No.2-18 「前世ぶり」
ユラ視点
べへモスと主人様が出会ったときから、次に遭遇すれば自動的に『同期』する設定をしていたが、まさか出会った当日に仕掛けてくるとは。
主人様には悪いことをしたな。
デゥアルと仲良くやっておいればよいが。
それはそうと、今の我では時間稼ぎすらままならん。
なんとか会話を繋げて助けが来るまで生き延びなければ。
「……貴様、代わったな」
「もちろんじゃ。
主人様ではべへモスの相手を務められんからのぅ」
「こちらとしても手間が省ける」
「なんのじゃ?」
「……ユニコーン、いや、ファー・ブリザードを差し出せ」
やはり、デゥアルを探していたのは悪魔の匂いを察知したからか。
ファーは痕跡すら悪魔の力で消せるが、デゥアルはそうもいかない。
主人様の体にも、デゥアルの匂いが残ってしまったせいで、我だと知られてしまったか。
「何世紀経とうが答えは変わらん。
ファーは我の大事な眷属であり、家族じゃ」
「少年を少女にしておいてよくほざく」
「それも愛ゆえじゃ。
ファーを、同種を殺そうとするお主には理解できぬ」
「殺すのではない。
悪魔から救済するのだ」
堅物め。
このやりとりを何度繰り返したことか。
「幻獣種が悪魔に魅入られるなどあってはならない。
これまでもその事例はあったが、全て俺が殺した。
幻獣種は命が尽きると、すぐに新たな幻獣種が生まれる。
貴様も知っていることだ。
魂が変わるだけになぜ抵抗がある?」
「先も言ったが、ファーは我の眷属であり、家族じゃから。
痛い目に、危ない目に遭わないようにするのが我の役目」
「であれば、貴様が危ない目に遭えばユニコーンはくるということだな」
「カカッ、……試してみよ」
幻獣種べへモス。
スキルも称号も何も持たぬ獣。
その肉体には世界の半分の質量を抱え、普段はその一部分を物体化している。
物体化している体は本来の肉体の垢程度しかなく、内臓もないため、肉体がいくら破損しようと死ぬことはない。
不死身の存在。
攻撃方法も見えぬ肉体でのプレス。
どこにいようが、必殺の圧死攻撃を際限なく降り注がれる。
詰まるところ、理不尽の極み。
べへモスなら、我の体を動けなくして【創造主】へ取引材用として渡すことも難なく行えるだろう。
幼女の状態では話にならん。
体を身体能力と時間効率を最も良くしたレベルまで成長させる。
「久方ぶりの戦いだ。
ゆっくりと慎重に、容赦なく潰してやろう」
っ、来た。
べへモスの足先から地割れが続く。
避けれはするが、地面が揺れて次の行動が遅れる。
「『接続:ファー・ブリザード』。『複製』、『氷結』」
ファーの【酸の悪魔】を借りて、体を背景に溶け込ませる。
べへモスの体を凍らすも、意味はなさなかった。
幸い、血液は余るほどある。
進化は諦めて、べへモスから逃げることに今ある血液全てを注ぐ。
もう一度凍らせようとするも、体の半分が消えた。
潰された。
無制限に行えることをいいことに、べへモスは何度もプレスして、地面に陥没を生んでいる。
その一つに当たってしまった。
「『複製』、『血の糸』」
潰れた半身を複製し、血の糸で繋ぐ。
再生のスキルがないのが唯一の懸念点。
べへモスは微かな音や匂いを頼りにプレスする場所を決めておる。
……乗り気はせんが、しのごの言ってはおれんしのぅ。
足音も、服の擦れる音、我から発せられる全ての音を消し去るため、その場に立ち止まり、自ら心臓を、喉を潰す。
体から流れる血すら悪魔の力で溶かして、べへモスの認識を狂わし、我がいなくなったと思わせる。
「……この場所から逃げることはできん。
手段を変えるか」
すると、今まで上から下へプレスしていたが、今度は右から左へと方向を変えた。
それも、この空洞全てを補えるスペースで押し始めた。
勢いはないが、このままだと我が捕まるのは時間の問題か。
助かる方法はこれしか残っておらんな。
近くの陥没に潜み、我の体を複数『複製』し、それらも透明にしてから辺り一体にばら撒く。
意識のない人形だが、誤魔化すぐらいはできるだろう。
頭上に風が流れ、吹き飛ばされぬよう地面にしがみつく。
「……ようやくか」
べへモスは人形を見つけたのか、それを見えぬ肉体で捕らえた。
「さぁ、ユニコーンよ。アルギュロスの死に目だ。
助けに来なければこのまま……そうだな、【創造主】へ渡す。
……返答はなしか。
待て、あのアルギュロスが容易に捕まるか?
ありえない」
べへモスは疑い深く、上下左右にプレスを繰り返し、その度に新たな人形を掴んで判別する。
魂が入っていないと分かれば粉々に砕き、プレスを再開する。
まだ1分も経っておらんというのに、状況が苦しい方向にしか進まん。
眷属を召喚しようにも、魔法陣のエフェクトが出た時点でべへモスに防がれるのは目に見えておるしのぅ。
でこぼこの大地が更地になるのに10分程度。
じゃが、べへモスが本気になれば10秒もかからん。
……隠れていても無駄じゃな。
新たに『複製』した肉体に『接続』し、意識を移すことによって体の傷をリセットする。
効率など無視して、肉体を全盛期まで成長させる。
べへモスは最初の位置から動いてはいない。
砂煙が視界を遮る中、やつの魔素を察知してそこに全力の拳をお見舞いする。
「『複製』、『身体強化』、『能力付与・力』『衝撃!』」
今出せる全力で殴ると、べへモスの上半身を吹き飛ばすことはできた。
想定外だった。
べへモスは仮想の肉体を物体化するときは、頭がある状態でないといけない。
理由はわからんが、それだけが唯一の弱点。
体ごと遠くまで飛ばすつもりだったが、べへモスは足を地面に固定していた。
べへモスは上半身を生やして、我の体にものすごい重圧を与える。
「俺が弱点を補っていないはずがないだろう。
貴様が本体だな。
そのまま埋もれていろ」
「こっ、とわ……」
――顎が動かん。
じゃが、この体だと動ける、殴れる。
地面に埋もれる足に全体重を注ぎ、軋む膝を伸ばしてべへモスを我の射程圏内に入れ、手刀で足を切る。
支えを失い、倒れてくる体にアッパー。
「カカッ! 時間一杯暴れようぞ!
『複製』、『跳躍』」
天井にぶつかったべへモスの元まで飛び、腰から生えてくるべへモスの顔を殴って、生えたら殴って、生えたら殴って、殴って、殴って殴り続ける。
体力的にもう一度プレスされたらおしまいじゃ。
ならば、べへモスに攻撃させなければ良いだけの話。
簡単ではないが、やるしか、やり続けるしかないのぅ。
無限と有限。
先に力尽きるのは有限だと決まっている。
今回も例に漏れず、限界が来たのはユラの肉体。
べへモスを殴り続ける腕は、いつの間にか手首までしか存在せず、むなしく空を切った。
頭が再生したべへモスによってユラは地面に落とされる。
できる限りの時間は稼いだ。
あとは間に合うことを願うだけ。
「生まれたてにしては強かったが、これで終わりだ」
べへモスが地上に降りて、横たわる我に手を伸ばそうとすると、割って入るようにカエデと瓜二つの獣人が転移してきた。
「おやめなさい。神に作られし獣よ」
「……法王かっ。貴様、庇う相手を間違えてはいないか」
「この方を庇うわけではありません。
あなたが守護神が作り上げた転移の魔法陣に手を加えたので、その罰を与えにきたのです」
法王は背後にいくつもの魔法陣を広げ、臨戦体制をとる。
「……手を引こう。
俺も神を冒涜するような行為をしたな。
ここでやり合ったとて、ユニコーンは捕らえられん」
そう言って、べへモスは物質化を解き、呆気なく去っていった。
もしべへモスが諦めなかったら何日、何年この場所に囚われていたことか。
法王は安堵の息を吐き、我の元へ駆け寄る。
「何年、いえ……前世ぶりですね」
「カカッ、そうじゃな、大変な時間を待たせてしまった」
法王は辛うじて意識を繋いでいる我の歯に、親指を立てて傷をつける。
親指にぷっくらと膨らむ血を舌で舐めて摂取する。
「ほんと……うち、ユラちゃんのこと待ってたんやから。
死ぬほど会いたかってんで」
「辛い仕事を押し付けてすまなかったのぅ、楓よ。
よくぞ助けにきてくれた」
慣れ親しんだ血液が我の体を循環し、幼女の姿であるが、動けるまでは回復できた。
血まみれになった紫色のローブを脱ぎ、『裁縫』で作った同じローブを着る。
「目印などがあったわけではないのに、よくここへ辿り着けたのぅ」
「偶然なんや。ギルドで予定と違う魔法陣で人が転移されたって聞いてね。
こらしめるつもりで来たら、ユラちゃんがおったんよ。
こっちの神様は子供やから、自分の作ったもんを勝手に弄られたらすねるんよ」
「カカッ。衛のやつは変わっておらんようじゃな」
「変わってない……それは、ユラちゃんもや。
うち、うちも……」
楓の頬を伝う涙を拭う。
すると、堰を切ったように嗚咽するカエデの身を寄せて、ぎゅっと抱きしめる。
「せっかくだ。
時間は余裕がある。
土産話の一つや二つ。
会えぬ期間を埋めるために話そうではないか。
そうだ。
今世の楓にも会ったが、そなたと違ってすぐに好意を持ってくれたのぅ」
「うちがちょろいって言いたいん?」
「カカッ、そうではない。
主人様がかっこいいからじゃ。
いつか楓にも紹介したいが、キッカケを作れんからのぅ」
主人様と体を入れ替えてまだ数分。
ここで入れ替わり、再び記憶を消して我に対する不信感を払拭してもよいが、日に何度も記憶を消すと、整合性が取れなくなって人格に支障が起きてしまう。
……デゥアルなら上手く主人様を籠絡させられると信じよう。
あちらのことは心配せずに、今は楓との思い出話に花を咲かせるとするかのぅ。




