No.2-20 「黒ビキニこそ至高-1」
「――ください。
起きてください、ヤナ。
今日はカエデ様とのプールの日ですよ」
体を揺すられ、目元を擦りながら起き上がる。
俺が起きたのを確認すると、デゥアルはカーテンを開けてからリビングへ戻っていった。
みっともない欠伸をして、ベッドから出る。
普段なら起きた直後は、暑さに構わずベッドでだらだらとするが、今日はなんだがスッキリとしていて目覚めが良い。
寝た時間は……覚えてないけど、9時とか10時とか早い時間に寝たのかな。
体も不思議と軽い気がする。
昨日はカエデと遊んだぐらい……あっ。
ダボっとした寝巻きの首元に歯形が見えた。
赤くなっているそれを指先で触れると、快感に似た痛みを感じ、全てを思い出させた。
俺、昨日……なりゆきとはいえデゥアルとやったんだ。
――待って!
今日プールだよね。
俺が着る水着って露出が高かったような。
歯形が隠れないじゃんか!
プールに行けば、上着を羽織ったとしても、カエデにビキニ姿を見せてってお願いされるのは容易に想像がつく。
約束の時間は知らないが、今日中に跡がなくなる訳がない。
筋肉痛の足を必死に動かしてリビングまで走る。
鼻歌混じりに朝食を準備するデゥアル。
「席に座ってお待ちください」
いつもと同じ口調だ。
汗だくになりながらも体をまじ合わせていたのに、一夜明けると日常に戻っている。
俺はデゥアルの顔を直視できないのに……これが大人の余裕というやつか?
いやいや、ここで引き下がっていては、カエデの水着姿……違う、プールを心の底から堪能できない。
デゥアルの腕にちょんと触れて、デゥアルの視線を俺の首元に誘導する。
「これっ、どうしたらいい!?
カエデにバレたら……」
「それほどまでに慌てなくても。
対処はしてあげますから、先に朝食を食べてください」
「ほんと? ほんとに消せるの?」
「ヤナが私の血を吸えば、その程度の傷はすぐに治ります」
デゥアルはそう言って、俺の背を押して席に座らせた。
目の前には、焼けたパン、小皿にバター、苺ジャムが添えられ、デザートに向かれたりんごが二切れ。
バターナイフでパンを真っ赤に彩らせる。
ぱくっと一口。
さらに一口。
ジャムを口の端につけながら食べ進めていると、色付きのジュースが入ったコップを俺の前において、隣に座ったデゥアルがディッシュで俺の口を拭く。
まだ食べ終わってないからいいのに、と思いながらパンにジャムを足して完食する。
起きてから水分を摂っていないのと、パンの生地が合わさって喉がからからになったので、デゥアルが持ってきたジュースのようなもので喉を潤す。
「ぷはっ。……何これ?
苦味でうえってなるけど、ちょっぴり甘いし、さらさらする」
「採れたて新鮮の私の血液です。
苦いのは毒のせいです。我慢してください」
半分ほど残っているコップをライトに掲げる。
目算で300mlほどの血液。
こんなに摂っても動けるのか?
貧血で倒れられたら遊ぶどころではなくなってしまう。
「こんなに出して平気なの?」
「その量の10倍までは許容範囲です。
足りないようでしたら、直接飲みますか?」
デゥアルは手を拭いてから、顔を傾けて襟を引っ張り、はだけた首元を見せつけてきた。
滑らかな鎖骨の出っ張りに、きめ細やかな肌。
ここで噛みついてしまえば、今日1日は穏やかに過ごせないと悟り、コップの血液を全て飲み干して、皿を台所まで運ぶ。
「……ていうか姉は?
昨日の内に帰ってくるんじゃなかったの?」
「お姉様ですか?
仕事が長引いたそうで、現地集合に決まりました。
私たちは車で行きますので、あと一時間ほどで出発しますよ」
「うん……でも、用意なんて水着くらいでしょ」
「ええ、持っていくものの準備は終わっていますので、あとは着替えぐらいでしょうか」
デゥアルは床に並べていた3つの片手で持てるサイズの鞄に視線を送った。
俺だけでなく、姉の分まで用意するとは、これができる女というやつか。
あとは俺の鞄に、カエデから借りていたワンピースを入れれば万事OK。
着替えのため、自分の部屋に戻り、寝巻きを脱いで下着姿になる。
体を見下ろすと、あちこちにあった噛み跡がなくなっていた。
それに、足の筋肉痛も治っている。
噛み跡があった場所に触れても、瘡蓋すらなく、白くてもちもちした肌で少し、物寂しくなった。
吸ったらすぐに治るんだ。
あんなにデゥアルが必死に噛んでたのに、こんな一瞬で消えちゃうんだ。
勿体無い……なんて思っちゃダメ!
昨日はユラのせい、ユラのせいでデゥアルとやっちゃったんだ。
もう一回したいだなんて考えちゃダメ、これは浮気に……。
そうだよ、浮気だよ!
カエデに知られたらまずいどころじゃない。
……デゥアルに口止めしないと。
思いついたら即行動。
大事なことを後回しにして忘れちゃったら目も当てられないから。
下着のままリビングへ行こうとしたが、ただでさえ目を合わせられないのに、裸同然の格好だときゅんきゅんしちゃいそうなので、脱いだ寝巻きを着てからリビングまで走る。
洗い物をしているデゥアルに向かって、
「昨日のこと、ぜったい、ぜ〜〜〜ったい、他の人に言わないで。特にカエデ! わかった?」
「……はあ。
わかり、ました」
煮え切らない返事だったが、言質は取れた。
これでカエデの水着を堪能できる、ふへへへ。
思えば、俺の部屋には男物の服しかなかったので、姉のクローゼットからカエデが好きそうな服を見繕う。
カエデは前に、清楚系のロングスカートを試着させてきたよな。
清楚系……とにかく露出が少なくてシンプルなものでいっか。
……くそっ、姉の持っている服はストリート系ばっかで、俺の体に合うものがない。
そういえば、姉は俺が試着した服を全部買っていたような。
俺の水着があるって考えれば、カエデが選んだ服もリビングにあるはずだ。
自分の部屋からカエデに借りたワンピースを取ってから、もう一度リビングへ戻って、デゥアルに訊いてみる。
「カエデ様が選んだ服、ですか?
……この紙袋に入っています」
「ありがと。
あと、このワンピース、俺の鞄に入れておいて」
「わかりました。
着替えが済んだら歯を磨きましょうか?」
「それぐらい自分でできるからいい!」
強く扉を閉めた後、紙袋を抱えて洗面所へ向かう。
寝巻きを洗濯機に入れて、テキパキと着替えを済ませる。
……こんなもんか。
鏡に映らないからスカートの裏表がわからないけど、大丈夫か。
最後に歯を磨いてっと。
ぐちゅぐちゅ……ぺっ。
顔を上げてタオルで口を拭くと、鏡にデゥアルが写っているのが見えた。
「きちんと磨けましたね」
「わざわざ見てたの?」
「私はやることがありませんし、ヤナの寝癖でも直そうかと」
「あ〜、じゃあお願い」
デゥアルは頷いて、電源を入れていたヘアアイロンを手に取り、俺の髪を櫛でときながらヘアアイロンで挟む。
頸に感じる熱が、動いたら危ないと警告してくる。
ただ寝癖を直すだけなので、数分も経たずに終わった。
「少し早いですが出発しましょうか」
「荷物はあの鞄だけだよね」
「はい、私が持ちますので、ヤナは戸締りを」
「一つぐらいは持つよ」
「ですが……、わかりました。
忘れ物はありませんか?」
「用意したのはデゥアルなんだから、俺に聞かれても」
デゥアルはそうだったと、はっとしてから、俺の頭を整えて洗面所を去った。
服装は何も言われなかったし、これで安心だ。
リビングへ戻り、スマホと財布を鞄に入れて肩にかける。
靴は、サイズが合うものがなく、歩くのが比較的ましな姉のサンダルを履くことにした。
法定速度で走ること三十分。
到着したのは近場で最も大きなヒラキャタパーク、通称ヒラパー。
……免許について尋ねるのは野暮というやつだ。
テレビのCMでよくみるけど、来るのは初めてな気がする。
姉はいつも忙しいし、一緒に遊ぶ友達はいなかったから当たり前っちゃ当たり前だ。
一人でプールに行くなんて考えには常人だとならないからな。
車を駐車場に停めて入り口へ向かうと、屋根のある自動販売機の近くに、見慣れた姉と、なぜかルミナが楽しげに話していた。
「おっ、ケ……ユラちゃん! こっちこっち」
「ヤナきゅんじゃん〜、どもども、何日かぶり〜」
「久しぶり、……二人って知り合いだったの?」
「知り合いっていうか、ルミナは私の後輩、モデルのね」
「ですです。先輩はよく弟さんのこと話すけど、妹さんもいたんですね」
「かわい〜でしょ。ていうか、私、ユラちゅんにルミナのこと教えたっけ?」
「いえいえ。ゲームの方で仲良くなったんです。
あっ、もみじんと合流したら先に行くから、ヤナきゅんはデート楽しんでね」
「デート? 誰が誰と?」
「誰って、ヤナきゅんと楓ちゃん。
安心して、後ろをつけるなんて無粋な真似はしないから」
ルミナは親指を立ててグッドマークをする。
ちらっと姉の顔を見ると、何か企んでいる笑みをしていた。
二人きりにしてくれるのは嬉しいが、姉は絶対に邪魔か、ストーキングをしてくるに違いない。
それに、昨日デゥアルとの情事がいつフラッシュバックして、カエデとのデートを純粋に楽しめなくなるか。
今日は大勢で遊ぶものだと思ってたから、大丈夫だと過信していた。
カエデの顔を見て楽しげなテンションを保持できるか不安になっていると、背中に強い衝撃が乗っかった。
「ヤナちゃーん! 昨日ぶりやね。
あの後無事に昇格できた?」
熱中症に気をつけないといけないほどの温度の中、元気いっぱいに抱きついてきた少女こと、カエデ。
そういえば、ユラとは入れ替わってから話をしてなかったな。
『おーい、起きてる?』
……寝てそう。
転移された洞窟にいたのは、ユラが敵だって言ってたべへモスだったけど、戦ったのかな。
不死だから死ぬってことはないと思うけど、返事がないと心配になる。
昇格してるかどうかも訊きたかったが、そこまで重要じゃないから後回しだ。
「そんなことよりこの服、どう?」
「えっ……それ、うちが選んどったやつやんか。
えぐいほど似合っとう。
これを写真に収められへんってのが、唯一にして最大の欠点やわ」
「あれ? 楓のスマホ壊れてたっけ?
あたしので撮ってあげようか?」
「しゃ、写真は後にして入場しようよ。
ここにいたら他の人の邪魔になっちゃうし」
まだルミナと紅葉には吸血鬼だとバレていないので、隠すためにも自ら先頭切って入場口まで移動する。
受付の人に学生4枚、大人2枚で、と頼む。
それぞれ学生証を見せてから、姉が先輩の威厳だ、と言い、クレジットカードで全て支払った。
「うちらの分まで、ありがとうございます」
「全然いいよ。私、億は持ってるから」
「すごっ、やっぱりトップモデルって稼げるんやね」
カエデが耳打ちしてきたので、うんうんそうだねと、適当に相槌を打った。
「アトラクションとか色々あるけど、プールからでいいよね」
「「「「さんせい〜」」」」
入場口を通り、プールまでの階段を下っていると、ルミナがわざとらしく、あっと声を出した。
「もみじん。忘れ物しちゃったから一緒に取りに戻ろ」
「いいけど、ルミナってタクシーで来たんじゃないの?」
「口答えしないでついてきて」
紅葉は頭にはてなマークを浮かべながらも、ルミナに腕を引っ張られて強引にフェードアウトさせられた。
それに続いて姉とデゥアルも、トイレに行ってくると言い、開始数分にして二人きりとなってしまった。
「……どうしよ? 待つ?」
カエデも意図的に別れたって気づいていそう。
ここで攻めなきゃ男が腐る。
スカートで手汗を拭き、薄いネイルをしているカエデの手の甲を握る。
「待たなくて……いいやつかも」
カエデは手の向きを変えて、指を絡ましてきた。
みんなありがとう、でも、別れるのが早すぎだよ。
俺、どうやって水着を着ればいいのか分かんないよぉ。
一抹の不安を抱えながらも、一段一段、転けぬよう階段を降りていく。
後ろに潜む4人の影を携えながら。




