No.1-0 「プロローグ」
俺――梁川健斗は、友人から送られた段ボールを開いた瞬間、生まれて初めて、本当の意味で言葉を失った。
親指と人差し指でその原因を掴み、ゆっくりと持ち上げる。
どう考えてもこれは……全身タイツだ!
手の部分と足の部分がくっついてる!
ちょっとザラザラしてる!
伸縮性すごっ!
全身タイツなんて、性癖の人か、芸をやる人の二パターンしか購入しないレアな服。
そんなものをあいつが、和也が俺に……。
いや、人の性癖を馬鹿にしちゃいけないよな。
これだって送り先を間違えたんだろ。
でも……うぅ、一瞬でも和也の全身タイツ姿を想像してしまった。
和也とは、俺の数少ない……一人しかいない友人だ。今は同じ高校に通っていて、引きこもっていた俺を元気付けてくれた頼れるやつだ。
リーダーシップもあって、クラスのみんなからも尊敬されていて、陸上の県大会で優勝するようなイケメン、なんだ。なんだけど……。
丁寧に畳んで、段ボールの中にそっと戻し、リビングから撮ってきたガムテープでぐるぐる巻きにする。
万が一、姉に発見されたら説明が面倒なので、ベッドの下に段ボールを隠す。
これで秘密は守られる。
だけど、問題なのはいつ和也がこのことに気づくのか。
顎に手を当てて部屋の中をうろちょろしていると、ブーブーとスマホが振動していた。
画面には、和也のアイコンが表示されている。一度胸に手を合わせて、覚悟を決めてから耳にスマホを当てる。
「そろそろ荷物、受け取ったんちゃう?」
和也の声色は普段と変わらないおちゃらけた感じ。
流石だよ。お前レベルになると、性癖がバレたくらいで動揺もしないんだな。
「うん、和也の都合のいい日でいいから遊びにきて」
「……どゆこと?」
「俺に言わすな。まぁ、和也がどんな性癖を持とうが、俺は友達だから」
「ん? あっ、勘違いすんな! それ、来月リリースされるアザクラに必要なコントローラーみたいなもんで、別に俺の趣味とかじゃねーから!」
ゲームにタイツが必要だって?
そんな冗談、言わなくていいんだ。
ここには俺しかいないんだから。
「焦らなくていいよ。俺はそんなことで軽蔑しない。じゃ、また学校で」
「待て! 頼むから一回『アザクラ』で調べてくれ! そしたら俺の言うことが冗談やないってわかるから」
画面から唾が飛んできそうな勢いで言われると、調べないと罪悪感が生まれてしまう。
パソコンの電源を付け、アザクラと検索すると、一番上にother world createが表示された。
しかし、クリックして中に入っても白い背景で何も情報がない。
「出てきたけど、何これ?」
「ふふふ、アザクラってのはイヤホンとタイツ、もといスーツを装着することによってプレイすることが可能な、VRを超えたリアリティを体験できるゲーム。otherworldcreateの略や」
俺の聞き間違いじゃなければVRを超えたって言ったのか?
それってつまり……現実でもリンクスタートできるということですか!?
――――って、流石にそんなバカげた話はないよな。
「本当だとしたら凄いけど、とりあえず公式のURL教えてよ」
アザクラについて言及している記事は見れるが、そのどれもが同じ内容で新たな情報を得られない。
「あ〜、サイトの方はサービス開始まで開かれへん。ま! とりあえず説明書入ってると思うからそれ見て理解しろ。めんどくさくても操作方法だけは覚えとけよ。サービス開始は8月1日、夏休みにやりまくろうぜ。期末試験で赤点だけは取るなよ!! じゃまた」
「あ! ちょっと待てって…………はぁ、もう切れてるし」
説明不足感は否めないが、一ゲーマーとして心躍るのは事実だ。
ベッドから段ボールを取り出し、ビリビリとガムテープを剥いで段ボールをひっくり返す。
和也の言ってた説明書は……これか。
部屋に散らばった無線のイヤホンと、一枚の説明書、早くも皺がついた全身タイツを拾い、机の上に置いておく。
ペラペラの説明書には一つのQRコードがあるだけだった。
それをスマホで読み取ると、アザクラのアプリをダウンロードする事ができた。
ダウンロードが終わりアイコンをタップすると、びっしりと文字が羅列していて読む気にはならなかった。
いつもの俺なら読むのを諦めるが、今日は違う。
ゲームにダイブするという夢を叶えれるかもしれないんだ。
勉強用に持って帰ってきた教科書やワークを本棚に戻し、一行一行頭の中でしっかりと読んでいく。
和也が俺の体にぴったりの全身タイツを送ってきたことを忘れるために。