お嬢様の生活その9
紳士淑女の皆様。大変長らくお待たせ致しました。これより始まるは私とお嬢様による大逆転劇。望むはこちらの大勝利でございます。
絶対の頂点である王族の命令を如何に無礼なくお断りできるか。勝敗はこれに委ねられるでしょう。
チップの賭けはご自由に。ただし、予想が大外れしてしまっても私は一切の責任を負いませんので悪しからず。
それではいよいよ開幕にございます。どうぞ、手に汗を握り頭を空にしてお楽しみくださいませ。
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豪奢なシャンデリア。座ることすら憚られる美しい刺繍のソファ。鼻腔を擽る趣味の良いお香の香りと、棚に並べられた光り輝く調度品。
私が招かれた王城の一室は、それはそれは気を弛めることのできない場所でした。
傷一つつければ私のお給料の半年分は吹き飛ぶことでしょう。勘弁して欲しいものですね。
今日ばかりは常のメイド服ではなく、それなりに質の良いドレスを着ている私。何ともまぁ、一般市民で平凡な顔立ちの娘がプリンセスに憧れて背伸びした感が物凄いのです。
やはりドレスを着こなせるのはお嬢様のような麗しい方と決められているようですね。
こんな服など早く脱ぎたい私ですが、残念ながら状況がそれを許してはくれません。
私の前に座っているのは、私とお嬢様を引き剥がそうとしている張本人。つまり、第1王子のアルフレッド・ヴィル・ヴィーシャ様です。
このお方の許しなしには退室はできませんし、罰を覚悟して席を立っても部屋の前を警備しているグーラッド様に戻されてしまうでしょう。
優雅に紅茶をお飲みになっているアルフレッド様は、カップを静かにテーブルに置くとニコリと微笑まれました。
日頃から、シャルロットお嬢様という至高の存在を目にしている私には、その甘いマスクは全く効果がありません。
そんな私の心境を知ってか知らずか、笑みを収めた真剣な顔つきで本題に入りました。
「王宮メイドへの引き抜きの件。考えてくれただろうか?」
ここでどう動くかがとても大事です。
まずは先方の考えを知ることから始めます。
「結論をお答えするより先に、私からも質問をさせて頂いてよろしいでしょうか?」
「構わないよ」
「なぜ、レイブンに仕えている私を王宮に迎えようと思われたのですか?」
「手紙にも書いたけど、君がとても優秀だからぜひその能力を王の元で発揮して欲しいと思ったのだ」
「それに関しては既に拝読しております。私が聞きたいのは、そんな建前の話ではなく第1王子の本音の方でございます」
確かに私が優秀だから引き抜きたいというのも嘘では無いのでしょう。
社交場では隠れるようにお嬢様をお助けしていた私ですが、その姿が誰にも見られていないとは限りません。現に、アルフレッド様の護衛騎士であるグーラッド様に見られています。
ですが、優秀なメイドなど数え切れないほどいましょう。わざわざ引き抜かずとも、主の為ならばと能力を最大限発揮する者はいます。
王子もそれを分かっている。分かっている上で、私を引き抜こうとしているのです。
何か裏があると探るのが普通でございましょう?
第1王子は赤い瞳を細めて至極穏やかに微笑まれました。
「君のようなメイドが他にもいると、本当に思っているのかい?」
「何を仰っているのですか。主をお守りし、主に全てを捧げるのは普通のことでございます。特別なことは何もしておりません」
「スナイパーを軽々と扱うメイドがいると?」
「……」
これに関しては黙ってしまいます。
「君が傍付きになる前、シャルロットが連れ攫われた時には敵アジトの窓を突き破り、2階の高さからシャルロットを抱えて救出したとも聞いた」
「それは随分前のことでございますね」
懐かしいです。そんなこともありました。気になりますか?また次の機会がありましたらお話し致しましょう。
「その時、1人で男数人相手に大立ち回りを演じたとか」
「……淑女の嗜みでございます」
「君があの家のメイドになってから、レイブン家に犯罪の類の被害が出ていないのはなぜかな?今後の課題だが、ヴィーシャは先王の時代から治安が少々悪い。貴族は毎夜、強盗などの被害を確認している。そんな中、国有数の公爵家であるレイブン家には一切の被害がないのは不思議じゃないかい?」
「きっとシャルロットお嬢様の神々しさのあまり、手を出せば神から直々に罰せられると悟っておられるのでしょう」
「それも有り得る。しかし僕の専属騎士、カルマ・グーラッドからはこんな報告を受けている。夜な夜な1人の青い髪のメイドが屋敷の周りを徘徊し、犯罪者避けの罠の確認をしている、と」
「屋敷の前に糸の防御結界を張るのは当然かと思われます」
「いい加減認めたらどうだい?君の役職はメイドでありながら、その仕事は役職の領域を超えている。そんなメイドは他にはいないということを」
もしかしなくても風向きが悪いのでしょうか?勝利の息吹は私にでは無く王子に吹いていると?
「警備。喧嘩。救出。守護。狙撃。他にも色々とあるが、これができる体力と頭脳があるのなら、レイブン家ではなく王族に仕えて欲しいものだね」
想像以上に相手方がこちらを把握しておりました。どう致しましょう。
正直に認めますと、私にはそれらのことが軽々とできてしまいます。
守るなら王の腕ではなく頭を守れ、というのも理解出来てしまいます。
ただお断りするのでは納得させられる材料が足りず、反逆罪になり得るかもしれません。
どうすれば、と思考をフル回転させ始めた私の耳に、窓ガラスが割れる音が響きました。
驚いて粉々になった窓を見ます。
そこには美しい都市を背景にし、煌々と輝く昼の太陽の煌めきを背負ったシャルロットお嬢様がおりました。
「アルフレッド第1王子。この度はこのようなご訪問となりましたことを心よりお詫び申し上げます」
銀髪を風に揺らしながら優雅に礼をされたお嬢様。
これにはアルフレッド王子も目を点にされております。
「重ねる無礼をお許しくださいませ。本日、私、シャルロット・レイブンはアルフレッド第1王子が申し上げられた、我が傍付きメイド引き抜きの件に関しまして、異議申し立てをしに参りました」
ご尊顔をあげたお嬢様は清々しい笑顔を浮かべられております。
予期しなかった訪問に私も混乱してしまいます。
大逆転劇は第2幕へ突入するようです。