お兄様は甘くなかった その9
「それで、上級魔法はどう使う? 少なくとも、お前の望み通り東軍の群れを葬り去れそうだが」
「葬り去るとは人聞きが悪いなあ。私はハイサムスさえ倒せればそれでいい。むしろ、上級魔法のおかげで犠牲が減るかもしれないのに」
別に嘘は付いていない。
風の上級魔法で雷を降らせて、結果的に大量虐殺になってしまう事はあるかもしれないがな。
だが、俺が求めるのはあくまでハイサムスを倒す事である。
「風の上級魔法は、ハイサムスに攻撃を当てるのに使うだけ。ウィンドカッターの魔法だけじゃあ流石に防がれちゃって」
「そういう事か」
「それとも、貴方がハイサムスを倒すって手もあるけど」
「私はオリッシュの中身が誰の体に入っているかを知らない。第一魔法旅団相手とはいえ万が一もあるからな。悔しいが、貴様に先陣を切ってもらって判断してもらうしかない」
「貴方がちゃんと分かっているようで安心した」
やはり、俺の正体を教えなくて正解だったな。
闇雲に東軍を攻撃しては万が一という疑心暗鬼が生まれると。
嫌でも戦場にオリッシュの体もとい俺を出さなければいけないわけだ。
この場所に閉じ込められるってのも、もはや杞憂だな。
「とりあえず、魔法の書は返す。このまま私が持っていたら気が気で無いようだし」
俺は、シャーマナイトに風の上級魔法の書を渡して返した。
「本当にもういいのか? まあ、そんなに時間をかけて読むものでもないが」
「この本に書いてあった風の魔法は覚えたつもり。実際に使ってみなきゃ分からないけど、ここで使うわけにもいかないし」
「そうだな」
「それじゃあ、戻りましょうか。それとも今日は泊っていきたい?」
「いや、貴様にオリッシュの部屋を使わせたくない」
優しいお兄様な事だ。
若い頃の俺なら無理にでも泊ったかもしれないがな。
今更、若い女の部屋などに興味が無い。
「ところで、念のために聞いておくけど、私の事は誰かに伝えたの? もしくは、伝えるつもり?」
「言えるわけがないし、言うつもりもない。そもそも、私が貴様を西軍まで連れ込んだのが、私の犯した間違いだしな」
「賢明な判断ね」
「これを弱みとして誰かに握られて、オリッシュを取り戻すのに支障が出ても困る」
分かっているじゃないか。
「それじゃあ、ここを出たら今まで通り私は貴方の妹オリッシュとして接するから」
「当然だ。妹を取り戻すまでは、貴様に妹をフリをしてもらうぞ」
「では、今後とも宜しくお願い致します。お兄様」
「チッ。こうなったら、何が何でもオリッシュを取り戻してもらうからな」
元より、そのつもりだ。
俺のためにな。




