No.2-7 「吸血鬼の恩返し-1」
紅葉はすやすや寝ているカエデと、鼻水を啜る俺を交互に見る。
顎に手を当てて、「ん~~」と唸る。
「えっと……どーしてキミがここにいるのかな?」
「あっと、……ええっとぉ、その……」
カエデの家族である紅葉を前にして、インストールしていた言葉が全て頭から抜けてしまっていた。
なぜって?
誰しも経験があるだろう。想像していたことを実際にしようとしても、緊張して頭の中が真っ白になって失敗する。こんな汚い顔で、カエデの枕元で泣いている俺に、紅葉は不信感しか抱かないはず。
「俺、は……カエデの、友達で……」
胸の動悸が止まらない。
紅葉からの視線が、萎縮しきった身体に追い打ちをかける。
あれ? 何を言おうとしてたっけ。
思い出せない、息がしにくい、めまいがする。
このまま不法侵入とかで捕まったり……。
涙と鼻水が止まらない。
話そうとしても、嗚咽が邪魔をして紅葉に伝えられない。
Tシャツの襟を引っ張って顔を拭く。
すると、紅葉が鞄を放ってぎゅっと抱きしめてきた。
服の上から伝わる紅葉の体温が、俺の焦る気持ちを落ち着かせてくれる。
紅葉は慣れたように片手で背中を摩って、片手でハンカチを俺の鼻に当ててくれた。
「気まずいのは分かるけど、そこまで怖がらなくても。私、傷ついちゃうな。ま! 楓と遊ぶ約束でもしてたんでしょ? 寝ちゃってるけど、適当に起こしたらいいよ。楓はそんなんで怒んないし。じゃ! お邪魔虫は退散するね」
そう言って、紅葉はペチンとカエデの頭を叩いてから部屋を出た。
怪しむどころか、自分のハンカチで俺の顔を綺麗に……当たり前か。
幼女体型の俺を不審者と思う人はいないだろうし。
「紅葉さん……カエデと似てたな」
見た目は全く似てなかったけど、イントネーションや立ち振る舞いから、すぐにカエデのお姉さんだと分かった。
「それが姉妹というものじゃ」
「そうか……ユラ、カエデを目覚めさす方法の成功率はどれぐらいだ?」
「傷さえ治せれば100%じゃのぅ。言うのを忘れておったが、獣魔石を失った獣魔種は五時間ほどしか生存できん」
五時間ってことは――あと四時間!?
なんでそれを言わなかったんだ!!
「忘れていたと言っておる。そない怒るのではない。我、傷ついちゃうのぅ」
さっきの紅葉さんのマネをしやがって。
腹は立つが、指摘する時間すら勿体無い。
現実でカエデに獣魔石を埋め込むことは不可能。
だから、アザクラのカエデを蘇らせることを目標に動こう。
肉体は死後から24時間で復活するが、その時間がない。
ユラ、人を蘇らせるアイテムってある?
「……あるが、そのアイテムを取るには、後ろに潜んでいる紅葉の協力が不可欠じゃ」
後ろの紅葉?
何気なく振り向くと、そこにはドアの隙間からちょこっと頭を出している紅葉さんがいた。
ばっちり目が合うと、紅葉さんは目を泳がし、ピューピュー下手な口笛を鳴らす。
「……別に二人の間を邪魔しようなんて思ってないよ。だって、楓が友達連れてきたのなんて初めてだから……どんな会話するのかなって」
もじもじと、指と指を合わせる紅葉さん。
紅葉さんは気まずさを誤魔化すように笑い、よちよち歩きで、床に放っていた鞄を回収する。
「ではでは……」
紅葉さんはそそくさと部屋を出ようとする。
俺はその後ろ姿に、カエデの幻影を見た。
たった一日、たった数分、それだけの時間しか一緒に過ごしていない。
付き合いで言えば、他人と言えるほどの薄い関係。
だけど、カエデは俺がこの姿になってから初めてできた友達だ。
もう一度だけでも、手を握ってほしい。
笑顔をみせてほしい。
話しかけてきてほしい。
「あ、あの!!」
立ちあがろうとした紅葉さんの腕に抱きつく。
勢いが強すぎたのか、バランスを崩して床ドンの体勢に。
収まりかけていた涙が目に溜まる。
仰向けで硬直する紅葉さんに、俺はなんの脈絡もなく口にする。
聖騎士に殺されたこと、獣魔石を体に埋め込まないといけないこと、不法侵入をしたことを。
全ての話が終わるころには、体を支える腕の力が入らなくなって、紅葉さんの胸に顔が埋もれた。
離れようにも、離れられない。
ぐちゃぐちゃな顔を見られたくない。
真実を知った紅葉さんの顔を見たくない。
制服を汚して、カエデを助けられなかったことを怒られる気がして、背中に回された手に神経が集中する。
「がんばったねーキミ。そんな怖い目に遭っても、楓のために、その……獣魔石? を取り返したんでしょ。普通の子はぜーったいにできない。キミは頑張ったんだ、だから泣いちゃうんだ」
赤ちゃんをあやすように撫でる紅葉さんの手が、尖っていた神経をリラックスさせてくれた。
下唇に残る歯形を舌でなぞる。
「今すぐ私の家にきて、……電車で会った銀髪赤眼ロリッ子がいるのに? はいはい、鍵は開いてるから入ってきていいよ、最速でよろしく」
「誰かに……電話?」
「んー、電車で私と一緒にいたルミナって子。再生樹を倒すには、ルミナの協力が必要だからね」
紅葉さんはぽちぽちスマホを操作してから、軽々と俺を抱き上げ、カエデの眠るベッドにポンと置いた。
「せっかくの可愛い顔が台無し。ルミナが来るまで時間もあるし、お風呂でも入っちゃう?」
髪を揺らして首を横に振る。
「ま! 顔ぐらいは洗おっか、シャツも濡れちゃってるし、着替え……楓の服でいいなら貸してあげるよ」
「……いいの?」
「いいよー、やったら、洗面所まで案内したげる、こっちに着いてきて」
紅葉さんの後ろを歩き、一階へ降りる。
洗面所に到着してタオルを受け取ると、紅葉さんは部屋から服を持ってくると言って、洗面所から姿を消した。
重さと湿気を感じるTシャツを脱いで、蛇口を捻る。
カピカピになった鼻水などを洗い落として、タオルで水気を拭き取る。
鏡で自分の顔の状態を確認しようとするが、宙に浮いているタオルしか映らない。
『バッ!』
その場にしゃがみ込む。
危ない。紅葉さんが残っていたら、映らないことがバレてしまっていた。
顔も洗い終わったし、鎖骨辺りの湿気ていた部分もタオルで拭いた。
紅葉さんが戻ってくる前に洗面所から脱出しようと、濡れたTシャツとタオルを手に持って扉を開けるが、時すでに遅し。
「ちょ、ちょっと! 裸のまま出てこないで!」
部屋着に着替えていた紅葉さんは、手に持っていた洋服を地面に落として目を隠す。
中指と薬指の間から視線を感じるが、今は鏡から遠ざかることを優先しないと。
「だって、服も濡れちゃったから……それがカエデの服?」
俺はTシャツとタオルを持つ逆の手で、いそいそと地面に散乱する洋服を回収する。
「ブラジャーとか、キャミソールは?」
「胸ないし、暑いから……キャミソールって何?」
「な、何って……着ないとダメだよ!」
紅葉さんが俺の両肩を手で握る。
体をぐんぐんと押したり引いたりされる。
慌てる紅葉さんの目線は、俺の胸の二点に釘付けになっていた。
まじまじと見つめられると、流石に恥ずかしい。
『ガチャ』
玄関ドアの開く音。
自由落下して地面に落ちる鞄の音。
「もみ、じ……あんた、無理やり……犯罪」
裸の幼女を揺らす女子高生。
見る人が違えば、誘拐だと勘違いされる状況。
「ちょっ! とにかくドア閉めてよ! 見られたらどうするの!?」
紅葉さんは俺の胸を隠すように引き寄せる。
ルミナもまずいと思ったのか、『ガンッ』と、玄関ドアを閉めて鍵を掛けた。
「親友として言わしてもらうけど、助ける代わりに……えっちなのを強要するのは事案じゃないかな」
「違う違う、この子……ヤナちゃんが下着を着てなかったから、着た方がいいよって話をしてて」
「話すだけならそんな抱きしめなくても……いいなぁ、あたしも触りたい」
俺を挟んで口論を続ける二人。
その間に獣魔石をストレージに戻して、軽くなった空気に佇んでいると、ユラが、
主人様の周りには愉快な人が集まるのぅ。
うん、見ていて楽しいよ。
理解できるが、早く止めて急がねば時間が。
時間って、あと四時間もあるじゃん。
心に余裕を持たないと俺は失敗する。
それに、楽しい雰囲気の方が俺は好き。
余裕を持つのもいいが、我が寝るまでには事を終わらせてほしいのぅ。
主人様に起こされたせいでまだ眠たいんじゃ。
ユラの覇気のない声と共に、大きな欠伸も聞こえてきた。
ユラがいないと、俺は役立たずになってしまう。
俺は回収したカエデの服の中から、一番シンプルなものを選んで袖を通す。
服から頭を出すと、目の前まで近づいてきたルミナが、
「まま、詳しいことはもみじんから聞いたかんね、安心しな。あたしらが受けるクエスト『枯れた再生樹』。ちょいとめんどいけど、30分もあれば余裕でクリアできっから」
「集合場所はギルドで大丈夫そう?」
「うん、……紅葉さんと、ルミナ、さんは……なんでこんな俺を助けてくれるの?」
「はぁ〜? そもそもさんとかいらんし、かわええ子を助けんのは普通やから」
「そっ、普通普通」
【紅葉から、ルミナからのフレンド登録を認証しますか YES/NO】
「あたしの種族は小人種で、役職は付与師。ヒーラーは任せんさい」
「私は人間種、役職は槍使い。私もタメ口でいいからね。ログインするときはカエデの部屋でお願い。じゃ、また向こうで会おーね」
二人はそう言って、二階へ上がっていった。
今度はNOを押すことなく、申請を承諾した。
服は洗面所に置いて、すぐさまカエデの部屋に戻り、『同期』する。




