No.2-22 「オードブル」
「おはよ〜、ぐっすり眠れてそーやね」
眠い目を擦って体を起こす。
カエデはすでに着替えを終えて勉強机でシャーペンを握っていた。
よかった、昨日はちゃんと楽しめたんだ。
デゥアルの時と違って俺が攻める側で不安だったけど、最後まで攻めきれた。ちょっぴり自信が戻ったかも。
「……何時?」
「ちょうど11時やね。
ヤナちゃんって朝弱い方やったっけ?」
「……ん、起きるから……まって」
「ふふっ、別に急がんでええよ。
うちも宿題しとっただけやし」
「いや、起きるよ。
……ふあぁ〜、ねむいぃ」
昨日のことで動揺なんかしてないけど、的な口調。
朝から性なる夜を思い出したくないが、カエデの顔を見ていると脳内に焼きついた記憶が鮮明に浮かんでしまう。
頭を振って浮かんだ記憶を飛ばし、素早くカエデが用意してくれたワンピースに手を通す。
ふははは、もうワンピース如きに手こずる俺ではないのだよ。
「それで、カエデの午後の予定は?」
「何もなし!
どっかに遊びに行くんもいいけど、昨日のでめっちゃ疲れたし、今日はヤナちゃんと一緒にゲーム、アザクラでもしよっかなって。
前の昇格試験でヤナちゃんがどっか行っちゃったってものあるし」
あっ!
埋め合わせするなんて言っておいて忘れていた。
それに、ユラが起きてこないからシルバーに昇格できているのか知らないぞ。
あの男と何かあったのは間違いないが、はたして俺がログインしてもいいのやら。
というか二日前のことを言われるまで忘れていたなんて、
最近、物忘れが激しくて嫌になる。
「いいけど、お昼は一緒に食べたいな。
……せっかく一緒にいるから」
「もちろん!
冷蔵庫に食べもんはあったはずやから、うちにも家事力があるとこを見せたげる」
カエデはふふんと息を鳴らし、下準備すると言ってリビングまで向かった。
その後ろ姿を追いつつ、姉から何か連絡が来ていないかスマホを確認する。
何もなし、と。
前のお泊まりを反省して、事前に泊まるって伝えていた成果かな。
準備された食材を見るに、今日のお昼は麻婆茄子。
俺も何度か作ったことがあるので、困ったら手助けしてあげようと後ろで見守ることにした。
ぎごちない動きで茄子を切るカエデに頑張れと念を送るも、豆腐を手に乗せて切ろうとしたので、それだけはまな板でしてと懇願した。
なんやかんやで麻婆茄子は完成し、ソファで並んで食す。
カエデの両親とモミジは今日の夜に帰ってくるらしい。
だったらカエデの部屋で同期しようと考えていたが、帰りが遅くなってデゥアルに叱られたくはないので、大人しく自宅に帰ることにした。
「ただいま〜」
久しぶりに言ったただいまに反応する人は誰もいなかった。
姉は仕事だとして、デゥアルがいないのはなんでだ?
自分の部屋に鞄だけ置いて、部屋中歩き回るもデゥアルの姿が見当たらない。
デゥアルの部屋にも赤い箱があるだけ。
不思議に思っていると、リビングにあった置き手紙に気がついた。
手にとって読んでみると、日本語ではない文字が乱雑に書かれていた。
デゥアルがユラ当てに書いたのかな。
俺はこんなアラビア語みたいな文字は読めないし。
電車での移動時間もあり、これ以上カエデを待たせたくなかったので解読するのを諦めて『同期』する。
「……勝手に動き回るのはいいけど、ログインする場所が違うのはどうにかしてほしいな」
今日はカーディンの中心にある大きなお城の門の前に出た。
視界にはいつも入っていたが、近くまで来るのは初めてだ。
腕を組んでお城を鑑賞していると、至る所に埋められている装飾から聖なるエネルギーが身に降り注ぎ、吐きそうになるほどの不快感が襲ってきた。
絶対、魔の者に対する特攻がついてるよ、あのお城。
ユラがずっと起きなかったのも関係ありそう。
ううっ、こんなこと考えてないで、早くおっさんの店まで行かなくちゃ。
道に迷いつつも、無事【オブ・ファクト】に到着。
店の前には看板と睨めっこをするおっさんが一匹。
俺に気づいたおっさんは、
「よぉ、あいつなら奥でくつろいどる」
と、店の扉を指した。
まだおっさんとの距離感を掴めていない俺は軽く会釈をして入店した。
「30分ぶりやね。
……そんな装備で大丈夫か?」
怪訝に言われ、自分の姿を確認する。
派手な紅のドレス『炎憐なる吸血鬼殺し』ではなく、紫色の魔法使いが使うようなローブ姿。
このローブだと顔を隠すのも簡単で紅のドレスと違って身バレ? していないから注目も浴びないはず。
称号の効果はないけど、目立たない方が俺に取って魅力的だ。
「そのつもり。
……もしかして前の服のほうが似合ってた?」
「いやっ、どっちも似合っとうよ!
ほんま似合わん服がないくらい元のビジュが完璧やから安心して」
茶番のつもりだが、正面切って言われると小っ恥ずかしい。
こほん、と咳払いをして話を変える。
「実は俺、昇格してるかわかんないんだよね」
「わかんない?
どっか飛ばされたからうちとは違うんかな」
「カエデの方はどうだったの?」
「うちのは役職クエストの延長線。
魔物を倒したり、師匠にスキル教わったりしたで。
おかげで役職スキルと新たに二つのスキルをゲットしちった」
補足をお願いすると、よくあるRPGのメインストーリーみたいな体験をしていて嫉妬した。
師匠だって、強大な敵がいるって、自分には隠された力があるって……いいなぁ!
俺なんか周りに振り回されてばっかだっていうのに、そんなキラキラした冒険を歩みたかった!
「ひとまずギルドまで行こーや。
どうせ受付の人に言ったら教えてくれるやろ」
「うん、カエデは準備できてる?」
「もちろん!」
看板を移動させていたおっさんに挨拶をして店を出る。
ギルドまでの道中。
カエデから新たに手に入れたスキルについて教えてもらった。
「えっとな。
元々持ってたんが、『弓術、爆・凍』の二つと、『身体強化』。
『弓矢生成』と『狼牙』が増えたんよ。
永遠の矢筒があるから『弓矢生成』の方は意味ないけど」
「狼牙ってどんなの?
牙が生えたりするの?」
「いんや、伸びた爪で引っ掻くスキル。
小さい木ぐらいやったら切断できるし、強いとは思うんやけど……はぁ」
弓を本職にしたいカエデにとって、接近戦のスキルは好みではないらしい。
かといって、木を切断できるスキルが弱いなんてありえない。
複雑な気持ちになるのは当たり前か。
「俺のなまくらを作るスキルより強いじゃん!
あとあと、役職スキルは?」
「うう〜ん、それもなぁ。
……獣人の方に寄っちゃって【野生の本能】っていうめっちゃ身体能力あがるやつ。
弓使いの方も選べたんやけど、師匠に強制されたんや」
「カエデの師匠か。
一応訊くけど、この世界の住人だよね?」
「ん? うちも詳しくは知らんけど、半々って言ってたかな。
おっ、話しとったらあっちゅう間やね」
半々……つまり過去のアザクラで取り残された人のことなのか。
カエデはそんなこと気にする様子もなく、人で賑わっているギルドに入っていった。
人と人の間を器用に通り抜けるカエデを見失わないよう後ろを付いていく。
「……っ、待ってよ、カエデ」
「ああ、ごめんごめん。
実はな……冷静になってたつもりやねんけど、さっきまでヤナちゃんの顔見とったから、こころがぴょんぴょんしとうっていうか、なんというか……。
まままま、ヤナちゃんのはだっ……昨日の姿がめっちゃ目に焼き付いてて、朝から余裕を見せんとって気ぃ張ったんやけど、も〜ね、ねっ! 夢やないってことが嬉しすぎて、ほんまうち、人生で一番幸せってレベルで浮ついちゃっとうわ。ほんま恥ずかしい」
カエデはもじもじと照れた様子で言う。
早口で聞き取りにくい部分や、周りの声が邪魔をして内容は聞き取れなかったが、適当に相槌を打つ。
すると、カエデは俺に背を見せたまま、声を震わせながらも言葉を伝えようとした。
「こっ、今度はうちがヤナちゃんのこと……幸せにしたげるから、またっ、と、泊まりとか……せえへん?」
「いいけど、ずっとカエデの家だと迷惑かもしれないから、次は俺の家にこない?
姉もたまにしか帰ってこないし、カエデの家から電車で3駅だし」
「――ほんまっ!? ぜったい、ぜ〜〜ったい行く!!」
「遊ぶゲームとかはないけど……」
「平気やって。
……ふふっ、ヤナちゃんの生活臭を嗅げる、めっちゃ楽しみやわ」
カエデはふへへ、と不敵な笑みを浮かべる。
何の気なしに家へ誘ったが、冷静に考えると俺の部屋に女の子を招いたことに気がついた。
もっと先のことをしているのに今更そんなことで緊張する?
――もちろん、理屈じゃないんだよ、理屈じゃ。
「俺は受付に行ってくるから、カエデはクエストでも選んでおいて」
「ええけど、先に謁見のクエスト消化しないん?」
聞き覚えのないクエスト名を言われ首を傾げると、
「【創造主】が言ってたやつやん。
次の都市に行くために必要な特殊なクエスト。
これはヤナちゃんも一緒やと思うし、昇格しとったら受付の人から説明してもらえるわ」
そんなクエストを聞いた覚えはないが、ひとまずランクが昇格しているかどうかだ。
受付の人に話しかけると、ギルドカードを渡すように言われた。
「お疲れ様です。
昇格クエストをクリアしたため、ヤナ様のランクはシルバーになりました。
報酬として特殊クエスト『王の謁見』、『ニーベングへの軌跡』を受注できるようになります。
ギルド一同、ヤナ様のご活躍を期待しております」
受付から銀色に輝くギルドカードを返却される。
きちんとクリアしてるじゃん。
ユラのやつ、昇格してるなら言ってくれないと心配になるだろ。
「カエデ〜、ちゃんと昇格してた!」
「おお! よかったよかった。
ほんなら一緒に『王の謁見』受けようや。
もう一つのクエストは9日まで受けれへんし」
「カエデはどんなクエストか知ってるの?」
「お姉ちゃんから聞いたからね。
『王の謁見』は山の上に大きなお城があるやろ?
そこに『聖王』ってこの国を統治している王様がおるから挨拶しにいくねん」
「……それだけ?」
「そっ、なんか貰える時もあれば、何もなしの時もある。
別に気構えんでええ。ヤナちゃんも行けるようなったし、早く終わらせちゃおっか」
この辺でお城と言われれば一つしかない。
不快感が襲ってきた白く神々しいあのお城。
クエストのためだとしても足を踏み入れたくないが、特殊クエストという言葉に弱い俺は、しぶしぶカエデに付いていった。
お城に近づくにつれ鳥肌が立ってしまう。
今からでも引き返すか?
そう考えるも笑顔のカエデに言いづらく、躊躇っていた間に到着してしまった。
聖なるオーラに当てられたまま門を通ると、ここに並べと言わんばかりに長蛇の列ができていた。
「ちょい待っといて」
カエデがそう言うと、列に並んでいた人に話しかけに行った。
行動力に感心するも、俺は付いていくことはせずにカエデが戻るまで待つ。
「あんな、王に謁見するには並ばんとあかんらしい。
めっちゃ長い列やけど、ずっと動いてるから10分ぐらいしか並ばんって」
「ほんとだ。
……てか、こうしてる間に列が増えてるじゃん」
プレイヤーの数が多く、カエデと話している間にも人が並んでいっている。
すぐさま最後尾に並び、体を縮こませて鳥肌を抑える。
「さっきから体調悪いん?
別に急ぎやないから落ちてもええけど」
「んー、体調は悪いけど、お城から出る聖なるオーラのせい。
そこまでじゃないし、すぐに終わるんだから頑張って我慢する」
「ほんまに?
でも限界やったらうちに言わんとログアウトしてええから」
人から心配されるのは意外と心地いい。
立てないほど悪いわけでないが、カエデの温もりに甘えるためによろけたふりをしてカエデの体に体重を預ける。
「俺の番が来るまで……お願い」
「しゃーないなぁ。
抱っこしてあげるから目を閉じといてええよ」
カエデはよいしょと俺の体を軽々持ち上げてお姫様だっこをする。
プレイヤーの視線を集めるも、聖なるオーラが抵抗する力を抑制しているので、ぎゅっとカエデの胸に頭を埋めた。
「――お〜い、もうちょっとやから自分で立つ?」
「うん、……寝てたかも。ごめん」
「寝ちゃうほど体を気に入ってくれてるってことやから、うちとしては嬉しいんや。
そんじゃ降ろすで〜」
「――しゃたっ……と。
早く脱出したいから先に行かせて」
と言い、カエデの返答を待たず開いた扉に駆け込んだ。
聖なるオーラの影響は凄まじく、寝ている間にも体力を削られていた。
外観を気にする余力すらなく、【聖王】らしき人物が座る玉座の前で倒れる。
「ヤッ、ヤ……んんっ、やあやあ。
スライディング入場とは珍しい」
「王の前の姿勢じゃないけど、無視して進めてくれ」
「ふはっ、その傲慢さ、嫌いではない。
ほんの数分で済むことだ。
脳に記録しておけ……ん? 貴様、もしかしなくても魔族だな」
あれっ、バレるの早くね!?
まだ出会って数秒なんだけど、殺されちゃわない、俺。
だって【聖王】だよ? 聖なる王だよ。
魔族は敵だ、なんて叫びそうな王じゃん!
突如として死を感じたせいか思考がクリアに、体のだるさがなくなった。
だが、俺が全力だとしても勝てる相手ではない。
命乞いをしようか迷っていると、
「多分やけど、あの子に潜んどう何かのせいで魔族やと勘違いしとるんちゃう?」
玉座の横で空中に座っていた仮面の女の子が、浮遊しながら近づいてきた。
「……我慢し〜や」
耳元で囁かれる。
この囁きボイス、なんだか聞き覚えが。
そう思って束の間、女の子の指先に作られた魔法陣から弾が飛んできた。
「ほら、【聖王】さん。
間違いは認めなあかんで」
飛ばされた弾は着弾することなく、俺の影から生えてきた赤い剣によって破壊された。
赤い剣は刀身を顕にすると、俺の意志に関わらず仮面の女の子に向かって切りかかった。
ユラが護身用にでも隠していたのか、なんて思いつつ制御できない剣に呆気にとられていると、いつの間にか玉座に座っていたはずの【聖王】が赤い剣の柄を握っていた。
「悪かったが、こいつを処理するのは俺なんだぞ。
お前も【法王】としてだな」
【聖王】は刀身が伸びて暴れ回っている赤い剣を鞘に戻すように、切先を左掌に刺した。
「意志を持った魔族の剣か。
こいつが眷属に監視される理由はなんだ」
「はいはい、時間押しとうからさっさとあの子に説明しいや」
「ちっ、あー貴様。
さっき起こったことは記録しなくていいぞ」
赤い剣を取り込んだ【聖王】は、面倒臭そうに玉座に戻る。
四つん這いで【聖王】と【法王】の顔を交互に見るも、何一つ説明されることはない。
「――本題だ。このクエストは魔族でないかの確認だけ。
問題なかったな。あと、見込みがあるものには魔道具をプレゼント。
詫びも含めて、『聖王の紹介状』と『錆びた指環×4』を与えようぞ。
詳しくは自分で、な。
はいおわり、次の者を案内しろ」
「ばたばたでごめんね〜。
色んなこと訊きたいけど、今日はばいば〜い」
『パンッ!』
仮面の女の子が手を叩く。
その音が聞こえた瞬間、俺はおっさんの店に飛ばされていた。
「うおっ!
急に現れんなやっ」
「ご、ごめんなさい。
【聖王】って人と話していたら、急に飛ばされて」
「あ〜、そりゃ【法王】様のスキルだな。
気にするこたぁない。カエデのやつにここだって伝えとけよ。
俺は店に戻る」
方法は乱暴だけど、あの【法王】は俺をお城から離れさせてくれたってことだよな。
それに、魔族ってことを騙して助けてくれた。
でも、俺を守っていたであろう剣は壊したんだよな。
うーん、味方か敵かよくわからん。
……こればっかりは考えていても仕方ないな。
カエデには連絡したし、戻ってくるまでは貰ったものを確認するか。
『聖王の紹介状』
ニーベングに辿り着くと、その土地に詳しいものが都市を案内してくれる。
『錆びた指環×4』
かつて世界を支配していた指環の模造品。
黄金を失った指環には微かな力すら残っていない。
装備することで呪いを吸収できると言われているが、成功した事例は数少ない。
次の都市で必須になるアイテムっぽいな。
暇を潰すために指環を全て実物化し、左手の親指以外につけていると、天井からカエデが落ちてきた。
「いたた〜、もうちょっと優しく移動させてほしいわ。
っと、体調は戻った?」
「うん、カエデも送ってもらったの?」
「そうやけど、もう次からは頼まん。
ってか、指環そんなにもらったんや。
うちは2個やったわ」
「詫びって言ってた。
紹介状は?」
「もらった。
多分やけど、あっちの世界観とか説明させるNPCがいるんやろ。
ほんじゃやるこたやったし、経験値と素材を荒稼ぎに〜」
「「しゅっぱ〜つ!」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あっ!」
「急にどうしたの?」
「晩御飯の時間になったん忘れてた!」
言われて時間を確認すると、既に時計は19時を回っていた。
「じゃあおしまいにするか。
姉は帰ってくる予定だし、俺もご飯を作らなきゃ」
「頑張ってね。
……ちなむんやけど、夜って電話とかもしてええ?」
「ん? 当たり前じゃん。
俺だってカエデと話したいこといっぱいあるよ」
「や、ヤナちゃん!!」
「カエデ!」
別れを惜しみ、ぎゅーと抱き合うも力の関係で俺の骨は悲鳴をあげた。
カエデが満足するまで抱かれてから現実に戻り、デゥアルを探すも見当たらない。
デゥアルがいないのなら、俺が晩御飯を作らないと。
冷蔵庫に何かあったかな。
『ぴんぽーん』
インターホンだ、珍しい。
姉かデゥアルが鍵を忘れたのかな。
いつもなら確認なしに扉を開けていたが、デゥアルに念を押されていたのもあり、何かを感じたのもあり、廊下からリビングに引き返して受話器を取る。
「……もしもし」
電話の癖でもしもしと言ってしまった。
はっとするも、すぐに返事がこない。
しかし、はぁはぁと荒れた息遣いが聞こえてくる、不審者か!?
なんて身構えていると、
「昨日ぶり、だね。
覚えているかな。あたし、九条。
かえちゃんの元恋人。
ちょっと……あんたと話したいなー、なんて。
開けてもらってもいい?」
一度しか聞いたことはないが、確かに九条の声だ。
印象深いシチュエーションで聞いたんだ、間違いようはない。
でも、なんで俺の家を知っているんだ?
カエデが教えるわけ……そもそもカエデも知らないか。
だとしたら、【創造主】かユラの二択。
「なんで俺なの?
話があるならこのまましゃべってよ」
「いけずやな〜。
……あれ、あれれれ、あれれれれれ。
もしかして、あんた一人?
あんたを愛している保護者さんはいらっしゃらない?」
「……【創造主】」
「おや、察しはええんかい。
やとしても、ちゃんと否定せな認めたことなんで。
あんたは警戒うっすいな。
ほんま、デゥアルはんはかわいそう」
『ガチャガチャ!!
ガチャ、ガチャガチャガチャ!!』
ドアノブを無理やり捻り始めた。
家のセキュリティを怪しんでいる訳ではないが、簡単に壊されてしまいそうなほど強烈な金属音を発している。
だが、少なくとも時間は稼いでくれている。
その間に受話器を手から離してベランダに移動する。
ここは2階。
ベランダから飛び降りても痛いぐらいで骨折とかはしなそうだけど、外に出るのは得策か?
相変わらずユラは寝てばっかだし、デゥアルは……部屋にあったあの赤い箱がそうか!?
時間的に今更起こしても反応してくれるとは思えない。
くそっ、くそ!
こんなことならカエデの家に泊まっておくべきだった。
ふぅ……ドアノブが破壊されたらリビングから飛び降りて駅に走る。ドアノブが破壊されたらリビングから飛び降りて駅に走る。ドアノブが破壊されたらリビングから飛び降りて駅に走る。
よし!
『ゴガギゴ!!』
今!!
裸足のままベランダの柵に足を掛けて、勢いを殺して地面に落ちる。
5点着地なんてできないが、それっぽい体勢を取ろうとするも、俺は背を汚すことはなかった。
「ナイスキャッチ、あたし」
「あたしだから当たり前やん」
「ほな、どこで話そうか。
あたし的には、誰も邪魔しいひんところがいいんやけど」
ベランダ側に待機していた九条にお姫抱っこで確保された。
策がないと正面から来ないよな。
しばらくして、他の場所で待機していた九条が集まってきた。
「やさしく、してくれる?」
「「「えっ! 無理!!」」」
「あんたの家はあいつがおるやろ。【カラクリ屋敷】……はクールダウン中やから、『忍法:隠し隠かれ雲の中』」
一人の九条がスキルを発動すると、景色一面真っ白になった。
聴こえていた風や蝉の音が消え、どこかに幽閉されたのだと理解した。
別の場所に飛ばされる。
こんな経験は【創造主】のせいで慣れてしまった。
そんなことより、
「なんでスキルが使えるんだ?」
「あたしに聞かんといてや。
――ほんなら九条はん、変わるんやけどちゃんとできる?」
「安心して、あたしはこいつを怨んでるし、【創造主】との約束もある。
(ああ、待っててね。かえちゃん。あたしがこの悪魔を殺して、かえちゃんを元にもどしてあげるから)」
「その前にうるさいんは嫌やから」
「うん、首からちょん、ねっ」
瞬間、視界がひっくり返った。
かひゅーと宙に広がる空気と千切れた肌と、舞い散る血液。
それに、今までは味わうことのなかった痛みが、脳を駆け巡った。
首が……飛んだ。
頭が跳ねた、息が止まった、けれど痛みは止まらない。
「どうせなら自分の食べられるとこ、見せたげへん?」
「いい案。あたし、首を立てといて」
「うわ〜、あたしったら最悪なことを考える。
やけどあたし、そういうん大好き」
叫びたい、死にたい、見たくない。
だけど、意識だけがはっきりしていて、口も、目も何もかもが動かない。
一人の九条に髪を持ち上げられ、切り離された体のそばまで近づける。
「瞼もいらんな」
「こっからが面白いんや。
瞼かっぴらいて見るんやで、……って、もう開く瞼もないやんか」
ほんの数分前までは幸せだったじゃんか。
わざわざ現実で襲ってきやがって、向こうの世界なら痛みはなかったのに!!
「上手いっ、さすがあたし。
座布団一枚あげちゃう」
九条を憎むと同時に、楽観的だった俺を殺したくなった。
なんでさっきの間にアザクラに『同期』しなかったんだ。
『同期』できていたら、これからされること全部、俺が体験しなかったのに。
「ほな、九条はん。
このお肉食べて不死になろっか」




