表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/21

街歩き4

 獅子が5匹。熊が2頭。

 一体何が目的で捕まえて調教したのかは分かりませんが、ここで息の根を止めていただきましょう。


 とはいえ私は少し運動神経が良いだけの普通の人間。猛獣相手に正面から立ち向かって適うはずもありません。


 リボルバーの弾は6発。急所に撃ち込むにしても弾が足りません。


 そこで私が取った戦法は『同士討ち』です。


 一際腹を空かせていたらしい1頭の熊が先陣切って襲いかかってきました。

 狭いコンテナ内を全速力で走ってくるので、肉薄はあっという間です。


 血肉が所々に挟まった爪が振り回され避け損ねた私の左足を切り裂いていきます。

 傷口は後で消毒する必要がありますね。


 それにしても想像したよりずっと痛いです。しかし私はメイド。何が起きようとポーカーフェイスを保たねばなりません。お茶会での件はその訓練が足りずお嬢様にご迷惑をおかけしてしまいました。


 とんでもない激痛を真顔でやり過ごすと次々と獣たちが襲いかかってきました。

 研いだばかりのナイフで獰猛な牙や爪を牽制しつつ、上手く隙をついて血塗れの左足で蹴りを加えていきます。


 元々赤黒く汚れていた毛皮は新しい鮮血で真っ赤に染まっていきました。

 そろそろ頃合いでしょうか。


 近くの檻の上へ飛び上がり、上から7匹の獣たちを見下ろします。

 私の血の匂いに誘われて檻の真下へ次々と動物が密集しました。なかなか鳥肌の立つ光景です。


 私が冷や汗を掻きながら笑みを浮かべるのと、檻を食い壊そうとしていた獅子が鼻を鳴らすのは同時でした。


『グルルルルル……!!』


 皺の寄った獅子の鼻面が隣で檻を引っ掻いている熊へ向きました。

 そのまま、本能の赴くままに熊の首根っこに牙を立てました。


 どうやら作戦は上手くいったようですね。


「なるほど。血に飢えた獣に自身の血を染み込ませることで注意を逸らしたわけですか。随分と肝の座ったご淑女ですねぇ!」


 オールバックの外道が私の代わりに思惑を言葉に出しました。

 本当は私が皆様へご説明したかったのですが出来なくなってしまいましたね。


 ですがこの作戦にはいくつか問題点がございます。


 それは……。


「そんな血を流して大丈夫ですかぁ?立っているのもやっとですよね。今すぐ処置しないと菌で足が腐り落ちることになりますよぉ?」


 というのと……。


「それにいくらかは注意を反らせたでしょうがあなたへのヘイトはまだ集まっています!3匹ほどはまだあなたへ興味があるようだ」


 というものです。この男、どれだけ私の持ち場を奪う気ですか。気が効きますがお節介です。


 檻の下では4匹の獣が食い合いを開始させましたが、男が言う通り残りの3匹は未だに私へ注意を向けています。


 ですが十分です。


 アホのようにこちらを見上げて檻を壊そうとしている熊1頭と獅子2匹。

 眉間に弾を撃ち込んで弱らせたところをナイフで心臓を抉り出せば終わります。


 リボルバーの弾を1発熊へ撃ち込みます。すかさず弾を装填し獅子2匹も地に伏せさせました。

 檻から飛び降り弱々しく唸り声をあげる獣たちの急所をすべて刺していきます。


 元々、飢餓状態で弱っていたのもあり息の根はすぐに止まりました。


 少し離れたところでは、野性的な食い合いを制した1匹の獅子が熊の肉を食いちぎっています。


 問題はここからです。

 血が圧倒的に足りません。視界が歪み始めましたし、足もうまく動かなくなってきました。


 対して獅子は腹を満たし明確な殺意を私へ向けています。


 元気な獅子をリボルバーとナイフだけで倒せるかといえば考えるまでもなく不可能です。

 ライフルがあればまた状況は違いましたが、ないものねだりをしても仕方ありません。


 腹が脹れた獅子は檻の中の子供たちを狙うことはないでしょう。

 であれば私も背中は何も気にしなくても良いということ。


 満を持して獅子が疾駆を始めました。

 混在する檻を上手に走り渡りながら、遊んでいるかのように私の周りをグルグルと回ります。


 弾は残り3発。ナイフの刃は欠けが目立ちます。

 どこで身につけた技なのか回転しながら獅子が前方から降ってきました。


 体制を低くして右へ回避します。踏ん張った左足が悲鳴を上げました。


 衝撃から僅かに動きを止めた獣の顔へ弾を撃ち込みます。運良く右目に弾が命中し獅子の視界を狭めました。


「くっ……!」


 いよいよ力が入らなくなってきた私に怒り狂い化け物と化した獅子が飛びかかりました。


 脳裏に眩しいシャルロットお嬢様の笑顔が思い浮かびます。

 どうせ死ぬのならお嬢様と知り合う前に死んでしまえば良かったです。そうすればこんなに寂しくなることもなかったでしょうに。


『お……ねぇ……ちゃ』


『た……すけ、て……』


 諦めかけた心を子供たちを助けることが出来なかった罪悪感が叩き起しました。


 リボルバーの銃弾をすべて我武者羅に撃ち続けます。

 弾は接近してくる獅子に掠りもしません。


 しかし跳ね返ってどこかに置いてあったらしいタンクへ着弾しました。


(あ……これは、まずいですね……)


 声にならなかった呟きを最後に私の視界を真っ赤な炎が覆いました。

 耳をつんざく轟音が響き凄まじい熱風が獅子越しに私を叩きます。


 獅子という防波堤がなければ耐える間もなく焼け死んでいたでしょう。

 子供たちは大丈夫でしょうか。檻が意外と頑丈だったので盾になってくれていると良いのですが……。


 黒い煙でただでさえあやふやだった意識が朦朧としていきます。

 重いと思ったら獅子の体が1部私の上に乗っているようです。そもそも動けないので構わないですが。


『イ……ル』


 あぁ。お嬢様の声が聞こえます。途切れ途切れですが名前を呼んでくれています。

 出来ればもっと呼んで欲しかったですね。


『イザ……ベル』


 優しい声で。凛とした声で。あなたのお声がどうしようもなく好きでした。

 笑顔も拗ねた顔もシャルロットお嬢様の存在そのものが何よりも大好きでした。


『イザベル……!』


 私の宝物。私の大切なシャルロットお嬢様。どうかこれからも健やかに生きてください。叶うのなら自由に生きてください。あなたの幸福が私の幸せなのです。


「イザベル!!」


 だからそんなに切羽詰った声を出さないでください。喉を痛めてしまいます。


「イザベル!起きて!気をしっかり持つのです!」


「う……お嬢様……叫んでは、喉を……」


「お嬢様!?僕はカルマ・グーラッドです!しっかりしてください!!」


 はっきりし始めた感覚が若い男性の声を脳へ届けます。

 うっすら目を開けて上を見上げると、先程別れたばかりのカルマ様が青ざめた顔でいました。


「カルマ……様……?なぜ、ここに」


 ここは危険です。爆発の規模はコンテナ1つ分ですが中にいては生き埋めになるか息が出来なくなるかの2択です。


 そういえば幾分か体が重くありません。獅子が体の上からどかされたようです。

 腕で状態を支えながら周囲を見ると、私がいたのはコンテナ区画の別の場所ということが分かりました。


 黒い煙が離れたところから上がっているのを見ると、火災はまだ続いているようです。


「子供たちは……!?」


 ようやく明確になった意識で不憫な子供たちの安否を確認します。


 私の質問に沈痛そうな表情でカルマ様は答えました。


「息が確認できた者だけしか救出できませんでした……」


 カルマ様の視線の先には、煤が着いた5人の子供が横たわっていました。その中には最初に助けを求めてきた中性的な子もいます。


 本音を言えば息がない子供も助けて欲しかったです。しかしあの火災の中、5人を助けられただけでもすごいことでしょう。


 込み上げてくる怒りは犯罪者たちへ向けることにして、私は短く感謝を告げました。


「ありがとうございました。生きている子たちだけでも助けてくださって……」


「すみませんでした。もっと早く駆けつけられればこんなことにはならなかったのですが」


「良いのです。こうして生きているのもカルマ様

 のおかげですから。傷も……お酒で消毒してくれたのですね」


 カルマ様の服の裾を破って応急処置が施された左足はジクジクと痛み続けています。しかし何とか血は止まったようです。


「もうすぐ救援が来ます。だから安心して休んでください」


 心配そうな顔のカルマ様が私の目元を手のひらで覆いました。

 暗くなった視界に瞼がゆっくり落ちていきます。


 気づけば私は深い眠りへ就いていました。



事件のあれこれは次回で詳しくお伝えします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ