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吸血姫として現実世界を生き抜くために  作者: ふじごがつ
第二章 《守護神》 カーディン(上)
12/38

No.2-6 「外出」

 髪色が金色となり、十字に刻まれた傷が塞がり、肉体の所有権を失う。

 前回と違って、俺の意識は現実に戻りはしなかった。

 それに、体も成長していない。


 ユラ、体が幼いままだけど。


「問題ない。力が残っていないのもあるが、主人様に吸血種の戦い方を教えてやらんといけんからのぅ」


 ユラはそう言って、切断された右手を拾う。


「『血の糸』、300か……足りるじゃろう」


 ユラが『血の糸』を発動すると、右腕の切断面から『血の糸』が生えてうごめき、近づけた右手に入り込む。

 しばらくすると、切断されたはずの腕が元通りに動くようになった。


「ではでは、あやつを追うとするかのぅ」


 追うって……GPSがあるわけじゃないし、どうやって探すんだ?


「《聖域》が降りてから、ファーに尾行を命じておる。じゃから、我はファーの元まで辿り着けばよい」


 ユラはその場で一度ジャンプして、足が地面に着いた瞬間、足場に溝ができる勢いで駆け出した。

 自分の意思に関係なく動く身体。 

 目まぐるしく変化する視界。

 まるで、一人称視点の映画を見ているような気分だ。


「があああぁぁ!」


 変わらぬ景色を進んでいると、聞き覚えのある男の叫び声がこだましてきた。

 魔物に襲われている?

 いや、あの男がここら辺の魔物如きに遅れは取らない。

 だったら……。


「カカッ!! よくやったぞ! ファー」


 そして、到着した。

 目を抑えて、地面にうずくまっている聖騎士がいる場所に。


「クソッ! クソ!! あの忌々しい吸血姫の眷属が!! 本当に復活してやがったなんて、ぶっ殺してやる!! 『酸の悪魔(アシッド・デビル)』――――――この、幻獣種の出来損ないが!!」


 聖騎士は苦しそうに叫び、闇雲に片手で大剣を振るう。

 発光している顔からは、ポタポタと赤い血が流れていた。


 あんなに楽しんで暴力を振るっていたお前が、される側に回っただけだ。

 そう怖がるなよ。俺が悪いみたいじゃんか。


 ユラが側にいてくれるからか、聖騎士の姿を見てもなんとも思わない。

 だが、隣にあるユラの意識は聖騎士の言葉を聞いて、ざわつき始めていた。


「待て、主様よ。そう感情を露わにするでない。戦いの鉄則は冷静に、じゃ。しかと目に焼き付けよ。吸血姫の戦い方を」


 内容はさっきと一緒だが、ユラは自分に言い聞かせるようにそう言った。

 ユラの怒りの感情が俺の心にのしかかり、俺は喉を鳴らす。

 その音を合図に、ユラは聖騎士に歩み寄る。


 足音すら立てずにゆっくりと――――聖騎士は剣を振るう。

 ユラの姿が次第に透明になる――――聖騎士は声を上げる。

 ファーが俺の体に触れていた――――聖騎士は息を荒げる。


 ユラは聖騎士の鎧に触れる。

 スキルリングが発光し、ユラが口を開こうとした時、聖騎士の大剣がユラの体を貫通した。

 手応えを感じた聖騎士は大剣をしっかりと握り、天に振り上げる。

 へその位置から頭のてっぺんにかけて、金属の冷たさが広がった。

 頭はかち割れ、呼吸もできなくなって、地面に倒れ込む。

 裂け目から溢れる透明な血飛沫が聖騎士に降りかかる。


「はっはっは!! やっぱできそこないの害獣よ。念のためにオレはあの人から『唯一の称号』を借りてんだ!! オレの目を潰しやがって! くそ……クソ!」


 聖騎士が憂さ晴らしをするように、何度も何度もユラの体に蹴りを入れる。

 これから起こる光景を知っている俺からすると、蹴られたぐらいで怒るのは聖騎士に申し訳ない。


 主人様よ、スキルは発想次第で変化する。


 うん、今なら想像できる。こいつの脳が弾け飛ぶ未来を。


 あの時、あの瞬間、聖騎士の頭で『血剣』が発動しなかったのは、俺が躊躇ってしまったからだ。

 こいつがプレイヤーか、この世界の住人なのかは関係ない。

 カエデに酷い目を遭わせた。

 それだけで、お前は死ぬんだ。


 聖騎士の頭に向かって手をかざす。


「「『血剣』」」


『ボンッ!』


 風船の破裂音が響く。


「はがっ!! はんで……はんでオえの口から剣がでてひゅんだよ!!」


 聖騎士の頭に咲く一本のつるぎ

 それが現れたのをきっかけに、一本、また一本と剣が生える。


「ちっ、……獣魔石を使うしか」


 聖騎士は獣魔石をオブジェクト・リングから実物化し、ぎゅっと握りしめる。

 すると、獣魔石からけたたましい電子音が鳴り響き、緋色の光沢が輝きを増して、ファーに潰されていた聖騎士の瞳が開く。

 体に生えていた何本もの血剣が、ぼろぼろと崩壊している。


「それは貴様が使っていい代物ではない!!」


 切れた喉から吐き出される怒号。

 ユラは体を『血の糸』で繋ぎ合わせ、全力で地面を蹴る。

 しかし、いくら速度を速めたところで、元々の体格差は変わらない。

 ユラの手が聖騎士に届く前に、聖騎士の大剣が腹に突き刺さる。


「《聖域》」


 聖騎士が唱える。

 しかし、大剣から白い液体は流れなかった。

 聖騎士の首から上が、なくなっていた。


「はーい、ヤナちゃん。こいつ、こんな顔だって! 傷多くて弱そうだね!」


 聖騎士の体が倒れ、背後からバスケットーボールのように生首を掴んでいるファーが姿を現した。

 パクパクと、光を失った聖騎士の口を開けたり閉じたりして遊んでいる。

 人の頭をおもちゃのように扱うファー。

 ユラを、俺を助けてくれた。

 理解しているが、ファーの変わらぬ無邪気な笑顔に、恐怖を覚えてしまった。


「すまんのぅ、主人様、我が取り乱してしまった。戦い方を見せるなどと息巻いて、このザマじゃ。……主人様も、はようあちらの世界に戻った方がよい」


【精神の主の権限を確認。『同期シンクロ』を解除します。】


 髪が銀色に戻り、身体の主導権が俺に返ってきた。

 だが、切り刻まれた体と、過度の血液を使用したせいで、体は一ミリたりとも動かない。


 ファーが獣魔石のオブジェクト・リングを俺の左手に通してくれた。

 でも、ログアウトできる場所まで移動するには……、時間が。


 ……な、んで、ログアウト、しようとしてる?

 体も動いてない、し。

 ファーも、あれ? 倒れてる……男、って誰?


「ファーよ、転移のリングを貸してくれ」

「いいよ! でも、ヤナちゃん喋らなくなっちゃったけど、どったの?」

「脳が割れて、思考が定まらなくなったのじゃ。慣れていないと馬鹿になってしまうんじゃ。ほれ、主人様を現実に戻さんといかんから、早く」

「はーい、後処理はどうしよっか……て、あれ? こいつの体、どっか行っちゃった! どーしよ!?」

「そう慌てるな。我は主人様と共に現実へ戻る。ファーは……」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ハッ! 戻って……きた」


 最後の方の記憶はあやふやだが、体に張り付く下着が内容を物語っている。

 アプリでストレージを開くと、獣魔石が追加されていた。

 これをカエデの元まで届けないといけない。

 だけど、カエデの居場所が分からない。


 待てよ……カエデが制限してなかったら。


 微かな希望を胸に、フレンド欄を開いて、カエデのステータスを表示させる。

 そこには、カエデの種族、所有しているスキル、さらには、カエデの現在地までもが記されていた。

 本当にこの場所に住んでいるなら、一時間もあれば辿り着ける。

 悩んでいる暇はない。

 財布、スマホ、家の鍵を手に取り、家を出ようとするが、自分の格好に気がついた。


 少しでも風が吹けば痴女になってしまう服。

 こんな格好で外に出れば、何かに絡まれて無駄に時間がかかるかもしれない。

 自分の服はサイズが合わないので、姉の部屋から無地のTシャツとショートパンツを拝借した。

 着替えた後に、マップアプリで目的地を設定してから家を出る。


 姿が変わってからの初の外出だ。

 主食が血になったり、鏡に映らなかったりしたんだけど、太陽に焼かれることはない。

 どこまで自分の体が吸血鬼になったのかを、ユラに詳しく聞かないといけない。

 俺が知っている吸血鬼の特性と一緒な部分とかを。


 真っ昼間の平日だが、夏休みなので10代ぐらいの人とよくすれ違う。

 俺は走りながら、ちらちらとすれ違う顔を見ると、数人だが頬にエラがついていたり、ケモ耳が生えていたりする人がいた。

 周りの人はその人達のことを物珍しそうに眺めていたが、当人は全く気にする様子のないまま歩いている。

 アザクラが始まってからたったの2日、変化した自分の姿が当たり前かのように生活できるその人達に、俺は少し嫉妬した。


 顔も、体も、身長も、体重も、髪型も、性別も変わってしまった俺がそんなふうに生活できる日は……いつになるのだろうか。


 ユラ、今の俺はどんな顔してるんだ?


 俺は切符を購入し、駅に到着していた電車に駆け込んだ。

 扉の前で膝に手をつき、息を整える。

 その間、視線を感じるが、銀髪が珍しいから俺のことを見ているだけだろう。

 物珍しそうな視線は、町中を走っていた時も大量に感じたが、気にしないことにした。どうせ話しかけられはしないんだから。


 俺は扉の近くの座席に座る。

 降りるまであと30分ぐらい、急ぐ気持ちを抑えて窓を眺めていると、


「どんなも何も、我と同じくキューティクルな顔をしておるのぅ」


 と、ユラから返事が。


 てっきり寝てると思って心の中で言ったのに……。

 ああもう最悪だよ。


「最悪とはなんじゃ! 主様が聞いてきたから答えただけじゃのに」


 それが最悪なんだよ。

 聞こえたってことは、俺の心の中で言ったこと全てユラに知られるってことだろ?


「そうじゃが」


 だったら、俺はユラに一切隠し事ができないってことじゃんか。


「なんじゃ? 主様は我に後ろめたいことでもあるのかのぅ」


 そうじゃないけど、そうじゃないけど男には色々あるんだよ!!


「んん? 今の主人様は女の子じゃが」


 体は女の子でも心は男の子なの!!


「カカッ、そう思うのは今のうちだけじゃ。ほら、向かいに座っている人らの会話に耳を傾けてみよ」


 俺は注がれていた内の二つの視線に目をやると、口に手をやりヒソヒソと話す制服姿の女子高生がいた。

 二人組の女子高生は俺と目が合うと、話していた口を閉じて二人でアイコンタクトを取り、揺れる電車の中、逃さないよう俺の両隣に座ってきた。

 俺は両手に花状態になり、どうすればいいかわからず縮こまっていると、左に座った、髪の長さが左右非対称な左ちゃんが話しかけてきた。


「ねぇ、もしかしてキミ、アザクラやってる?」


「そ、そうだけ、ど」


 俺は人見知りを遺憾なく発揮してしまう。

 しかし、左ちゃんはそんな事お構いなしに、スマホの画面を見せつけてきた。


 そこにはアザクラ内でデュアルと手を繋いで、串焼きを頬張る姿が映し出されていた。

 え? なんでそんな写真があるの? てかアザクラ内でも写真取れるんだ…………って、盗撮だよ盗撮!!


 その画面を見て唖然としていると、右に座った俺よりちょっと背の高の右ちゃんが前のめりになって。


「これってキミだよね!? 昨日、アザクラの掲示板にこの画像が貼り出されてね。スキルリングを持っていない人と手を繋いでいるこの子は誰だ? って、最初は話題になったんだけど、この銀髪の少女が現実にも存在するっていうことでさらに話題になってて!!」

「この画像だと、フード被っていてよく見えないけど、本当にさっき新しい画像が追加されてね。それが君と顔と髪が一緒なの!! それでねそれでね————」


 俺は左ちゃん右ちゃんから熱烈にアプローチを受ける。

 俺はスライドされる画像全てに俺が写っているショックで、二人の話どころか、電車のアナウンスさえも耳に入らなくなっていた。


 もしかして、俺に人権ないの?

 てかいつの間に有名になってたわけ?

 しかも、さっきちらっと画像の閲覧数見えたけど、軽く万は超えてたような……一日二日で、ただの幼女がそんなに有名になっちゃうの!?


「何を言っておるのじゃ? 仮にも、その顔と身体は我と同じじゃ。ならば、人を魅了してしまうに決まっておる」


 なんですか、もしかして見た人を自動的に魅了する、みたいな称号でも付いてるんですか!?


「付けようと思えば付けれるのぅ」


 えっ、ほんと!?


紅葉もみじから、ルミナからのフレンド登録を認証しますか YES/NO】


「お願い!! 一回でもいいから、キミと遊びたいな!!」

「一回だけ、一回だけでいいから、ね!」


 一回だけで済まなそうな勢いで手を握ってくる二人。

 生まれてこの方、顔の整った姉に迫られることはあるが、顔の整った女子高生に迫られたことなど無かった。

 そんな男が断れると? 


 俺は当然のようにNOを押して、電車から飛び出した。


 無理だよ無理!!

 一回だけでも、耐えられる気が一切しないだもん。


 都合よく目的の駅に到着していたので、全速力でその場から逃走する。

 改札に切符を通し、再度マップを見て場所を確認する。

 ここから10分歩くのか、初めての土地だし、迷わないようにしないと。


 マップアプリを都度確認して、全力疾走で街を駆ける。


「カカッ、主人様は女性に対する免疫がまったくないのぅ。デュアルに免疫でもつけてもらうか?」


 笑えない冗談はやめてくれ。


「冗談ではないぞ。なんなら、明日にでもお願いしてもいいんじゃが」


 待って、本当にやめて、やめてくださいユラ様、お願いします。

 デゥアルとはまだ距離感を掴めてなんだ。

 せめてデゥアルじゃなくてファーにお願いしといて、その方が……。

 というか、ファーって最後どこにいたの?

 途中、体を透明にしてくれたまでは覚えてたんだけど。


「ん? ファーはあやつから獣魔石を盗んで、主人様に渡しておったのぅ。後で感謝しておくんじゃよ」

「うん! でも、みんなに任せきりになって、ちょっと悪いな」

「主人様は生まれたばかりなんじゃ。世の中、助け合いが大事じゃから気にするでない」

「……ユラがそう言うならいいけど」



 汗だくになりながらも、無事に目的地へ到着した。

 二階建ての一軒家。

 マンションや団地でないことに安堵しつつ、どう不法侵入しようか考える。


 そもそも玄関の鍵がかかっているのか、家族が中にいたらどう対応すれば怪しくないのかな。

 んんー、よし、カエデの友達で遊びに来たってことにしよう。


 インターホンを鳴らす前に、慎重にハンドルを回して手前に引く。


『ガチガチ』


 ふぅ、やっぱり閉まってた!!

 仕方ない、インターホンを押すか。

 頑張れ俺、誰が出ても家に通してもらえるよう説得するんだ。


 頭で話す内容をインストールして、人差し指でインターホンを鳴らす。

 しかし、いくら待っても返答はない。

 急がせるようで嫌だが、数秒待ってからもう一度鳴らす。


 出ない。

 どうしよう、このままだと、窓を割って侵入するしか方法はない。

 カエデの家族の帰宅を待ってもいいが、玄関前で待つと、通行人から変な目で見られて、最悪、警察を呼ばれてしまうかもしれない。


 んっー、と頭を抱えて悩んでいると、ユラが呆れたように、


「主人様よ、このドア、横にスライドするタイプではないか?」


 いくらなんでも馬鹿にしすぎだ。

 でも、まぁ万が一ってのがあるし、横ね横。

 あまり期待せずにハンドルを握って横に力を加える。

 すると、驚くほどスムーズに玄関ドアが開いた。


「……主人様」


 ユラ、何も言うな。俺が間違ってたんだ。

 蝶番ちょうつがいの位置を見たらわかることなのに、そんなことすら確認しない馬鹿な男だよ。

 ……じゃなくて、そんなくだらないことでいじける暇なんてないの!


 俺は通行人から怪しまれないよう、自宅かのようにしれっと家の中に入る。

 偏見だけど、二階建ての場合、子供の部屋は二階にある。

 一階の部屋を全て無視して、階段を上がる。


 助けに来たとはいえ、俺が行っている行為は不法侵入以外の何ものでもない。

 だから、できるだけカエデの部屋以外は入らないようにしよう。

 そう心に誓い、ギシギシと木材の音を立てて足を進める。

 上がってすぐの部屋に『かえで』と、林間学校で作ったようなクオリティの木の板がぶら下がっていた。


 絶対ここだ。

 確信を持って扉を開ける。


 六畳ほどの空間。

 ゴミひとつ落ちていない綺麗な床、勉強机の上にある数Ⅰの教科書。ハンガーにかけられている学生服。そこらかしこにある可愛らしいぬいぐるみ。


 カエデって高校生だったのか……てっきり中学生だと。いや、人の部屋をじろじろ見るのは失礼だな。


 俺は寝息を立てるカエデの側まで歩く。

 布団の前で片膝を立てて座り、多少強く体を揺さぶるが、起きる気配がない。

 ユラに教えてもらった方法で、獣魔石をストレージから取り出す。

 ユラ曰く、現実にあるものだとストレージから実物化できるとのこと。


「ユラ、どうすればカエデは起きるの?」

「獣魔石を飲み込ませればよい」

「飲み込ませるって……寝てるカエデにどうやって」

「飲み込める状態ではないのなら、方法はひとつ。胸を裂き、獣魔石をはめ込む、それしかないのぅ」


 飲み込ませるか、強引にはめ込むかって、二択のレベルが違いすぎじゃないか。

 なんでそんなに極端になるんだ?

 体の中に入れる方法だとしたら、他にもありそうだけど。


「獣魔種は獣人種の特殊個体なんじゃ。魔素を体内で生成し、獣魔石に溜め込む性質を持っておる。じゃからこそ、獣魔石がなくなれば、生成される魔素が体を蝕む毒となり、やがて死んでしまうのぅ」

「だからって、現実で胸を裂いたら、痛みが直接カエデにくるんじゃ」

「じゃが主様よ、今はその方法しか残っておらん」


 カエデを助けたければ、胸を裂いて埋め込まないといけない。

 カエデの胸に、刃物……包丁を俺が突き刺す。

 そんなの……無理だよ。

 それに、そんな傷をつけたら、絶対に死んじゃう。


 無慈悲に告げられた現実から逃げるように、俺はベッドに顔を埋める。

 どうしよう、どうしよう。

 馬鹿な頭で考えるが、解決策なんて浮かばない。

 せいぜい思い浮かんだのは、俺の涙と鼻水でベッドを汚してしまう程度。


「……キミ、誰?」


 しまった。カエデの家族が帰ってきたのか?

 動揺したら駄目。

 俺はカエデの友達で遊びに来た。そう言えば大丈夫のはず。


 ベッドから顔を上げて、声を震わせながらも、頭でシュミレーションした通りに口を動かす。


「すん、んん。……カエデ、ちゃんの家に、遊びに、きたんだ……けど」


 言葉が途切れるのは当然。だって、涙ぐむ俺を心配そうに見ていた女の人は、電車内で会った左ちゃんこと、紅葉だったから。


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