No.2-21 「くみほ」
宿っていた狐の魂が目覚める前に終わらせたかったですが、こうも復活に時間を取られると無理ですね。
持て余した時間を有効に使うべく、ヤナの行為を覗いたり振り子のように揺れる九条の頭を指で弾いて遊んだりして復活するのを待つ。
一度ヤナと致したのは愚策でした。
私との行為が良すぎたのかヤナの欲情があまり高まっていない。
カエデと私では技術に差があるとはいえ、愛情やシチュエーションで興奮すると思っていたのですが。
……過ぎてしまったことは考えるだけ無駄ですね。
私にできることは、あの行為を邪魔させぬよう使徒を抑えることぐらいしかない。
そろそろですか。
一定のリズムで頭を揺らしていた指に溜めを入れて弾き、九条の頭を180度回転させる。
がこんと首の骨が繋がる音が反響した後、透明な尻尾が再び生えた。
流れで首を折ろうとするも、『ボン』と破裂音と煙と共に九条の姿が消えてしまった。
「けほんけほんっ。
ふぅ、相変わらず容赦あらへんなぁ、魔神の使徒はんは」
霧のように広がる煙を手で払い除けると、甚平の上着を緩めて胡坐をかく九条がそこにいた。
溢れていた魔素を抑えて、話し方にも先ほどとの差異を感じる。
「そちらこそ、寄生虫なのは相変わらずで」
「寄生虫て、寄生虫……きせっ、ちゅう。あははははっ。
上手いこと言うねぇ」
宿っていた狐が表に出てきてしまったか。
こうなると面倒事では済まなくなってしまう。
交友のある妖狐だと期待したが、こんなに下品な妖狐の知り合いはいない。
「せっかく笑わしてくれたけど、創造主との約束があるさかい手加減はできひんで」
「そのようなつもりで言ったわけではございません」
「……ほんならはじめよか。『忍法:空蝉陽炎』」
地を舞う煙が舞い上がり、蜃気楼で九条の偽物を何体も生み出す。
偽物を一体でも逃すと取り返しがつかなくなる。
すぐさま出入り口まで移動し、拳で九条を打つも、その全てが煙となって朽ちていく。
いくら妖狐とはいえ、取り付いた九条の所有するスキルしか使えないので幻術は考慮しないでいいだろう。
「スキルは使わへんつもりなん?
それとも使えへんのかいな」
「……ええ、事情があって使えません。
なので、あなたもスキルを使うのをやめてくれませんか」
「ほんまかいな?
まぁ確かめたらええことや。
【カラクリ屋敷】」
一人の九条が手のひらを地面につけると、私の足元に展開された黒の箱が現れ、逃げる間も無く箱の中に取り込まれた。
一瞬の暗闇の後、私は和式の部屋の中心に立っていた。
役職スキルでどこかに幽閉されてしまったのか。
これでは現実にいる九条を止めることができない。
しかし、この部屋から出るにはスキルを使って部屋を破壊するしか。
迷っている間にも、あちらこちらから矢や斧、縄などの飛び道具が発射されてくる。
九条を止めることと魔素の貯蓄を天秤にかけた結果、九条を止めることに天秤が傾いた。
こんなチンケな部屋など焼き払えばどうとでもなる。
「『風火炎の変』」
パチパチと燃える炎が部屋を燃やす。
幽閉された屋敷の大きさが想像よりも小さく、あっという間で【カラクリ屋敷】から脱出できた。
所詮は初心者レベルの役職スキル、もう少し魔素の消費が少ないスキルで良かったが、反省は後回し。
案の定、九条の姿は残っておらず最高速度で店の外に出る。
……あそこか。
今から走っても追いつけるか微妙な位置。
一度スキルを使ってしまったのなら、躊躇う意味はない。
「『血剣:極:天蛇苦』。
あそこにいる狐を捕まえろ」
魔素の消費は多いが、時間経過で『血剣』は消えない。
この戦いが終わればヤナにでも渡せばいい。
腕に無数の切り口が生まれ、そこから流れ出る血で身の丈ほどの骨のような剣を顕現させる。
持ち手を握り、釣り糸を遠くに飛ばす要領で九条に向かって剣を振るう。
すると、剣先が伸びて空中を駆け抜け、かなりの距離を離れていた九条の背をものの数秒で射抜いた。
偽物ではないのを確認し、持ち手を後ろに引いて九条の体をこちらに引っ張る。
九条の体が地面に着く前に『血剣』を操作して体を粗みじん切りにする。
「あと6」
「っ、……余裕ぶってんとちがうで!
この、悪魔!
一本使用、スキル時間解消【カラクリ屋敷】」
九条の千切れた体は地面に散らばることなくすぐにくっついて再生した。
飄々としていた態度から一変、腰に生える尻尾を乱暴に引きちぎり、再度私を和式の部屋へと赴かせた。
この部屋の対処は既に済んでいる。
「『火人変』」
「はやっ、ならもういっぺん。
一本使用、スキル時間解消【カラクリ屋敷】」
「『火人変』」
「一本使用、スキル時間解消【カラクリ屋敷】」
「……『火人変』」
これで今生えている尻尾はなくなったが、相手の目的かわからない。
今までは時間稼ぎとして使わず、ひたすらに火力を上乗せするのに妖狐の尻尾を消費していた。
創造主からの指示が変わったのか?
だとしたら私は……。
部屋が燃え尽きて現実に戻ると、先ほどまで焦っていた姿が演技だったとわからせるように九条はだらけた姿勢で地面に座っていた。
しまった。
どうせ前と同じだろう、と思考を放棄して戦ってしまった。
何百、何千年と方法が変わっていなかったから油断した。
「あら、今頃気づいたんや。もう遅いけど」
「……だからなんです?
失敗したとしても、あなたをあと六回殺してしまえば関係ありません」
「むりむり。
あんた、魔素があらへんとこでどんだけスキルつこたんや?
内蔵している分もすっからかんになったと思うけど、ん?」
「だとしても、私には悪魔の力が」
「【創造主の使徒】に【悪魔の称号】は効かへんよ。
そんなんも忘れるほど? まだ序盤じゃんか。
お互いに水面下で泳いでようやで。
この地域の住民が大半死ぬと地上に引き上げられんで。
おっ、迎えが来たみたいや。
あたしは元の魂と仲良うなるさかいさ、あんたも仲良うなった方がええ思う」
くみほの言い分を理解できるまでは冷静だ。
確かにここで悪魔の力を解放すると周辺の住人は只では済まず、カエデにも影響が及んでヤナから強烈な嫌悪を示されていたかもしれない。
今は自分の失敗を反省してこれ以上状況がひどくならないようするべきか。
「であれば、私からも一つ【創造主】に伝言を。
全てを終わらせたいのなら、完成するまでヤナに手を出すな、と」
「伝えとくわ。
あたしの名前はくみほ。あなたはデゥアル・クリムゾンだっけ?」
「いえ、それは私の名ではありません。
しかし、今はデゥアルということにしておいてください」
「敵さんやけど、えらい難儀してはんね。
覚えておきます。あんたの顔と名前を」
何の気なしにくみほに『血剣』を向けるも、伸びた剣先はくみほの体をホログラムのように貫通した。
そのことに対してくみほは怪訝を示すことなく、ばいばいと手を振って奥へ奥へと歩き、下駄の音と共に街へ消えていった。
肉体の損傷はないが、思いのほか魔素を消耗したせいで倦怠感が体を重くさせる。
くみほの言う通り、アザーワールドで貯蓄していた魔素は半分を切ってしまった。
現実世界で魔素を補充するには自動回復しかない。
このタイミングでヤナを見守れないのは不安しかないが、次の都市が解放されるとくみほだけでなく、他の刺客も送ってくるはず。
「天蛇苦、その血尽きるまでヤナを守れ」
私が眠ってしまう間、ヤナの護衛は『血剣』に任せよう。
生活についてはユラ様がいるし、アザーワールドだとファーもカエデもいるから心配は……ないと思おう。
事前に準備しておいた魔道具で自宅に帰宅する。
かなり汗をかいてしまったが、シャワーを浴びる時間すらもったいない。
ヤナの部屋から真っ白な紙とペンを拝借し、ヤナに外出をできるだけ控えること、ユラ様の指示を完璧に遂行すること、九条には気をつけろと、伝言を残す。
くみほが殺す気で戦っていれば、私の力でカエデが死んでいたかもしれない。
カエデが死ねば、ユラ様は戻らない。
くみほを、九条を殺してしまえば、カエデが自責で塞ぎ込んでアザーワールドにログインしなくなったかもしれない。
魔素の消費でそんな最悪を回避したと納得しよう。
……それでも。
本当のデゥアルならこんな些細なミスはしなかった。
今回のミスだけでユラ様が癇癪を起こすことはないとわかってはいるが、アザーワールドのために、死んでしまったデゥアルのためにも、ユラ様に私がデゥアル・クリムゾンだと錯覚させ続けなければ未来はない。




