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街歩き2

 ごきげんよう、皆様。


 私は今、賑やかな雑踏をグーラッド様と並んで歩いております。

 謹慎などない限り年中メイド服を着ている私ですが、さすがに謹慎中に仕事着を着ることはできません。


 以前シャルロットお嬢様に支給していただいた薄桃色のワンピースに初めて裾を通しました。普段はツインテールにしている青い髪ですが、今日は真っ直ぐ背中に流しております。


 お嬢様にせっかく頂いたお召し物ですから、なるべく衣装に合う髪型にしてみました。


 グーラッド様はなかなかゆっくり見る機会のない街の様子に子供のように目を輝かせております。そういえばグーラッド様の出身について、まだ詳しく説明しておりませんでしたね。


 カルマ・グーラッド様はグーラッド伯爵家の次男です。

 外見を簡単に説明すると、栗色の猫っ毛に赤い垂れ目。顔は柔和で背もそこそこ高いです。


 お嬢様曰く、容姿はよく整っているので騎士の任務さえ無くなれば女性が声をかけるはず、との事です。


 男性の外見の善し悪しなど直感的にしか分からない私ですが、お嬢様が言うからにはそうなのでしょう。


 それにしても……。


「プレゼントを探すのではなかったのですか?」


 先程から雑踏を駆け回っているグーラッド様は私の言葉に動きをピタリと止めました。

 早歩きで店を転々と見て回るので私との距離はいつの間にか大きく開いています。それでも大して張り上げた訳でもない私の声に反応するのですから、耳がとても良い事が分かります。


 興奮した様子でこちらまで近寄ってきました。


「すみません。つい、人々の賑わいに気持ちが乗ってしまいました……」


 しゅん……と肩を落とす彼の頭になぜか垂れた犬の耳を幻視しました。


「それは別に構いませんが、あなたがさっきから目を向けているのは女性向けのお店ばかりではありませんか。アルフレッド王子にご用意するプレゼントを選んでいるのに女性向けのお店を見てどうするのです?」


「いやぁ……う〜ん……」


 私の問いかけに何とも曖昧な言葉が返ってきました。

 まるで建前と本音があるかのような様子に私は青い目を眇めます。


「まさか……」


 シャルロットお嬢様へのプレゼントを探しているのでは?

 それなら私に相談に来るのも納得がいきます。私は光栄にもシャルロットお嬢様の傍付きメイド。お嬢様の好みや趣味は誰よりも把握しております。


 しかし、それを許すことなど私にはできません。お嬢様にプレゼント?身の程を弁えるべきです。対して親しく話したわけでもないのに、軽い気持ちで贈り物など言語道断です。


 唖然とした私にグーラッド様はあたふたと慌てふためきました。どうやら予想は大当たりのようです。


 最初からお嬢様へのプレゼントを買うと言えば私に反対されることは明白。だからアルフレッド様へ贈り物を用意するという嘘ではない建前を使って街を案内させた。

 見かけによらずこの男は性格が悪いですね。


 私の中で彼の評価が2段階下がりました。


「最初から正直に仰ってくれれば少しは話を聞いてあげたかもしれませんのに。まぁ、あなたにはこれまで迷惑をかけた借りがありますからね。……アルフレッド王子殿下への贈答物の用意はお手伝い致しましょう」


「本当ですか!?」


「王子殿下に対しての物だけです!あとはご自分でどうにかなさってください」


「イザベル!ありがとうございます!」


「そうと決まればさっさと終わらせますよ。男性向けのお店は2本向こうの商店街に多くあります」


 目的地へ歩き始めた私の後ろを着いてくるグーラッド様。先程の反省を踏まえはぐれないようにという意思の表れなのか、私のワンピースの裾を控えめに掴んでいます。

 大きな子供を連れ添っている気分です。


 人々の往来を抜け、大人しく着いてくる青年を伴って歩くこと20分。

 無事に目的の店へ到着しました。


 男性向けの雑貨や小物が多く売られているこの店は、質が良いものばかりが取り揃えられていることで有名です。値段が高めなのがネックですがお金に関しては特に心配いらないでしょう。


「イザベルはなぜこのような店も知っているんですか?」


「お嬢様に何かあった際、どんなことにも対応できるように『ヴィーシャ』の街並みは全て頭に叩き込んでおります。お店の特色はその過程で自然と覚えました」


 何気ない質問に無表情で返しながら入店します。

 男性へプレゼントを計画している女性が何人かいるだけで店内は程よく空いていました。


「グーラッド様はどのようなプレゼントをイメージしているのですか?」


 相変わらず服を掴んで着いてくる青年を見上げて大まかなイメージを聞きます。

 最近、処理する書類が多くなってきているので事務関係の物品を贈りたいとの事でした。


 であれば、ペンやペン立てやインクが最適でしょう。

 意外にもグーラッド様がしっかりイメージしてくださっていたおかげで、方向性は簡単に決まりました。


 店内の端っこへ移動し筆記用具のコーナーへ行きます。

 ペン、と一言で言っても様々な種類があります。アルフレッド王子が書類処理に用いているのは万年筆。軽い力で書けるので手への負担が少ないです。


 値段も張るため貴族以上の階級の客層が多いこの店は、特に筆記用具の品揃えが優秀です。


 美しい細工がされているのはもちろん、使いやすさやメンテナンスの手軽さの優れたものを用意しています。


「アルフレッド王子殿下にお渡しするのですから、もちろん店頭のものを買うわけではありませんよね?」


 ショーケースの中を一緒に眺めていたグーラッド様に確認も兼ねてお聞きました。当然だと彼は頷きます。

 であれば答えは1つ。


「この店の最高責任者はいらっしゃいますか?」


 傍に控えていた若い店員に声をかけます。この場合は大抵特注で注文するので私たちは奥の控え室に通されました。


「……いつまで裾を握っているつもりですか?お嬢様に頂いた服なので皺になっては困るのですが」


「あ、すみません」


 椅子に座るタイミングでようやく裾が解放されました。

 皺になったり伸びたりしていないか確認していると、店のオーナーが控え室へ入ってきます。


「お客様。本日はどのようなご注文でしょうか?」


 中年の気前の良さそうな男性だ。

 店に相応しい気品がある。


「最高級の万年筆を」


 雰囲気を引き締めたグーラッド様が答えました。

 王族へお渡しするのです。中途半端な品質では無礼でしょう。

 街での振る舞いは子供でも彼はれっきとした貴族の嫡男。私の役目はここまでで十分です。


 話を聞いている振りをしながらお嬢様のことを考えます。

 静かに出された紅茶を飲み終えると、昼を過ぎた街の景色を見つめました。


 やがて何十分か時が過ぎた頃。

 オーナーとグーラッド様の話し合いが終わりました。


 良い取引ができたのかオーナーは上機嫌です。猫っ毛の青年も満足気にしています。このお店を選んで正解だったようですね。


「お待たせしました。イザベル、お腹は空いていませんか?お礼に奢らせていただきますよ」


「気が利きますね。ちょうどパスタを食べたいと思っていたところです」


「それでは行きましょうか」


 店員とオーナーに見送られて退店します。

 実は行ってみたかったパスタ屋があったのです。

 再び控えめに裾を掴まれながら私は気になっていた料理店へ足を向けました。




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