街歩き3
ちょっぴりグロ注意かもです……。
グーラッド様の奢りで戴くパスタは元々の美味しさもあり非常に美味でした。
麺はモチモチとしており、ソースとよく絡まっておりました。私の胃袋的には一皿で十分だったのですが、グーラッド様が二皿目とデザートをあっという間に平らげてしまった時は本当に驚きました。
普段は主に仕えるもの同士、こういった時間はほとんどありません。しかし今日の束の間の街歩きではグーラッド様の新しい一面を見ることが出来ました。今後利用できるところがないかよく振り返っておきましょう。
ランチタイムが終われば後はもう帰るだけです。グーラッド様はこれから女性向けのお店を行ったり来たりするのでしょう。
「ごちそうさまでした。グーラッド様、それでは私はこれで失礼致します」
「あ……あぁ」
歯切れの悪い返事でしたが特に気にせずグーラッド様が向かうと思われる逆方向へ歩きだします。
「イザベル!」
背中へ声がかかります。
振り向くと垂れ目をさらに垂れさせた子犬のような青年がいました。
「……今日はありがとうございました。それと最初から本当のことを言わなくてすみませんでした」
「私は店まで案内しただけです。ランチも奢って頂いたのでお気になさらなくて結構ですよ」
特に大したことはしていません。プレゼントの大まかなイメージをしていてくれたので、想像よりはるかにスムーズに買い物を終わらせることができました。
シャルロットお嬢様にプレゼントを渡したい、という本音を言わなかったのはもちろんダメなことです。しかしそれはアルフレッド王子へのプレゼント選びしか手伝わない、ということで既に手を打っています。
淡々と言う私にグーラッド様は言葉を続けました。
「もし良ければなんですが、これからは家門の名前ではなく僕の名前を呼んでくれませんか?」
「呼び方にご不満があったのですか?それならそうと早く言ってくださればよろしいのに」
私のとって、人の呼び方など基本的には興味のない事柄です。シャルロットお嬢様のメイドとして品位を保てる呼び方であれば、家門名だろうと何だろうと特に気にしません。
本人がこう呼んで欲しいといえば、それが当たり障りのない呼び方と判断し指示に従います。
青年が何を考えているのかは知るところではありません。
ですが深く考えず、私は別れの挨拶をやり直しました。
「カルマ様、こちらこそ楽しい時間を過ごさせていただきました。またお会いする日を楽しみにしております」
今度こそ呼び止められることなく私は別の道へ入りました。
思えばずっとワンピースの裾を引っ張られていた気がします。皺にはなっていませんが、染み付いた感覚がないのは何だか不思議な気持ちです。
寮への近道になりそうな狭い路地裏を適当に曲がって歩いていると、前方からフードを目深に被った人物が来ました。
すれ違う程度には幅のある路地裏ですが、安全のため脇に避けて立ち止まります。
フードの隙間から無精髭が僅かに見えたと思ったら覚えのある臭いが強烈に漂ってきました。
「止まりなさい」
鋭い声で男を制止します。
よく見ると絶えす動いていた口が不満そうに歪みました。
男が振り返り血走った目で私を睨みつけます。
「ご職業をお聞きしても?」
「教える義理はない……」
「では、あなたから強烈に臭う"血"の臭いについて詳しくお聞かせ願います」
男と向かい合う形で睨み合うと、突然フードを翻しながら走り出しました。
驚きつつも後を追いかけます。なかなか足が早く、帰り道を覚える余裕はありませんでした。
男はスピードを緩めることなくコンテナが混在する区画へ逃げ込みました。
ここは『ヴィーシャ』にしては人が極端に少なく、広く入り組んで構造のせいで犯罪者が多く潜伏していると聞いたことがあります。
アルフレッド王子殿下が王位を継承したらこういうところから改善して欲しいものです。
男を見失った近くのコンテナへ入ると、むせかえるほどの強烈な刺激臭が鼻をつきました。
思わずハンカチで口元を抑え目を少しづつ暗さに慣らしていきます。
薄暗さに順応した視界が写し出したのは何個かの檻と何匹かの獣と何十人もの子供でした。
「なっ……!これは一体……?」
錆びた鉄と獣のものか人のものか分からぬ血の鉄臭さが、胸に言いようのない不快感をもたらします。
獣と子供たちは一応檻を別々に分けられています。しかし、獣の檻の中には食い散らかされた人のようなものが転がっていました。
込み上げる吐き気を何とか抑えながら、子供たちが収監されている檻に近づきます。
みんな、酷い有様でした。
手が食いちぎられていたり、逆に体を失った腕にしがみついていたり。
健康な者などおらず、体を欠損していない者など数える程しかいません。
一体何が目的でこんな酷いことをしているのでしょう。
いいえ。何が目的であろうとこんなこと許されるはずもありません。
「お……ねぇ……ちゃ……」
檻の中から今にも消えてしまいそうな掠れた声が聞こえました。
「た……すけ、て……」
「助けます。必ず助けます。だから気を強くお持ちください!」
血が滲んだ黒髪の中性的な子でした。よく見ると左足の膝から下が荒々しく噛みちぎられています。失血死や外傷性ショックなどで死んでもおかしくないのに、生きているのが不思議です。
私の言葉に安心したのか中性的な子はそれっきり目を閉じてしまいました。僅かに呼吸音が聞こえるので体力温存のために眠っているのでしょう。
まずは檻の中にいる子供を外に運ばなければなりません。
鉄格子は頑丈で壊すことができそうにないため、テコの力でこじ開けることにしました。
鉄格子の残骸と思われる鉄の棒を手に取り、格子の間に通します。
そのまま一気に体重を使って格子に負荷をかけます。
金属質な音が響いて鉄格子が横に歪みました。子供たちのいる檻は全部で3つ。単純に今の作業を繰り替えせば良いだけですが、鉄の擦れる音で腹を空かせた獣が興奮し出しました。
今にも檻を噛みちぎらん勢いで唸り声を上げ始めます。
どうしようかと考え始めた私が背後の気配に気づいたのは奇跡と言って良いでしょう。
素早く体を横にずらしながら体ごと振り向くと、一瞬前まで私がいた場所を金属バッドが空振りしていきました。
当たっていたら確実に気を失っていました。
「か弱い女性に背後から強襲とは……。さすが、やることが違いますね」
見失ったはずの男が口からヨダレを垂らして激しく唸ります。さながらあの檻の中にいる獣のようです。
ワンピースの裾に手を入れ右太腿のホルダーからナイフを取り出します。
研ぎたての刃は薄暗いコンテナの中でも鋭く光りました。
ナイフを逆手に持ち油断なく構えると別の男の声が響き渡りました。
「おやおやぁ!最近のご淑女は護身刀を持ち歩いているとは初耳ですねぇ!!」
やけにテンションの高い声です。
フードの男へ意識は向けたまま視線を逸らすと、いかにも神経質そうな外見の男が獣の檻の横に立っていました。
黄緑色の髪をオールバックでまとめテカテカになるほどワックスで固めています。
左目にはモノクルをかけ、服はなぜかタキシード。しかもまだノリが着いているかのような皺のなさです。
「そんな用心深いあなたには飢えた獣たちの蹂躙をプレゼントしましょう!」
神経質男が獣の檻を開け放ちます。
てっきり飢えた獣はまっさきに男を食い破りに行くかと思ったのですが……。
どうやら調教されているようですね。
獣が入れられた全ての檻が解錠され、合計で7匹の獅子や熊がヨダレを垂らして私を見据えます。
こんなことになるなら重火器を持ってくれば良かったと少しだけ後悔しました。
左の太腿のホルダーから弾が6発入ったリボルバーを取り出します。
左手に銃を構え右手にナイフを持つ。
これが現在私が持ち歩いた武器です。少し戦力不足ですので、次からはショットガンやライフルを持ち歩くことにしましょう。
さて、この状況をどう乗り切りましょうか……。
いえ、こんな光景を生み出したあの者たちをどう料理してあげましょうか。
私はジリジリと距離を詰めてくる獅子と熊に獰猛な笑みを向けました。