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吸血姫として現実世界を生き抜くために  作者: ふじごがつ
第二章 《守護神》 カーディン(上)
35/38

No2-23 「進化」

 俺が見下ろすは首が切断された屍。

 首からは血が、目からは涙が、口からは涎が垂れ続けている、

 体は動かすことはできないが、首から上は動かせる。

 しかし、首が繋がっていないので発声はできず、瞼も引きちぎられて目を閉ざせない。


「あたしがどんな気持ちで昨日の夜を過ごしたか想像できる?

 かえちゃんが無理やり犯されているのに、悪魔に邪魔されて阻止できなかったあたしの気持ちを!」


 九条は手にした小刀を俺の胸の間に突き刺した。

 そして、躊躇することなくへそに向かって小刀を引いた。


「――――」


 声が……でない。

 痛みは続く、永遠に。

 体と脳のリンクは切れていて、体に及んだ痛みや熱さは感じない。

 が、自分の肉体が解剖されているのを直視するせいで、絶望が押し寄せてくる。


「うわっ、そこから吐けるんや。

 長い間生きて初めて見たけどきしょいなぁ」


 うわぁ、と声を漏らした俺を持つ九条。

 その九条の目線の先には、首の切断面から流れている赤い胃液があった。


「九条はんや、人を解体するときには、こっからこう引き裂いて……」

「上手上手、もしかしてあんた、初めてやあらへんな」

「ちょっと黙って、手元が狂っちゃう」


 笑顔で指導する九条たち、額に汗を垂らしながら内臓を処理する九条。

 その表情には苦しさなんて感じさせない、爽やかさ満点の笑みだった。


「……ジビエなのかな?

 筋っぽくておいしくない」

「分類的にはコウモリやし、しゃあないわ」

「せや、炙ってみたら案外おいしいんとちゃう?」

「言われてみればそうかも。生肉がおいしいはずないもんね。

 一旦は慣れてや、九条はん。『忍法:火の玉』」


 バスケットボールサイズの火の玉が、俺の体を炎で包んだ。

 ごおごおと燃え盛り、残ったのは黒く焦げた俺の肉。

 漂ってくるのは焦げた人肉の匂い。


「味付けは本人の涙を少々」


 首を持つ九条は、焦げた肉の真上に首をかざして調味料を加えるように上下に振った。

 ぽたぽたと落ちる液体が、じゅっと音を出す。


「えーっと、……うん、焼いた方がおいしい!」

「ほんまに?

 もぐもぐ……ほんまや、焼いて正解。

 あたしらも食べる?」

「興味あるんやけど、本体が喰べへんと意味あらへんやんか」


 ――――。

 ――――――。

 ――。


「九条はんや、復讐心は晴れたかい?」

「とっても! こんなにお肉がおいしいの初めてだよ!

 あなたのおかげ。それに……嫌いな人の不幸をあたしが与えられるって奇跡!

 これでかえちゃんも浮かばれたに決まってる!」


 ――――――。

 ――――――――――。


「そこまで喜んでくれるとは。感激で涙が……」

「ちょいちょい、おしゃべりはそこまでにして完食しなさい。

 霧、晴れてまう」


 ――――。

 ――――――。


「そやけど、霧が晴れたところで助ける人は来んけどなっ」

「あはっ、あひゃひゃひゃ!」

「なにー、その笑い方、まるであたしや……ほんとに誰?

 九条はんの知ってる人?」

「いや……初めましての人」


 ――――。

 ――――――でぅあ、る?


「遅くなったね、マイシスター。

 まだ心は生きるかい?」


 姉……帰ってたのか。


「吸血鬼に身内がおるわけ……」

「話しの前に愛しの妹は返してもらおうか」


『バンッ!』


 銃声。視界が回る。顎に手を添えられ、目が合う。

 姉だ。幻覚でも偽物でもない姉がいる。


「はっはっは!

 君たちは私にとって小狐当然。

 ここで退くなら特別に見逃してあげる」


「人間風情がこの状況見てそんなこと言うもんやあらへんよ」

「待てよ、あたし。

【吸血姫】が目覚めるという万が一が起きたらあかん。

 目的は十分達成しとうからここは退却すべき」

「……せやな。

 九条はん、大人しく帰るかあたしと変わるか、どちら?」

「まだ全部食べれてっ、あぅ!」

 姉はリボルバーの銃口を九条の太ももへ向け、躊躇なく発砲した。



「私の気まぐれが働いているうちにしなよ」

「……しゃあない」

「くみほ! あたしの言う…………ふぅ、うちのものがごめんなさいね。

 帰らせていただきます」


 多重人格……いや、俺と同じなのか。

 ――どうでもいいか、そんなこと。

 もう……痛みすら慣れているような気がする。

 ひどく長い時間、なぶられていたような。


「廃人になってないかなー?

 返事は……って、首だけだと声も出ないか」


 姉はいつも通り。

 ぺちぺちと俺の頬を叩く。

 時々、この姉の倫理観が心配になる。


 九条がいなくなったことにより、背景がベランダに戻った。

 姉はどこからか俺のスマホを取り出して、


「『再生の果実』を送るから向こうの世界で食べておいで。

『同期』させるけど、きちんとすぐに戻ってくること」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ここは――、『彷徨いの森』の入り口。

 カエデと別れたところ……。


「――ああ、あうううあ」


 自分の声が聞こえる。

 手、足、指、喉……動く。


「…………うごおおおああぁ、あああああああああ!!!!

 いだっ、痛がっだ!! がった! いだっ、だあああぁ!!」


 さなぎのように足を折って、体をぐっと丸める。

 体に残る絶望感を少しでも吐きだすため、嗚咽、涙、鼻水を地面にぶつける。


 怖かった。悪夢以上に悪夢だった。

 恐怖心を煽られるのはいい、この世界に、この体になってからは目を背けたくなるようなことしか身に起きていない。

 だけど、今回は痛みが加わった。死にたいと思えるほどの痛みが加わった。


「ね、姉が来なかったら、俺は今もずっと……ずっと」


 ……戻りたくない。

 二度と現実になんて戻りたくない。

 この世界だと、あんな目にあっても痛くない。

 痛みだけは……どうしても乗り越えられない。


 しかし、戻りたくはない現実だが、首だけで生きているのは耐えられない。

 ストレージを確認すると、きちんと『再生の果実』があった。

 オブジェクト・リングで実物化し、食す。

 これで現実の体は五体満足になったはず……。


「なんで俺が……そうだ、こうなったのは全部、全部ユラのせい。

 ユラ側に付いたせいで……恨まれたんだ」


【創造主】の仲間になっていれば狙われることはなかったのに。


「それは違う」

「っ……ユラあぁぁぁぁ!

 いっ、今更っ、出てきやがって!

 どうせお前は俺が喰われてるときに、俺のことを笑ってたんだろ!」

「……想定外じゃった。

【創造主】からの全ての攻撃はデゥアルが防ぐはずじゃった」

「……ぜ、全部、デゥアルのせいだって言うのか?」

「そうではない。いや、そうなんじゃが……うまく言えんのぅ。

「ふ、ふざけてるのか。

 ユラが起きて俺と変わっていれば……」


『精神の主の権限を確認。『影化』を使用します』


「言い方が悪かったのぅ。

 主人様の不幸の根源は【創造主】じゃ。

 あやつが居なければ苦痛を被るわけがない」

「だとしてもっ、痛かった!

 ユラと違って俺は普通なんだ。

 痛いのは痛いし、嫌なことからは逃げて逃げて逃げ続ける。

 それが俺だ。……無理なんだ、地獄に足を踏み入れるなんて。

 俺はあの洞窟に篭る。何もしない、絶対、動かない。

 現実にも戻らない、絶対、痛みがある空間には行かない。

 ユラがどう説得しようが無理になった」

「我も無理は言わん……じゃが、一度は我の目を見るのじゃ」


 洗脳する気か?

 ……もう、それでもいいか。

 洗脳されれば苦痛で悩まなくなるのかな。


 恐る恐る顔を上げると、前と変わらぬ吸血姫の姿があった。

 しかし、その四肢には目立っていた鎖が繋がれていなかった。


「これを外すのに苦労してな」

「だからなんだよ。

 なにか、本格的に俺の体を奪うつもりか」

「カッカッカッ。

 そうではない、枷がなくなって進化できるようになったんじゃ」

「進化? 初めの進化なんて、してもちょっと強くなるぐらいで誤差だろ」


 一段階進化した程度で最強になれるものならなってくれ。


「そんなちんけな進化と一緒にするでない。

 主人様の肉体が進化すれば、今回襲ってきた敵など相手にすらならん。

 じゃが、進化するには100時間ほど要する」

「そんな時間を無防備に過ごさせるのか? あんな目にあった俺を!?

 進化している間に、痛みで起こされるのは嫌だ!

 絶対に認めない、認めないからなっ!」


 歩み寄ろうとするユラに、床に流れる赤黒い液体を握って投げつける。

 くるな、くるな。

 どろどろとした液体はユラの体を汚すも、歩みを止めることができない。

 俺は見てくれなど気にせず、四つん這いでユラから遠ざかる。


「安心せい。

 現実の精神は我が受け持つに決まっておろう」


 4畳ほどの狭い空間。

 逃げ切れるわけもなく、ユラの手が肩に触れた。


「いやあ! はっ、離せ! 俺に触れるな!

 痛い痛い痛い痛い! 血がどばどばって、体が焼かれて!!!」

「そうじゃれつくのではない。

 我は味方じゃよ。主人様は我なんじゃから」

「だから無理なんだってば!

 どう説得しようが無理なんだって、だって無理なんだからさあ!!!」

「主人様は良いのか?

 その情けない姿をカエデに見られても!」

「良いよ!

 どんなに罵られようが、首を切られたことのないやつに言われたって何も感じない!!」

「我はある。

 それこそ、回数なんぞ数えようものなら両手でも足りんほどじゃ」






「……痛くない?」

「襲われる心配も成長痛も起こらんのぅ。

 ただの睡眠と変わらん」

「デメリットはあるの?」

「無論、ある。

 ……人がよりおいしく感じ、太陽の下を歩けなくなる」

「そっ、そんなものを俺にしようとしてたのか!!」

「それは早とちりじゃ。

 進化についての説明をしておらんのに、質問フェーズに移ったからのぅ。

 メリットすら教えておらんじゃろう?」

「……ごめん」

「よいよい。では1から説明を。

 こほん……デミ・ヴァンプからヴァンプへ進化。

 所持する全てのスキルは強化され、称号も増えるのぅ。

 さらには身体能力が桁違いになり、現実でもスキルを使用できるように。

 あとは……体が成長するぐらいかのぅ。デメリットは先ほど言った通り」

「……もう俺は普通じゃいられないのか」

「主人様は不安か?」

「当たり前だ!

 太陽の下を歩けないのは百歩譲ってもよくは……ないけど。

 人がおいしいってのだけは嫌だ。だって俺も、九条みたいになるってことだろ。

 食べられる側になった時の気持ちが……わかっちゃったもん」

「安心するがよい。

 今まで通り腹は満たせんがお寿司やカレーも食べられる。

 それに、血液で腹を満たせるから無理して人を食わんでもよい」




「少し、考えさせてくれ。

 ……姉が待ってるんだ、一回だけ帰る」

「そうか、ならば洞窟に行って我は待っておる。

 主人様は悔いのない選択をするんじゃよ」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「あっ、すぐに戻ってねって言ったのにーー」


 姉に膝枕されていた。

 首を握る。呼吸が苦しい。体をまさぐる。手足がきちんとついている。

『再生の果実』……もっと狩るべきだったかな。


「部屋に運んでくれたの?」

「首だけだったからね。変な人きたし、引っ越しでもしようかな」

「……仕事じゃなかったの?」

「あれ? 帰るって連絡してなかったっけ。

 ともかく、服着る前にお風呂入ろっか」


 姉の一言で一糸まとわぬ姿で膝枕されていることに気がついた。

 なんで体を触った時に気が付かなかったんだ。

 ……別にいいか。

 もう痛みからは解放されたんだから。


「姉、俺……進化する。

 二度とこんな目に遭わないために」

「……そっか、もうそんな時期なんだね。

 魔族が成長するのは早いねー」

「俺、ひ、ひひ……人しか食べれなくなる。

 それ、に……太陽を浴びれなくなる……らしい。

 ……駄目って言わない?」

「ん? もしかして止めてほしかった?」

「だって、俺はもう、人じゃないけど。

 進化したら化け物みたいになるんだよ」

「なったらいいじゃん、化け物に。

 生活なら親の遺産と私の貯金があるし心配しないで」


 この姉はまったく……。


『ブーブー』


 スマホ、鳴ってる。誰からだろ……、カエデだ!

 あっ、切れちゃった。

 通知、溜まってるな。これ全部カエデからか。

 カエデにこのことを……うえっ。

 はぁ、はぁはぁ。少しでもカエデの姿を思い出すと、九条の顔が……。

 うううう、なんで被害者の俺が苦しい思いをしなきゃいけないんだ。

 あいつが、九条が悪いのに!


 ……カエデにはもう、会えないと覚悟しておいたほうがいいな。

 もしこの状態で会ったら、吐き気が止まらなくなるのは目に見えている。

 こんなに早く約束を破ることになるなんて思わなかった。


「姉は俺の味方だよね」

「当たり前なこと聞くね。

 もしかして私に慰めて欲しいの?

 いいよ! お姉ちゃんの胸に飛び込みなさい!」

「……そういうところ、安心できる。

 よし! それじゃ行ってくる!」

「はーい、行ってらっしゃーい!」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ユラ、一つ、いや……二つだけ聞いていいか」

「なんじゃ、言ってみよ」

「プレイヤーはこっちの世界、アザーワールドだっけ……で肉体は実態なのかそうでないか。あと、なんで九条が現実世界でスキルを使えた? ……やっぱ三つ、なんで俺を食べてたんだ」

「一つずつ答えようかのぅ。

 プレイヤーは魂が一つ、器が二つ存在しておる。アザーワールドと現実世界でな。

 それを『同期』で魂を移動させておるのじゃ。魂が入ってない器は別次元に保管され、魂が宿る時にこの次元に現れる」

「……つまり?」

「器にはきちんと実体があるが、アザーワールドの器は痛覚が遮断されておるから痛みは感じん。一応はゲームのていじゃからな。

 あと、九条がスキルを使えるのはスキルリングを現実に持ち込んだから。

 主人様を食べていたのは、主人様を食べると不死になれるからじゃ」

「そっか……」

「求めておった答えではなかったか?」

「ううん、ユラが素直に答えてくれるのが嬉しくて」

「カカッ、確かにのぅ。我も解放感からか浮き足立っておる。

 質問はもうよいか?」

「……起きたらデゥアルに訊くよ。

 俺……馬鹿だから」

「それは我も助かるのぅ。

 主人様よ……新たなる姿で会おう」

「うん、おやすみ……ユラ」

「カカッ! よい夢を見るんじゃよ。特段、良い夢を」


 足元が光る。赤黒い液体がこぽこぽと音を立てて洞窟内に広がる。

 生暖かいそれが体にまとわりつく。

 不思議と不快感はなく、包み込まれる安心感で一杯になる。


 ああ、これで……もう戻れなくなった。

 進化した暁には、九条をこの手で同じ目に合わせてやる。

 あの絶望をあいつに。


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