No.1-5 「創造主との出会い」
目に映る情報が、手に残る感触が、現実だと訴える。
変わり果てた自分の姿に戸惑っていると、どこからかユラの声が聞こえてきた。
「主人様よ、我はきちんと忠告しておいたはずじゃ。我を信じなかった主人様が悪い。まぁ信じずとも、こうなることは分かっておったがのぅ」
「ユラ!! これって何なの? 体がアザクラと同じ姿になってるし、女の子になってるし、てかなんでこっちでもユラの声が聞こえるの!?」
「慌てるでない。我が住む世界は主人様にとっては別次元の現実、いわゆる異世界というやつなんじゃ」
慌てるのは当たり前だ。こんな状況、漫画やアニメでしか見たことない。それに、自分が体験するはめになるとは思いもよらなかった。
どうしよう。……いや、どうしようもないのか。
たった一日、時間にしては七時間程度。
その時間内で俺の体を、性別を変える現象を馬鹿な俺が考えても仕方ない。
せっかくかわいい女の子になったんだ。
多少、生活はしにくくなるだろうが、別に元の体が好きだったわけでもない。
だったら新たな自分を受け入れて人生を楽しむべきだ。
「主人様、少々ポジティブすぎではないか?」
いいだろ別に、考えすぎて病むよりはマシだ。
ユラはこうなることを知ってたんだろ。
だったら詳しいことを教えてくれよ。
「ああ、そのために我が来た。んっ、コホン。other world createは【創造主】」が作り上げた、【魔神】を殺害するためのゲームじゃ。地球の住人に種族、スキルを与え、【魔神】を封印、もしくは殺害するまで終わることはないゲーム」
なんであっちの人を戦わせないんだ?
倒そうとするなら、普通人数は多い方がいいだろ。
「あやつらは魔素の関係上、【魔神】に攻撃できないからのぅ。それに、ゲームとして、娯楽としてレベルを上げる方が強くなるんじゃ」
現実の姿まで変える理由とかは?
「その方が皆、【魔神】を倒そうと必死になるんじゃ」
自分の体の価値なんて人それぞれだもんな。
それじゃあスキルはこっちでも使えるの?
「スキ、ルは魔素があ、……ば使えるが、そ、よりも――――」
声が聞こえなくなった。なにかあったのか。それとも声に出して聞いた方が良かったのか?
ユラの声が聞こえなくなって、何度か呼び掛けても、ユラからの返事はない。
もっと聞きたいことがあったんだけど、しょうがない。
姉にこのゲームについて教えてもらおう。
姉の姿も変わっていたし、アザクラについて何か知っているかもしれない。
部屋に戻ろうと洗面所のドアを開けると、そこにはアザクラにログインした時と同じような、並行感を狂わせる真っ白な空間が広がっていた。
【創造主の権限を確認。『接続』を発動します】
真っ白な空間の真ん中に、プロジェクションマッピングのような立体的な映像として、人のシルエットが映り出された。
「僕は【創造主】と呼ばれる other world create を作り出した者だ」
俺と【創造主】以外のあらゆるものが存在しない真っ白な箱の中。
その男はまるで、自分がこの世を支配しているかのような傲慢な態度で俺のことを見下ろしていた。
【創造主】の顔にはもやがかかっているが、眼や口の動きはなんとなくで理解できる。【創造主】は浮浪者が身に着けているようなボロボロのローブに身を隠し、いかにもな雰囲気を醸し出していた。
とんでも展開が続いているな。
今更こんなことで驚いても仕方がない。これから起きることは現実なんだと割り切るしかないのだから。
「僕から君に言うことはたった一つ、【魔神】を倒してほしい。それが願いだ。君はあんな酷い目にあって、僕の願いを叶えてくれないと思う。だけど、【魔神】を倒すことは君にとってもメリットがあるんだよ」
「メリットって、俺の姿を元に戻すことがメリットだと思ってるんだったら見当違いだな。今の姿、結構気に入ってるんだ。残念だったな」
「ううん、違うよ、君にとってのメリットはね。もし君が【魔神】を倒すことができれば、数年前にこの世から居なくなった君の両親に会わせてあげる」
は? 今なんて言った?
「僕の力で、君の両親に会わせてあげる」
「……俺が【魔神】を倒すこととなんの関係があるんだよ」
「関係なんてないさ、ただ僕は【魔神】を封印しなくちゃいけないの。じゃないと、あっちの世界が崩壊しちゃうからね。僕が管理を任されているから、もし崩壊しちゃうと、他の神から怒られちゃうんだ。あいつら逃げてばっかなのに」
「関係ないって、だったら尚更意味が分からない。それに俺の親は旅行中に不慮の事故で死んだって聞いた。死んでるのにどうやって会うんだ」
俺が追及すると、【創造主】はそれを想定したかのように、口の端が鼻の位置まで上がるほどの笑みでこう言った。
「不慮の事故だろう。不慮ってことは不意に、不幸に、不思議に起こったってことだ。だったらこの戦いに、アザクラに巻き込まれたって、それは不慮の事故なんだよ」
「……俺の親はお前の勝手な都合で死んだってことか!!」
「そうかっかするなよ。寿命が縮んじゃいそうになっちゃう」
「へらへらするな、速く答えろ!!」
俺が怒鳴ると【創造主】は面白くなさそうに答えた。
「はいはい、【魔神】が封印されたときにあっちの世界に残っていた人は現実に戻れないんだよ。それで探してみるとね、居たんだよ、君の両親が」
「探したって、どの種族なんだ? どんな装備なんだ? 外見はどんなだよ!! 俺が向こうで探してやる!!」
【創造主】に掴みかかろうとするが、ただのホログラムに実体はなく、そのまま足が躓いて顔から転んでしまった。
【創造主】はそんな俺を、哀れみの目で見下げていた。
「僕が言えるのはここまで。真実が知りたければ【魔神】を殺すか封印すると良いよ。それができれば、君の質問に全部答えてあげる。せいぜい励めよヴァンパイア」
【創造主の権限を確認。『接続』を終了します】
視界が目紛しく変わり、気づいたら俺は廊下で倒れていた。
なんだよ、死んだはずの親のことを俺に言われても…………いや熱くなりすぎたな、一旦冷静になろう。じゃないと、あいつの思う壺だ。
そもそも【創造主】の言葉を鵜呑みにしすぎた。俺の親が生きてる確証なんてないんだし、もし生きていたとしても、どんな顔をして会えばいいのか。
それに、もう親の顔なんて思い出せないほど、親が居なくなってから時間が経っている。
ひとまずは姉に隠しておこう。あの【創造主】の話で信じられる部分がどこなのかも判断がつかない。
姉もそろそろ抜かしていた腰が治っている頃だろう。
じんじんと痛むお尻を摩りながら自分の部屋に戻ると、姉が俺のベットで枕に頭をうずめてクンカクンカと匂いを嗅いでいる姿と遭遇した。
実の姉とはいえ、さすがにこれは引くんだが……。
「姉、何してんだよ」
変態を見るような蔑む目を隠さず訊くと、姉は布団に頭をうずめたまま。
「何って、美少女の匂いを嗅いでんのよ。こんな銀髪美少女の匂いを嗅げるなんてなかなかないのよ? ケンちゃんも男なら一度は夢を見ないの? 人生損してるわよ、まぁ今のケンちゃんは女の子だもんねぇー。仕方ないかー」
ちなみにベットの上に転がって枕に顔を埋めている変態は、黒髪のショートボブで、身長は男だった時の俺よりも高く、体系もモデル並みにスマートでどんな服も似合うクール系の美人といってもいいのだが……自分の弟の枕に顔をうずめて、にやけながら匂いを嗅いでいるのはクール系といってもいいのだろうか。
「それはそうと長かったわね、もしかして自分の裸に見惚れてたんじゃないの? もし抜くのに困ったら私のおススメを紹介してあげるわ。とっておきのアイテムをね!」
抜くのにって姉よ、やはりクール系じゃなくて下品系だったな。
姉のおススメを紹介されたらどんな顔で次の日顔を合わせたら良いのやら……。
「姉はアザクラについて何か知ってる?」
何故、ゲームに興味のない姉がプレイしていたのかは分からないが、ダメもとで聞いてみると、こっちに来てと手招きしてきた。ベッドに座り直した姉は膝に手を置いて、ぽんぽんと太ももを叩く。
これは膝の上に乗れということだろうか、体は幼女でも心までは染まっていない。男子高校生のままだ。
俺が姉の膝に乗ることを躊躇していると、痺れを切らした姉に引っ張られて、ぎゅっと抱きしめられる。俺の頭を撫でながら。
「あぁ、これが妹なのか。ちっさくてかわいいなぁ。このまま嫁にした気分だよー。……ケンちゃん、こんなに身長とか、体系とか性別とか変更できないはずなんだけど、なんの種族にしたの?」
「亜人種を選択したら、勝手に吸血種になってキャラクリもできなかったんだ。それでこんな姿になっちゃった」
「えっ、ケンちゃんって亜人の適性あったの? 実はこのゲームって現実の体に適性がある種族しか選択できないのよ。私はあんまりなくて人族しか選択できなかったけど。ケンちゃんってそんなに適性あったんだねー、すごいよー」
そうなんだ、意外と俺って凄かったりするのか!?
ま、結局はどれだけ適性があろうと選ぶのは一つなんだけど。
「そんなのいいから、姉が知ってること早く教えてよ!!」
わしゃわしゃと頭を撫でて、アザクラについて姉は説明してくれた。
簡単にまとめるとこうだ。
・現実世界には痛覚があって、異世界では痛覚がない
・現実世界で死んだ場合、強制的に異世界に意識が送られる
・異世界で死んだ場合、強制的に現実世界に意識が送られる
・両方の世界で死ぬと復活できなくなる
・死んでから一定時間立つと復活できるようになる
・それぞれの世界で肉体が存在し、異世界ではログアウトした場所、現実世界ではログインした場所に肉体が保 管され、保管された肉体は意識が移るまで誰からも視認されず、触れられない。
「私もあんまり詳しくないからこれぐらいしかわかんないけど、……ちょっと待ってね、昨日一緒にやってた子から電話が」
姉は電話をしに部屋を出た。
その間に、俺は和也に確認を取ろうとするが、一向に電話に出る気配がなかった。昨日のメッセージにも返事はない。電話よろ、とだけ送って、アザクラのアプリを起動する。
そこにはただ同期開始とだけ書かれているボタンがあるだけだった。
このボタンを押すとアザクラの世界に行けるのだったら、デゥアルとかにも話を聞いてみたいから行くんだけど、姉に黙っていったら心配されるから、後にしよう。
「ごめんねケンちゃん、私と一緒にプレイしていた友達が、アザクラの姿になって不安らしいから会いに行ってきてもいい? ケンちゃんは女の子になったばっかりだから、あんまり一人にさせたくないんだけど」
「もう高校生なんだから一人でも大丈夫だよ。行ってきてあげて」
うん、実際は大丈夫ではない。
ていうか、いきなりあなたは今日から女の子ですって言われて冷静でいる方がおかしいと思う。さっきまではアドレナリンっていうか、興奮してたから何とかなってたけど、今は少しでも気が緩むと涙が出そうになる。
でも、こんな姉でも、日ごろお世話になっているのだ。こんな時こそ自分のことを優先してほしい。
「こんな時にそばに入れなくてごめんね。外に出るときの服とか下着とかは私の使ってもいいから、夜までには絶対に帰ってくるようにするからね」
姉はそう言い残し、適当な外出用の服に着替え、バイクの鍵と財布を俺の部屋から姿を消した。
服は良いとしても、弟が姉の下着を使うのは倫理的にどうなんだ。
部屋を見回しても、サングラスや全身タイツが見当たらない。試しに同期開始のボタンを押すと、俺の足元に魔法陣が現れ、一瞬でアザクラの世界に戻った。
昨日切断された場所なのか確認するために、起き上がろうとすると柔らかい何かに頭が当たった。
「お帰りなさい、ヤナ」
俺はデゥアルに膝枕されていたのだ。




