい殺気」の正体。俺がそれを知るのはもう少し先の話。