No.2-5 「聖騎士」
「どうもいらない助言ありがとう。言いたいこと言ったんなら、さっさと目の前から消えてくれる? 下世話はいらないんだ」
怯えるカエデを隠すように、前へ一歩踏み出し、『血剣』を握る。
見た目からして、俺の実力だと、この男には傷を負わせることもできない。
でも、カエデが逃げる時間は稼げる。
ログアウトできる場所は、町中や各地にあるセーフティエリアだけ。
カエデが逃げ切れたら、あとはユラに任せたらいい。
「亜人風情が聖騎士たるオレを睨むな。殺すぞ」
「……お前が話しかけてきたんだろ」
「はっはっ、それもそうだ、すまんすまん。ちょっと確かめたいことがあってな」
男は大剣を地面に突き刺すと、その場所から透明の液体が溢れ出した。
その液体が俺とカエデに触れると、『彷徨いの森』ではない、どこかに転移させられた。
体育館ほどの大きさ。前面真っ白で、出口なんて見当たらない。
中には俺とカエデと聖騎士の男だけ。
戦いは避けられそうにないな。
「マジかっ! お前、獣魔種か。……三日目にして、オレって運よ!」
言い終わると同時に、聖騎士の男は地面に刺さっている大剣を抜き、カエデに向かって大剣を天から振る――――が、カエデから甘い匂いはしなかった。
「あぁ? 邪魔してんじゃねーよ、害虫が」
俺の動体視力で、聖騎士の軌道を捉えることはできなかった。
しかし、聖騎士が動いた瞬間、反射でカエデの体を突き飛ばしていた。
真横にある聖騎士の煌めく目から、執念が見える。絶対に逃さないという執念が。
「『眷属召喚』、デゥアル!」
寝ているデゥアルを呼び出すのは気が進まないが、選べる選択肢がこれしかない。
聖騎士に殺されるよりも、デゥアルに怒られる方が何倍もいい。
【血液量が不足しています】
なっ、そんなの、そんなのって……酷いよ。
『ゴッ!』
顎に骨が激突する。
口の中が甘味の海になる。
意識が、纏まらない。視界がくらくらする。
殴られた、のか。
揺らぐ視界に、前蹴りの体制をした聖騎士と、泣き喚くカエデが映る。
このままだと、カエデも。
……俺は全力で抵抗するぞ!
腹に踵が触れたとき、『血の糸』を聖騎士の足に巻き付ける。
俺の体は宙を舞うが、その勢いを乗せて『血の糸』を引っ張り、聖騎士の体をカエデから離れさすことに成功した。
ユラ、起きてるか? 起きてるなら、カエデを逃す方法を教えてくれ。
…………そんなものはない、この場所、《聖域》に入ってしまった時点で、主様の負けじゃ。
せい、いき?
聖騎士の役職スキルじゃ。魔の特性を持つ生物を閉じ込め、半分ほどしか力が出せんようになる。
確か、俺も役職スキルがあったはずだよな。
あるにはあるが、練度が違いすぎて話にならん。
辛辣だな、ユラは。デゥアルと戦ったみたいに俺の体を成長させることはできないか?
《聖域》内では無理じゃ。ここから脱出すれば、可能じゃが、その頃には全てが終わっておるのぅ。
そうか、わかったよ。
俺はできることをやってみる。
……健闘を祈っておくとするかのぅ。
ユラとの相談を終えて、改めて状況を確認する。
何本かあばらが折れている俺。
壁に背を付けて項垂れている聖騎士。
聖騎士が動かない間に、折れたあばらで内臓を傷つけながらも、カエデの元に駆け寄る。
腰が抜けたのか、女の子座りのまま、震える手で俺のスカートの裾をわしずかむ。
「なんで、うちが……あんな、剣で……ころっ、殺され、殺されるなんて」
聖騎士に勝てない俺に、カエデの震えを止まらせる言葉は言えない。
「ねぇ、カエデ。……戦える?」
「ヤナちゃん……、無理や。うち、怖くて……立てないんやで」
「だったらさ、俺、頑張るから応援してよ。あいつに勝てるように」
だから、カエデが俺の震えを止める言葉を言ってくれ。
「……ヤナちゃんは強いから、強いから、……強いから」
「うん、知ってる! じゃ、行ってくるよ」
ああ、俺は強いんだ。
人から鼓舞されるだけ、実感が強まる。
実力の差なんて、意識の差で埋めることは不可能じゃないんだ。
聖騎士は起き上がり、不機嫌を露わにした声で叫ぶ。
「やりやがったな、亜人如きが、このオレを……手加減しねーからな!」
くる――――、突っ込んでくる聖騎士に、バンドのように『血剣』を握り、捨て身でダメージを与えるようにした。
しかし、微かな希望は『血剣』と共に砕け散る。
体を横に一閃。縦に一閃。
真っ白な空間に花が咲く。
――今だ!
咲き誇る花が、聖騎士をボンレスハムのように包み込む。
ぶちぶちと千切れるが、俺は力一杯引き寄せる。
大剣を使う距離感ではなくなった。
聖騎士はノンモーションで拳を。
俺は真っ直ぐ進む拳を難なく避けて、聖騎士の頭を掴み、歯を突き立てる。
「『吸血』……不味いな、お前の血。ちゃんと肉食えよ」
「このっ、殺す!」
「物騒だな、殺す殺すって」
不快な味わいのお陰で、細工はできた。
あとは上手く機能すれば……。
『血剣』
聖騎士の頭から『吸血』した時に、俺の血を中に入れておいた。
スキルさえ発動すれば、聖騎士の頭から『血剣』が生まれる。
スキルリングは発光した。
だが、聖騎士が倒れる気配はない。
……なんで、なんで。
俺には戸惑う間も与えられず、聖騎士が俺の右手を切断し、足蹴りしてスキルを放つ。
「『聖なる鎖』、亜人を拘束しろ」
聖騎士の体から生まれる無数の鎖が俺の四肢を貫通する。
じゃらじゃらと音を鳴らして、俺の体を完全に動けないよう拘束した。
地面に横たわる俺に、聖騎士は悪魔のように微笑んだ。
そして、聖騎士は俺の身体を踏みつけてカエデの元に歩み寄る。
カエデは『身体強化』を使って逃げようとするが、よちよち歩きで逃げられるわけもなく、聖騎士は無惨にも大剣でカエデの両足を使い物にならなくした。
「いやぁあああああ!!!! うちの足が――――――!!」
不敵な笑みで見下ろす聖騎士。
地獄のようだった、いや、地獄そのものだ。
無音の空間に、人ならざる悲鳴が響き渡る。
なくなった足をジタバタさせるカエデ。
それをうざったく感じた聖騎士は、ため息と共にヘソの位置に大剣を突き刺した。
ばちゃばちゃと血液が音を奏でる。
男はカエデの衣服を引き千切り、中身を見て、さらなる笑みを深くする。
カエデの胸には、紅の宝石が埋め込まれていた。
男は宝石が傷つかないように、暴れている少女の腕を足で踏み、左手を少女の開きっぱなしの口に手首が見えなくなるまで入れる。
果物ナイフほどのもので、宝石周りの肉を削ぎ落とす。
俺はそれを傍観することしかできなかった。
男は宝石周りの肉と血を拭きとると、宝石を天に掲げうっとりした声で、
「これでもう一段階、オレは強くなれる」
宝石をオブジェクト・リングで保管して、動かなくなったカエデから大剣を抜き取り、姿を消した。
すると、俺たちの体だけは『彷徨いの森』に戻っていた。
小鳥のさえずり、小川の流れる音がいつもより大きく聞こえる。
俺は何度もカエデに言葉を投げかけるが、返答はない。
どうして……どうしてカエデなんだよ……俺じゃなくて。
こんなに苦しいんだ――――何もできずに傍観することが。
俺は飛ばされた右腕を見て、己に問いかける。
「なんで……なんで……なんで」
俺の問いに答える人はいない。
俺の苦しみを分かち合える人なんていない。
俺に答えを教えてくれる人なんていない。
だけど、人じゃないなら俺の中にいる。
「『影化』」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
影に入るのは二回目だ。
それにしては、この空間に慣れてしまった。
吸血姫が拘束されているこの空間に。
「主人様はその言葉が好きじゃのぅ。なんでなんでなんで……我がその言葉を何回聞いたことやら、両手で数えられんのぅ」
「御託はいいから、分かってるだろ?」
「事情は知っておるのぅ。じゃが、主人様は何がしたいんじゃ?」
「何って、」
「ほら、言葉が詰まっておる。言語化できない思考なんぞ、なくてもいいんじゃよ」
ユラの言葉が胸に刺さる。
俺は……何がしたい、のか。
聖騎士を殺したい?
カエデを助けたい?
何がしたいかなんて、一つに決まっている。
「俺に力がなかったから……何もできずに、見るだけだった。俺は、あの聖騎士を――――――いや、俺はカエデを助けたかった」
嗚咽交じりに全てを吐き出すと、ユラは表情を変えずに淡々と、
「いいじゃろう。もう時間じゃ。ひとまず、早急に獣魔種の魔石を取り返す必要がある。獣魔石は獣魔種にとって命そのものじゃからのぅ。主人様の現実でも、カエデはいわゆる、植物状態になっておるはずじゃ。……時間は有限。すぐに出よう」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『影化』が強制解除され、『彷徨いの森』に帰ってきた。
俺の体に巻きついていた鎖が、肉塊となっていたカエデがいなくなっていた。
「さて主人様よ、これからは我らのターンじゃ」
「……俺には力がない。だから今だけは、ユラ、お前に全部任しても良いか?」
「ああ、我に任せておけば、万事解決じゃのぅ」
鳥の羽ばたく音が、生き物が草木を分けて走る音が次第に増長する。
体に流れる血液が熱を帯びる。
思考がクリアに、視界がクリアに。
肉体が成長する。
【精神の主の権限を確認。『同期』を発動します。】




