お嬢様の生活その3
ごきげんよう。皆様。
私は今シャルロットお嬢様のお部屋の前に来ております。
扉の向こう側ではお嬢様が優雅に本をお読みになっておられるでしょう。
「お嬢様。イザベルにございます」
「入ってきて良いわよ」
「失礼致します」
しっかり礼をしてお嬢様と同じ空気を吸います。先程までの不安が洗い流されるようです。
シャルロットお嬢様もお吸いになっている酸素を共に吸うと自然と笑みがこぼれました。
「良いところに来たわね。ちょうど本の内容が佳境だったの」
「そうなのですか。このタイミングで戻ってきた私は幸運ですね」
もちろん皆様も幸運でございますね。明日、特大の不運に見舞われても、今日のことを思い出せば乗り越えられますでしょう。
シャルロットお嬢様は本の世界に使っていた余韻で、宝石のような瞳をさらにキラキラと輝かせています。
「それはどのような内容の本なのですか?」
「貧しい村で頑張って働いていた女の子が、ある日川に身を投げて優しい町の人に助けてもらうの。生きる気力が戻って、少女は平穏に生きたいと前むくようになるお話よ」
「なんだか聞くだけでヘビーな内容ですね……」
「私も最初はそう思ったわ。でも、読んでみたらとっても優しい人ばかりで胸が温かくなったの」
そこからはお嬢様の捲し立てるような感想を聞きました。
この登場人物が好きだとか、このキャラクターはずっと元気でいて欲しいだとか、この展開は盛り上がっただとか、たくさん話してくださいました。
お昼になり、大食堂へ向かうと、料理人が腕によりをかけて作った昼食が次々と並べられていきました。
食事中も興奮冷めやらぬ様子で本の感想をお話になられました。
「女の子は平和がとても好きで、基本的に戦いを好まないの。けれど、周りの人々を助けるために時には戦うところがかっこいいの」
葉物野菜を小さなお口に運びながらシャルロットお嬢様は言います。
どうやら主人公の女の子は、戦う力はあってもむやみに振りかざさない、素晴らしい人格をお持ちのようです。
咀嚼し終わったお嬢様がお話を再開させました。
「女の子だけじゃなくて、少しずつ仲間になってくれる他のキャラクターたちもそれぞれの想いがあって、共感できる場所が沢山あるのよ」
ご昼食を終え、お部屋に戻られる最中も、お部屋で休憩なさっている時もお話は続きました。
どうやら物語はまだまだ続くようで、先に展開がとても楽しみだそうです。
シャルロットお嬢様との楽しい時間はあっという間に過ぎ、ついに運命の夕方がやって来ました。
「お嬢様。少しお見せしたいものがありますので、庭園までお越し頂いてもよろしいでしょうか?」
「良いわよ。ちょうど話が一段落したところだったから」
外は相変わらずの曇り空。雨が降る気配はなさそうですが念の為大きめの傘を持っていきます。万が一にもお嬢様を雨に打たせることなどできませんから。
アルミホイルに包まれたマーガレットまでご案内すると、お嬢様は僅かに表情を沈ませました。
ですが、私が何かを企んでいることを察したのか、すぐに口元に笑みを浮かべられます。
「あなたは昔から私を驚かせることに定評があるものね。きっと今回も驚かせてくれるのでしょう?」
そのありがたいお言葉から、シャルロットお嬢様から私への確かな信頼を感じました。メイドにとって実感できる信頼ほど嬉しいものはありません。
「恐悦至極にございます。ご覧下さいお嬢様。マーガレット、見事に開花致しました」
アルミホイルをそっと外し、アルミホイルで包むように点灯していた豆電球も取り外します。
そこには7割ほど花弁を開かせた可憐な花が揺れていました。
満開とは行きませんでしたが、お嬢様のお顔はとても穏やかなものです。
「咲いてくれた……いえ、咲かせてくれたのね。ありがとう、イザベル」
「勿体なきお言葉にございます。私はただ光を当てただけに過ぎず、頑張ったのはお嬢様がお植えになったこのマーガレットの方でございます」
「謙遜しなくてもいいのよ。開花させただけでもあなたは十分にすごいのだから。これで明日からの巡回も心置き無く頑張れるわね」
憂いの消えたお嬢様。
何かを案じている表情も儚くて素敵ですが、やはりこうして凛としている表情が誰よりもお似合いになられます。
マーガレットの開花問題、これにて解決でございます。
明日からは孤児院への慈善活動が始まります。たとえ子供といえど、お嬢様に無礼な行動をするものは絶対に許しません。
そのような礼儀知らずの子供がいないことを切に願い、本日はここで幕引きと致しましょう。
それではまたのお越しをお待ちしております。
今回出てきた本のお話は、私が書いている別作品の内容です。気になった方はぜひ【伝説の少女は平穏に暮らしたい】をお読みくださいませ(_ _*)
これからもよろしくお願いします