事件究明1
消毒液の匂いで私は目を覚ましました。真っ白な天井と真っ白なシーツは、病院にいるのだと言うことを教えてくれます。
徐々に意識がはっきりしていき、直前の記憶を思い出すといても立ってもいられず寝台から足を下ろしました。
白い包帯が巻かれた足が悲鳴を上げましたが気にせず、病室の扉に手をかけます。しかし私が手に力を込めるより早く、扉は横へとスライドしました。
呆気に取られる私と視線が合ったのは、寝起きの寝ぼけ眼には眩しすぎるシャルロットお嬢様のご尊顔でした。
「くっ……なんと、眩い……!」
腕で顔を覆うのは不可抗力です。フラリと後退した私を、お嬢様の華奢で白いしなやかな腕がベッドへと押し戻しました。
「イザベル、酷い怪我だったのですから、まだ起き上がってはダメよ」
シャルロットお嬢様にそう言われてしまえば、お嬢様の傀儡である私は従うしかありません。それにしても、寝覚めの鼓膜に響き渡るお嬢様の呆れ混じりのお声……あぁ、エデンはここにありました。
ベッドの近くにあった椅子に腰を下ろした女神様に静かに祈りを捧げる私を、女神様ご本人は安心したように微笑まれました。あぁ、ユートピアに迷い込んでしまったようです。
「あなたが重症を負って病院に運ばれたと報せを受けた時は血の気が引きました。謹慎を言い渡していたのに、なぜいつも面倒事に巻き込まれるのかしらね」
細長い指を頬に当てて首を傾げるそのお姿。万人を魅了する魅力に満ち溢れております。もしもここが病室ではなく国民向けのセレモニーホールなら、間違いなく全員が石になっていたことでしょう。
もちろん、一流のメイドである私はそのような失態は晒しません。せっかくお嬢様が来てくださったのに意識を失うなど、目が覚めた暁には腹を切って詫びるほどの大失態でございます。
この極楽を冥土の土産にする訳にはいかないのです。
「ご心配とご迷惑をおかけ致しました。私はこの通り元気溌剌としております」
「そのようで安心しました。そういえば先程、騎士グーラッドが面会したいと言っていたわ。あなたの主は私だから優先していただいたけど、元気な顔も見れたしそろそろお暇するわね」
サァーっと血の気が引きました。優雅に腰を上げるお嬢様を引き止めたいと、脳内が警報を鳴り散らします。ですが私はできるメイド。我儘でお忙しいシャルロットお嬢様のお時間を奪うことは致しません。
この悔しさは元凶であるカルマ様にぶつけることで精算することにしましょう。
月女神の銀髪の一本が見えなくなるまでお見送りをし、私は平静を装うために深く深呼吸をしました。
数回繰り返し頃、控えめなノックと一緒にカルマ様の声が扉越しに聞こえました。
「イザベル、入りますよ」
「どうぞ」
騎士らしい洗練された動きで入室してくるカルマ様を、私がキッと睨みつけました。いつも通り困ったように笑うかと思いきや、心の底からの満面な笑みで返されました。
「うん、元気そうですね」
「一体何をどう見たらそんな感想が出てくるのですか。明らかに不愉快だという顔をしていますでしょうに」
「レイブン嬢とのご歓談を邪魔したのに、にこやかに迎えられる方が心配になりますよ」
そう言いながら先程までシャルロットお嬢様が腰掛けていた椅子に落ち着くカルマ様。そういえばあの事件の最後、カルマ様が助けに来てくれたのを思い出しました。
「カルマ様、先日は応援に来て下さり感謝致します」
「とんでもありません。結局犯人は逃がしてしまいましたし、子供たちも全員を救出することは出来ませんでした。不甲斐ないです」
しゅん、と犬のように落ち込むカルマ様。彼はそう言っていますが、あの爆発とコンテナの状況から、私と息がある子供たちを救い出せるのは至難の技です。もっと誇っても良いと思いますが、カルマ様が納得いってないのなら私から特に言うことはありません。
「救出に成功した子供たちはどうしていますか?」
「院内の子供病棟で治療を受けています。みな、酷い怪我をしていますが今のところ命に別状はないそうです」
「……体が欠けた部位を治すことはやはり難しいですよね?」
コンテナ内で檻に閉じ込められ獣の餌にされかけていた子供たちは、体の部位がどこかしら無かったり、繋げたまま治療することが望ましくない状態の者が多かったと記憶しています。
それでも未来ある命。生きるのになるべく不自由はして欲しくありません。
ダメ元で聞いた質問に予想通りカルマ様は沈痛な顔をしました。
「えぇ。助けた子供のうち3人は四肢のいずれかを切断する処置をしました。残り2人は切断こそありませんが、大きな傷跡が顔や体に残ることになるでしょう」
「この国の人々は怪我をして見た目が普通ではなくなった者に対して、根本的な拒絶を示します。平民はもちろん、貴族の1部にも差別をする者が多く存在します」
「豊かさゆえの弊害。充実ゆえの無知でしょう。今後の課題となってくる案件です」
「アルフレッド王子殿下へ言伝を。どうか誰もが外見で差別されない国を作って欲しい、と」
私の切実な願いをカルマ様は深く頭を下げて受け取りました。不幸な事件に巻き込まれた子供たちの未来はアルフレッド王子殿下の統治に掛かっています。
「犯人の足取りはどの程度掴めていますか?」
重苦しい空気の中、不幸の原因である犯人について問いかけます。
カルマ様はいくつかの資料を懐から取り出しました。
「名前が判明しています。シャトン・ジュネル、国内に同名の者は確認出来ませんでしたから、おそらく国外から来たのだと思われます」
「国外……また面倒ですね」
「はい。国内の者であれば『ヴィーシャ』の法で裁くことができますが、外となれば話が変わってきます。見つけて捕縛しても、望む処罰を与えられぬかもしれません」
「いずれにせよ必ず捕らえ再発を防止しなければなりません。ところで、私は何日眠っていましたか?」
「今日で丁度1日です。怪我が治り次第、捜索に参加しますか?」
カルマ様の問いに私は首を振りました。
お嬢様から言い渡された謹慎はまだ充分に残っていますが、怪我が治る頃には消化し終わっています。
「3日です」
「はい?」
「3日、回復に専念しそのあとは謹慎期間ギリギリまで事件の解決に助力致します」