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吸血姫として現実世界を生き抜くために  作者: ふじごがつ
第二章 《守護神》 カーディン(上)
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No.2-8 「腹の音」

 その後、簡単な討伐クエストを何度かクリアして、俺とカエデのランクのゲージが半分溜まったころ、ルミナが門限に間に合わないと、慌ててログアウトした。

 ルミナからは気にしないで続けていいよと言われたが、時間も時間なのでそのまま解散することに。

 カエデには後でアザクラのアプリで連絡先を交換することを約束し、紅葉には軽く別れの挨拶をしてからログアウトする。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 思ったよりも遊んじゃったから、姉も帰ってきてるかな。

 だとしたら、早く晩御飯を作ってあげないと。

 ん? 俺のベッド、こんなに明るい色だっけ……というかここ、俺の部屋じゃ。

 そうだ! 

 カエデの部屋で『同期』したんだった。


「あれぇ? ヤナちゃんがいる。なんで?」

「っと、その……話せば長くなるんだけど」


 スマホと財布をポケットに入れて、扉のほうに後退ると、カエデが


「……やったら今日は泊まってく? お母さんとかも許してくれると思う。ヤナちゃんがダメなら全然断ってもいいんやけど」


 魅力的な提案だが、姉からの通知が貯まっていたので、先に家族に電話することをカエデに伝える。

 カエデは「待っとく」と答え、俺は一つしかない連絡先に電話をかける。

 すると、ワンコールが鳴り終わるよりも先に声が届いた。


『こら! 連絡付かなかったから心配したんだよ? 服も脱ぎ散らかしてるし、晩御飯の時間に遅れるとかもなかったし………もしかしたら何かの事件に巻き込まれてるかもって思って、お姉ちゃん心配したんだからね!』


「ごめん。ちょっと友達の家で遊んでて」


『そうなの? まぁ、無事だったらいいけど、遅くなるなら連絡してよね。それで、晩御飯どうするの?』


「こっちで食べて帰ってもいい? なんなら、泊まっても……いいかな」


『その友達の家が大丈夫ならいいよ。だったら明日、帰る前に連絡は送ってね』


「うん、きちんと送る。じゃ、おやすみ」


『はーい、あんまし迷惑になることしちゃ駄目だからね。また明日』


 姉は家だとダル絡みしてくるのに、電話とかだと意外と淡白に接してくる。

 その区別が姉の中であるのかな。

 まぁ、そんなことはいいとして、姉の許可も貰ったので、親指と人差し指を丸にしてウインクする。


「やった! 部屋とかはまた後で案内したげる。うちはお母さんに言ってくるから、戻ってくるまで部屋でゆっくりしといていいかんね」


 カエデは鼻歌交じりにるんるんで部屋を出る。

 ゆっくりしといてと言われても、女の子の部屋でどうくつろげはいいのやら。

 なんか、改めて部屋の中を見回すと、めっちゃ女子って感じがする。

 ベッドの端にはクマやアザラシとかのディフォルメされたぬいぐるみ。

 化粧箱や教科書が一箇所に纏められている小さな机にスタンドミラーが………………えっ?


 やばっ、俺、鏡に映んないじゃん!

 吸血鬼になって身バレする可能性が一番高いのが鏡だなんて、そりゃそうか。

 外にも反射するもので溢れているし、鏡って家に一つはあるもんな。

 スタンドミラーに映らない位置を探していると、カエデが戻ってきた。


「泊まっていいって! でね、お母さんが晩御飯の準備してるから、リビングに降りてきてって」


 こくりと頷き、カエデの背中を追って一階に降りる。


 カエデの家族に会ったら挨拶もしないといけないよな。

 初めましてお世話になります。

 は、言うとして、名前、どうしよっか。

 健斗のままだと、女の子の名前としては変だし、姉の名前を借りる訳にもいかないし。


 なんて考え事をしていると、リビングに到着した。

 俺はカエデの背中に隠れながら中に入る。

 部屋着でだらける紅葉、父親っぽい人はテーブルに座って新聞を読んで、母親っぽい人がキッチンで動いている。


 俺は友達の家に泊まる以前に、人の家で晩御飯を食べることすら経験がない。

 それに、両親と、いや、そもそも年上の人と接する機会があまりに少なく、どう挨拶を交わせばいいかも悩んでしまう。

 カエデの背中に引っ付いて動けずにいると、カエデ母が、


「緊張せずにくつろいでね」


 と、気兼ねなく話しかけてくれた。

 片や、カエデ父は仏頂面で俺の顔を睨んでいるように見える。

 その表情に萎縮してしまう。

 小声で「お世話になります」と言うと、カエデ母が父のツルツル頭をパチンと叩く。


「大丈夫よ。このハゲは口下手なだけ。それに、ヤナちゃんみたいなかわいい子が泊まりにきて緊張してるの」

「えっ! 今日泊まってくの? ほんと? あとで一緒にゲームしよーよ!」


 ソファから満面の笑みを浮かべる紅葉が会話に入ってきた。

 そこでようやく心に落ち着きを取り戻せたので、深呼吸をしてからカエデの隣に立ち、軽くお辞儀をする。


「は、初めましてお世話になります。梁川 ユラって言います」


 早口になってしまったが、言葉など誠意が伝わればいいのだ。

 挨拶を終えて気が楽になったので、晩御飯の準備を手伝おうとキッチンに足を運ぶ。


「何か手伝うことありますか?」

「お客さんなんだから、カエデと遊んでおいで」

「ご馳走になるんで、何か手伝わせてください」

「ん〜、だったらお皿でも出してもらおうかしら」


 俺の圧に押されて、カエデ母はお皿の準備を任せてくれた。

 食器の場所をカエデに聞きながら、テキパキと準備をこなすと、カエデ母から思いもよらないことを言われた。


「楓も見習ってよ。ヤナちゃん、こんなに幼いのに手伝ってくれて、えらいわ〜」


 幼い、だと?

 ちまたで高校生は幼いの部類に入るのか。

 いや、もしかして、この風貌のせいで小学生とかに思われてないか!?


 年齢を明かすべきか悩んでいると、俺の肩に顎を乗せているカエデが、不服そうに頬を膨らませる。


「うちやって、晩御飯ぐらい作れるもん」

「だったら明日でも作ってもらおうかしら」

「無理無理!! 楓に作らせたらカレーしか出てこないんだから。って、腹をけるな腹を」

「あんたらヤナちゃんいるって分かってる?」


 カエデ母の一言により、リビングには沈黙が訪れた。

 しかし、気まずさなんて一ミリも感じない。

 よくある家族の会話なんだろうが、羨ましいと思ってしまう。

 だが、そんなことよりも先に訂正しないといけない部分がある。


「あの、俺のこと、何歳だと、思ってますか?」

「何歳って、小学生……あら、中学生だった? ごめんなさいね」


 違う違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。

 心の中で何度も繰り返していると、今まで無言を貫いていたカエデ父が、


「高校生だろ」


 と、低い声を出した。

 それを聞いた三人は「まさか」と、笑って俺の顔を見る。

 三人と目が合い、こくんと頷くと、表情が固まった。


「……何年生?」


 紅葉がソファからぴょっと顔を出して言う。

 人差し指を立てて、一年生と答える。


「カエデと一緒なんだ。ルミナも小学生やと勘違いしてそう…………後でからかったろ」

「あら、高校生なの。間違ってごめんね。ちなみに、ご飯はどこで食べる? せっかくなら楓の隣がいいわよね」

「やったらこっちで一緒に食べよ」


 カエデがそう言うと、カエデ父がソファの前まで小さなテーブルを持ってきてくれた。

 キッチンから二人分のお皿を運ぶ。

 カエデは尻尾が潰れないよう浅く座り、俺もその横をちょこんと座る。


 今日の献立は、一口では収まらないほど大きな唐揚げ。彩のレタス。ポテトサラダ。定食でよく見かける味噌汁。

 こんなに種類が多い晩御飯はいつぶりだろうか。


 カエデと共に手を合わせてから箸を手に取る。

 まず先に味わうのはカラカラに揚げられた唐揚げ。

 レモンの酸味と塩のしょっぱさが程よいハーモニーを生み出している。


「あふっ」


 噛むたびに肉汁が溢れ、口内に異常な熱がこもる。

 しかし、冷やすよりも先に熱々のご飯で追撃する。

 一見愚かな行為に見えるが、食欲というものは時に痛覚をも凌駕する。

 もぐもぐと口を動かし、白米の素晴らしさを堪能すると、不思議と涙が出てきた。

 指先で目元を拭い、口の中が空っぽになったタイミングでキンキンに冷えた麦茶を喉に流し込む。


「かあぁぁ、悪魔的だぁ」


 あまりの感動に、某伊藤の名セリフが漏れてしまう。


 喉から熱が引くと、新たな食感を楽しむべくポテトサラダを一口。

 俺の作るものとは違う、じゃがいもがゴロっとしてるタイプだ。

 きゅうりのシャキシャキ感と、じゃがいものしっとり感に、マヨネーズと黒胡椒のアクセントが絡み合ってこれまた悪魔的。


 ポテチサラダの後には一口かじった唐揚げ、追撃の白米、熱冷ましの麦茶。

 この3コンボをループしていると、あっという間に俺の皿にあった肉がなくなり、彩のレタスのみとなってしまった!


 悔しいっ、悔しいっ、悔しいっ、しかし……これでいい!


 余ったポテトサラダを水々しいレタスで巻き、サンチュに巻かれたお肉のようなふてぶてしい風貌によだれが止まらない。

 行儀悪くも、素手でそれを口に運ぶ。

 もちろん肉汁など出ないが、レタスの葉が暴れてマヨネーズが頬に飛び火する。

 レタス巻きを食べ切ってから、頬についたマヨネーズを指で取って舌先で舐め、最後に味噌汁を飲んで体をほっこりとさせる。


「ご馳走。あれ? 全然食べてないじゃん。どうしたの? お腹でも痛い?」

「いんや、ただ、ヤナちゃんの食べる姿に見惚れちゃって……」

「え〜、見惚れるって言い過ぎ。じゃ、お皿片付けてくる」


 米一粒残っていない皿を重ねてキッチンまで持ってゆく。


 食べる姿に見惚れるって……そんなに俺ががっついているように見えたのかな。

 お腹は血液でしか満たせなくなったせいで、最高のスパイスである空腹が永遠と襲ってくる。

 そのせいで、永遠とご飯をおいしく食べることができてしまう。

 元々食事は好きな方だったからなぁ。

 これから人と食事する時は食べ方に気を遣わないと。


 小走りでソファに戻って、カエデが食べ終わるのを待っていると、『ぎゅるるる』と、お腹の音がリビング内に響いてしまった。

 食事前に鳴るのは恥ずかしくもないが、食事の後、それも完食した後に鳴ってしまうと、冗談抜きで死にたくなる。


 俺は何か言い訳しようと頭をフル回転するが、傷口を開かせるように、腹の音が重複する。


 羞恥心のあまり、お腹を押さえつけて前屈みになる。

 こんなことをしてもどうにもならないことは理解しているが、体が反射で行動してしまった。


「そないお腹減ってるんやったらうちのも食べる?」


 顔だけ上げると、カエデが箸で唐揚げを掴んで顔に近づけていた。

 お腹は減っているが、俺が食べたいのは唐揚げなんかではなく人の血だ。

 しかし、カエデの血が飲みたい、なんて言えるわけもなく、ソファに手をついて唐揚げをぱくり。


「……うみゃい」

「えへへ、うちももうすぐ食べ終わるから、あとで一緒にお風呂入ろっか」

「うん〜」


 ん?

 今なんて言った……おふろ、お風呂だと!?

 唐揚げに意識が集中して適当に返事をしてしまったが、俺が、カエデと、一緒に、お風呂?


 適当に返事せず、断るべきだった。

 見た目は幼女だが、中身は思春期真っ最中の男子高校生だぞ。

 事実を知られると、嫌われるし、会話もしてくれなくなるに決まってる。

 でも、一度頷いてしまったせいでここで断ると、なんだが変な空気が流れそう。


 幸せそうにぴょこぴょこ動くケモ耳、俺の体に巻きついて捕らえるカエデの尻尾。

 うう、こんなの断れないじゃん。

 一緒に入るならせめて、カエデの裸を見ない、触れないを徹底しよう、そうしよう。


「着替えとかはうちのやつ使ってね。下着とかは新しいのあげるから」

「ありがと……」


 覚悟を決めろ、俺。

 一緒にお風呂、つまり鏡のある場所に長居するということだ。

 種族バレを回避するために、カエデよりも先に入って、先に上がる必要がある。


 俺は捕らえる尻尾の力が弱まったタイミングで立ち上がり、


「先に入っとく。お風呂の場所はわかってるから」


 と、早口で言う。

 不満そうな顔をするカエデに何か言われる前に足を動かして、リビングを後にする。

 タオルや着替えはカエデが持ってきてくれることを期待して、服をガバッと脱ぎ、裏返しのままでも構わずぐちゃぐちゃにまとめて一塊ひとかたまりにする。男物のパンツだけは見えないようにして。


 置くところが分からなかったので、服の塊を端っこの床に置いて、ささっと浴室に入る。

 大の大人が二人で入るには窮屈なサイズだが、成長途中の女の子二人だと十分足が伸ばせるほどの浴槽。

 ちょっとした希望を胸に鏡を見るが、当然の如く俺の姿は映らない。


「服、上にあげておくね。あとっ、着替えも、持ってきたから」


 扉一枚隔てて、吐息の混じった声が聞こえてきた。

 着替えを部屋から持ってくるのに、相当走ったのだろう。

 申し訳ないという気持ちと、しょうがないじゃないかぁ、と言う気持ちが喧嘩する。


 しばらくすると、服の擦れる音が聴こえてきたので、鏡に映らない位置で体に湯をかけて音を誤魔化す。


「入るね」

「……うん」


 俺だって健全な男子高校生だ。

 いくら見ないように心の内で自身をなだめようが、そこに実物があるなら目で追うのが自然の摂理である。

 扉の開く音に反応して、視線がカエデの体に引き寄せられる。

 胸の間で鼓動する獣魔石、小さくとも、存在を誇張するおっぱい、フサフサの尻尾の付け根。


「そんな凝視されると、うちかて恥ずかしいんやで」

「……ご、ごめん」

「嘘嘘、そない落ち込まんといてって。ほら、うちが体洗ってあげるからここ、座って」


 そう言って、カエデが浴槽に体を押し付けていた俺を強引にバスチェアに座らせようとしてきた。


 ダメッ!

 その位置はダメだ!


 しかし、カエデの手に素肌を触れられているせいで、体が言うことを聞いてくれないし、互いに裸なので、変に暴れてしまうと触ってはいけないものに触れてしまうかもしれない。

 鏡に映るカエデのすらっとした肉体がチラチラ視界に入るせいで、体の熱が高くなり、もうどうなったっていいや! と、自暴自棄になる。


 ぴちゃっとお尻に冷たい感触が広まる。


「目、瞑ってね〜」


 カエデの言う通りに、眉間に皺を寄せるほど強く瞼を閉じる。

 だが、いくら待とうが、頭にお湯も、シャンプーもかかる気配がない。


 怒られる直前の心構えで、ちらっと片目を開けると、硬直しているカエデが鏡に映っていた。

 そこにあるはずのものが映し出されないという不可解な現状を前に、カエデが震える声で呟く。


「ヤナちゃん……なんで鏡に映ってないん?」


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